true MAMAN最終章・私の、お母さん~第六幕~


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 [[true MAMAN 最終章・私の、お母さん~第五幕~]]

事故から四日が過ぎた。
病院に近いファミレスに、比呂美の友人達が集まっていた。
愛子、ルミ、カナ、あさみ、それに三代吉だ。
場は極めて重苦しい空気に包まれている。
「どうにかならないかしら・・・・」
カナがため息をついた。
この三日間、三代吉を除く四人は毎日入れ替わりに比呂美を見舞っていた。
だが、見舞いで病室にいる間、比呂美は泣きながら謝り続けるのである。
『迷惑かけてごめんなさい』
『私の為にごめんなさい』
『大切な時期なのにごめんなさい』
見舞いに行くことで比呂美がむしろ病んでいくような錯覚さえ覚える。とはいえ、あれ
ほどまでに不安定な比呂美を一人にする事も出来ず、皆、見舞いに行っては比呂美が
泣き続けるのを見守っていたのである。
だが、それも限界に近かった。このままでは自分達はともかく、比呂美がもたない。
今いる全員が、見舞いに行かなければと思いつつ、足がどうしても病院に向かずにこ
こに逃げ込んできたのである。
「難しいわね。赤ちゃんが無事だった事が、逆にあの子を追い詰めてる。そこから何と
かしないと――」
ルミの物言いに、あさみが反応する。
「そんな!じゃああの時流産した方がよかったって言うんですか!?」
「そうは言ってないわ。ただ、お腹の子にきちんと向き合わない限り、変わらないと言っ
てるのよ」
ルミも珍しく感情的に返す。
「・・・・そんな事、言うもんですか・・・・」
「・・・・ごめんなさい・・・・・・・・」
愛子が憂鬱そうな声を出す。
「なんであんなになっちゃったんだろう・・・・」
一人を除く全員の目が、期せずして一点に集まる。三代吉はここまで、一言も発して
いない。
この中にあって、一人三代吉だけが「眞一郎側」の人間だった。
バスケ部のルミ、カナは勿論のこと、あさみでさえもが眞一郎は「友人・比呂美の恋人」
として認識していた。唯一愛子だけは眞一郎と比呂美に対しほぼ等距離を保っていたが、
三代吉は明確に「親友・眞一郎の恋人である比呂美」に対して接していた。眞一郎が見
舞いに行った際も、彼は付き添っていたのである。
一同の視線は、三代吉ではなく、眞一郎に対する視線だった。
「・・・・俺のせいかも知れねえ・・・・判断が甘かったんだ・・・・」

 

