ホイッスル

負けるな比呂美たんっ! 応援SS第45弾

●仕様上のご注意●

 このおハナシは基本的に『こんな事があったらいいな』という作者の独断(増量キャンペーン中)で描かれております。
 本編13話告白の数日程度後をイメージしたおハナシです。
 本作中、回想部分で本編12話直後の補完『的』(でっち上げ)ストーリーも有ります(仕様上、比呂美に甘くなってます)。
 本編の人物設定、世界観等を忠実に考察して補完を試みるものでは全く有りませんので、一部整合性がなかったりする場合が
あるかもしれません。
 ご了承下さいませ。

 

 

『ホイッスル』

 

久しぶりに訪れた このお店
『準備中』の札がかかってる
眞一郎くんが先頭に立ち戸を開けた

「いらっしゃーい」

元気のいい声がカウンターの奥から響く
愛ちゃん やっぱりすごい
本当にお店をひとりできりもりしてるんだ

「きたぜー」
 と眞一郎くん

「おーう」
 と野伏君

「おじゃまします」 
 とわたしがつづく

店内は記憶にある光景とあまり変わってない
ただ、もっと広かったような…?
カウンター、こんなに低かったっけ…?

眞一郎くんが先頭で 向かったのは奥のコーナー席
自然な動作、迷いがない
自分たちのテリトリー、ホームグラウンド?
そんな雰囲気
私の知らない眞一郎くんの居場所…

眞一郎くんは奥の位置に座る
野伏君はテーブルの間を抜けて
眞一郎くんと斜め向かいの辺りに座った
慣れた動き 指定席なのかな?
困った
わたしはどこへ座ろうか
野伏君のお向かい?
それとも 少し狭いけど眞一郎くんのお隣?
えーと 野伏君のお隣は愛ちゃん… だよね?

「あー、湯浅さん、嫌じゃなかったら
 そいつの隣に座ってやって?」

戸惑っているわたしに
野伏君が声を掛けてくれた
軽く改まったような態度で

「なー その方が嬉しいよなぁ、眞一郎ぅ」

続けて眞一郎くんには ニヤニヤ笑いを向けている
男の子同士ってこんなカンジなのかな?
頬が自然に熱くなる…

「うるさいよっ」

眞一郎くんは親しい間柄で許される 少し乱暴な口調で答えて

「ああ、好きなところに座って」

それから わたしにぎこちない笑顔を向けて
辺りをあいまいに示しながら着席を即してくれた
だけど こんな時 どうしたらいいのかな…

 

 

校門を出てからしばらくは
人目を気にして離れて歩いた

麦端の生徒の姿が見えなくなってから
先を行くふたりに追いついて
半歩遅れながらついていった

わたしのこんな態度
眞一郎くんは好きではないらしい
でも…

わたしが追いついても
眞一郎くんはずっと野伏君とばかりお話してた
よく分からない男の子同士のお話
時々 野伏君が気を使ってか会話をふってくれる
そんなことの繰り返し

そっけなく感じた眞一郎くんの態度が気になった
何か気にさわる様なことをしたのかな…
うっかり約束を忘れているとか…
今日、学校で知らないうちに何かあったとか…
だけど、何も思いつかない

何かあるとすれば
わたしのこの態度…?
やっぱり怒ってるのかな…

眞一郎くんの横顔を眺めながらそんなことを考えてると
ふと こちらを向いてくれた
わたしの視線 気がついてくれたのかな?
今日重なった初めての視線
なんだかうれしくて…
瞳の奥に秘められた想いを確かめたくて…
気がついたら ただ 見つめ返してた

こんなとき
理性が戻るまで ほんの少しかかる
今日もそう
小首を傾げて『なあに』と
無言でやっと問いかけた
だけど…
殆んど同時に顔を戻した眞一郎くんに
一瞬、間に合わなくて
わたしの問いは
気がついてはもらえなかった…

もう一度こっちを向いてくれないかと
しばらく横顔を眺め続けてた
でも 結局 それっきり…
だけど 眞一郎くんの横顔 少し困ってたみたい
困ってるその理由… なんだろう?
少し考えて 気がついた
野伏君が一緒だから
きっと テレくさいんだ
そう考えれば 説明がつく事ばかり…
ホッとした
怒ってる訳じゃないんだ…

わたしが眞一郎くんと朋与の三人で歩いたら…
きっと 似たような気持ちになるだろう
決して不快などではないけれど、居心地は少し悪い筈
眞一郎くんへの態度、たぶん朋与の前だと
『ちょっと仲のいい幼馴染みなだけなんだから…』
とか
『別にそんなに好きな訳じゃないんだから…』
なんて
そんな感じに取り繕ってしまいそう…

どうしよう?
いつか そんな場面があるかもしれない
朋与には わたしの想い しっかりと見抜かれてた
それに 嘘を吐いてた事も たぶん 知られてる
朋与は わたしが話しにくい事 訊いてこないけど
でも 打ち明けられなかったいろんなこと
どこまでお話できるか分からないけど
いつか お話しておかないといけない…

わたしが自分に嘘を吐いている時も
好奇の目に晒されている時も
朋与は変わらずに いえ わたし以上にわたしを信頼してくれた
本当にありがたかった…
そんな朋与に わたしは本当の事を話せなかった
それが悲しい…

朋与…
おかあさん…
おじさん…
おばさん…

眞一郎くん…

そして

わたし自身…

結局、誰も信じきる事が出来なかった…

わたしが大切な人達を信じる事が出来ていたなら
あの日以来の出来事は起きなくてもよかった筈…
何人もの人を傷つけなくてもよかった筈…
このことを教えてくれたのは…
皮肉にも『封印』だった…

今日
眞一郎くんの大切な人達と
あらためて お近づきになる為の第一歩
わたしにとっても 幼馴染に クラスメイト
だけどたぶん 眞一郎くんとの日常的な心の距離は
わたしより近い筈のふたり
わたしは眞一郎くんの大切な人達に
受け入れてもらえるだろうか?
本当に 心の底から…

でも… やっぱり 一番気になるのは
眞一郎くんとの心の距離…
もっともっと近づきたい…
だけど 近づけば近づくほど
わたしの中にある
好きになれないわたし
どうしようもないわたし
眞一郎くんに 知られるの 怖い…

わたし 今 少し緊張してる…

 

 

「じゃあ おじゃまします」

眞一郎くんの方を見ないようにしながら
結局 眞一郎くんの隣に座った
野伏君の言葉を無にする訳にもいかないし…
何より眞一郎くんは『好きなところ』と言ったんだし…
くっつきすぎないよう
離れすぎないよう
だけどあんまり広くは無い場所だから
こんなにすぐ側に座るのは初めてかもしれない
ものすごくドキドキしてる
さっきから こちらに寄せられる野伏君の視線が恥ずかしい
わたし達の事を承知してくれている人達の前とはいえ
気恥ずかしさが減る訳ではないみたい…

眞一郎くんの反応を確かめたくて
チラと隣を窺うと
ちょうど視線がぶつかった
あわててお互い顔をそらす
あれ いつから見ててくれたんだろう?
なんて思ってたら
眞一郎くん 座ってる位置をずらした
ほんの少しだけど
わたしから離れる様に

もうっ 恥ずかしい
野伏君が見てる前なのに
これじゃまるで
わたしが一方的に好きみたい

あれ…
もしかして
そうだったりして…

違うよ …ね?

『どうして逃げるの?』
『もしかして大胆すぎちゃったかな?』

人前だから 声に出せない問いを
せめて視線に込めて送ってみる
なのに
わたしの視線に気付いていないのか
気付いていないフリをしているのか
全然こっちを見てくれない
そのうち 野伏君に何か話しかけだした
まるで わたしの視線から逃げるかのよう…

もうっ
このままじゃモヤモヤが収まらないし
お話の腰を折るのは気が引けるけど
抗議の意味も込めて訊いてみる
厭味でも怒ってる訳でも無いよう注意しながら

「ごめんなさい あの… 狭かったら 移ろう…か?」

そんなわたしの言葉をまるで予感していたかのよう
眞一郎くん すぐにこっちを向いて

「い、いや、大丈夫っ」

いつものぎこちない笑顔で答えてくれた
テレてくれているのはある意味うれしいけれど
少しはわたしの立場も考えて欲しい…
まあ、眞一郎くんが不器用なのは
よく身にしみている…
はあ…

ふと見ると
野伏君 ニコニコ顔でこっちを見てる
わたしの視線に気がつくと
急に平静なフリに戻ったけれど
口元には微かに笑みが残ってる
一体どう思われていることやら…
まあ 今さら どうしようもないけれど

「お待たせー」

愛ちゃんが元気のいい声で
トレイを手にやってきた
間が持たなかったので
ありがたいタイミング
さすが愛ちゃん頼りになるっ!
トレイには大判焼やおでんや煮物たち
美味しそうなにおい

「おーきたきた」

野伏君、もうお箸を手にしてる

「本当にいいの?」

気になって一応確認する
今日は愛ちゃんの奢りだそうだ

「いいって、眞一郎のご苦労さん分、
 ミヨキチに手伝ってもらったお礼分、
 比呂美ちゃんも一緒に準備した分、
 あとね、いくつか試作品もあるから
 あとで感想聞かせてくれたら それでいいよっ」

屈託なく笑いかけてくれる愛ちゃん
わたしもこんな風に自然に笑えたらいいのに…
愛ちゃんは女の子のわたしから見ても魅力的
愛ちゃんみたいな女の子 眞一郎くんはどう思うのかな?
なんて 気がついたらこんな事 考えてる
少し嫌… なかなかこの癖 直らない

愛ちゃんはテーブルにトレイを下ろすと
お皿たちを広げはじめた
わたしも慌ててお手伝い

「さっすが女の子だねー
 このふたり いままで手伝ってくれた事無いんだよ」

愛ちゃんはそんな事をイジワル声で言いながらニコニコしてる

「そりゃどーも 気がつきませんで」

ぶっきらぼうなフリをしながら 眞一郎くんが答えた
なんだろう このカンジ
わたしと眞一郎くんとの間にある絆の色とは違う色…
眞一郎くんと他の女の子が目の前で楽しそうにしているのに
いつもなら胸が不安でいっぱいになる筈なのに
不思議と全然嫌じゃない
ただ、目には見えない絆の強さ それだけは 羨ましい
わたしもいつか こんな風になれるかな…?

