比呂美のバイト その11


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【それはないです、比呂美さん…】 比呂美のバイト その11


(いやこれは反則だろう…)
 初めて仕事着で出てきた比呂美を見て、眞一郎は内心で激しいツッコミを入
れた。初めて仕事着を着用する、バイト仲間の女の子達は、お互いに見せ合っ
て、似合うだの綺麗だの、やいのやいの言っている。
「あ、眞一郎くん。似合う?」
 比呂美がくるっと回ってみせた。
 ひいき目に見なくとも、仕事着を着た比呂美は群を抜いていた。普段から背
筋がきちんと伸びていて、スタイルが良い事もあって、やたらに良く似合うの
だ。
 眞一郎は思わずぼーっと見惚れてしまい、上司が咳払いして彼を正気づかせ
た。
(なんだか、これだけで十分元は取れているような気が…)
 全く本末転倒な話である。が、眞一郎も男だ、仕方が無い。
 業務中で自分で出来ないがゆえに、三代吉をカメラマンとして引っ張りだそ
うかと本気で考えていたりする彼だった。
 実際にバイトが始まってみると、眞一郎の仕事は比呂美と違って、ひたすら
純粋に雑用をする役である。比呂美の姿に見惚れているばかりというわけには
いかず、慣れない肉体労働で体に悲鳴を上げさせながら、かけずり回る毎日を
送る事になった。


 眞一郎と比呂美の新しい生活が始まっていた。
 学校が終わるとそのまま二人で一緒にバイト先に向かい、その場で用意され
た仕事着に着替えて仕事に就く。
 仕事とはいっても、本当に忙しくなるのはまだ少し先。習う事、覚える事、
自分の与えられた役割をしっかりこなせるように慣れていく事。それが二人の
今の仕事に近い。習熟するための時間がそれなりに取れるため、初めてのバイ
トとしては好適なのだろうという気はする。
 それでも、仲上の名前を背負った上での従事ではある。その名前が無ければ
落とされていた可能性は十分にある。それだけに中途半端な仕事や問題を起こ
しては、家の名前に泥を塗る事になる。
 実の所、その思いは比呂美の方により強かった。理恵子との約束は、大きな
希望と緊張をもって、彼女を動かしていた。 

 眞一郎はといえば…。
 彼は同じ職場でも役割が全く違う仕事をしていた。比呂美と接触する機会が
少なく、その事については残念だったが、全体としては、この職場にかなり満
足している。よくぞここを選んでくれたと比呂美に感謝していたぐらいだ。
 遠目でも、普段と衣装の違う比呂美の姿を見るたび、彼の胸は熱くなったの
だ。【注:という表現がふさわしいとは全く思わないが、便宜上そういう表現
にしておく】

 比呂美の評価はみるみる上がり、雇い主にも非常に重宝され、喜ばれる事と
なった。仲上での経理の手伝いが無駄ではなかった事を比呂美はすぐに知った
が、その手伝いそのものが、比呂美の将来を案じた仲上の母の心遣いの一環で
あった事を、彼女は疑ってはいなかった。
 仲の悪い冷戦中であっても、きちんと比呂美のために動いてくれる。仲上の
母はそういう女性なのだ。
 二人はバイトを始めた事を友人達に黙ってはいたが、(主に比呂美の)評判
が良いがため、それは早晩知れ渡る事になるだろう。本当に美人は得だ。むし
ろ損ではないかと思うぐらいに得だ。そればかりは、まったく先が思いやられ
る話だった。


 バイトが終わるのは、今のところ夜の8時である。
 その後は二人で仲上家で夕食をとるのが日課となっていた。両親も少しだけ
食事を遅らせ、夕食の時間を二人に合わせてくれている。
 バイトで時間を使う関係上、夕食を用意する時間が厳しくなる。眞一郎の勉
強も見てもらうわけだし、夕食ぐらい仲上で食べて行きなさい。母が支援を申
し出て、比呂美は素直にそれを受けたのだ。