 眞一郎が比呂美の見舞いに来たのは、翌朝の事だった。
眞一郎は結局、ほとんど一睡もしていなかった。三代吉の部屋に布団を敷いてもらい、
横になったが、天井を睨みつけたまま、何事かを考え込んでいる様子だった。
それでいて、三代吉には話しかけない。三代吉もかける言葉が見つからない。
結局、朝までそうやって天井を睨み続け、三代吉はそれを寝たふりをしながら見守っ
ていた。
当然、眞一郎は酷い顔貌のままだった。顔は蒼白、目は真っ赤、目の下には濃い隈
が出来、薬物中毒患者の様相さえ呈していた。
三代吉は眞一郎の姿を見た時、今日も比呂美に会わせるのはまずいのではないかと
思った。多少の落ち着きは取り戻したものの、外見的には昨日よりむしろ悪化している。
しかし、二日連続で顔を合わさないのは、眞一郎以上に比呂美が心配だった。それで、
三代吉はその判断をひろしか、理恵子に委ねるつもりで病院に連れて行った。
病院では二人はすぐに見つかった。
二人はすぐに見つかった。服が昨日と変わっていない。三代吉の予想より心労が激し
いように見える事が気になった。
『おはようございます』
『あ、ああ、おはよう』
返事をしたのはひろしだけだった。理恵子はロビーの長いすに座ったまま、顔も上げ
ない。
『すまない、家内は寝ずに看病して、疲れているようだ』
ひろしが説明した。こちらが何も訊かない内にである。
『・・・・眞一郎を、連れて来てくれたのか。何から何まですまないね』
『いえ、でも、これじゃ・・・・』
眞一郎を見る。思いつめた表情は相変わらずで、血が滲むのではないかと思うほど
に歯を食いしばっている。
三代吉はひろしに向き直った。
少年の父親であり、少女の保護者でもある男は、迷っているようにも見えた。が、小
さく頷くと、こう答えた。
『・・・・比呂美も会いたがっているだろう。病室はわかるね?』
『それはわかります。いいんですか?』
『顔を出さないのも、不自然だろう。三代吉君、すまないが二人を頼む。私は、一度これ
と家に戻らないといけない』
『・・・・わかりました』
一言も発さない理恵子は気になったが、三代吉は一礼し、眞一郎を促した。
病室は個室だった。広い病室にベッドが一つ。TVも冷蔵庫も三代吉の知る病室より
二回り大きい。窓からは海が臨める、明らかに「特別な」病室だった。
その部屋の中で、比呂美は一人ベッドに横になっていた。二人が病室に入っても反応
を示さず、三代吉は眠っているのかと思った。
近づいてみると起きていた。虚ろな目をして、天井を見上げていた。昨夜の眞一郎に
似ている、と思った。
『悪ぃ、起しちまったか?』
出来るだけ軽い調子で、三代吉が声をかける。比呂美は返事をしない。
『・・・・比呂美・・・・・・・・』
眞一郎が彼女の名を呼ぶ。やっと比呂美が顔を二人に向けた。
『眞一郎くん・・・・・・・・試験は・・・・?』
『一日くらい延期しても問題ねえよ。どうせ湯浅に着いて行くだけで本番はまだ後なん
だから。なあ?』
眞一郎が余計な事を言わないよう、三代吉が早口で答える。その場しのぎでしかな
いが、しのげないよりはましだ。
『・・・・ごめんなさい。私のせい・・・・だね』
それでも比呂美は悲しげに謝る。こんな時こそ眞一郎がフォローしなければならない
が、眞一郎は傷ついた比呂美の姿を前に再び沈黙してしまう。
『だから一日くらいじゃ変わらねえって。それよりよかったじゃないか、怪我もたいしたこ
となくて』
どうしても三代吉が一人で空回りしているような構図になってしまう。誰も立ち止まっ
てくれない街頭演説をしている政治家の気分だ。
『――比呂美、俺、大学には行かないよ。働いて、お前と、子供と三人で暮そう』
三代吉が、眞一郎のこの発言を予想しなかったわけではない。病院に来る道でも、何
度となく眞一郎には釘を刺していた。
だが、いきなり炸裂させるとは思わなかった。今の比呂美を見て、言うべきか言わざ
るべきかの判断がつくくらいの冷静さは残っていると期待していたのである。
比呂美の目が大きく見開かれる。
『おい、眞一郎――』
『だから安心しろ、比呂美。お前は俺が守る。俺がずっとついててやる。だから安心して
生んでくれ』
『ちょっと待て、眞一郎!すまん、湯浅、こいつもちょっと混乱してるんだ。今のは忘れて
くれ』
ベッドに手をついて乗り出すようにしている眞一郎を引き離し、無駄と知りつつも言い訳
しながら比呂美を見る。
手遅れだった。
比呂美は全身を震わせていた。涙を拭うこともせず、小さく頭を振り続けた。発する声
も震えていた。
『いや・・・・嫌・・・・・・・・イヤ・・・・・・・・・!そんな、私なんかの為に、私のせいで眞一郎く
んの夢を・・・・やだ!お願い、やめて!そんな事言わないで!』
『落ち着け、湯浅!今のは違うから!』
もう比呂美は聞いていなかった。イヤイヤをする子供のようにしゃくり上げながら、叫ぶ
ように声を絞り出していた。
『私のせいだ!私のせいで、眞一郎くんが!こんな事なら私、あのまま駄目になってれ
ば――!』
三代吉がナースコールを押し、比呂美の状況を伝えた。看護士が入ってきてなだめよ
うとしたが効果はなく、最終的には医師がやってきて鎮静剤を投与した。
看護士から部屋を出て行くよう指示され、二人は廊下に出た。眞一郎は呆然と立ち
尽していた――。

 


