比呂美のバイト その12


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【こういうの似合わないと思ってたのに】 比呂美のバイト その12


 麦端神社の鳥居をくぐった女子高生が、参道に居た巫女に手を振った。
「お、居た居た。比呂美ィ~」
 小走りに近寄ってきたのは、朋与だ。
 その後ろにはさらに二人。三代吉と愛子。こちらは肩を並べ、ゆっくりと歩
いてくる。
 参道の上、袴姿で雪かきをしていた比呂美が振り返る。昨晩少しだけ降った
雪が、境内を白く染めていた。
「朋与」
 親友の顔を見て、比呂美の顔が少しだけほころぶ。巫女装束を身にまとう姿
を知り合いに見られるのは、ちょっと気恥ずかしかった。
「ほんとにやってたんだ、巫女さんのコスプレ」
 朋与がおどけて言った。
「コスプレじゃないったら」
「でも、さすがバスケ部のエース。雪かきする姿が決まってる」
「掃除にバスケは関係ないでしょ」
 笑って、比呂美は話しながら雪かきを再開する。
 平日の午後。来客などはほとんどないから、度を越えなければ立ち話の黙認
はされるだろう。それでもずっとやり続けるというわけにはいかない。
「いや~、巫女さんってスタイルが良いとやっぱりいいよねー。あんたを見に
お客さん増えるかも」
「ないない」
 朋与はいつになくはしゃいでいた。
 友達のコスプレ(?)姿を見て、気分が盛り上がってしまっているらしい。
それが比呂美には少しおかしい。
「でもさ、これぐらい巫女さんのカッコが似合うコって、実際珍しいよ。はや
りのオタクとかカメラ小僧なんかが来るかもよ?」
 両手の人さし指と親指でフレームを作って、覗き込んで来る。カシャッカシ
ャッと口で言って、比呂美をからかった。
「それはちょっとイヤかも…」
 比呂美は苦笑した。

 三代吉と愛子が追いついてきた。
「比呂美ちゃん、ホント似合う~」
 愛子もやはり目を輝かせている。さすがにこう褒められるとむずかゆく感じ
てしまう比呂美だった。
「どーも。眞一郎は?」
 三代吉は、まずそれを聞いてきた。
 比呂美が境内の隅を指さして答える。眞一郎はより面倒な所で雪と格闘して
いた。力仕事・雑用要員だけのことはある。
 三代吉と愛子は礼を言い、背中を向けてそちらに向かっていった。
(いいな…)
 隣同士で歩くその姿が、比呂美にはとても好ましく思えた。眞一郎にもう少
しだけ積極性があれば良いのだが、オクテな彼は、なかなかそのあたりが面倒
なのだった。


「お仕事ごくろー、青少年」
 懸命にシャベルで雪かきをする眞一郎の後ろ姿に、三代吉が声をかけた。
 眞一郎が振り返る。
「三代吉、愛ちゃん」
「お疲れさま。ほんとに働いてたんだ。こういうの似合わないと思ってたのに」
 愛子がねぎらい半分、冷やかし半分の声をかけた。
 眞一郎はちょっとテレて、またシャベルを雪に突き刺す。
「しっかしお前、よりによってよくここで働く気になったな。麦端祭りの舞台
で踊った場所じゃねーか。花形が雑用かよ」
 三代吉は呆れたように言ってくる。
「おかげで採用してもらえたんだから、文句は言わないよ」
 笑う眞一郎だった。実際の所、自分が花形をやってここで踊った事、実家の
奉納等の関係がなければ、とても採用はされていない。
「それに俺は、比呂美のおまけだ」
「あー、なんかわかる。比呂美ちゃんが、一緒に雇ってくれって言ったんじゃ
ない?」
 愛子が面白そうに言った。
「そんな感じ。けっこういい加減なもんだよ、この神社」
 なにせバイトの募集があったのは女性の巫女だけで、男性バイトの募集はな
かったのだから。比呂美の容姿と仲上の名前が何より効いただけである。
「なんだ、縁故採用の上におまけかよ」
「悪かったな」
 だが眞一郎は、言葉で言うほど嫌々仕事をやっているようではなさそうだっ
た。それなりに割り切って体を動かしている。働く者としての芯が、僅かなが
らも出てきていた。