なんて思ってたら
愛ちゃんはスッとわたしの斜め向かいに腰掛けた
野伏君のお隣…
じゃなくて
野伏君のお向かい…
てっきり4人でL字になると思ってたのに
もうっ
眞一郎くんのお隣に座ったわたしって…
これじゃ まるで… おひな様…?
恥ずかしいな

そんな わたしの胸の内も知らないで
眞一郎くんと野伏君『いただきます』も言わずに もう手を出してる

「こぉらぁー、乾杯が先ぃ」

愛ちゃんがお姉ちゃんモードでお説教

「もう、めんどくさいなぁ」

野伏君、ワザと少し拗ね声で抗議しながら
お箸を大人しく取り皿の上に戻した
なんだかカワイイ
愛ちゃんの前だからかな?

「はい、比呂美ちゃん ウーロン茶でいい?」

愛ちゃんがウーロン茶をコップに注いでくれる
ふと見ると
眞一郎くんと野伏君はコーラの瓶にストロー…?
こんな飲み方初めて見た…
軽いカルチャーショック…
いえ 眞一郎くんの世界の新たな発見…
と考える事にしておこう、うん

「あー、オレ達と待遇違うっ」

野伏君がまた抗議の声

「あったり前でしょう 女の子にペットボトル
 ラッパ飲みさせられるわけないでしょう
 ねーっ」

愛ちゃん 最後はわたしに笑顔をくれた
これって特別待遇なのかな?

「あ、わたしにもさせて?」

わたしも愛ちゃんのコップにお茶を注ぐ
こんなやり取りが なんだか楽しい

お茶を注ぎながら ひとつ気がついた
このお店の このメンバーで
いままでコップを使った事がないのなら
他の女の子が同席した事はないのだろう
ちょっと安心…
この仲間内では わたしが眞一郎くんの連れて来た初めての…
あ… またこんな事…
この癖 良くない…
眞一郎くんを信じないといけないのに…

「じゃあ、眞一郎、ミヨキチ、比呂美ちゃん、アタシ、お疲れ様でしたーっ!」

愛ちゃんの掛け声で乾杯
さあ 何をお話しようかな
こんな場合 最初は愛ちゃんとだよね

「あ、忘れてたっ」

愛ちゃんが何か思いついたみたいに声を上げた
なんだろう?

「比呂美ちゃん、眞一郎っ、おめでとーっ」

プッ

隣から何かを吹きだしかけた様な音が聞こえる

なんなのこれ?

「な、なんだよ それっ」

眞一郎くんもビックリしてる
「お付き合い始めました」とのご報告を
愛ちゃんと野伏君にしたとは確かに聞いてはいるけれど…
今日のこれも何となくそんな気もしたけれど…

気がついたら わたしと眞一郎くん 顔を見合わせてる
けど いまはテレてる場合じゃないっ!
目と目を使って眞一郎くんと緊急ヒミツ会議

『なんなのこれ?』

と これは わたしからの質問

困惑顔の眞一郎くんからの回答は

『知らないよ』

かな? 多分…
眞一郎くんとの若葉マーク付のアイコンタクトは
まだまだ頼りない 

「えーっ めでたくないのーっ?
 比呂美ちゃんは嬉しいよねっ」

愛ちゃんの質問 ご指名された!
顔を見合わせたままの眞一郎くんの顔見てられなくて
思わずうつむいてしまう
頬も 耳の辺りも もう熱い…
こんな時 どう反応していいかまだ分からない
でも… 黙ってるのも おかしいから
なんとか 顔をあげた

どうか他の話題に移ってくれますように…

周りを見回す
そんな希望 かないそうもない事を思い知る
愛ちゃん、野伏君は期待するような表情でわたしを見てる
チラと見る隣の眞一郎くんは テレて固まったまま…
はあ 逃げられそうもない…
だけど…

「うれしい… かな?」

膝の上 組んでる指先を眺めながら… 答えられた
わたしの素直な気持ちの言葉…
でも 何も隠さなくていいという事に
慣れない自分が どこか切ない
もっと早く こう出来ていれば…

でも やっと言えた…
恐る恐る 顔をあげる
愛ちゃん、野伏君はニコニコしながら
うんうんと頷いてくれてる
一番気になる お隣は…
眞一郎くんは真っ赤になってうつむいてた

『封印』が教えてくれた
もうひとつの 大切なこと…
こんな風に素直な気持ちを素直に言えるって
きっと とても幸せな事なんだ
まるで 胸につっかえていた何かが取れたよう
あれ 油断したら 泣きそう

「ほーらぁ 眞一郎ぅ アンタはぁ?」

愛ちゃんは矛先を眞一郎くんに変えた
眞一郎くんはわたしをチラと見てから

「そりゃ うっ 嬉しいに決まってるじゃないかっ」

そう 答えてくれた
愛ちゃんに問い詰められて降参したみたい
でも 眞一郎くんもそう思ってくれるなら 素直にうれしい…
眞一郎くんのこんな言葉 わたしからじゃ とても聞き出せなかった…
愛ちゃんに感謝しないと いけないかな?

「うんうん、長かったもんねー 比呂美ちゃん
 ずうーっとだったもんねぇ 眞一郎もっ」

「「あ、愛ちゃん?」」

隣の誰かと声が重なった
何それ? 困るっ!
小さい頃の恥ずかしい話でも始めるつもり?
それとも…?
ん? 『眞一郎も』って?

「えっ このご両人は昔から両想いだったんですかっ?」

野伏君、ワザとらしい声で訊き返す
何かの実況の聞き役さんみたいな演技

「そーよぅ 小学生の頃から… もう… ねっ?」

「そんな事…」

そんなニコニコした顔で『もう』って言われても…
そんなに前からなんて…
ひとに知られるのは恥ずかしい

「あれーっ あの頃からぁ もうすっごい仲良しだったくせにぃ」

愛ちゃん
わたしの顔を覗き込むように追いつめてくる
あっ
逃がしたわたしの顔 眞一郎くんと正面から向き合った
困ったような 意外そうな顔で わたしを見てる
また目が合ってる… これで何回目?
これじゃ どこも見れない…
胸のドキドキ止まらない…
気持ちが同じと知ってても
恥ずかしさは変わらない
この胸の高鳴りが憶えてる

そう…
あの日もわたしドキドキしてた…

小さかった頃、お祭りの時の あの日…
中学の制服で初めて眞一郎くんの前に立った あの日…
中学の体育祭でフォークダンス 何年ぶりかの指先の感触 あの日…
中学の卒業式 おじさんが撮ってくれた写真 だけど 一緒のフレームには入れなかった あの日…
高校の制服で初めて眞一郎くんの前に立った あの日…
高校の体育祭でのフォークダンス 意識しすぎて 指先をとうとう触れる事が出来なかった あの日…
眞一郎くんが初めて誘ってくれた帰り道 マフラーを巻いてあげることが出来た あの日…
他にも数え切れないほどの記憶たち…

時々のお互いの立場は少しずつ違っても この胸のドキドキは 同じだった…
いえ 違う だんだん強くなって 抑えきれなくなっていった…
うれしくもあったけど 同時に とても怖かった…
眞一郎くんと過ごした総ての思い出の時間…
胸のうちに こんな想いを隠してたこと…
そんな事 知られるの 恥ずかしい

「愛ちゃんっ!」

気がついたら大きな声…
でもいい!
今度は愛ちゃんに
視線を使って緊急ヒミツ通信

『これ以上はダメだからね? 約束したはずだよっ!』
『ダメ! ダメッ! ダメーッ!』

「ハ、ハイ?」

愛ちゃん とぼけた顔でこっちを見てる
忘れたの?