三代吉が話し終わっても、暫らくは誰も何も言わなかった
三代吉の話す内容は、まさしく「予想した最悪の更に上」とも言うべきものだった。言葉
が出なかった。
「・・・・考えられないわ。今そんな事を言えばどうなるか、想像つかなかったなんて・・・・」
ようやく口を開いたルミの声には、非難の響きが強く出ていた。眞一郎に対しても勿
論だが、何割かは自分にも向けられていると、三代吉は感じた。
「あいつとしては、喜んでくれると思ったんだろう。言ってる事は、プロポーズそのものだ
からね」
自分で納得していない説を唱える時ほど、虚しい瞬間はない。三代吉の判断ミスの
一因は、まさにルミの言う事が眞一郎の頭にも当然あるはずと楽観した点にあった。
「でも、どうすれば・・・・このままじゃ比呂美、本当に赤ちゃん・・・・・・・・」
あさみが言いかけて口ごもる。この場の誰もがそれを心配し、言葉に出す事を怖れて
いた。
再びの沈黙。
重苦しい空気の中、愛子が慎重に、しかし断定的に言った。
「・・・・比呂美ちゃんはそんな事しないわ」
「それは、そうであって欲しいけど、でも――」
「相手は眞一郎なのよ。眞一郎の子供を堕ろす事なんて絶対にありえない」
愛子の声に自信が加わる。
「比呂美ちゃんはずっと眞一郎の事が好きだったんだよ。もうずっと前から・・・・もしかし
たら、眞一郎が比呂美ちゃんを好きになるより前から」
二年前の麦端祭の日を思い出す。石動乃絵を見かけたと次げた時、乃絵を彼女と呼
んだ時の比呂美の言葉を。
『彼女は私です』
あの時愛子は確信したのだ。石動乃絵がいなかったとしても、眞一郎の隣に自分が
納まる余地はないという事を。理屈ではなく直感で、比呂美の想いが自分など及ばない
ほどに深く、強いという事を。
「そんなに好きな人との子供を、どうしてなかった事になんて出来るの?するわけない。
絶対にそんな事するわけない」
「でも、実際に、言ってるんでしょ。その・・・・駄目ななってた方がよかった、て・・・・」
「生みたくないとは言ってないだろ。生まない方がいいんじゃないかとは言ってるがよ」
「同じ事じゃない」
「全然違ぇよ」
三代吉が断言する。ルミも頷いた。
「そうね。比呂美は一度も生みたくないとは言っていない。生みたいという自分のエゴが
周りを不幸にすると思っているだけ。そんな事はないって、わからせてあげる人がいれば」
「でも、それが出来るのは、仲上君しかいないんじゃ・・・・」
カナがそう言ったが、愛子はもう一人、その役を担える人物に心当たりがあった。
(おばさんなら)
かつて愛子に話してくれたではないか。総てから護るのだと。誰にも傷つけさせはし
ないと。
今こそその誓いを果たす時ではないのか。
ルミがゆっくりと頭を振った。
「そろそろ、比呂美のところへ行くわ。ここで話していても、比呂美にしてあげられる事は
なにもないもの」

 

 愛子やルミが途方に暮れている頃、折れることなく比呂美の元に通い続ける者もいる。
朋与は比呂美の為にりんごを切っていた。
「はい、お待たせ。皮むけないのは勘弁ね」
軽い口調で不揃いな切り方のりんごをベッドの上にしつらえたテーブルに置く。
ベッドごと上半身を起した比呂美は、黙ってそれを見つめていたが、ゆっくりと手を伸
ばすと一切れ口に運んだ。
「おいしい?」
「・・・・うん」
嘘である。味などほとんどわからない。
「おかしいよね・・・・頭では全然食べたいと思わないのに、出されたものは全部食べちゃ
うの・・・・」
「それは、ほら、赤ちゃんが食べたがってるって事で」
朋与は殊更に明るい口調で言う。
比呂美は力なく微笑んだ。この4日間で初めて見せた笑顔が、この自嘲するような笑
みだった。
朋与は一瞬表情を翳らせたが、すぐに笑顔に戻り、
「なんかさ、食べたいものある?今度来た時に持って来てあげるわよ。冷蔵庫もあるか
らプリンとかヨーグルトなんかも平気よね。あ、でも『ガリンコ君』は駄目よ?あんなの食
べたらお腹冷えちゃうから。アイスクリームなら口の中でゆっくり溶かして食べるなら買っ
てきても――」
「ごめんね」
もう何度聞いたかわからない、比呂美の言葉。それでも朋与は話すことをやめない。
「やーねー。何よ水くさい。朋与さんに遠慮は無用!昔から言うでしょ、旅は道連れ世は
情けって」
比呂美は何の反応もしない。朋与がわざとらしく口を尖らせて言う。
「・・・・もー、そこはツッコミ入れてよ、『諺間違えてるよ』ってさぁ。ボケ殺しはいけない
って日生先輩も言ってたでしょー?」
「ごめんね。私、困らせてばっかりだね」
「だからあたしなら全然困ってないって――」
「おばさんね、何も言ってくれないの」
朋与の言葉が止まる。
「毎日来てくれるけど、お花を換えたり果物を切ってくれたり、調子を訊いてくれたりは
してくれるけど、それだけ。ずっと困ったような顔で私を見るの。きっと呆れてるんだわ。
そうよね。こんな騒ぎ起して、眞一郎くんなんて、美大も受けられなくなって・・・・」
「比呂美・・・・」
「きっと眞一郎くんだってそう。やっとおばさんを説得して、絵本作家になる夢を追いかけ
られるのに、私が邪魔しちゃって。私の為に働くだなんて。夢を捨てるだなんて!」
「ね、落ち着いて、比呂美」
「眞一郎くんだけじゃない。あさみも、野伏君も、大事な受験前なのに毎日お見舞いに
来て、そんな暇ないはずなのに!」
「誰も比呂美のせいで何も犠牲になんてしてないわ。だから安心して、ね?」
朋与はもう笑っていなかった。泣いている子供をあやすように顔を近づけ、ゆっくりと、
一言一言をはっきりと発音しながら、比呂美を落ち着かせようとした。
「・・・・ごめんなさい」
比呂美がようやく朋与の視線に気がついて、顔を外に背けながら謝る。
「本当にごめんなさい。朋与にだって迷惑かけてるのに、八つ当たりされてもどうして
いいかわからないよね?」
「だから迷惑だなんて誰も思ってないって。あたしなんてもう学校も決まってるし、なん
も困ってない」
それに、あたしこそあなたに謝らなければいけない。あの日、私があんな所に寄らなけ
ればこんなことにはならなかった。
朋与はまだ比呂美に謝っていない。事故の翌日、顔を合わせるなり泣きながら謝る比呂
美に、朋与は何も言えなくなった。
今朋与が比呂美にどんな謝罪をしても、逆に比呂美が自分を責める材料にしかならない。
それがわかるから朋与は謝れなかった。
だから、今も比呂美の負担にならないよう、またすぐに元の笑顔に戻った。
「どうせあたしは暇だし、学校だって行かなきゃいけないわけでもないから、いくらでも
こき使って頂戴。なんか読みたい雑誌でもあれば買ってくるし、食べたいものがあれば持
ってくるし」
「うん・・・・ありがとう。でも、本当に私に合わせないでいいから」
「だ・か・ら。合わせるとかそんな事考えないでいいって――」
「――雪」
比呂美は窓の外を見ていた。朝はやんでいた雪が、また降り始めていた。
「え?ああ、また振ってきたみたいね」
「雪・・・・せっかく、大好きになったのに」
比呂美が朋与に向き直った。目からは大粒の涙が溢れていた。
「・・・・また・・・・嫌いになっちゃった・・・・・・・・」