(ちょっと前まで甘いボンボンだったのにねぇ…)
 愛子は、爪の先ほどの痛みと共に、眞一郎の成長を喜んでいた。ごく僅かな
痛みが消えるまでには、あと少しだけかかる。だが、それはいずれ消える。消
してみせる。
 その自信はあった。なぜなら、横にもっと大事にすると決めた男がいるから。
 いじり、いじられながら、3人はそれぞれに笑顔を浮かべていた。


「ナンパとかされたりするんじゃない? あんたの旦那、頼りないからねえ。
ちゃんと守ってくれるかなー」
 朋与が冷やかし半分で心配の言葉をかけた。
「旦那って、そんなのじゃ…」
 反射的に否定してしまう比呂美である。今までの癖はなかなか消えないよう
だった。
 現実の話としては、この一週間ほどのバイトで比呂美は2度ほどナンパめい
た目にあい、職員のフォローが入っていた。眞一郎は間が悪く、そこに居合わ
せてはいなかった。
 心配させるのがイヤで、眞一郎にその話はしていない。
 それと…、眞一郎がそういう事に対応できるかどうか、少し自信もなかった。
基本的に、彼は争いに向かないのだ。
「あら、違うの? 仲上君かわいそ~」
 朋与は意地悪モードで、ニヤっとした笑いを浮かべた。

「違わない…かも」
 僅かに頬を染め、比呂美は照れ隠しで参道の雪に当たる。
「お、やっと素直になった。前はいつも、そんなのじゃないって否定してたも
んね」
 比呂美が眞一郎との交際を朋与に対して認めたのは、実はこれが初だった。
「朋与、いじめっこみたい」
「いえいえ、彼氏がいなくてひがんでるだけです。…ところで比呂美さん。よ
くバイトに受かったね」
 朋与の意地悪モードは終わらない。比呂美に『さん』付けで呼びかける時、
朋与は冷やかしたり、からかったりしている。
 でも、本当は嬉しくて仕方がないのだ。やっと比呂美が本当の気持ちを自分
に教えてくれたから。そして、それは比呂美自身ももわかっていた。
「うん、たぶん応募が早かったせいだと思う」
 比呂美は真面目に答えた。本当は思いっきり縁故頼りなのだが、それは言う
必要のない事だった。
「そういう意味じゃなくてね…」 
「ん?」
「巫女さんって処女じゃないとなれないんでしょ? それなのによく採用して
くれたねえ」
 朋与は比呂美専用の笑顔を見せた。こんなニヤニヤとした笑いは、本当に比
呂美にしか見せられない。男が見たら目の上に斜線でも現れそうな、ある意味
でスペシャルな笑顔だった。
「えっ、あ、私…」
 比呂美は思わず雪かきの器具を取り落とし、顔を真っ赤にして、口元を手で
覆った。
「比呂美、可愛い~」
 朋与はスペシャルな笑顔のまま、次にどうやって比呂美をいじるかを考えて
いた。


 本堂を歩く別の巫女を横目で捉え、三代吉が言った。
「しかしまあ、あっちも巫女さん。こっちも巫女さん。いい職場だねえ…」
 しみじみと、といった風情である。
「お前そんな趣味あったのか」
 呆れたように眞一郎が突っ込む。
「日本人だからな。日本人なら巫女さんに惹かれるのは当然。そこの巫女さん
がお経読んでる所、是非見てみたいぜ」
「…お寺と神社の区別、ついてないだろ」
「そんなのどっちでもいいんだよ。だれだっけ、『可愛いは正義』って名言残
した奴がいただろ」
「なんだそれ、ほんとに名言か?」
「お前は赤い袴を履かないのかよ。なんだよその地味な白い袴」
「俺が女装してどうするんだよ!」
 もうメチャクチャである。
 さすがに愛子が吹き出し、おなかを抱えて笑い出した。
「しっかし湯浅さん似合ってるよな~」
 三代吉の目は、雪かきをしながら朋与と話す、比呂美に向いた。
「ああ…」
 眞一郎も巫女装束の比呂美を見ていた。目を細めている。それは恋する者の
目だった。
 眞一郎の仕事は、バイト仲間である巫女達に比べて、はるかにハードで地味
である。下働きの下働き、という役目だからだ。
 それでも彼がそれなりに満足して仕事ができているのは、初めて知る労働の
喜び、というだけではなかった。巫女の姿で楚々として仕事をする比呂美を、
間近で毎日見る事ができるからだったのだ。