「ひどいっ!」

あの時 ふたりだけのヒミツだって言ったのにっ

「え?」

「もうっ、ヒミツの約束だったのにっ!」

「あれぇ そうだっけ でもほら もうヒミツにしなくてもいいじゃない?」

もうっ
覚えてたくせにっ
あ これ ワザとなんだ

まだ小さかった あの日
お互いに好きな男の子の名前を告白した
恥ずかしいから同時に口にした名前は

『眞一郎っ』『眞一郎くん…』

同じだった
恥ずかしかったけど
あの頃は好きなひとを独り占めしたいって気持ちより
愛ちゃんと想いが同じである事の方が嬉しかった
今と違って…

「なになに 教えてよぅ」

野伏君が興味ありげに訊いてくる

「あ…」

言葉に詰まる…

喉元まででかかった言葉は

『愛ちゃんだって、眞一郎くんのこと…』

いけない どうしよう…
いくら子供の頃の話でも
野伏君の前では言いにくい…

「ミヨキチはいーの」

愛ちゃん 目を閉じて宣言ポーズ

「そんなぁ オレ、仲間外れぇ?」

野伏君は情けない声色でガックリポーズ
少しかわいそう…

「眞一郎っ?」

「な、なに?」

「あのねー、比呂美ちゃんねぇ 小学校の頃ぉ
 だーい好きな男の子がぁ 居たんだってぇ」

だからそれダメッ!

「え?」

眞一郎くん ハッとした表情 それが
ゆっくり わたしに視線が向けられる
わたし今どんな顔してるだろう?
だんだん熱くなる耳の辺りは気のせいじゃない筈…

「ねぇ …誰か知りたい?」

愛ちゃん わたしの前まで身を乗り出して
眞一郎くんの方まで顔を近づけていく

何がしたいのっ?
眞一郎くんだって そんなの どうせもう
分かってる筈なんだし…
って あれ 眞一郎くんの表情…
なんで 少し困って…
ううん 不安そうなの…?

あ まさか
眞一郎くん以外の誰かかも
とかって思ってるの?

信じられないっ!
わたし達あんなに仲良しだったのに
他の男の子なんて
一緒に遊んだりしなかったし
クラスの子から『ふうふー』とか
冷やかされたんだって
眞一郎くんだけだったのに…

でも…
不安そうな眞一郎くん
見てたらだんだん可哀想になってきた
大切なひとに対しての不安な想いはとても切ない
だから もう…

『安心して…』

そう視線に込めて 眞一郎くんにメッセージ送信…

あ、気がついてくれた…
不安そうだった眞一郎くん
わたしの気持ちが通じたみたい
安心した表情に変わった

「コホンッ」

後ろからの咳払いに振り返る
愛ちゃん 顔が赤い なんで?
大げさな咳払いポーズでこちらを見てる

「あーもうっ アツイ アツイ」

ワザとらしく手で顔を仰いでる

「あ…」

わたし ものすごく恥ずかしい事をしてたかも…
また膝の上の指先とにらめっこ…
これで何回目?

「眞一郎っ もっと比呂美ちゃんを信じてあげなさいっ!
 まあ、比呂美ちゃんのあっつぅーい視線で 誰だか分かったと思うけどっ!」

気になって見てみると
眞一郎くん あっちを向いて頭掻いてる

「比呂美ちゃん もう少し眞一郎をいじめるつもりだったのにぃ」

愛ちゃん 今度はわたしにお説教

「はいっ? あの… ごめんなさい」

軽いイタズラのつもりだったんだよね
よく考えれば そのとおり
大したことじゃな… あれ?
いま 全部 眞一郎くんに知られちゃったんだ
どうしよう
眞一郎くんの記憶の中にいる筈の
わたしの… 秘めた… 恋心… 全部…
もう 取り消したいっ
恥ずかしいっ

「もう… いいわ」

軽くため息をついて 愛ちゃんは終了宣言
よかった やっと…

「じゃあ 次、」

あれ?

「「え?」」

また隣の誰かさんと声が重なった

「ねえ 眞一郎も小学校の頃 誰かさんのことが だーい好きだったよねぇ?
 教えてもらったの アタシ 覚えてるんだけどなぁ」

待って 何それ? 聞いてない…

「あ あれは 愛ちゃんが 無理やり…」

眞一郎くん 愛ちゃんとわたしの顔を交互にみて慌ててる
誰だろう?
もしかして わたし?
期待していいのかな
でも この慌てぶり…
まさか… 愛ちゃん? とか…

「ふふーん 比呂美ちゃんに言っちゃおうかなー」

愛ちゃん イジワルモードで眞一郎くんとわたしを見比べてる

「ちょっと待てっ!」

眞一郎くん 必死…
なんで?

「比呂美ちゃん 聞きたい?
 眞一郎がぁ 将来お嫁さんにしたいくらい
 だーい好きだって言ってた子 だれか…?」

そんな子… 他に誰か居たのかな…
どうしよう…
ドキドキが復活してる
試合の時だって こんなにドキドキした事ない

子供の頃の話だし
今はわたしの… だし…
怖くない筈だよね だけど…
あの頃の眞一郎くん わたしの事どう思ってくれてたの?

愛ちゃんから聞かされるの やっぱり怖い
確かめたい
視線が自然に眞一郎くんに向いた
けど 眞一郎くん 天井なんか見てる
なかなかこっちを見てくれない
どうして?
やっぱり わたしじゃないのかな

ゆっくりと困った顔が こちらに向けられた…

『わたし?』

と無言で問いかける
眞一郎くん バツが悪そうに
ちいさく頷いてくれた…

ふうっ よかった
肩の力が抜ける…

待って!
何これ?
もし わたしなら…
愛ちゃん わたし達ふたりの気持ちずっと…
あれっ?

「ホントにもう! 仲良しさんなんだからっ!」

ふり返ると 愛ちゃん イジワル顔でわたし達を交互に眺めてる

「いっやー 視線で会話するカップルって初めてみたわ」

野伏君 ニヤニヤしながら楽しそう…
あれ? 『カップル』って言われたの初めてかな?

「…」「…」

顔を見合わせるわたし達
もうお互い言葉も無い
わたしもきっと
困ったような顔してる筈
何してるんだろう? わたし達…

「このふたりはね 昔っから こーなのっ」

愛ちゃん野伏君にご解説

「はあはあ」

野伏君 何を納得してるのかしら

「いつの間にか二人の世界つくっちゃうんだからっ」

愛ちゃんの言葉 何も言い返せないかもしれない
けど…

「そ、そんな事ないよ… ね?」

眞一郎くんに救いを求めてみる

「あ、ああ、フツーの幼馴染ってだけで…」

でも眞一郎くんのお返事も自信は無さそう…
ま、あんまり期待できなかったけど…

「ふうん? かくれんぼなんかでも いっつもふたりで隠れてたりとかぁ」

そうだっけ?
記憶を探る…

「眞一郎ぅ 隠れて湯浅さんと何してたんだぁ?」

ちょっと! 野伏君?

「す、するって… 別に… なあ」

眞一郎くん そんな顔で見られても…
反応が期待通りだよ もう

「う、うん」

他に答えようないし

「あやしーなぁ お医者さんごっこでもしてたんじゃあ…」

「してないっ!」

「うっ、うんっ! そんな事っ してないよっ!」

ああっ とんでもない方向に…
お医… ダメッ 想像しちゃ ダメーッ!

「ふうん、そうなんだ、じゃあ、眞一郎?
 アタシとしたときのこと憶えてる?」

「えっ?」「え…」「いっ?」

うそ?
そんな事…
愛ちゃんは悪戯っぽく眞一郎くんを見つめてる
野伏君まで驚いた顔で愛ちゃんを見てる
眞一郎くん 焦りながら必死に考えてるみたい

「ま、待てっ、記憶にないっ!」

ホッ…
気がついたら眞一郎くんの表情をじーっと見てた
目が合った眞一郎くん あっ 顔をそらしたっ!
なんでっ?
わたしの知らないところで結構仲良くしてたりして…
後でゆっくり話し合いましょうねっ♪

「そーだっけぇ あっれぇー?」

振り向くと愛ちゃんがにんまり
よーく目をみたら…
あ やられたっ!

「愛ちゃんっ!」

気がついたら また大きな声 これで何度目かな?

「もうっ 比呂美ちゃん 本気にしちゃダメだよっ
 一番の仲良しは比呂美ちゃんで アタシは学年も違うし
 仲がいいふたりを 羨ましく思ってたくらいなんだから…」

愛ちゃん 少し寂しそう
愛ちゃんが励ましてくれたあの夜… 思い出す
あれ いけない まだ きちんとお礼言ってない

「あ… ごめんなさい… つい…」

はあ 眞一郎くんの事になると どうしてもゆとりが無い

「でもっ、びっくりした?」

愛ちゃん コロッと表情をニコニコモードに切り替えて…
あれ ドコまでホントなのかしら

「べっ 別にっ こっ 子供の頃の話だし…」

頬の熱さが教えてくれる
言い訳は失敗してるって…
困ったなぁ

「ふうん その割には焦ってたみたいだけどなぁ ねえ 眞一郎っ?」

眞一郎くんに目標変更…
ふう わたし達 いいオモチャみたい…

「そ、そうかな?」

「でもさぁ もしアタシと本当にお医者さんごっこしてたら…
 比呂美ちゃん どうする?
 今から対抗して眞一郎としてみるつもりだった? 」

ダメッ そんな事っ!

