午睡


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負けるな比呂美たんっ! 応援SS第16弾

『午睡』


「いいのかな」
 比呂美はそうつぶやきながら眞一郎の部屋の前に立っていた。 眞一郎が外出しており不在なのは知っている。
比呂美が今両手に抱えているのは眞一郎の布団だった。 午前中は良く晴れていた天気が昼過ぎから曇りがちとな
り、天気予報によればにわか雨の恐れがあるという。 家人は誰も居なかったので、干されていた洗濯物や布団を
取り込んだ。 布団などはそれぞれの部屋に片付けていった。 そして最後に残ったのがいま両手に抱えている布
団である。 この布団をどうしたものか、しばらく迷ったもののこれだけを放っておくのもあからさまにおかしい
気がしたので彼の部屋まで運んできたところだ。

 だが、やはり彼の部屋の前まで来ると迷いがぶり返す。 勝手に入ってもいいものだろうか? いまだ入った事
のない未知の部屋、幼馴染の部屋、同級生の部屋、お世話になっている家の息子の部屋、そして…
 比呂美は大きく息を吸って
「失礼しまーす」
 居ないはずの誰かに断りを入れ、戸を開けた。 少なくとも中学以来、男の子の部屋など入った事はない。何故
か高まる鼓動を自覚しつつ一歩を踏み出す。 干した布団を元に戻す作業、公明正大な理由があるにもかかわらず、
後ろめたい気がするのは何故だろう。 彼の部屋、目立つのは書架、本がぎっしりと詰まっている。 手に取りや
すそうな高さの本は、デッサンや絵、詩関係のものだとそのタイトルから知れた。 彼の机、良くは分からないが
作業机の様でもある。 見慣れない定規や文房具が目立つ。 やっぱり絵本作家になりたいんだ。 自分の知らな
い彼の世界、何だか彼が遠くの世界に行ってしまいそうで不安が高まる。 彼の夢、応援したい気持ちとは裏腹に
どこか寂しい気持ちを抑えきれないのは自分の我侭だろうか。 主不在の部屋を盗み見るような自らの行いが急に
恥ずかしくなり慌てて視線をさまよわせる。 別に日記や手紙を盗み見たわけではないのに、彼の秘密を盗み見て
しまったような罪悪感。
 ごめんなさい
心の中で彼に謝る。

 気を取り直しベッドに布団を敷き、整えてゆく。 彼の布団、丁寧に、丁寧に整える。 全体を見渡し確認する。
よし、完璧。 最後に枕を置こうと身体をかがめた。 微かに香るお日様の匂い、そして、これは… 彼の匂い?
その可能性に思い至った瞬間、急激な鼓動の高まりを感じ、 抑えられなかった。 先程からの不安もあったのだ
ろう。 急に涙がこぼれ落ちた。 涙が彼の枕を濡らして、広がってゆく。 まるでスローモーションのよう。
あれ、なんで泣いてるの? 切なさと、孤独と、寂しさと、様々な感情が押し寄せ、比呂美はその場に崩れ落ちた。

 ベッドにうつ伏せになり、思わず枕に頬を摺り寄せ泣き出した。 涙が止まらなかった。 どうしたんだろう?
もう一人の自分が冷静に泣いている自分を見つめていた。 だが、その冷静な自分も、もう一人の自分をどうした
らよいのかは判らなかった。
「ちょっとくらいいいよね」
 彼の枕にそっと口付け、枕を抱きしめ、せっかく整えたはずの彼の布団の上で横になる。
「どうなっちゃうのかな…」
今まで何度も何度も自問した思いを声に出して呟く。
「お日様の匂いはこんなに優しいのに…、彼の匂いはなんで切ないの…」
答えのない問いを発し、目を閉じる。 眠れぬ夜を過ごしてきた日々と、涙と共に緊張も緩んだせいだろう。比呂
美はいつしか眠りに落ちた。
 窓の外の曇り空は、時折思い出したように日差しを取り戻し、比呂美の身体を優しく温めていった。



 帰宅した眞一郎は家人が誰も居ないのを不思議に思いながら自室の戸を開けた。 ふと、何か違和感を感じ、な
んだろうと考える。
 !
 自分の目で見たものがなんであるのか判断するのにたっぷり10秒以上かかり、一瞬、部屋を間違えたかと記憶
をたどりながら室内を見回す、おかしい、ここは俺の部屋に見える。 硬直した足を何とか動かしベッドに近寄る。
比呂美が寝ている、俺のベッドで?
「比呂美?」
小声で呼びかけてみる。 反応はない。
 まさか! 身体の調子が悪いのかと気になり表情を見たが、寝顔は穏やかに見える。 胸元が微かに上下してい
る。 呼吸はしているようだ。 大丈夫、寝ているだけみたいだ。
「比呂美?」
 再び小声で呼びかける。 比呂美は相変わらず反応しない。 一体何があったのかと考えながら観察する。 答
えはすぐに分かった。 脇に毛布が畳んで置かれている。 今日は天気が良かったから布団を干してくれていたの
だろう。 で、ベッドメイクまでしてくれたところで、うたた寝してしまったというところか。 眞一郎はどうし
たものか迷ったが、比呂美の安らかな寝顔を見ていると起こすのもためらわれた。

