比呂美の嫉妬


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注意書き
  • ttの世界観にない仕掛けを入れています。我慢できない人は読まないでください。

  • 勢いで、ラフとして書いた、一発ネタです。細かい矛盾つぶしはしていません。
  • バイトシリーズの時間軸とは違い、独立した短編です。設定等も関連ありません。
  • 時間的には、2年生(平成23年)の初夏あたりになります。


BX-01 比呂美の嫉妬(独立)


(コンタクト、忘れちゃった…)
 そろそろ日が沈もうとする頃、比呂美は近所の商店街にケーキを買いに来て
いた。
 メガネもコンタクトも忘れてしまったせいで、少し離れた所がボヤけて見え
ている。気をつければ支障はないし、部屋に戻るのも面倒だったため、そのま
ま出てきてしまったのである。
 比呂美の眼は、それほど良くはない。日常生活が不可能なほど見えないわけ
でもないが、免許は裸眼では取れないだろう。

 ふと視線を上げた彼女は、遠くに、良く見知ったシルエットを発見した。ど
んなに離れていても、ボヤけて見えても、その雰囲気、歩き方や仕草だけでわ
かる。間違うはずもない。あれは眞一郎、彼女の大切な恋人だ。眞一郎は文房
具屋から出てきた所だった。
 比呂美が声をかけて近寄ろうとした時、彼の後にもう一人、文房具屋から出
てくる人影が目に入った。眞一郎はその人を待っていたようで、言葉を交わし
ている。
 姿形からすると、女性だ。細身で少し背は高め、髪は長い。プロポーション
は抜群に良い感じがする。落ち着いた物腰を見ると、20代から30代といった所
だろうか。服装も、細かい所はわからないものの、地味で落ち着いたもののよ
うだった。しっとりとした良い雰囲気を持つ女性は、遠目で見ても美人だとわ
かるものだ。
(あの人… 誰?)
 比呂美の心に不安の影が差した。
 だが、それだけでは終わらなかった。眞一郎は…彼女の恋人は、その女性と
手を握りあって歩きだしたのである。
 不安の影が真っ黒な闇になって、比呂美の心を覆った。心臓が早鐘のように
打つ。
(なんで? なんで? なんで――?)
 頭の中を疑問と闇が駆け回り、身体の平衡感覚すら失われいく。
 茫然と立ちつくしていた比呂美が、持っていたケーキの箱を取り落としてい
た事に気付いたのは、10秒ほど後だった。

 追ってはいけない。そんな事はわかっている。それでも比呂美は、その二人
を追わずには居られず、彼女は見つからないように少し距離をあけて尾行した。
そうせずにいられなかったのだ。
 心が悲鳴を上げていた。眞一郎くんは自分を裏切る人じゃない、そう考えよ
うとしつつも、この現実を見てしまったせいで、悪い事ばかりが頭の中に浮か
ぶ。
 久しく忘れていた自分の嫉妬心を感じ、自己嫌悪し、抑えようとする。でも、
それでも黒い感情が心の中から抜けきらないのだ。
 辛かった。助けて欲しかった。だが、比呂美を助けられるはずの唯一の男は、
比呂美の前で、別の女性と手をつないで歩いていた。

 二人は商店街から少し離れた、人気のない公園に入っていった。比呂美は心
の中に嵐を抱えたまま、やはりその後を追う。公園の真ん中、少し広くなった
噴水の横で、二人は見つめ合って言葉を交わしていた。
 比呂美は木や物陰に隠れて、その場所に少しずつ近づいて行った。適当な木
陰から、彼女は二人を見続ける。会話の内容まではわからない。漏れ聞く女性
の声音は、綺麗なアルトだな、と思った。それがかえって憎らしく、憎いと思
う自分を、彼女は嫌悪した。
 そして――
 その女性が眞一郎にキスをし、二人はその後、しっかりと抱き合った。

 比呂美の腰から力が抜けた。その場にペタンと座り込んでしまう。目からは
涙が溢れ、のどの奥から漏れようとする悲鳴のような嗚咽を、彼女は必死で抑
えた。幸いにも、その姿を植え込みが隠してくれていた。
 地に落ちていた視線を上げてみると、隠すものとてない広場だというのに、
眞一郎の横には、もう誰もいなかった。彼は一人で、空を見上げていた。
(私…、私もう…)
 彼女は必死で、その場を走り去った。瞳から滂沱と涙を溢れさせながら。