「しっ しませんっ!」

眞一郎くんと目が合った
でも すぐ俯いた
とてもお隣を見られない…
耳まで すごく 熱い…
どうしよう…
この間の事…
ヘンな子だって思われてたら…

「だって…、眞一郎? 残念だったねぇ…」

もう顔が上げられない

「い、いや、残念とかじゃなくてだな…」

眞一郎くん 声 少し上ずってるよ… 何か想像してる?
まさか この間の事 野伏君とかに言ってないよね?

「じゃあ、比呂美ちゃんは眞一郎以外の
 男の子とお医者さんごっこ したことある?」

「あ、ありませんっ!」

また、とんでもない事を…
わたしの視線はお隣と膝の上を行ったり来たり…
信じてね そんな事あるわけないんだから

「だって、眞一郎? 安心した?」

愛ちゃんの声
イジワルだよっ
こんなの…

「お、俺は別に… 比呂美を信じてるし…」

眞一郎くん どもってる
ホントに信じてくれてるのかな…

「ふうん? その割には嬉しそうだねぇ?」

愛ちゃんのニヤニヤ顔が思い浮かぶ

「そんな事 ないゾ 」

眞一郎くん 声 裏返りかけてる もう

「あれ、ごめんね比呂美ちゃん
 子供の頃の眞一郎との美しぃーい想い出を
 壊しちゃったかな?」

あ、俯いたままのわたしを心配してくれたのかな
子供の頃の事なのに…
何を心配してるんだろう?
本当に…
眞一郎くんを信じるって決めたのに…
こんな事で動揺してるなんて…
それに
気のいい仲間同士の冗談…
もう少しうまく出来ないといけない
でも 今日のこれ 恥ずかしすぎる

「え? ううん… 大丈夫だよ わたしって まだまだだなって…」

なんとかお返事…

「比呂美ちゃん?」

心配そうな声

「あ、ううん… なんでもない」

なんとかお愛想笑いできたかな?

 

 

「比呂美ちゃんはいいなあ」

「え?」

愛ちゃんが話題を変えた
わたしが少し暗かったからかな…

「だって、ずーっと眞一郎と一緒だよね」

「ずーっと?」

「学校で、一日中」

「あ… 別に そんなに一緒って訳じゃ…」

「あたしとミヨキチなんてさぁ このお店か、お休みの日だけだよ、逢えるの」

「そうなんだ」

野伏君と愛ちゃん 眞一郎くんがきっかけをつくったらしい
ホントにもう 人の事ばっかり…
わたしへのおせっかいだって…
だけど
自分の想いを捨ててでも わたしを思ってくれての行為だとしたら
それを責める資格なんて わたしに無い
そう分かっているけど でも…
想っててくれたんなら… って、つい 思ってしまう
この我侭な気持ち 抑えられない…

「いいなぁ」

羨ましそうな目で愛ちゃんが わたしを見つめてくる

「でも… その方が新鮮味があっていいかも… よ?」

「えー、比呂美ちゃんたちのほうが初々しいよねー、ミヨキチ?」

わたしの当たり障りの無い言葉 お返しは野伏君にバトンタッチ
野伏君 わたしの顔をチラと見て

「俺は知っている
 祭りの日くらいから湯浅さんは
 眞一郎をボーっと見てることが多くなったなぁ」

ダメッ!

「そ それっ 違うのっ!」

「あ-ゆーのを『幸せそーな顔』ってんだろうなぁ
 今日もまあ すごかったけどなっ」

「キャー なーにそれっ?」

わたしの抗議は空回り
さっそく愛ちゃん飛びついた
野伏君 芝居っけたっぷりに言って うんうん頷いてる
ああもう むちゃくちゃ
治まってた身体のほてり ぶり返してる… とっても熱い…
眞一郎くんは… 天井とにらめっこで忙しそう…
わたしも真似してみようかな?

自分でも気づいてた
教室で、いつの間にか 目が眞一郎くんを追っている
胸に封じてた想い
もう我慢しなくていいんだ
そう思うと止められなかった…

時折重なる視線 それが嬉しくて 見逃したくなくて
心が通じている事 確かめたくて…

朋与のニヤニヤ顔が脳裏に浮かぶ
朋与にも気づかれて冷やかされた
なんとかシラを切りとお… あれは無理だったかな…
やっぱり隠せないのかな…
野伏君にまで気付かれてたんじゃ
きっと他の人にも…

「眞一郎ぅ 羨ましいぞぉ いいよなあぁ 
 オレも愛ちゃんに あーんなふうに ずーっと見つめて欲しいなぁ」

『あんなふう』って… もう 考えたくない 
でも 愛ちゃんに甘えてる野伏君 こんなことするんだ 少し意外かな

「そ、それはミヨキチがもっとイイ男になったらそうしてあげる」

やっと 話題がそれてくれた…
愛ちゃん わたし達を気にして 慌ててる
あれ 可愛いな 

「えー、傷つくなぁ、俺イイ男だよねぇ、湯浅さん?」

「え? あの、うん、いえ、その… 」

愛ちゃんの前でそんなこと 他の子に訊くなんて…
お愛想は 両方のお隣が気になって 歯切れが悪い…

「こらっ 比呂美ちゃん、困ってるじゃない
 眞一郎の前で 他の男を褒められるわけないじゃない
 ねー? 」

「それは、その… 」

言い当てられ 俯くしかない
今日はこんなのばっかり

「比呂美ちゃん、かわいい!
 ほーら、眞一郎も、大事なカノジョが困ってるんだから、助けてあげなさいよっ!」

誰のせいで困ってると… もう…

「カノジョ…? あ… そうか…」

眞一郎くんっ 頭掻いてないでっ しっかりしてっ!
カノジョって わたし以外に誰が居るのっ?
あ、わたし「カノジョ」って 人に言われたのは初めてかな…

「あれ、眞一郎あんなコト言ってるよ? どうする? 比呂美ちゃん」

「それは… 」

言葉に詰まる…
そういえば「カレシとカノジョ」この事知っている人は少しだけ…

「湯浅さんと眞一郎は学校ではヒミツだもんな」

「なにそれ?」

野伏君が説明してくれてるけど
眞一郎くん ドコまで話してるんだろう?

「えー 現在、このおふたりは『わたしたちはただの幼馴染です』
 というバレバレの言い訳でクラスメイトを欺こうとしてるんだが見事に失敗してるんだよな」

あれ 失敗してる?
やっぱり無理なのかな…

「なーにぃ、学校じゃオープンにしてないの?」

愛ちゃんが好奇心丸出しの顔ですり寄ってくる
でも これは 嫌な事も関係してる…
あまりお話はしたくない…

「…うん」

自然と愛ちゃんの顔から視線は下がった

「ああ」

眞一郎くんも答えてくれる

「えー、どーしてぇ」

愛ちゃん なんだか不服そう

「比呂美は ウチに居たし 今は独り暮らしだし…
 いろいろヘンな話になっても不味いんで
 秘密って訳でもないんだけど
 まあフツーの幼馴染って トコロで… な?」

言いにくいわたしに代わって
眞一郎くんが半分の理由だけサポートしてくれた
ありがとう

「うん 眞一郎くんにも悪い噂 立っちゃったらいけないし…」

もう半分の理由…
秘密にするのはわたしの希望
わたしのせいだから…

「あの事ならもう気にするなって…」

「うん ごめんね でも…」

眞一郎くんは本当に優しい…
でも、これは甘えては いけない事だから
自分のしでかした事 思い出すたび情けない…
眞一郎くんの言う事も良く分かる…
よく分かるけど…
大切なひとが みすみす悪い噂に巻き込まれるの
黙って耐えられるほど わたし それほど強くない