「でもよー、ここの巫女さんのうち、何人がちゃんと処女なんだか」
「おい…」
 たしなめつつ、眞一郎はちょっと赤面した。巫女姿の比呂美を眺めている時
にそんな事を言われれば、眞一郎としては無理もなかった。
(比呂美を見ながらそんな事言うなよ!)
 本当はそう突っ込みたかったが、さすがに無理である。
「なんだその反応。さてはお前らやっぱり…」
 言いかけた所で、三代吉の体が前に吹っ飛び、雪だまりに、頭から突っ込ん
だ。
「わっ!」
「三代吉!?」
 男二人の驚いた声が上がる。
 犯人は愛子だった。振り上げた足を地面に戻す。どうやら三代吉を後ろから
蹴り飛ばしたようだ。
「うわ、愛子」
「ちょっとそこになおれ! そのスケベ根性を叩きなおしてやる!」
 湯気が立つような、怒りともなんとも見当のつかない、でも凄い迫力の愛子
が、じりじりと三代吉に迫る。
 眞一郎はさりげなく数歩下がった。こういうケンカは犬も食わない。巻き込
まれるとひどい目にあう。
「愛子、愛ちゃん、これはお約束の突っ込みってやつで…」
 三代吉は尻をついたまま、慌てて手を振る。
「うるさい、この変態! 女の子をそんな目で見るなんて、絶対許さないから
ね!」
 愛子の剣幕はすごい。眞一郎はまた2歩下がる。
「でもよ。高校生なら、付き合ってりゃ自然に…」
 慌てて言い訳し、三代吉はさらに墓穴を掘る。
「ふーん、そうなんだ。あんたもそんな目であたしを見てたんだ」
「見てないってば!」
 三代吉は掘った墓穴に飛び込んだようである。
「あたしに魅力がないっていうの!?」
 逆上する愛子。
「そんなことないって、ちゃんとそういう目でも見てるから!」
 三代吉は墓穴の中でガソリンをかぶったようだ…。
「ほら、やっぱりそうじゃない。このドスケベ!」
 悲鳴が上がる。
 愛子の言っている事は支離滅裂、もうメチャクチャであったが、次々に自爆
を繰り返した三代吉にも問題があった…。
「眞一郎、助けてくれ」
 手近な所から雪を拾って次々に投げつけてくる愛子から逃げ、三代吉は眞一
郎の後ろに隠れる。
 眞一郎は愛子の目を見て…三代吉の前から体を退く。今の愛ちゃんにはかな
わない。逆らわない方が無難である。
「知るか」
 愛子はついに三代吉の襟首を掴んだ。
「じゃあね、眞一郎! ほら三代吉、きりきり歩け!」
 そのまま、三代吉を引きずり、鳥居の外、神社の外に二人は消えていった。
(良いなぁ…)
 自分達もあれぐらい気軽なやり取りができるようになりたいと願う眞一郎だ
った。


 神社を出ると、三代吉の襟首をひっつかんでいた手は外され、凄かった愛子
の剣幕は瞬時に消えた。そのまま少し気落ちしたような様子で、彼女はとぼと
ぼと無言で歩いている。
「おい…?」
 今まで振り回されていた三代吉は、この激変についていけていない。おずお
ずと声をかける。
「比呂美ちゃん、綺麗だったね…」
 愛子はつぶやいた。
「まあな」
 未だ掴みきれていない三代吉は、気のない返事で探るしかなかった。
「ごめんね、三代吉…」
 どうも、暴れた事を謝っているようだ。あまりに塩らしくなりすぎた愛子に、
驚く。さっきの大暴れは、もしかして演技か?と舌を巻いていた。
「気にすんなよ。ああいう愛ちゃんもけっこう楽しかったぜ」
「私、魅力ないよね…」
 どうやら落ち込んでいるらしい。

(ま、あれじゃしょうがないか)
 比呂美の巫女姿は、清純な色気が身を包んでいるようで、周りの空気さえ静
謐に変えてしまう。あまりの魅力に、愛子一筋な三代吉でさえ目をそらすのが
困難だったほどだ。祭りの振り袖も破壊的に似合っていたが、巫女姿もあれほ
どとは…。
 愛子は同じ女として無心ではいられなかったのだろう。女として生まれた以
上、美への憧れは捨てきる事ができないものだ。
(でもあんなのと比較する方がおかしいんだぜ?)
 愛子は可愛い。どこに出しても、誰に見せても自慢できるほど可愛いと、三
代吉は思っている。
 それでも"別格"や"例外"というものがある。そんなモノと比較するのは、無
意味なだけじゃなく有害だ。割り切って見て楽しむだけにして、放っておいた
ほうが良いのだ。それを教えてやりたいぐらいだった。
「そんな事ねーよ。愛ちゃんは可愛い。ファッションセンスもいいしな。俺が
保証する」
 三代吉はあえて演技がかった態度で言った。
「三代吉に保証されても…」
 不満っぽく言うが、愛子は少しだけ気分を直しているようだ。
「なあ、手、つないでいいか?」
 愛子は三代吉の顔を見上げ、そして視線を落とし、顔を赤くして言った。
「いちいち聞かないでよ、恥ずかしいなあ」
 照れる愛子の姿を、三代吉は心から愛おしく思い、その手を取った。