 ”あの日”以来、比呂美と母の間はドラスティックなまでに改善されていた。
 以前は、努力して保つ中立、条件つきで限定的な緊張感のある友好関係、と
いった風情だったというのに。今や、ぎこちないながらも、仲の良い母子のよ
うな雰囲気まで感じさせるようになっているのだ。
 もはや父も安心しきっている様子で、物静かながら、穏やかに機嫌の良い顔
を浮かべている。
(なんであんな話でこうなるんだよ…)
 仲上と湯浅の両親の過去話は、決して美談ではない。醜聞や恥に近いもので
あると言っていい。眞一郎自身は未だ受け止めきれない部分があるのだ。
 それなのに、それを話しあっただけで、女性二人の間の壁が、なぜかほとん
ど消えている。不満とは言わないものの、微妙に納得がいかない眞一郎である。
 ただし、他の3人が納得しているのであれば、わざわざ悪い方にひっかき回
す意味はない。

 結局、周囲の環境の変化に戸惑う眞一郎は、食事後にボヤいた。
「女って、よくわからん…」
「今ごろ気付いたのか」
 父が答えた。母はいたずらっぽく、比呂美は照れたような笑いを浮かべた。
 仲上家は平和であった。

                ◇

 夕食の後、12時ぐらいまでは、比呂美の部屋で勉強となる。
 比呂美はそこではじめて私服に着替えるのだが、驚いた事に、初日から眞一
郎との勉強の時専用の服、らしきモノが用意されていた。それはもう、何とも
言えない、圧倒的に目の毒な代物であった。

(そ、それは一体何ですか、比呂美さん?)
 眞一郎は、心の中でドモった。心の中だけでなく、実際の行動も、焦るあま
りに挙動不審な少年Aになっている。思わず気圧されて後ずさってしまった。
顔は真っ赤である。
「さ、お勉強の時間よ」
 比呂美がバスルームで着替えてきたのは、白いブラウスに紺のタイトスカー
トという姿だった。もちろんメガネ装備。髪は後ろでまとめている。コテコテ
の女教師ルックであった。
「どうしたの?」
 比呂美はビビってしまった眞一郎に近寄り、上目使いで聞いてくる。
 眞一郎は、慌てて目をそらした。
「あ、うん。その…。よく似合うよ」
「そう?」
 比呂美はまんざらでもなさそうだ。しかし、バイト初日から、職場での仕事
服といい、勉強会での女教師ルックといい、嬉しいのだがあまりに目と心臓に
悪過ぎた。
(俺の理性が飛んだらどうするんだよ!)
 眞一郎は、心の中で叫んだ。

 そう思いつつ、微笑んだ比呂美の顔に、抵抗しがたい大人の色気を感じてし
まう。眞一郎は思わず、手をその頬に伸ばし…。
「!!」
 慌ててその手を引っ込めた。
 比呂美が、それはもう物凄い眼で、睨んでいたのである。そんな眼で見られ
て縮みあがらない男はいないだろう。
『勉強よ』
 比呂美は冷たく言った。
(それはないです、比呂美さん…)
 そんな格好を見せられて、我慢しろと。
 キスぐらいさせてくれてもいいじゃないか。
 大体、そんな服、いつ揃えたんだ。微妙にマニアックじゃないのか?
 等々考えつつも、口から出た答えは
「はい…」
 であった。男はつらい。
 生殺しか焦らしプレイか天然かはわからないが、比呂美のポテンシャルは恐
るべしとしか言い様がなかった。


 家庭教師としての比呂美は、非常に優秀だった。
 内容をきちんと理解し、咀嚼した上で教えてくれるため、よく整理されてい
るし、まとまっている。
 何より、眞一郎に教えよう、伝えようという意欲が非常に強い。給料のため
にルーチンワークで授業を行うだけの、並の学校の先生に比べると、全然違う
のだ。
 もちろん、勉強の時に着替えてくれる女教師ルックも、相当に効いていた。
中年親父に教えられるより、美人の先生の方が色々な意味でヤル気に結びつく
ものだ。彼は男であり、そこを上手く刺激した比呂美は上手であった。
(一体どこでこんな事を覚えてきたのだろうか…。不思議でしょうがないが、
そこは女の七不思議である)