「『でも』はなし、だったよな?」

「…うん」

この事 話すたび 同じ会話の繰り返し…
この間は あやうく喧嘩寸前になった
まだ気持ちの整理はついてない…
けど…

後悔…
今感じてる この気持ち 今まで何度もあったけど…
今度のは 特別…

「ごめん、なんか悪い事、訊いちゃったかな」

わたし達の微妙なやり取り察して
愛ちゃん 申し訳無さそうにしてる

「あ、ううん、大丈夫だよ」

やっちゃった 愛ちゃん 全然悪くないのに…
ダメだな 眞一郎くんが関係すると周りが見えなくなる
ホント 悪い癖…
うまく笑えてると良いけど…

「ああ、大丈夫さ」

眞一郎くんも言葉を添えてくれる

「んー? 未だにゴチャゴチャ言ってる奴がいるのかぁ?
 湯浅さん、ヘンな事言う奴はぶっとばしてやるからっ」

ずっと聞いてた野伏君 優しく言ってくれた

「え、ううん、大丈夫だから… ありがとう」

眞一郎くんだけじゃなくて 朋与、愛ちゃん、野伏君… 
こんなひとたちが居てくれる…
あんな事がないと気がつけなかったかもしれない…

「ふうん?」

愛ちゃん 声色がなんだか不穏…

「な、なに?」

ジト目で見られた野伏君 引いてる

「ミヨキチィ、なんだかさっきから 湯浅さん、湯浅さんって… まさか…」

愛ちゃん 怒ってますポーズ
えーと こんな時は 何にも言わない方がいいよね

「え? ちょ、やだなぁ オレは愛ちゃん一筋だよう
 なー 眞一郎 オレ そうだよなぁ?」

眞一郎くんにお助けコール
頑張って

「え? あー うん そうだ、俺が保証する」

眞一郎くん ふたりをキョロキョロ見ながら焦ってる
ダメだよ もう少し自信たっぷりに言ってあげないと…

「おー、しんいちろー、心の友よー」

野伏君 眞一郎くんの肩に抱きついて…
わたしだってまだそんな事… あ… いけない…

「眞一郎に保証されてもなぁ
 ねえ 比呂美ちゃん ミヨキチは学校でどう?」

「えっ はいっ? 野伏君? えーっと、どうだろう…」

ヘンな事考えてたら不意打ちが…
焦って答えられない
えーと 野伏君、野伏君…

「ああ 愛ちゃん ダメだ
 湯浅さんは眞一郎しか眼中にないから
 他のオトコのことなんて分かんないって
 なー 眞一郎?」

野伏君ニヤニヤしながら
眞一郎くんの肩に回した手で首を締るまねっこ
ハズレてるとは言い切れないのが困りもの…

「ああ、そうなんだぁ 良かったねぇ 眞一郎」

愛ちゃんも眞一郎くんを冷やかす側に回った
とりあえず セーフかな
でも…

「えっと 野伏君 お掃除のとき 重いもの持ってくれたりとか…
 体育祭の準備のとき 他の男子がサボってても きちんと手伝ってくれて助かるって… 聞いた事があるかな…
 中にはちょっとコワそうって子も… 居たかな?」

思い出した記憶の欠片を頼りにフォローする
頼りになる男の子って野伏君みたいなひと…?
あれ、こんなこと考えちゃイケナイのかな…

「え? オレ 怖がられてんの? ショックだなあ…
 ねえ、愛ちゃん、オレ 怖がられてるんだってぇ」

野伏君 ワザとらしくガックリポーズ

「ふうん、ミヨキチは同じクラスの女の子には親切なんだねっ」

愛ちゃん 怒ってますポーズのまま

「エエッ?」

「いいなあ アタシも親切にして欲しいなぁ」

愛ちゃんは少し甘えた声 こんな愛ちゃん初めて見た

「するする オレ 愛ちゃんの為なら何でもするっ」

「うん、アテにしてる」

ご機嫌取りの野伏君とにんまり愛ちゃん
これは 愛ちゃんの勝ち…?
言葉の掛け合い 楽しそう

「比呂美、どうした?」

「え? あ、うん、なんだか 仲がいいなって 思って」

ふたりにつられて緩んだ口元
眞一郎くんに見つかった

「え? オレ達が… どーしよ、愛ちゃん」

野伏君 猫みたいにゴロゴロしてる
野伏君の赤い顔 初めて見た

「もう、眞一郎っ」

「えっ?」

今度はなに?
愛ちゃん 顔が赤い テレ隠し?

「比呂美ちゃん、もっと仲良くして欲しいみたいだよっ」

「えっ? あの、別にそういう訳じゃ…」

どうしてこっちに来るかな?
せっかく平和だったのに…

「えっと、どうすればいいのかな?」

眞一郎くん わたしと愛ちゃんを見ながら困ってる

「そのくらい自分で… 待って! そーねえ…」

愛ちゃん チラッとわたしを見てニヤッと笑った

「例えばぁ 夕焼けの海岸でぇ ファーストキスとか どーかなっ?」

「キッ…」「ケホッ」

「あっ ごめんねっ そんなにびっくりした?」

悪戯っぽく笑う愛ちゃん

「うっ、ううん、別に…」

あわてて否定っ!
でも 愛ちゃんの目 見れないかも
まさか知られてるのかな…
でも夕方じゃないし…

雪雲… 暗い海… 眞…
もうダメ 思わず両手で庇ったけれど 掌に感じる頬の熱さ… もう隠せない…
ものすごくドキドキしてるし…
もしかして雰囲気でバレちゃうのかな…
どうしよう…

「うーん、星空の海岸でも良いけど… 夜だと色々マズイかもねぇ…」

愛ちゃん 目を閉じて思案顔…
なんでそんなに海岸にこだわるの?

「あ、眞一郎っ! 間違っても真昼間からしちゃダメよっ!」

ビクッ

「そんなのはムードも何もあったもんじゃないんだからっねっ!」

そんなぁ

「そ、そう…?」

眞一郎くん 困った顔でチラチラわたしを見てる

もう許して…
恥ずかしすぎる…
あんな事しちゃって…
胸がズキズキしてるし…
どうしよう…

眞一郎くんに視線で緊急質問

『愛ちゃんに何か言った?』

お返事は

『言ってない』

みたい
うーん 本当かなあ

「比呂美ちゃん達は いつ頃の予定?」

「え?」

あ、良かった 知らないんだ よ ね?
愛ちゃん ニコニコしてるけど 少し顔赤い?

「だから キ ス…」

「あの…」

どうしよう
また 膝の上とにらめっこ
もう顔だけじゃない 身体が全部 熱い…
このままじゃ ドキドキしてるの気付かれる
何とかしなきゃ…

「愛ちゃん? 比呂美、困ってるから…」

隣から庇ってくれる声がした

「あ ごーめんねっ 比呂美ちゃん 大人しいから こんな話ダメだったかな?
 そーだね このあと眞一郎と気まずくなっちゃうかもしれないもんね ごめんね」

気遣うような愛ちゃんの声が聞こえる
愛ちゃんにとってのわたしはまだ小さい頃のままなのかな…

「あ ううん 大丈夫だから」

顔はまだ上げられないけど なんとかお返事…

「眞一郎っ!」

「な… なに…」

「いーいっ! ファーストキスは大切な想い出になるんだからっ!
 ちゃんと眞一郎からしてあげるんだよっ!
 もちろん 比呂美ちゃんの心の準備が出来てる時にっ!
 不意打ちなんて言語道断なんだからっ!
 ねっ 比呂美ちゃんっ!」

「ええっ?」

もうダメ…
お返事できない

「相手の都合も考えないで 不意打ちなんてっ!
 襲ってるのと同じ事なんだからねっ!
 ねっ 比呂美ちゃんもそう思うでしょッ!?」

「えーと… そう だね… 良くないよね…」

恥ずかしすぎるっ
もう帰って良いかなぁ

「それとっ! 間違っても女の子からさせたりしちゃダメなんだからねっ!
 不安だったり、相手を繋ぎとめたくて…つい…  
 なんて気持ちでさせちゃ 絶対っ! 可哀想なんだからっ!」

なんでっ?
わたしの心 覗かれてるみたい…
ホント 気付かれてないよね?
 
「そんなのは 何かの間違いっ! 事故みたいなもんなのっ!
 キスなんかじゃないんだからっ!」

早口の愛ちゃん 急にヒートアップ
気になって見てみると すごく顔が赤い…

「眞一郎はっ! ちゃんと比呂美ちゃんだけっ!
 しっかり見ててあげればっ! 良かったのにっ!
 隙がありすぎるんだよっ! 眞一郎はっ!
 だからっ…」

あれ 愛ちゃん 悲しそう…
ホントに真剣に応援してくれてたんだ…
でも もういいから… ね?

「ごめん…」

黙って聞いてた眞一郎くん やっと口を開いた

「あ… ごめん… つい…」

愛ちゃん やっと止まってくれた…
眞一郎くん かしこまって反省…?
いえ なんだか辛そう…
野伏君も固まってる…
なんだか気まずい… 沈黙が…

女の子からのキスかぁ
愛ちゃんと野伏君 何かあったのかな
でも…
あの時のこと どう思ってるの?
あの後 何にも言ってくれない…
怖いけど
ふたりきりの時だと絶対訊けないから…
訊いてみたい…

「あのね… 眞一郎くんは…」

どうしよう… でも… 今なら…
恥ずかしいけど…
きちんと目を見て…

「女の子からのキス… どう思う?」

どうかしてる こんな質問
でも…

あ… 困ったような顔してる
やっぱり 一方的だったの 良くなかったのかな…
わたしの気持ち 押し付けただけ…
もう目を見れない
これも 後悔する事になるの…?

「もし 比呂美が そうしてくれたら 素直に嬉しい…」

え?
あれ、優しい 顔 だけど 悲しそう…?

「だけど もし 不安な気持ちでそんな事させたんだったら…
 俺が悪いに決まってる だから… 今のうち… 謝っとく…
 ごめんな…」

ゆっくりと噛み締めるように話してくれた…

「ううん 眞一郎くん 悪くない…」

気がついたら取り縋ってた
見つめる瞳の奥…
そこにある気持ち…
精いっぱい受けとめる…

「そこっ! 人前でっ ふたりの世界っ 禁止っ!」

「あ…」「え?」

愛ちゃん 立ち上がって 顔、真っ赤…
ふたりとも慌てて飛びのいた
またやっちゃった

「ご、ごめんなさいっ…」

「ごめん、愛ちゃん…」

こっそり上目遣いで窺うと野伏君はヤレヤレの仕種…
お隣… 眞一郎くん… あれ? なんだか… 落ち込んでる…?

