true MAMAN 最終章~第二幕~


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「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
「明けましておめでとうございます。どうぞお上がり下さい」
 比呂美が6組目の来客を迎え入れる。今度の一家は理恵子の父方の叔父とその息子
夫婦で、眞一郎から見れば「大叔父」に当たる。
 大叔父と比呂美は互いに初対面だが、事情は既に理恵子から聞かされているらしく、
少なくとも表情に出しては困惑しなかった。
 これで合計19名、思ったよりは少ないが、全員揃った事になる。
 少ない理由は、比呂美と同世代の、例えば大叔父の息子夫婦の子供などが全く来て
いないせいもある。
「あの、みなさんお子さんは連れてこられないんですか?」
 理恵子に訊ねると、
「お酒も入るし、もっと小さい頃なら子供同士で遊ばせる事も出来るけど、高校生に
なるとね」
「でも、それなら眞一郎くんも――」
「あの子はいいのよ。二人ともここの跡取りとしてもてなし方を憶えないと」
 理恵子はさりげなく、しかし重大な爆弾を落とした。比呂美が目を丸くする。
「おばさん!?」
「さ、始めましょう。大叔母さんは早いから煽られないようにね」
 理恵子は少しだけ悪戯ぽく笑った。



 その少し前。
 眞一郎は機嫌が悪かった。
 去年もそうだが、元日は家族で暮らし、2日は両親が年賀の挨拶に呼ばれ、眞一郎と
比呂美が留守番をする。つまりは2人水入らずで正月を過ごせるという事で、大いに楽
しみにしていたのである。まして受験もあってここ最近ほとんどデートもしていない。
 ようするに、これが受験前に比呂美と2人だけで過ごす最後のチャンスだったわけで、
それがこんな形でご破算となってむくれていたのである。
「眞一郎、その眉間のしわ、何とかしろ。正月だぞ」
 ひろしが嗜める。
「んな事言ってもさ・・・・」
「大叔父さんや大伯母さんの前でも、そんな顔してるつもりか?」
「なんで今年に限ってうちで年始の集まり開くんだよ?こっちは受験生だぜ」
「どの途勉強などせんだろう」
 実も蓋もない物言いに眞一郎がますます不機嫌になる。
「比呂美だって・・・・準備で立ちっぱなしで・・・・疲れてるだろうに」
「だから、これでいいんだ。年始周りで何軒もはしごさせるより、こうして集めてしま
えば紹介が一度で済む」
 眞一郎がひろしを見る。ひろしの表情はほとんど変らないが、何故かこの時、眞一郎
にはひろしが悪戯ぽく笑ってるように見えた。
「親父・・・・初めから、そのつもりで・・・・?」
「比呂美がどれだけいい娘か、俺達が口で言うより、働いている姿を見せた方が早いか
らな。
「男衆の相手は俺達の仕事だ。蔵は継がなくても、家を継ぐ以上はお前も振舞い方を覚
えておけ」
 ひろしが眞一郎に向けて言う。



 理恵子と比呂美、それにひろしの従兄弟の妻と理恵子の妹の4人で料理と配膳を進めて
いく。比呂美は初参加だが、元来気の利く娘である。すぐに順応して流れに入っていく。
 居間と隣の部屋の間仕切りを取った広間で待つ側も、この若い新参者に対し、特に変
わった反応をするでもなく、理恵子たちと同じように接している。
 家族が増えることには慣れているのだ。特別視されない事が比呂美は嬉しかった。
 途中、理恵子の妹と2人だけになる時間があった。
「大丈夫?疲れたんじゃない?」
「いえ、大丈夫です」
「比呂美ちゃん、だっけ?姉は厳しすぎたりしてない?」
 当然の話だが、理恵子と比呂美の間にあった事は一切家の外に漏らしていない。理恵
子の妹の言葉は、一般論としての心配である。
「いえ、とても優しくしてもらっていますから」
「でも、最初のうちはうるさいと思わなかった?変な話、眞ちゃんと外歩くのも
駄目とか、
そんな事言われなかった?」
「・・・・本当に最初の頃だけですから」
 比呂美は事実よりかなり控えめに肯定した。
「悪くは思わないであげてね。姉も、その・・・・おめでた婚で、随分言われたから・・・・」
 比呂美もその話は理恵子から聞いていた。保守的な田舎町で、しかも地元でも有名
な旧家の跡継ぎの話ということで、かなり肩身の狭い思いをしたのだと。それ以来近所
の噂に異常に過敏になっていたと打ち明けてくれていた。
『だからと言ってあなたの行動まで縛る言い訳にはならないけど』
 そう理恵子は詫びていた。
「うちみたいな普通の家庭の娘が、仲上の嫁に、それも、子供が出来たからって理由で
でしょう?かなりひどい事言われてね。正直に言うと、私まで悪く言われて、暫らくお
姉ちゃんが嫌いになったくらいよ」
「・・・・そうだったんですか」
「でも、お姉ちゃんはもっと辛かったんでしょうね。好きな人との間に出来た命なのに、
ある事ない事言われて・・・・奥さん、あ、眞ちゃんのお祖母ちゃんね、あの人が味方してく
れなかったら、耐えられなかったかもしれない」
 その話も理恵子から聞いた。本人を前に構わず噂話をする近所の人に、義母はつかつか
と近づいていき、
『私の娘に不満があるなら、私にお言いなさい』
 と一喝した、という話である。
「ところで比呂美ちゃん、姉の事はどう呼んでいるの?」
「え?あの、おばさん、ですけど」
「今度、『おかあさん』て、呼んでみたらどうかしら?」
「え?」
「遅かれ早かれ眞ちゃんと一緒になるんでしょう?姉が今日仲上に皆を呼んだのも、比呂
美ちゃんを紹介するためなんだろうし、もうお義母さんでもいいんじゃないかしら」
 比呂美は赤面した。朋与や他の友人からもからかい半分に言われる事もあるが、親類―
―に、なる予定の人物――から言われるのは重みが違う。
「そうですね・・・・そう呼べるようになりたいです」
 微妙な言い回しに理恵子の妹は少し怪訝な表情をしたが、すぐに笑顔になり、
「お願いね」
 とだけ言った。