 眞一郎は、元々頭の回転自体は良い男である。あまりヤル気のないのがネッ
クになっていただけだ。
 ところが今回、比呂美のヤル気が尋常ではなかった。先日の母との話以降、
花のように輝き広がるオーラを身にまとっている感じまでする。一緒にいるだ
けで、眞一郎には活力が湧いてくるのだ。
 それに引っ張られ、眞一郎の身の入り方、取り組み方も変わっていた。いつ
までも引っ張られ、教えられたままでは済まないと、自然に考え始めている。
男のプライド。眞一郎には珍しく、勉強でそんなものが刺激されているのだ。
 先日、母と話して以来、母との関係だけでなく、比呂美自体がハッキリと変
化してきている。良い意味で、眞一郎への遠慮がなくなり、よりダイレクトな
関係になりはじめている。それが眞一郎には嬉しかった。

 明らかに…。そして、急激に。まるで化学変化でも起こすかのように、眞一
郎の勉学の道が開けつつあった。
 実際に目に見える試験結果として現れるのは少し先だが(二学期の期末テス
トでは十分な成果とならないだろう)、自分との関係が少し良くなるだけで、
これほど眞一郎も変わってくれる。比呂美は嬉しくて仕方がない。
「10分だけ、休憩ね。紅茶いれてくる」
 比呂美は厨房に向かった。
「ありがとう」
 教科書から顔を上げ、眞一郎は言った。その短い礼だけで心がくすぐられ、
思わず鼻歌を歌いながら少量の水を火にかける比呂美であった。

 眞一郎が温かいいれたての紅茶の礼を言うと、二人は並んでソファに腰掛け
た。
 このソファは、あの日に比呂美の”倉庫”から、二人で持ち出したものだ。
凝った意匠ではないシンプルな物だが、ひじかけを持ち上げる事ができるので、
横になって昼寝するのにはちょうど良さそうな、便利な作りだった。
 比呂美的には、「眞一郎が良く来るから、ソファが要る」のだそうだ。その
理屈は眞一郎には意味がわからなかったが、こうしていると何となく納得でき
てくる。
「いいな、このソファ」
 並んで紅茶を飲みながら、眞一郎は言った。
「うん」
 比呂美は微笑んだ。
 床に座布団で座っているより、リラックスできる。何より、二人で並んで座
っていられる。それが良かった。
 二人の距離は、10センチぐらい。少しだけ近づけば、肩と肩が触れ合う。も
っと体を寄せてしまいたいという誘惑にかられるが、まだ休憩時間であった。
自重する。
「俺に教えてて、自分の勉強は大丈夫なのか?」
 それだけが、少し気掛かりだった。比呂美の足を引っ張りたくはない。
「平気。人に教えると、自分の力になるから」
 比呂美は事も無げに言う。眞一郎もそういう話は聞いたことがあるから、そ
れ以上は言わない。
 本当に何ともないとは思わないが、今は好意に甘えておく事にした。自分の
将来が比呂美の将来になる、その自覚が生まれ始めているのだ。
「眞一郎くんは筋いいから。教えるのも楽だし」
「そうかなあ…」
 さすがにこれは、お世辞ではないかと思う。
 ついさっきまで、ダメ出しを食らいまくっていた。勉強時間中の比呂美先生
は、とても厳しい。
「私ね…。眞一郎くんとこうして一緒に勉強するの、夢だったから」
 少しだけ比呂美の頬が染まり、目が潤んだ。本当に嬉しいのだろう。
 眞一郎の胸がドキリとした。
 思わず、10センチの距離を詰め、比呂美の肩に手を…。
「!!」
 あの眼で睨まれた。
 今はただの休憩。勉強中であった…。

                   ◇

 その日のバイトは少しハードで、比呂美の部屋についた時は、二人とも疲労
の色が濃かった。
 それでも比呂美は教師服に着替え、教えてくれようとする。
「比呂美、今日はもういいから」
 さすがに眞一郎は、勉強の内容より、彼女の疲労と体調が心配になっていた。
「勉強はサボっちゃだめなの。習慣にしないと力にならないから」
 彼女は健気にそう言って、続けてくれる。断りきれず、眞一郎は教科書を開
いた。