「ホント 眞一郎を好きになった女の子は大変だよっ!
 あーあっ アタシはミヨキチで良かったーっ!
 眞一郎みたいに女の子 泣かせてばかりの奴なんて
 好きになってくれるのは 比呂美ちゃんくらいなんだからっ!
 眞一郎っ! これ以上 比呂美ちゃん泣かせたりしたら
 お姉ちゃんのこのアタシが許さないんだからっ いーいっ!」

愛ちゃん 立ったまま眞一郎くんを指差して宣言ポーズ
少し泣き笑いに見える…
ホント お姉ちゃんみたいだ…

「ああ、お姉ちゃんの言うとおりだ…」

眞一郎くん 愛ちゃんの言葉に項垂れてる
そんなに落ち込まなくても…
後で元気づけてあげないと
わたしはもう平気
これからだって 大丈夫…

「そうそう、眞一郎には言ってなかったけど
 アタシ、眞一郎のお姉ちゃんだけど、
 比呂美ちゃんのお姉ちゃんにもなったからっ」

愛ちゃんは「ねっ」と目で合図をくれた
そう あの日…
愛ちゃんは わたしのお姉ちゃんになってくれた…

 

 

お祭りの日…
あの場所で…
どうしていいか分からなくて…
立ちつくしたままだった…

そんなわたしの背後から
誰かがそっと手を取ってくれた
もしかして
ありえない期待に振りかえると…
愛ちゃん だった…
わたし 落胆した顔 してたかもしれない
でも そんな わたしに

「冷えるよ…」

愛ちゃんは それだけ言って
手を引っ張って テントに連れて帰ってくれた…
眞一郎くんとの会話…
いつから見られてたのか…
それとも見られてなかったのか…
それは知らない…

「飲む?」

じっと座ってる事しか出来ないわたしに
愛ちゃんはそっと声を掛けてくれた
お礼を言う事さえ わたしは忘れてた…

両手で感じる湯飲みの暖かさが
これは悪い夢なんかじゃないって事を教えてくれた
でも… 泣けなかった
もし 泣いてしまったら
本当に何かが終わってしまいそうで…

「こんなに可愛い格好してる比呂美ちゃん
 ほったらかして何やってるんだろうね
 アタシの… 弟は…」

くぐもった声に顔をあげると
愛ちゃん 涙こぼしてる
泣けないわたしの代わりに
泣いてくれてるみたい…

気がついたら愛ちゃんの胸に顔をうずめてた
あったかくてやわらかい
優しい感触
こんな優しい女のひと
わたしもなれたらよかったのに
そしたらきっと…

優しくしてくれる愛ちゃんに

『カノジョ… わたしじゃなかった…』

喉まででかかった言葉は言えなかった
愛ちゃんはしばらくじっと抱きしめてくれた
寒さから庇ってくれるように…


「大丈夫だから」

そう遠慮したけど
仲上の家までついて来てくれた

「お着物の着替え 見てみたいから」

って優しい嘘の理由で…
家ではおばさんも交えて三人でお着替え
その間、愛ちゃんはずっとわたしの傍から離れない
愛ちゃんは着付けについて おばさんにあれこれ質問
訪れそうな沈黙を近寄せまいとしてくれてる…
おばさんも わたしの雰囲気で
何かおかしいと 気が付いてはいたみたい…

結局、わたし達がいる間
眞一郎くんは 帰っては来なかった…
今頃は きっと…

でも、顔を合わせずに済んで
どこかホッとしてた
もし 顔を合わせたら
何かを聞かされてしまいそうで…
怖かった…

お祭りだから今夜の夕食は折詰のお弁当
食欲なんて無かったけど

「お腹空くといけないから」

遠慮する愛ちゃんの分も一緒に
おばさんが無理やり持たせてくれた

おじさんとおばさんに
ご挨拶してから家を出た

もう二度と訪れる事は出来ないかもしれない

そう思いながら…

「比呂美ちゃんのお部屋が見てみたいから」

愛ちゃんは 今度も優しい嘘の理由で
お部屋まで付いて来てくれた
どうしてかな…
わたしの嘘は ひとを傷つけてばかりなのに…
愛ちゃんの嘘は こんなに優しい…

わたしを独りきりにするのを
愛ちゃんは恐れてるみたいだった…
そう思い至って切なくなる
今のわたしって そんなに心配されなきゃいけない様に見えるのかな…
どうして こうなっちゃったんだろう
何がいけなかったの…
しばらくそんなことしか考えられなかった…

お部屋への帰り路
愛ちゃんはずっと手を繋いでくれた
そういえば あの時…
手を引いて送ってくれたんだっけ
でも…
今日は
愛ちゃん なんだ…

こんな時
助けてくれるひとも
帰る場所も
待っててくれるひとも
何もかも変わってしまった…


「わぁ 可愛いお部屋だね」

お部屋に入ると 愛ちゃんは
少し大げさに室内を見回した…

ささやかなおもてなし
冷蔵庫に用意してあった
小さなケーキ達 いくつか選んでお皿に乗せて…
今夜は女の子同士だから
ティーパックをカップに入れて…

この小さなケーキ達
本当は他の誰かの為のもの
きっと今夜 送ってくれる筈だから
踊りの成功を祝って
ささやかなお茶会の為のもの
甘いものは 嫌いじゃなかった筈
記憶を頼りに 誰かの好みを思い出して
だけど 結局 選びきれずにいくつも買った
好きなの選んでもらおうか
それとも 男の子だから全部食べられるかな
なんて…
わたし独りで そんな想像してた…
なのに…

「夜食べたら太っちゃうかな」

なんて無理やり冗談交じりでテーブルへ

「あ、お構いなく」

このお部屋 二人目のお客さま
愛ちゃん来てくれて助かった
そうじゃないと
このケーキ達 何処にも行く場所がなかった
まるで わたしみたい…

ティーパックは程よい頃の筈
流しの上のカップたちを迎えに戻る
今度 お盆買っとかないと…
あ… でも… もうお客さんなんて…
それに コーヒーだって… もう…
ボーっとそんな事考えてた

「あっ…」

まだ慣れてない この住まい
僅かな段差に足がもつれた…

ガチャン!

「ちょっと、大丈夫?」

愛ちゃんが駆け寄ってきた

「…うん」

手にしてたカップ達は 床の上…

だけど さっきまでのカタチは
永遠に失われた…
割れたのは わたしの分だけ
もう片方は大丈夫
だけど…
まるでわたしの中の大切な何かが壊れたみたい
このカップ、ペアで揃えたその理由…
誰かにそれを伝えもしてないうちなのに…
これを選んだあの時は
幸せの予感だけだったのに…
カップの破片達…
わたしのところに来なければ…
壊れなくて良かったのにね…
ごめんね…

大切なものや 大切にしたいもの…
いつも わたしの前で壊れてく…

もうダメなのかな…

無理だった

愛ちゃんをおもてなししてから…
そして
愛ちゃんをお見送りしてから…
それから
独りになってから
泣こうと思ってたのに
力が抜けて…
しゃがみこんだ

「比呂美ちゃん…」

愛ちゃんの声がする
顔 あげられない…
泣いちゃいけないのに…
大丈夫なフリ してなきゃいけないのに…
どうしても抑えられない…
熱いものがどんどん目からあふれる
止まらない
止められない
どうしようもない
何が悲しいって
涙を止められない自分が情けない…
愛ちゃんをお見送りするまでは…
って 決めてたのに…

そっと背中に優しい感触…?
ホント あったかい…
ひとのぬくもりは
こんなにも優しい…

「ね? 今夜 お泊りしちゃってもいい?
 女の子同士のお泊り、一度やってみたかったんだ…」

また 優しい嘘…

「明日、学校だよ?」

「でも、こんな比呂美ちゃん 放っとけないよ」

愛ちゃん とうとう本音を言ってくれた
ううん 言わせてしまった…

「ごめんね…」

「なんで 比呂美ちゃんが謝るの…」

「ごめんね…」

「今夜 お泊りさせて?」

「お家の人 心配するよ」

「大丈夫っ」

「大切な人に心配かけちゃダメだよ…」

「…比呂美ちゃんだって大切だよ」

背中から抱きしめてくれている腕が
わたしをギュッとしてくれた

「…愛ちゃん」

「じゃ いい?」

「でも… お布団一組しかないから…」

「じゃあ 一緒に寝よっ」

「でも… お家の人は?」

「大丈夫 比呂美ちゃんのお部屋に泊まるんなら大丈夫だよっ」

「でも… お着替えは?」

「うーん、パジャマの替わり 何か貸して?」

「でも… 」

「そーんなに アタシのこと… 泊まらせたくない?」

耳元で囁かれる優しい声…

わたしの心の封じられた扉
その扉を 優しい心が そっとノックしてくれた
扉を開けるの 迷ったけど…
少しだけ 開けてみる事にした
もう 甘えても いいのかな…

「…ううん」

「よしっ 決まりだねっ
 比呂美ちゃんは休んでてっ 疲れたでしょっ」

わたしを立ち上がらせてから
テーブルの所まで背中を押してくれた

「いーからっ 座っててっ」

後片付けは愛ちゃんが全部やってくれた…

「ごめんね…」

なんだかボーッとしてる
お手伝いしなきゃ
そう思っても身体が動かなかった…

「遠慮するのはなしっ!」

お日さまのみたいな愛ちゃんの笑顔につられて
気が付いたら わたしもお愛想笑い…

愛ちゃんはお家の人と携帯でお話して
あっという間に許可をとった
あんな簡単にいいのかな?