 少々卑怯な気もしたが、普段は意識して見ないようにしている比呂美を改めて眺める。 同年代の少女が眠って
いる姿など中学の修学旅行のバスの中以外では見たことがない。 ましてや一対一の密室で、密かに想いを寄せる
少女の寝姿など… 身体つきはこんなに華奢なのに、どこにあんな力が潜んでいるのだろう。 いつか見かけたコ
ート中の比呂美は力強く、躍動感に溢れていた。 俺の知っている比呂美とは別人のようでいつしか比呂美を遠く
感じてまっている自分を思い出す。 眠っている比呂美の表情は、起きている時のそれと違いどこか幼く感じる。
俺の知っている比呂美に近い。 つい、見入っている自分に気付き、我に返る。 いかん、これではまるで寝込み
を襲おうとしているみたいだ。 こんな振る舞いは自分の身の回りの世話をしてくれている少女に対して申し訳な
いと言い聞かせる。

 布団もかぶらずに眠っていては風邪を引く可能性があることを思い出し、折りたたまれていた毛布をそっと掛け
てやった、慎重に、慎重に、比呂美の眠りを妨げないように注意して。 なんとか毛布を掛ける事に成功するとあ
ることに気付いた。 身体を毛布で覆ったせいで罪悪感が大いに軽減された。 やはり自分も男なのだろうか、比
呂美をそんな目で見てしまう事に少々後ろ暗さを覚えた。 当初は毛布を掛けて退出するつもりであったが考えを
変えた。 これは貴重な時間だ。 同じ部屋の中で比呂美と二人きり、この時間を大切にしたいと思い、改めて比
呂美の顔を覗き込む。 安らかな寝顔だと思っていたが、良く見ると目尻に涙の痕が残っていた。 いやな夢でも
見てなければいいが、大丈夫だろうか。 今まで言えなかった事をそっと呟く
「好きだ、比呂美。いつかちゃんと言うから、もうちょっと待っててくれ」
 自分でも大胆なことを言ってのけた。 すると、まるでその言葉に反応すかのように
「ん…」
 比呂美が身じろぎし、
「しん… くん」
 と何事か寝言を言った。眞一郎は自分の耳が正しければ自分の名を呼ばれた気もしたが、はっきりとは聞き取れ
なかった。 確かめたい気がしてしばらくじっとしていたが寝言はその1回きりだった。

 眠り姫の眠りをそれ以上邪魔するのは悪いと思い、机に向かう。 絵本の挿絵に眠り姫を加える事を思いつきデッ
サンを開始する。 デッサンが形になってきた頃合に再び比呂美が声を発した。
「ん…」
 そちらを見ると、どうやら比呂美が目を覚ましたようである。 覚醒する前に退出しようかとも思ったが、この
まま座っていることにした。 寝起きの比呂美を見るチャンスなどそうそうあるものではない。

 比呂美はゆっくり目を覚ました。 目に映る映像が自室の天井とは少し違う事、次いで周囲が明るい事に気付き、
次の一瞬で全てを思い出した。
「いけない!」
 あわてて身を起こすと、覚えのない毛布がかかっている事に気付いた。 不思議に思い見渡すと
「おはよう」
 眞一郎が机に向かう姿勢のまま、こちらに笑顔を向けていた。
 その笑顔は実はよく見れば少々ぎこちないものであったのだが、比呂美はそんな事に気付く余裕はなかった。
「あの、あの…」
「よく寝た?」
「私…」
「コーヒーでもお持ちしましょうか?」
「ご、ごめんなさいっ!」
 比呂美はそういい残し慌てて眞一郎の部屋を飛び出していった。
「やっぱり逃げちゃったか…」
 眞一郎は比呂美の反応が予想されたものだったので一人苦笑した。

 その後、比呂美は自室にこもったまま居間に姿を見せず、気分が優れないと、夕食も眞一郎と時間をずらしてとっ
た。 その夜、布団にもぐりこんだ眞一郎は、その夜の布団が太陽の香りだけではなく、少し甘く優しい香りを放っ
ているのを感じたが、その香りの理由を思いつくより先に眠りについてしまった。

 月曜の朝、眞一郎が朝食のため居間に顔を出すと、比呂美はすでに家を出た後だった。 朝食を終え登校し、教
室に入っても比呂美の姿はなく、いよいよHRギリギリになって姿を見せた。 だが、眞一郎のほうには決して顔
を向けようとはしなかった。 さすがに眞一郎もこの頃には例の一件が比呂美を怒らせたのではないかとあせり始
めた。 悪ふざけが過ぎたことを謝ろうと思ったものの、なかなかタイミングがつかめない。 授業が全て終わり、
比呂美の姿を目で追うと、仲間達と早々に部活に向かうようだった。 これは本気でマズイことになったと思いな
がら、どう謝ろうかと考えつつ下駄箱までたどり着くと
「眞一郎くん」
 比呂美が背後から声を掛けてきた。 眞一郎は謝ろうと振り向きかけたが
「おねがい、振り向かないで!」
 と早口で告げられた。 絶交宣言でも突きつけられるのかと思い身のすくむ思いをしたが
「あのっ 昨日はごめんなさいっ! 毛布、ありがとう、嬉しかった、じゃあ」
 それだけ早口で告げると比呂美の駆け出してゆく気配がした。 振り返ると校舎の影に消える直前の比呂美の後
姿が見えた。 眞一郎は校舎を後にしながら、比呂美に恥をかかせた事を後悔しつつ、いつになったら普通に話せ
るようになるだろうと考えた。








●あとからあとがき
6話まで視聴済み

比呂美をゆっくり眠らせてあげたかった、それだけです。
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