 11時半を過ぎた頃である。数学の問題を解き終えた眞一郎が顔を上げると、
比呂美は左手を枕に、机に突っ伏していた。
 その事に気付かなかった自分に、我ながら驚く。苦手だと思っていた数学な
のに、これほど集中して問題に当たれるとは。まさに比呂美のおかげだった。
 とはいえ、これでは風邪を引いてしまう。
「比呂美、起きろ」
 声をかけても起きないので、肩に手をかけて揺さぶる。やはり起きない。
 考えてみれば、毎晩毎晩である。学校が終わってから、まとまった休憩はあ
まり取れない日々なのだ。疲れがたまって当たり前だった。
 比呂美は自分以上に疲れがたまっていたのだろう。少し目を離したこの短時
間で、すっかり熟睡してしまったようだ。
(ごめんな…)
 眞一郎の勉強に付き合わなければ、比呂美はマイペースでできる。ここまで
疲れをためる事もなかったはずだ。
 だからといって、この勉強会をやめるわけにはいかない。彼女が納得しない
だろう。自分としては、もっとはやく、きちんと出来るようになって、彼女の
負担を減らしてやる事を、考えるべきだった。
(しかし、困ったな)
 肩から布団をかぶせてやるだけでは、身体が冷えてしまうだろう。
 だからといって、ロフトベッドに抱えて上げるのは、少し危ないし、荷が重
い。ロフトベッドから布団を降ろして、地べたで寝かせるのもどうか…。
 気が付いた。ソファがある。あれに寝かせ、布団をかけてやれば、それほど
悪くないのではないだろうか。

 眞一郎は、まず比呂美の身体を横にし、次に背中と足に腕を入れて、ひざ立
ちで彼女の身体を抱えた。お姫さま抱っこの要領である。
(軽いな…)
 運動しているとはいえ、そこは女の子だ。記憶にある男友達の体重よりは、
だいぶ軽かった。ぶつけぬよう、起こさぬよう、膝で少しずつ歩き、ついに彼
は比呂美の身体をソファの上に横たえた。
 次にロフトベッドに上がり、目覚まし時計のボタンをオンにしてから、枕と
掛け布団を取って降りてくる。
 だが、比呂美の頭の下に枕を入れようと彼女を見下ろした所で、眞一郎は大
変な事に気付いてしまった。

(スカート、めくれてる…)
 お姫様抱っこなんかしたものだから、当たり前といえば当たり前かもしれな
い。スカートがずり上がって、太ももが半ば以上露出していた。下着がギリギ
リ隠れるぐらいに。
 途端に、心臓が強く脈打ちはじめる。
 それまで、比呂美に悪いと、あえて考えない、感じないように努力していた
事だが、抱えて運ぶ過程で、不可抗力で胸やお尻に触れもしていた。その感触
がよみがえってしまったのだ。

 無防備な寝顔を見せる比呂美の寝顔は可愛らしく、美しかった。それを汚す
ような事は、自分にはできない。彼はそう思おうとした。
 頭をブンブんと振ってとにかく煩悩を追い払い、枕を比呂美の頭の下に入れ
てやる。乱れて顔にかかった髪を、指先ではらった。
 そして毛布を手に取り、比呂美の体にかけようとする。
 乱れたスカートの裾を直そうとして…。彼は少しだけ、煩悩に負けた。裾を
逆に少し上げたのだ。
(ごめんな…)
 10秒ほど後に彼は裾を直し、毛布とかけ布団をきちんとかけてやった。

 いつもの帰宅時間までにはまだ15分ほど間がある。
 そして彼は、衝動にまかせ、その時一番、自分がしたいと思うことを、した。





その10ではありません。11です。
息抜きに軽い話を書きたくなり、編集中の10は飛ばしてみました。

8から10は書き方と要求仕様が異常で、時間が10倍以上かかります。
(書く側からすると、あれは難解な方程式かパズルのようなものです)
10での結論は見えているはずで、細かい内容は11に影響しませんから、11を先
に出してみたわけです。
ハルヒの話数シャッフルに色々と勉強させてもらったので、ちょっとリスペク
トの気分もあり。