「お風呂、一緒に入ろっ」

愛ちゃんはそう言ったけど
ここのお風呂は二人で入るには狭すぎる
先に入ってもらった
その間 パジャマ代わりに体操服、予備の歯ブラシ、タオルを準備した
入浴を済ませた愛ちゃんは

「似合う?」

麦端の体操服でモデルさんみたいに一回転…
今度はふたり揃って自然に笑った
不思議… こんな時でも笑う事出来るんだ…

交代でわたしの番
先ずはシャワーを顔いっぱいに受けた
涙の痕 消したくて…
身体に打ちつける お湯の熱さが心地いい

お湯に浸かると 気分が落ち着いた
悲しいときも お湯に浸かると 少しだけ元気になれる
今までだって そうだった…
今回も きっと そう…

お風呂をあがってパジャマを着込む
ドアを開けると

「お腹空いたぁー」

愛ちゃんが待ち構えてた
テーブルの上にはいつの間にかお弁当が置いてある
あ、そういえば食べてない
さっきまで食事の事なんて どうでも良かったのに…
今はお腹が空いていた
お風呂と 何より愛ちゃんが居てくれるおかげに違いない

「うん、食べよっか」

少しづつ笑顔が戻る
独りきりだと こうはいかなかったろう
テーブルの端には さっきのハプニングの所為でケーキ達が待ちぼうけ

『ごめんね…』

心の中でケーキ達に謝ってから 片づけ始めた

「え、しまっちゃうの?」

愛ちゃんが残念そうな顔してる

「でも、お弁当…」

問い掛けたわたしに

「いーい、比呂美ちゃん、『甘いものは別腹』って諺、知ってる?」

愛ちゃん 得意げに胸張って宣言ポーズ
悪戯っぽい目でニンマリしてる

「…プッ、クスッ」

「あははっ」

こんな単純な事が とっても可笑しい

「それ諺じゃないよ」

「いーの、じゃあ、比呂美ちゃんの分もアタシもらっちゃおうかなぁ」

愛ちゃんはおふざけ顔でわたしを覗き込んでくる
これはもうお約束…
お付き合いしないのはマナー違反…
落ち込んでなんか居られない

「ダーメッ」

「太っても知らないよっ」

「いーのっ」

一通りおふざけを楽しんでから
お弁当をレンジで軽く暖めて
大丈夫だったカップにお茶を煎れた
パジャマと体操服
まるで遠足か修学旅行みたい…

独りきりの食事は味気ない
愛ちゃんが居てくれなければ
今頃わたし どうしてただろう
膝を抱えて座ってた…?
それとも
お布団かぶって寝てた…?
でも…
今は… 今だけは 独りじゃない…
さっきまでは 早く独りになりたかったのに…
今はこの暖かさが心地いい…

愛ちゃんとも おかずを交換してみる事にした
でも中身は同じお弁当だから
お弁当をテーブルの下に隠してから
お互い同時にお箸で見せっこ…

ふたりとも同時に吹きだした
なんだかあの時みたい
好きなものの好みは今でも同じ…

嬉しいような…
切ないような…
でも 今だけは笑っていたい…

結局 他愛ないお話しながらケーキまで食べ終えた
まだ冷蔵庫に残ってるケーキも勧めたけど
さすがに ふたりの別腹も もう一杯だった

このお部屋 遊ぶものなんて何にも無い
トランプしかなかったので それで少し遊んだ
これも… 修学旅行の夜みたい…

しばらくすると もう寝る時間
ドレッサーの前に座ったら愛ちゃんが興味深そうにやってきた

「一度やってみたかったのよねー」

そう言いながらブラシでわたしの髪を梳いてくれた

「伸びたねー」

「そーかなぁ?」

鏡越しでの会話…

「昔はもっと短かったよね?」

「あ、うん」

あれ?

「やっぱり、お手入れ大変?」

「うーん、もう慣れたかな… でも伸ばしてるの
 後ろの方だけだから 量はそんなにないんだよ」

なんだろう

「アタシも伸ば… ああ やっぱ 似合わないかぁ」

「そんな事ないよ、試してみたら?」

懐かしい感じ…

「うーん、いーやっ、その代わり比呂美ちゃんの髪 お手入れさせて?」

「…うん」

「また今度お泊りにきた時もね」

「今度?」

小さかった頃

「今日は急だったけど これから時々遊びに来ても良いかな?」

「…うん」

こうやって

「この髪… アタシの知らない比呂美ちゃんを知ってるんだね…」

「あ… うん、そうなんだね…」

寝る前に

「髪、切ったりしないでね…」

「え?」

髪を梳いてもらったんだっけ

「何事も早まっちゃダメ、絶対大丈夫だから…」

おかあさん…

「…うん、ありがとう」


「ロフトって初めてー」

はしゃぐ愛ちゃんと一緒に布団に潜り込む

「なんか小さい頃みたいだねっ」

愛ちゃんは上機嫌

「うんっ」

今夜は寂しく ない…

「ね、眞一郎の事… 好き?」

突然 愛ちゃんがわたしの顔を覗き込んできた
ちょっと思考が停止する
どう答えよう…
わたしの想い 変わってはいないけど…
でも… わたしじゃ なかったんだ…
わたし もう 何にも 残ってない
だけど…
優しく見つめてくれる愛ちゃんの瞳に
嘘はつけない…

「うん…」

心のまま答えられた

「大丈夫だよ」

愛ちゃん なんでそんなに自信があるの?
そんな思いが顔に出てたのかもしれない…

「あのね、憶えてる? 小さいとき 犬に追いかけられたの…」

「犬?」

「ほら、柿の木のあるお家、お爺さんがいる家に居た…」

「あ、白くて 大きな…?」

「そう、あの犬に追いかけられた事、憶えてる?」

「うーん…」

「忘れちゃった? アタシは憶えてるよ…
 三人で追いかけられて逃げながら…
 眞一郎はアタシじゃなくて
 比呂美ちゃんの手を引っ張って逃げたんだよ…」

「そんな事あったかな…」

「あ、憶えてないの? 酷いなぁ
 アタシは忘れられないよ
 眞一郎は 比呂美ちゃんが 一番大切なの…
 あの時に 分かっちゃった」

「愛ちゃん…」

「何をするにもね 比呂美ちゃんが一番だったんだから…
 遊んでて面白い事、びっくりした事、何かあるでしょ?
 アタシもね眞一郎に笑いかけたりしたの…
 でも、その時、いつも 眞一郎はアタシじゃなくて
 比呂美ちゃんの事 見てたんだよ
 今でもそう…
 眞一郎が想ってるのは比呂美ちゃんだよ…
 ずっと見てたから 分かるんだ…」

「…愛ちゃん?」

「ん?」

「愛ちゃんは… 今でも…」

言葉が続かなかった…

「アタシはね 眞一郎のお姉ちゃんなんだ…
 あ、そうそう ミヨキチ知ってる?」

「ミヨキチ?」

「ほら、眞一郎といつも一緒に居る…」

「あ、野伏君… かな?」

「うん、その野伏君、アタシのカレシなんだよ」

「ホント?」

「うん、眞一郎がきっかけつくってくれてね…」

「…愛ちゃん…?」

「アタシはもう眞一郎は卒業したの…」

「卒業…?」

「うん、だからアタシは眞一郎のお姉ちゃん
 そして、比呂美ちゃんのお姉ちゃんにもなる事に決めたから…」

これは… 訊けなかった問いへの答え…?

「お姉ちゃん…?」

「うん… だから大丈夫、お姉ちゃんが保証してあげる
 眞一郎が好きなのは比呂美ちゃんだよ」

「でも…」

「大丈夫、アタシの弟、不器用だけど、信じてやって?」

「…うん」

涙があふれてきた…
でも これは 悲しい涙じゃなくて…
いろんな想いが混ざってる…
恋… だけじゃない…
多分 嬉しい涙…

「ほーら、もう泣かなくていいから…」

愛ちゃんが 再び優しく抱きしめてくれた

「…うん」

髪を撫でてくれる手の優しい感触
安心する…
懐かしい感じ…

あ、これも… おかあさんみたいなんだ…

小さい頃から泣き虫だったわたし
そんな時 おかあさんは
お布団の中で抱きしめてくれて
優しく髪を撫でてくれた
あの感触と同じ

今だけは甘えていたい
心地いい感触につつまれて…

気持ちよくて 眠りに落ちるとき

「おやすみなさい」

誰かの声が聞こえた気がした…

 

翌朝、いつもより早めにセットした目覚ましに起こされた

「お姉ちゃんにやらせて」

と、愛ちゃんは半ば強引にわたしを座らせて
手早く朝食を準備してくれた
初めての筈のキッチンなのに手際がいい
お店で鍛えてるのかな…

同じ材料なのに わたしの定番メニューより美味しそう
やっぱりお姉ちゃん… かなわないな
ひとつだけのカップの紅茶 ふたりで分け合った

 

「元気出してっ、絶対大丈夫だからっ!」

愛ちゃんはこれから自宅に戻って登校の準備
帰り際の玄関先で 元気にそうに言ってくれた

自信は無かったけど
精いっぱいの笑顔をつくって
愛ちゃんの目をしっかり見据えた

「うん 大丈夫 愛ちゃん ううん 愛お姉ちゃんのおかげ… かな?」

元気が出たフリを精いっぱい…
ううん、元気を分けてもらったのはホントだ

愛ちゃんは安心したみたいな笑顔をくれた
ホントにこんな風に笑えたら…
ひとに元気をあげられる…
そんなひとに わたしもなりたい

「よしっ! あ、こんどお店においで
 眞一郎に言ってアタシがお招きしたって言って
 ミヨキチも一緒に連れてきたらいいよ
 あれでも賑やかしの役くらいには立つよ?
 そうだ、お祭りの打上げって事でさっ」

「うんっ こんど眞一郎くんと一緒に… 遊びに行くから、ね…」

愛ちゃんの気持ちに答える為の
精いっぱいの…
これは… 嘘?