 眞一郎が比呂美のアパートについた時、アパートには鍵がかかっていた。こ
の時間、比呂美はいるはずなのに、と不思議がりながら、彼は合い鍵を使って
中に入る。
 中は真っ暗で、カーテンも閉じられていた。それだけでなく、いつも綺麗に
整えられている部屋の雰囲気が、どこか暗く、荒れていた。
「比呂美?」
 眞一郎は部屋の中に声をかけた。ごくわずかな衣擦れ、物音がする。彼は胸
騒ぎを感じ、電気をつけて部屋の中に入った。

「帰って」
 弱々しい比呂美の声が、かすかに聞こえた。
「比呂美、いるのか?」
 下には、いない。彼女はロフトベッドの上にいるようだ。信一郎は不安を感
じながら梯子を登った。
 ロフトベッドの上では、比呂美が身体に布団を巻き付けて壁にもたれかかっ
ていた。その瞳が暗い。泣いていたようだ。
「どうしたんだよ」
 眞一郎が慌てた。これほど傷ついた様子の比呂美は、ほとんど見たことがな
い。
「帰って…」
 比呂美は弱々しく言った。
「帰れるわけないだろ。何があったんだよ」
「顔見たくないの。…合い鍵は返して。もうここに来なくていいから」
 慌てる、どころの話ではなかった。別れ話になってしまっていた。
「比呂美」
「あの人と一緒にいればいいでしょう!」
 比呂美が眞一郎をにらんだ。その瞳から、新たな涙があふれだした。
「あの人って…」
「公園でキスしてたじゃない。眞一郎くんの事、信じてたのに」
 比呂美が顔を伏せる。寝具に、ポタポタと涙が落ちた。

「お前見てたのか?」
 眞一郎の言葉は、比呂美の疑惑を肯定していた。
(間違いじゃ、なかった…)
 心の闇が、いっそ自分を押しつぶしてくれればいいのに、と比呂美は願った。
「説明しづらいんだけど…」
「帰って。言い訳なんか聞きたくない」
 比呂美が遮った。
「まいったな、言われた通りになっちまった…。あれはお前だ」
 眞一郎がもしゃもしゃと頭をかいた。
「何言ってるのよ!」
「落ち着いて聞いてくれ。信じられないだろうけど、あれは未来のお前だ」
「そんなこと、あるわけないでしょ。馬鹿にしないでよ!」
 比呂美が叫んだ。裏切られた上にこんな言い訳をされては、怒るなと言う方
が無理だった。
「本当なんだ。これを見てくれ」
 眞一郎は、ポケットから2つのものを取り出した。

 その1つは、100円玉。
「平成30年のやつ。今から7年後のものだよ」
 比呂美に渡されたそれは、確かに平成30年と書いてある。それなりに使用感
もあり、模造品とは思いにくかった。だが、これだけでは何とも言えない。
「それから、これ。未来のお前から預かった、今のお前への手紙。中は見てな
い」
 白い封筒を、眞一郎は比呂美に手渡した。
 比呂美は葛藤の渦巻く顔でそれを受け取り、彼女にしては乱暴に封を開けた。

『16歳の湯浅比呂美へ
 自分の字だから、わかると思います。信じられないかもしれないけれど、私
は、未来の湯浅比呂美です』
 そこから始まる手紙は眞一郎を借りる事を詫び、彼を疑わないようにと書か
れた上で、自分しか知りようのない事がいくつか書いてあった。
 比呂美は読み終え、呆然とするしかなかった。どうやら眞一郎の言う通り、
未来の自分だと判断するしかないようだった。

 手紙を何度も見返し、7年後の100円玉をしばらく見つめた後、比呂美は言
った。
「ごめんなさい…」
「いや、俺も悪かったと思うし。こんな事が起こるとは思ってもみなかったか
ら」
「眞一郎くんが、知らない女の人とキスしてると思って…」
「俺、お前以外の人とキスなんかしないよ」
「そう…だよね…」
 比呂美はうつむいた。
「私…バカみたい…」

