ある日の比呂美8


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眞一郎は、下着代わりのTシャツとトランクスだけを身に着け、バスルームから出た。
さっきまで点いていた部屋の明かりは消されていたが、真っ暗で何も見えないというわけではない。
弱まった雪雲の隙間から差し込む月光が、室内を蒼く塗装し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
テーブルの上には、二人で食べたシチューの皿がそのまま……
そして部屋の隅に、先ほど自分が脱ぎ捨てた服がきれいに畳んで置かれていた。
「眞一郎くん」
頭上、斜め上の辺りから自分を呼ぶ声。
期待や喜びとは違う『何か』を秘めた透明な声音が、「来て」と短く告げる。
眞一郎も同じ様に「うん」と短く答え、ロフトへと続く階段を登る。
浴室から漏れた湿気とエアコンの暖気で、下よりも少し暖かな彼女の寝所。
たどり着いたその世界で、比呂美は眞一郎を待っていた。
「…………」
「? なに?」
「……あ……いや……」
ブラとショーツ……その上にパジャマの上着だけを肩に羽織って正座している比呂美の姿……
それを目にして、眞一郎は頬が火照るのを自覚したが、前に進む覚悟が萎えることはなかった。
……やはり恥ずかしいのだろう…… 目と目が合うと、比呂美も膝小僧の辺りに視線を落としてしまう。
だが、それもつかの間だった。
眞一郎が真正面に正座するのを感じると、澄み切った顔を上げて比呂美は言う。
「私たち、酷いことしようとしてるね」
「…………」
朋与は今、一人で傷の痛みに呻いている…… それなのに自分たちは……
愛し合っているから……求め合っているから…… それだけでは決して許されない、拭い去れない罪悪感。
それを比呂美も感じているのだろうか?
(……でも……それでも俺は……)
比呂美が欲しい。今、比呂美を抱きたい。今夜でなければ意味が無い。
許されなくてもいい。『最低』の烙印を押されても構わない。
弱い自分……情け無い『仲上眞一郎』を比呂美に見て欲しい。
そして……自分の隣を並んで歩いてくれる大切な存在を……比呂美をこの手に掴みたい…………
「比呂美…… 俺、こんな風にしか出来ない」
「……うん」
それでいい、と比呂美は言った。それがあなたらしい……私たちらしいと。
誰かを傷つけたことから逃げず、ちゃんと胸に刻みつけようとする眞一郎だから……私は愛しているのだと……
(……あぁ……)
誰に感謝すればいいのだろう。この人が……『湯浅比呂美』が自分の目の前に存在することを。
眞一郎はそう思わずにはいられなかった。
「……眞一郎くん……」
比呂美の両腕が、眞一郎を迎え入れる意志を示すように大きく広げられる。
肩に掛かっていただけの寝間着が背中の向こう側へと落ち、比呂美の滑らかな肌が露になった。
(…………きれいだ…………)
視界の左側から差し込む月の光線が、目前の少女の姿を蒼く染める幻想的な光景に、眞一郎は思わず息を呑んだ。
何度も……何度も求めた……心の底から欲する存在がそこにいる。
眞一郎は自分の二の腕を比呂美のそれに交差させるように身体を寄せ、その背中に手を回した。
比呂美の細い腕も眞一郎の後頭部を抱える形となり、熱を帯びた頬と頬が触れ合う。
Tシャツを脱いでおけば良かった、と眞一郎は悔やんだ。たった一枚の薄い綿の布がとても邪魔に感じる。
些細な障害を抜けて比呂美の体温を直接感じたいという欲求が、腕の筋肉に無用な力を込めさせた。
「……んぁ……」
胸を圧迫される形となった比呂美の口から、僅かに声と息が押し出される。
しまった、という軽い後悔を感じ、冷静さを取り戻す眞一郎。
だが、言葉で詫びるのは違うと直感し、腕の力を弱めてから、頬を摺り寄せて謝意を表す。
視界の外にある比呂美の口元が、ゆっくりと緩んでいくのが分かる。
絹糸のような栗色の髪をひと撫でしてから、眞一郎は少しだけ身体を離した。
自然とお互いの視線を求め合う二人。
「…………」
「…………」
もう名前を呼び合う必要すらなかった。
眞一郎と比呂美の唇は、磁石のNとSが引き合うように、自然と相手の側へと近づいていく。