ある程度結論の見えた状態で、未来を先に見せる事で、ただ存在するだけの過
去が謎の出来事になり、未来が過去の伏線になる。あのやり方は見事でした。

しかし、イチャイチャ話は書くのも楽だし、なにより楽しいですね、ほんと。
色々と勉強と経験になったのは、実験しまくった8~10ですけれども…。

次は、12か10になります。







比呂美のバイト その11…の2


 比呂美が目を覚ましたのは、午前2時半頃だった。エアコンはついたまま、
部屋の灯は豆球だけで薄暗かった。眞一郎の姿はすでにない。
 記憶が飛んでいて、何がどうなっているのか、すぐにはわからない。
 自分はソファで寝ていて、その上にはきちんと布団がかけられている。どう
やら眞一郎がやってくれたのだろう。
 そこまで考えて、彼の前で眠ってしまい、彼にそのまま寝かしつけられた事
に気付き、なんだかこそばゆい気がした。すこしドキドキしてしまう。
(眞一郎くん、変な事しなかったかしら…)
 特に着衣が乱れているわけではなかった。実は、多少変な事をされても別に
かまわない気がしなくもないのだが、最初ぐらいはケジメをつけてはおきたい
という気持ちは強い。だから、何もなかったらしい事は素直に嬉しかった。

 きちんとベッドで寝なおそうと電気をつけた時、彼女はそれに気付き、真っ
赤になった。テーブルの上に、ノートが一枚破かれた、紙が置かれていたのだ。
 その紙には、鉛筆で絵が描かれていた。比呂美の寝顔のデッサンであった。
そんなに時間をかけて描かれたものとは見えないが、とても美しく、安らいだ
顔で描かれていた。
 その絵はとても上手い。上手いだけでなく、どこか特別な感じがする。
(こんな絵が描ける人なのね…)
 でも、恥ずかしかった。寝顔だなんて。
「馬鹿…」
 比呂美は愛しそうにつぶやき、その絵を抱きしめた。

               ◇

 翌朝、始業近くに眞一郎が登校すると、比呂美がすぐに彼の机に近寄ってき
た。彼女の顔に、昨日の疲れの影はもうない。
 二人とも全く気付かないが、教室のトーンがすっと下がった。
「あの…。昨日はごめんなさい」
 珍しく、比呂美が言いよどむ。少し顔を赤らめてもいた。少し気恥ずかしか
ったためだ。
「お前、風邪ひかなかったか?」
「うん、なんともない」
「そうか。まあ、元気そうでよかった」
 彼は少し安堵したようだった。
 だが、眞一郎の顔は、すこしやつれているようにも見え、動作も気だるそう
だった。大丈夫かな、と比呂美は思った。
「眞一郎くんは…?」
 その問いを聞き、今度は少し眞一郎が顔を赤らめ、目をそらす。だが、彼が
なんで赤面したのか、比呂美には全く見当がつかなかった。
「俺は、全然平気だから。じゃあ、また後でな」
「うん…」
 少し心配ながらも、ここでどうにかなるものではない。眠いだけかもしれな
い。比呂美は素直に席に戻ることにした。
 比呂美が席につくのを見届けた後、眞一郎はあくびをした。つられたように
比呂美もあくびをする。
 その途端、静まり返っていた教室が、ドヨっとなった。二人には意味が不明
ながら、ざわ…ざわ…と話し声がうねってゆく。

 さすがにたまらず、と言った様子で、三代吉が小声で眞一郎に言った。
「お前ら、何したんだよ…」
 まだ眠気がさめず、頭の回っていない眞一郎には、教室の反応も三代吉の質
問も、何を意味しているのか、さっぱりわからない。三代吉も細かくは聞いて
こないので、その時は適当に流しておいた。


 二人が、火消しに失敗した事(というか、そもそも火事が起きていた事)を
知り、ようやく当人まで到達したウワサにそろって赤面したのは、昼休みにな
ってからであった。
ツールボックス

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