「なあ、ちょっとショッピングセンター寄ってかないか? 愛子に似合う服、
探そうぜ。んで、今度それ着てデート行こうデート」
「あんた金欠なくせに、何いい加減な事言ってんのよ」
 文句を言いながら、愛子の機嫌は戻っていた。三代吉の配慮でちょっと涙ぐ
みそうになる。それを振り払うように、彼女は元気よく言った。
「ほら、さっさと店に行くよ!」
 二人は本当に良いカップルなのだった。





年末年始の神社のバイトで巫女さん、が正解でした。
時期は絶対に、何があろうと12月。そう言った理由がこれでした。

実はこのバイトシリーズ、「比呂美を巫女さんにしてみたい!」だけで始めた
ものです。
どうやったら比呂美を巫女さんにできるか、頭をひねった揚げ句に、4番のバ
イク代を口実にすればバイトで巫女さんにできる! という…。それだけ(笑)

だから最初は過去の清算とか、ママンとの和解とか、どうでも良かったんです。
実際には過去の清算がメインになり、巫女話の方がどうでも良くなってしまい
ましたが。

まあ、朋与と三代吉が同じツッコミをしていますが、それもリズム云々の前に
どーしても書きたかったので許してください。筆者はエロいので。


以下、補足。
神社のバイトのくせに毎日だったり、夜の8時までやっていたりするのは
比呂美の容姿や物腰が気に入られ、バイト(助勤)の中でのリーダー格として
猛烈に仕込まれているせいです。
だから通常の仕事の後、8時まで巫女としての勉強をしています。
立ち居振る舞いや、案内するため色々のレッスンですね。
比呂美は元々経理ができるので、物品販売とかはあっさりクリアしてしまい他
のバイト巫女のフォロー・まとめ役にされたわけです。

眞一郎は雑務。身分的には(出仕前)という事になるはず。
この時期の初詣を控えた富山の神社なら、雪かきを中心に、荷物運び等、男手
を使う仕事は、探せば色々あるでしょう。でもやっぱり、比呂美のおまけ。
邪魔にはならんし、便利に使えるけど、居なきゃいけないわけでもなく(笑)

残念だったのは、12月末で雪がある事でした。
ほうき持った巫女さん比呂美がやりたかったのになー。



比呂美のバイト その12…の2


『今年は麦端神社にすごく綺麗な巫女がいる』
 ウワサが噂を呼び、年末年始の麦端神社は、例年と比べて相当に多い初詣客
でごった返す事になった。
 年末年始の厳しさは、二人にとって想像以上で、労働時間は長く、休み時間
は短かった。
 本人達は知らぬ事だが、比呂美は客寄せパンダ、眞一郎は寄った客の後始末
として意識的に配置されていたのである。結果として二人は相当なハードワー
クをこなす事になった。