チュッと軽く唇を重ねてすぐに離し、反射的に閉じていた目を薄く開く。
息が吹きかかるほどの距離にある眞一郎の顔…… それはほとんど間を置くことなく、また自分に向かってくる。
(……今度は……)
少し驚かせてやろう…… 内心でほくそ笑んだ比呂美は、前歯の間から舌を前に突き出した。
もう数え切れないほど重ねてきた二人の唇だが、『舌』を絡めたことは一度も無い。
カウントしたくない二日前のキスでさえ、お互いに前歯という壁を越える事は無かった。
このキスはいつもとは違うのだ、という大事な決意……その事を眞一郎にも分からせなければならない。
(今夜は私が教えてあげる…… 眞一郎くんに…教えてあげる……)
まるで『姉』にでもなったような……そんな不思議な気分……
だが、その思惟は触れてきた眞一郎の唇の動きによって、あっさりと覆されてしまう。
「んっ!!」
背中に回っていた眞一郎の腕が、髪の艶を遡るようにして後頭部に達し、そのまま押さえ付ける。
中途半端に差し出されていた比呂美の舌……その横を抜き去るように、眞一郎は内部に侵入してきた。
カッと目を見開く比呂美に、眞一郎は気づかない。……いや、気にしていない……というのが正しいか。
(……しん…い……ちろ…………)
眞一郎の唾液の味を、比呂美は充分に知り尽くしている……つもりだった。
しかし、口腔の内部を掘削するように暴れ、蹂躙する舌が流し込む『それ』は、全く違うものに感じられる。
……味覚だけではない。
まるで独自の意志を持っているかのように、変幻自在の動きを見せる眞一郎の舌。
自分以外の存在に『体内』を弄られる刺激が、これほどの官能を呼び起こすとは、比呂美は想像していなかった。
眞一郎の背中に食い込んでいた指から力が抜け、全身の筋肉も徐々に弛緩していく。
先制攻撃を仕掛けるつもりだった比呂美の舌は、もはや眞一郎の前に捧げられた生贄でしかなかった。
…………
「……はぁ……」
比呂美を味わい尽くした眞一郎が、唇を離すと同時に吐息を漏らす。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
苦しみとも快楽ともつかない状態から解放され、酸素を取り込もうと必死で荒い呼吸をする比呂美。
眞一郎は、悦楽の泉に比呂美が足を踏み入れ始めたことを確認すると、一旦、拘束を解いた。
脱力し、息を整えようとする比呂美を視界に入れつつ、邪魔だったTシャツを脱ぎ捨てる。
目の前に晒された眞一郎の肌を見て、比呂美の鼓動がまた一段早まった。
(……結構…逞しい……かも)
何も身に着けていない眞一郎の上体を目にするのは、小学校の水泳の時間以来だ。
体育の授業でしか身体を動かさないはずなのに、ちゃんと『男』を感じさせる部分に筋肉がついている。
見つめてもいいのだ、という思いと、恥ずかしい、と感じる思い……
相反する思いのせめぎ合いは、再びの抱擁によって、別の思考へとスライドしていく。
薄い綿の障壁が無くなったことで、接する肌の面積が増え、与え合う熱量が増大する。
「……あぁ……」
強い圧迫を受けたわけでもないのに、思わず比呂美は甘い声を漏らした。
鎖骨とブラに囲まれた三角形の空間に、ピタリと合わされる眞一郎の硬い胸板。
そのきめの細かい表皮から伝わる摩擦が、堪らなく心地良い…… 
だが、呆けてばかりはいられなかった。
眞一郎の口元がまた接近し、比呂美の唇をついばみ始める。
軽く吸い込むようにして上唇だけをめくり上げ、その奥にある前歯の艶を舌先で楽しむ眞一郎。
自分の鼻腔から「……んん……」と漏れる吐息が、眞一郎の顔に反射されるのを感じながら、比呂美は思った。
(…………されっぱなしじゃ……いや…………)
教えるんだ、出来ることを…… してもらうだけでは……いけない。
もう一度、勇気を出して歯の間から舌を伸ばしてみる。
眞一郎は特に驚くことも無く、差し出されたそれを、自分の舌で時計回りにペロリと舐めた。
そして比呂美の口腔に舌を戻そうとするように、自分の舌を深く押し込む。
眞一郎が限界まで舌を伸ばした時を見計らって、比呂美が攻撃に転じた。
わざと侵入させた舌を陰茎に見立て、口内の圧力と唇の窄まりで、それをチュルンとしごき上げる。
「ッッ!!」
眞一郎は、脊髄に電流が通り抜けるような快感を味わった。
ブルッと小さく身震いする眞一郎の様子を、比呂美は微笑みながら見つめる。
「……比呂美……」
予想していなかった積極性が、比呂美の中に隠れていたことに気づかされ、目を丸くする眞一郎。
対等なのだ、という強い意志が、相対する比呂美の瞳から滲み出ていた。