 宴は賑やかなものだった。
 仲上家を入れれば23人が一堂に会するのである。まとまりも何もあったものではない。
 ひろしも一世代上の親戚に囲まれてはいつもの厳格さを保ってはいられず、「ひろちゃ
ん」「ひろ坊」と子ども扱いされている。さらに酒が進んで口が滑らかになっていくと、
理恵子や眞一郎が何度も聞かされているひろしの幼少時の話を、新たな家族に吹き込むの
だった。
「比呂美ちゃん知ってるかい?こいつ泳げないんだぜ。3つの時初めて海で遊んで、波に
足取られて膝までしかない所で溺れてさ、以来水が怖くてしょうがないんだよ」
「二つのこと同時に出来ない男でな、大学の時だっけ?研究室とアパート往復する生活で
飯抜き過ぎてアパートで倒れたって話。理恵子さんが見つけなかったら、あのまま餓死し
てたんじゃないか」
「おじさん、そんな昔の話は・・・・」
「今更照れるな、みんな知ってることだろう」
 正確に言えば、その時ひろしを発見したのは理恵子ではない。もっとも、理恵子は訂正
する気はとっくにない。本当の発見者の娘は今行儀よく耳を傾けている。
 その一方では、ひろしの伯母が、
「ところで理恵子さん、この煮つけ少し味が変わったようだけど?」
「ええ、少しですけど。お口に合わなかったでしょうか?」
 伯母は不満とも満足とも言わず、
「ここの味は、新しい嫁が来るとその家の味になるねえ」
 とだけ言った。
「ひろしもこれで一安心だな。眞一郎もいい嫁さん見つけたし、後は家継いでくれりゃ孫
の面倒見ながら隠居生活だ」
 ひろしの従兄弟の言葉に、眞一郎と比呂美が同時にジュースをこぼす。
「孫が生まれたら、また樽酒が出てくるのかねえ」
「眞一郎が生まれた時の兄貴は凄かったからな」
「三日三晩家の前で振舞い続けたんだっけ?知ってる人も知らない人も関係なく」
 周りが勝手に盛り上がっていく中で、眞一郎と比呂美は赤くなって小さくなっていく。
 そんな中、ひろしは冷静に
「眞一郎は酒蔵は継がないから、まだまだ隠居は出来ませんよ。それに、比呂美は眞
一郎には関係なく、うちの娘ですから」
 と応じる。理恵子と、比呂美は、それぞれにハッとしてひろしを見る。
「そうだ、眞ちゃん美大受けるんだっけ?まあ、絵描きなら兼業しながら続けていく事も出
来るし、ラベルのデザインでも幾らでも協力できるだろ。問題ない、問題ない」
 客人には2人の一瞬の動揺は気づかれる事もなく、宴の雰囲気の中で明るく流れていった。



 来客が皆帰る頃には、時間もかなり遅くなっていた。
「片付けは明日やりましょう。今日はうちに泊まっていきなさい。お布団用意するから」
「いえ、帰れますから」
「でも、眞ちゃんもう起きそうにないから・・・・」
 眞一郎は、あの後、大叔父に酒を注がれ、断りきれずに飲んでしまった。30分後には
撃沈し、親戚一同を嘆かせていた・・・・。
「・・・・そうですね。それでは、お言葉に甘えます」
「それじゃあ支度してくるから、今日は早く寝なさい。あまり食べてなかったし、疲れてる
のでしょう?」
「ありがとうございます。私、お風呂沸かしてきます」
 そう言って比呂美は浴室に向かった。
 確かに少し気分が悪い。酒の匂いに当てられたのか、物を食べる気にならなかった。
 宴自体は楽しかった。親戚は皆優しく、昔からの家族のように接してくれた。ひろしか
ら娘と紹介されたのも嬉しかった。今まで漠然と「仲上家に嫁ぐ」と考えていたが、仲上家
の娘というのは、より家族として強く結びついている気がして、それが比呂美には嬉し
かった。
 風呂に湯を張り、暫らく眺める。そろそろ戻ろうと思ったとき、胃が暴れる感覚が襲って
きた。
 洗面所の蛇口を開き、吐きながらも洗い流していく。口をゆすぎ、鏡に映った自分を見る。
「まさか、そんな・・・・」
 この2ヶ月、自分の身に起きていた変調を、比呂美は今まで考えないようにしていた。
常に注意していたし、眞一郎も気を遣ってくれていた。しかし――。


 誰にも言っちゃいけない。

 まだそうと決まったわけではない。思い違いだって十分ありうる。
センター試験も目前に迫っている。今こんな話で動揺させてはいけない。眞一郎の将来が掛
かっている。自分の事で煩わせてはいけない。
 比呂美はそう決心した。



                       了


ノート
このタイミングでの妊娠は当初からの予定通りです
同世代の遠縁を招いていないのは比呂美を印象付ける為、台所を手伝うのが全て外様の人達なのはその方が比呂美に
教えやすいからです

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