 仲上の両親は、元旦の朝一番に神社に初詣に出かけた。
 神社への挨拶もそこそこに、二人の子供の働いている姿を探して回る。
 比呂美はすぐに発見できた。それはもう、捜す必要がないほどよく目立った
からである。拝殿の表側、目立つ所に配置され、参拝者が賽銭を入れようと、
参拝しようとすると、必ず比呂美が目に入る。彼女はそこで動き回っていた。
「なんだあれは…」
 ヒロシが呆れたようにつぶやいた。
「比呂美ちゃん、美人ですもの」
 理恵子がくすっと笑う。
「だからって、なんでバイトの癖に千早まで着てるんだ」
 千早とは普通の袴と白衣の上に羽織る、刺繍の入った着物である。神社によ
り異るが、この神社では初詣時期であろうと、バイトの巫女に千早を着せる事
はないはずなのに。
「でも、良く似合ってますよ」
 理恵子は本当に嬉しそうだ。手持ちのカメラで何枚も比呂美の写真を撮って
いる。本当は撮影許可をとるべきだろうが、そこは気付かないフリをしている。
こういう時、女性は強い。
(変わったな…)
 ヒロシは、何よりも理恵子のこの変化が嬉しかった。理恵子がこれほど喜ぶ
のなら、写真館に撮影を頼んでも良いかもしれないと考えはじめてもいた。神
社に衣装を借りて、家族で写真を残しておくのもいいだろう。
「ところで、眞一郎は?」
 そこで気付く。息子の姿をまだ見ていない。
「あら? 忘れてました。どこでしょう」
(おい!)
 ヒロシは内心、突っ込む。あれだけ溺愛していたにしては悲しい扱いだった。
 だが、理恵子にとって、もう息子は自分の手を離れている。比呂美に『引き
渡した』後なのだ。下手に干渉すると比呂美の領分を侵してしまう。
 もしかして、息子の事は忘れているフリをしているだけかもしれない。そう
ヒロシは思った。色々と欠点はあるが、本当に…、本当に良くできた妻なのだ。
理恵子は。

 捜してみると、眞一郎は境内の端の方を走り回っていた。ゴミを集めたり、
ダンボールを運んだり、せっせと体を動かしている。その顔は引き締まり、真
剣そのものだった。
(ほう…)
 これほど真剣に『すべき事』に取り組む眞一郎は、見た事がない。これもま
た良い変化だった。
 眞一郎の仕事は決して派手でも、カッコ良くもない。そういう仕事を真剣に
手を抜かずする姿勢こそが、何よりも大事なのだ。
 ヒロシはそんな息子の姿を、目を細めて見続けていた。
「眞ちゃん、良いわね」
 いつのまにか隣に来ていた理恵子が、言った。
「ああ」
 ヒロシは満足して答える。
「比呂美ちゃんに任せたのが良かったのね」
 理恵子は別のところで満足を覚えているようだった。もしかしたら若干の寂
しさを感じ、自分に言い聞かせているのかもしれない。
 だが、もしそうだとしても、理恵子の顔や声に、後悔は微塵もなかった。
「そうだな。…ん?」
 言いかけて、口をつぐむ。
 眞一郎は手を止め、遠くで働いている比呂美の姿を目で追っている。仕事中
だというのに、比呂美に見とれていた。
「まだまだだな…」
「そうですね…」
 ヒロシと理恵子は、そろって溜息をついた。


 初詣客の中に、背の高い兄と、少し背の低い妹の二人組がいた。妹は松葉杖
をつき、兄はそれを適度に助けながら、ゆっくり歩いている。
 拝殿に賽銭を入れるために近づこうとして、妹――石動乃絵は、そこに居た
巫女に気付き、その名を口にした。
「湯浅比呂美…」
 兄はその言葉を聞き、目を向ける。確かに比呂美が巫女の姿で働いていた。
「お兄ちゃん、私、帰る…」
 乃絵は賽銭を入れないまま、拝殿に背を向けてしまう。彼女の気持ちが整理
されるまでには、今少しの時間が必要なようだった。
 少し遅れて兄が続く。
「こんな所で…?」
 石動純はつぶやき、もう一度振り返って、比呂美の姿を目に焼き付けた。

    ◇

 元旦から数日が経ち、明後日から新学期という日。
 比呂美と眞一郎のバイトは、この日で一応終わりとなる。あとは成人の日と
その前日にヘルプに来るだけだ。
 麦端神社には朋与がまた遊びに来ていた。客が少なければ、そしてあまりう
るさくしなければ、という事で、働きながら比呂美は相手をしていた。
「――でね、比呂美」
 その時、比呂美の表情が若干強ばり、自分の後ろの空間に視線を向けた事に、
朋与は気付いた。
 振り返ってみると、そこには蛍川の4番が立っていた。
「あんた…」
 何かを言いかけた朋与を、4番が遮った。
「席を外してくれないか。俺は湯浅比呂美に用があるんだ」
 朋与は比呂美に振り返った。
「ごめん、朋与。ちょっと外して」
 自分が居ても何もできない。少し後ずさり、朋与は駆け出した。
(まずい、仲上君を探さなきゃ…)


 朋与に連れられ、眞一郎が現場にかけつけた時、比呂美と4番は何かを話し
込んでいる様子だった。
 そして眞一郎は、目にした。比呂美が4番と話しながら遠くの空を見て
「かなわないな…」とつぶやいたシーンを。
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