……主導権を握ることで、自分の中の欲望を制御する……
そんな眞一郎の目論見は、脆くも崩れ去ろうとしていた。
比呂美はまた、顔を交差させるように眞一郎に抱きつくと、「もっと…」と耳元に囁く。
その声音にふざけた様子は一切ない。
動揺しつつも、「答えなければ」という思いが、言葉を紡ぐより早く眞一郎の身体を動かす。
比呂美の腰の辺りに引っ掛かっている寝間着を横へと除けると、腕を大きく回して比呂美の身体全体を包み込む。
柔らかな拘束感に、比呂美の瞼が半分ほど落ち、トロンとした表情を作った。
軽めのキスを贈ってから、眞一郎は比呂美の上体をゆっくりと横たえていく。
ほとんど衝撃を受けずに、愛用の枕に沈み込む比呂美の頭部。
「……んぁ……」
痛みも何も感じないようにしたはずなのに、比呂美は官能的な吐息と共に、ピチャという粘着音を口から漏らした。
……わざとか?とも思う。だが、そんな事は問題ではない。
問題なのは……比呂美の小さな仕草が、自分の興奮の炎に油を注いでしまうことだ。
舌下に溜まった唾をゴクリと飲み下しながら、眞一郎は「冷静になれ」と自分自身に言い聞かせる。
暴走するな……比呂美を気持ち良くすることに集中しろ…… そう内心で唱え、気持ちを落ち着かせる。
そんな眞一郎の心の乱れを知ってか知らずか、比呂美は声を出さずに、唇を「は・や・く」と緩やかに動かす。
まじめかと思えば、すぐに小悪魔に変身する眼下の少女……
(…………比呂美ッ……)
眞一郎の心にある『自制』という鎖の一本目が、ピンッと音を立てて弾けた。
上下に割れた口のあいだで蠢く桃色の物体に誘い込まれるように、眞一郎は己の舌先を落とし込んでいく。


チョン、チョンと先端で挨拶を交わしてから、二匹の軟体動物は渦を巻くように絡まり合った。
くぐもった声とクチャという粘着質な水音が、二人の接触面から断続的に生み出される。
程よく開いた唇を直角に交差させ、互いの粘膜の柔らかい触感を求め合う眞一郎と比呂美。
(……眞一郎…くん……)
唾液の分泌量が多いのか、舌と舌の物理的摩擦はほとんどゼロに近い。
なのに、接する部分から何故か高い熱が発生し、体温を押し上げていくのを、比呂美は敏感に感じた。
眉間から頭頂にかけて、痺れにも似た感覚が張り付くように生まれて、思考が段々とぼやけていく。
意識的に操っていた舌の動きが……徐々に鈍ってくる。
(だめ……眞一郎…くんと…………同じにするの……)
せっかく逆転させた行為の主導権…… それを奪い返されまいと、比呂美は焦った。
先ほどと同じ手を使って、眞一郎を『しごき上げよう』と試みる。
だがそれは、タガが一段外れてしまった眞一郎の前では、無駄な抵抗でしかなかった。
ボクシングのカウンターパンチのように、比呂美の抵抗を逆手に取って、眞一郎は倍以上の快感を叩き返してくる。
窄めた唇の内周と歯茎をグルリと舐め回され、怯んでしまった比呂美の隙を突き、一気に舌を奥まで捻じ込む眞一郎。
「んッ!!」
新たな刺激に思わず上げた比呂美の声を、眞一郎は気にも留めない。
そのまま舌先を硬く尖らせて、比呂美の上顎の裏にあてがうと、微振動を送り込むように震わせる。
(ッッ!!!!)
脊髄を突き抜ける電流を、今度は比呂美が味わう番だった。
気持ちいい、という単語すら頭に浮かばず、思惟そのものが吹き飛ばされる感覚……
自らの身体が自らの意志に反して反応する…… そんな体験に、比呂美は軽い恐怖を覚えた。
眞一郎の肩に置かれていた手に力がこもり、反射的に首をねじって唇の拘束を解く比呂美。
「ん、はあぁぁ……」
欠乏した酸素を取り込みながら、閉じていた瞼を開けて、同じく息を荒くしている眞一郎に視線を送る。
「……苦し…かったか?」
すまなそうな眼をして訊いてくる眞一郎に、ふるふると首を横に振り、嫌だった訳ではないと告げる。
「……眞一郎くん…………上手……なのね」
朋与に教わったの?という言葉が喉元まで出掛かるが、それは音にせず呑み込む。
「そんなわけないだろ。……夢中なだけだよ……お前に……」
治まりかけた動悸を、また激しくする眞一郎の一言……
月光に染まった蒼の世界でも、お互いの頬が紅潮しているのがちゃんと分かる。
「比呂美……」と優しく名を呟いてから、眞一郎の手が比呂美の肌の上を滑り始める。
肩…… 二の腕…… 腹部…… 露出している部分を、もれなく撫で上げていく指先。
「……あぁ……」
五つの熱源が発する波動に反応し、下腹部に隠れる『女』が疼き始めるのを、比呂美は確かに感じていた。


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