「未来のお前、綺麗だったよ」
 眞一郎は言った。比呂美を見つめるその目は優しかった。比呂美が信じる男
の目であり、その目はいつもと違いはなかった。
 それなのに、比呂美の心のなかに、少しだけ嫉妬が生まれた。相手は自分な
のに。
「ごめんね、私まだ綺麗じゃなくて」
 眞一郎が吹き出す。
「自分に嫉いてどうするんだよ。俺は、どんなお前だって好きなんだから」
「私がおばあちゃんになっても?」
 疑い深そうに比呂美が言う。
「お前がおばあちゃんになっても」
 眞一郎は優しく言い、比呂美の身体を抱きしめた。
「愛してるよ、比呂美」
「うん…」
 比呂美は、やっと安心して、眞一郎に身体を預けた。

                 ◇

「眞一郎くん、つきあってくれてありがとう」
 公園の広場、噴水の横で、20代半ばの"比呂美"は、眞一郎に礼を言った。
「俺、何もしてないし…」
「ううん、とっても懐かしかった。10年後はだいぶ変わってしまったから」
 比呂美は微笑んだ。
「比呂美…。聞いていいかわからないけど、10年後、俺は――俺達はどうなっ
てるんだ?」
 眞一郎は、少し迷いながら聞いた。未来の事を聞くのはタブーなんだろうか。
「たぶん、私がここに来た事で、私が帰る未来と、この世界の未来は分かれる
と思うの。だから…」
 その迷いを、比呂美は理解したらしい。話してもあまり意味はない事を、含
めてきた。
「そうか…」
 眞一郎は少し安心していた。それなら聞いても大丈夫だ。
「そっちの未来では、俺はどうなったんだ?」
 あらためて未来の比呂美に問い直す。
「…。子供が、この前立てるようになってね」
「それって」
 眞一郎の目が見開かれる。
「うん。男の子。眞一郎くんに良く似てるわ」
 比呂美は、照れたように笑った。

「そろそろ、お迎えみたい」
 20代の比呂美が、天を仰いで言った。
「今の眞一郎くんとは、もう二度と会えないのね」
 空を見上げながら、比呂美は遠い目で、物思いに耽っているようだった。
「ああ…」
 その様子は、今と変わらない。眞一郎の大好きな比呂美の表情だった。
「今の私を、大事にしてあげてね。私って間が悪いから、一緒に居るところを
見かけて、落ち込んでるかもしれない」
「…あるかもな」
 そのあたりは、色々と苦労をしてきた眞一郎だった。
「ねえ、目を閉じて」
 比呂美の頼みに、眞一郎は素直に従った。
 別れの時が来る。現在の比呂美と別れるわけでない、それをわかってはいて
も。迷い込んだ未来の比呂美と別れるだけだというのに、比呂美との別れは、
眞一郎にとって辛い出来事だった。
 唇が重なった。
 比呂美の腕が、背中に回される。目を閉じたまま、眞一郎はしっかりと抱き
かえした。
 比呂美の頬を流れた涙が、二人の繋がった唇の端に伝わった。

 唇の感触は唐突に消え、眞一郎の腕が空を抱いた。
 天女は必ず、天に帰る。
 わかっていることなのに、眞一郎は自分の涙を止める事はできなかった。





「ブラックな比呂美が見たい」というリクエストに
難しいんじゃないかな、と返してしまった事を反省し、勢いで書きました。
お題があれば、無理と言う前に応えなくてはと。

ブラックもいい、嫉妬もいいけど、比呂美をあまり虐めたくはなくて。
まあ、相手の女も比呂美なら大丈夫だろうと。それだけの駄ネタです。
ありふれたネタですが、情景としては美しいんじゃないかな。

自由に時間旅行ができる、ではなく、時間の裂け目に落ちちゃった、ぐらいで。
どうやって帰ったんだとか、ここらへんの煮詰めは放置で。それが主眼ではないし。
ttの世界観で、時間旅行ネタ入れるのが反則なのはわかっています。
ですが、これぐらい許してほしいなー、とは…。
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