 朋与が病室から出てきた。
振り返らず、後ろ手に扉を閉める。
扉が閉まった瞬間、朋与の顔が歪む。
声にならない嗚咽と共に涙でくしゃくしゃになった顔を両手で覆う。
そのまま扉に背中を預けてうずくまり、声を殺して泣き続けた。

 

 雪が本格的になってきた。
眞一郎の頭にも、肩にも、もう雪が積もっていた。
病院の玄関を前に、どれくらい立ち止まっているだろう。
病院側から、患者を興奮させるようなら会わないようにと厳命された。
まさか、あんなになるとは思わなかった。
眞一郎にしてみれば、あれはプロポーズだった。比呂美より優先するものなどないと
いう宣言だった。泣いて嫌がられるなど考えていなかった。
どうしろと言うんだ。このまま知らん顔をして大学に進めというのか。そんな事出来る
はずないのに。絵本作家になる夢だって、生活が安定してからもう一度考える事だって
出来るんだ。決して捨てるわけじゃない。
だが一方で、それでいいのかと思う自分もいた。本当に何年か後になって、もう一度
筆を執れるのか。悔いは残らないのか。
何が正しいのかわからない。今どこを向いているのか、どこへ向かえばいいのかわか
らない――。
(会うのはやめよう)
眞一郎はそう思った。自分がどうすればいいのかもわからないのに、それで比呂美に
どう話せというんだ。また混乱させて大事になってしまう。
眞一郎は回れ右をして門に向かっていった。敷地を後一歩で出るというところで、彼
を呼ぶ声が聞こえた。
「何してるの?仲上君・・・・」
眞一郎が振り返ると、朋与が玄関に立っていた。眞一郎の知っている姿でありながら、
彼の知らない朋与が立っていた。
「黒部さん・・・・」
「こんなところで、何してるって訊いてるのよ、仲上眞一郎!」



ノート
このシリーズ中での眞一郎の扱いは「甘い理想家」です。他の方のSSでは眞一郎は全般的に魅力のあるモテる男である場合が多いですが、
僕のシリーズでは一貫して「偶然同時期に三人から想われたが、実際には優しい事と責任感がある以外に取り立てたところがない男」です
(十分美徳ですが)。比呂美の友人は全員「比呂美が幸せだと言うから何も言わないだけで、釣り合うとは思っていない」が本音。特に朋与は
この傾向が強いです(修学旅行編でも私が怒って~でも、Amour~のUn retourでも、やや否定的な評価をしている事が多い事にお気づきでしょうか)

 

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