「ごめんね だめな弟で… ヤケ、起こしちゃダメだからね?」

心配そうな顔でそう言うと 愛ちゃんは駆け出していった
角に姿が見えなくなるまで見送って
最後、お互い手を振った

お部屋に戻ると 独りきり…
やっと独りきりになったけど
もう涙は出なかった

テーブルの上には カップがひとつ
残った紅茶は まだ少し暖かった…

怖いけど 確かめないといけない
試合終了のホイッスルは
まだ鳴ってないんだから…

 

 

その朝 あの話を聞かされるまでは
希望があると まだ信じてた…

 

 

今ではもう遠い昔のような…
でも ついこの間の出来事…

「うーん… 湯浅さんとだったら どっちかって言うと
 愛ちゃんの方が年下っぽいけどなぁ」

野伏君 知らないよ もう…

「ふんっ どーせアタシは比呂美ちゃんみたいに
 大人っぽくてキレーじゃないわよっ!」

プイと横向く愛ちゃん…
これは野伏君が良くない… よね?

「あ、愛ちゃんっ! いやっ、別に深い意味は…」

「なによっ! 浅い意味はあるっての?」

野伏君 今さら困った顔しても…
えーと ここはひとつ…

「野伏君? 愛ちゃんの方がお姉さんだよ
 愛ちゃん とってもしっかりしてるんだから…
 ホントだよ」

愛ちゃんにも お愛想のにっこり笑顔を添えて、と…
どうか円く収まりますように…

「比呂美ちゃんたら… そんな事無いって、アタシなんてまだまだ子供だよっ
 ホラッ この間だって 比呂美ちゃん、お着物すっごい似合ってたしっ
 アタシじゃ ああはいかないもんなぁ」

身振りも交えてテレる愛ちゃん
取り敢えずご機嫌は直ったみたい

「なにっ! 湯浅さんの着物ぉ? オレ見てないぞっ!
 オイ 眞一郎っ、どうだった?」

野伏君 反応するトコ違うっ!
あ… また眞一郎くんに擦り寄ってくし…
顔 近すぎる気がするんだけど…
あ、愛ちゃん 少しお口が尖ってる…
マズいなぁ

「あ、いや に、似合ってた かな…」

眞一郎くん 途中 チラとわたしを見てから答えてる
お部屋の時と一緒…

「うんうん、湯浅さん そーゆーの似合いそーだもんなー」

だからっ そうゆうお話しは愛ちゃんのを見たいって方向に持っていかないと…

「なーに ミヨキチ、そんなに比呂美ちゃんが気になるの?」

ほらっ ご機嫌斜めになっちゃった…

「いやっ あ、愛ちゃんの着物姿も見たかったなぁ…」

言い分けみたいに聞こえるよ もうっ

「あ、でも お祭りの時って 眞一郎も着物だったんだよね 花形で」

愛ちゃん なにか思いついたみたいな顔…?

「あ、ああ、着てたな…」

眞一郎くんやっぱり口数少ない…
大丈夫かな…

「じゃあ 記念写真撮ったの? ふたりで」

あ?
お互い顔を見合わせた
撮ってない…
それどころじゃ なかったし…

あの日は
こんな風に お隣に座って
お話できる日がくるなんて
とても思えなかった…

困った顔の眞一郎くん 多分わたしも同じ顔…

『……』

お互いの視線 言葉に出来ない気持ちを送受信…

「えーっ、撮ってないんだぁ
 もう気が利かないなぁ 眞一郎
 せっかくの比呂美ちゃんのお着物
 綺麗だったのに…」

「ごめん…」

眞一郎くん また落ち込んでる
えーと 何とかしないと…

「よしっ じゃあ お正月っ 初詣っ
 みんなで行ってみないっ?
 女の子はお着物着てさっ」 

愛ちゃん 名案を思いついたみたいにはしゃいでる
もしかして着物の話題って… この為に?

「お、いいねえ ダブルデートってヤツ?」

野伏君 乗り気満々みたい

「どうしようか?」

表情暗めの眞一郎くん…
元気出してね

『行きたいなぁ』

そんなメッセージを視線に込める
済んだ事より これからの事を考えて欲しいから…
なんて… わたしも同じくせに…

「ああ、比呂美が良ければ… 行ってみるか?」

沈んでた眞一郎くん
ちょっと考えた素振りの後で言ってくれた

「うんっ」

良かったっ
眞一郎くん 少し元気そう
でも 気が付いてくれてるかな?
これはわたし達ふたりが 特別な関係になってからの
初めての約束…

あれ、これ デート… になるのかな?
初めて… じゃないけれど…
いいえ 行きたいデートは…
これが初めて…

あれ?
違う…
あの お祭りの時…
あれがわたしの 初めてのデート…
ふふ おませさんだったんだ…

「んじゃあ 決まりねっ
 ミヨキチィ 覚悟してなさいっ!
 アタシだって お着物くらい着れるんだからっ!」

愛ちゃんは野伏君の為に頑張るみたい…
わたしも…
あ、でも、おばさんに訊いてみないといけないな…

「うんうん、楽しみにしてるよっ 愛ちゃーんっ」

また猫みたいになってる野伏君

「…比呂美ちゃんのと どっちが?」

愛ちゃん ジト目で野伏君を睨んでる
えっと わたしもちょっぴり居心地悪い…

「オレは何時だって愛ちゃん一筋だってばぁ!」

愛ちゃんのジト目も全然堪えてないみたい

「ホントにもー 調子良いんだからっ!」

愛ちゃん笑顔で ご機嫌モード復活っ!
良かった 仲直りしたみたい…
あれ?
もともと こんなものなのかな?
本気で喧嘩してた訳じゃなし…
あ、さっきの『ふーふげんか』なんだ…
犬だって…

「なーに 比呂美ちゃん 楽しそうに?」

わたしの口元 愛ちゃんは見逃してくれなかった

「えっと…」

どう言おう…

「ふうん? 眞一郎に着物姿を見せるのが今から楽しみなんだ?」

「えっ?」

「眞一郎っ! 楽しみにしてなっ 比呂美ちゃんが頑張って
 眞一郎の為だけに お着物 また着てくれるみたいだよっ!」

「え?」

固まってる眞一郎くん

「あの… 別にそういう訳じゃ…」

ホントはそういう訳なんだけど…
赤い顔した眞一郎くんと目が合った
多分、わたしも赤い筈…

「知ってる? お着物着るのってとっても手間がかかるんだよ?
 着付けだって難しいし、帯だって苦しいし、草履だって歩きにくいし
 ホントにもうっ!
 誰か見せたい人でも居てくれないと着てらんないんだからっ!
 ねっ 比呂美ちゃんっ!」

愛ちゃんの剣幕に男の子達は少し唖然としてる

「あの… そう…だね…」

手間もそうだけど…
でも それよりも いつもと違う装いを
誰かに見てほしい できれば喜んでほしい
そんな気持ちがあるのは ホントの事

お祭りの時だって…
お話出来たの… ふたりで居られたのって
お着替えのお手伝いの時だけだったし…
ダメ…
あの時のこと…
思い出しそう…

「俺も… 着物… …こうか?」

ボーっと考えてたから
眞一郎くんの言葉 よく聞こえなかった

「え?」

着物?

「だから… 俺も着物着て初詣… 一緒に…」

眞一郎くん はにかんだ表情…
でも…

「うん、でも… 男の子って…
 あんまり好きじゃないんじゃないかな…」

もしかして この間の事 気にしてくれてるのかな?

「比呂美が着物着てくれるんなら…
 俺も着物着て 隣 一緒に歩きたい…」

え?
なに?

胸の奥…
何かが… 震えてる?

言葉が出てこない…

「いいかな?」

真っ直ぐ注がれる視線…
瞳の奥に宿る気持ち…

なんで…

なんでこんなに

頬を何かが

熱い

これって

嬉しい… の…?

あ…

待って

愛ちゃんや野伏君 居るのに…

 

気が付いたら

眞一郎くんの指が

そっと何かを拭ってくれてた…


「うん… 楽しみだねっ」

ずいぶん経った気がしてから

やっと答えられた

わたし 今 どんな顔してるだろう

 

 

「ちょっと なんでアンタまで泣いてんのよ…」

何だろう?
愛ちゃんの声に顔をあげた
あれ 野伏君 泣いてるの?

「あ 愛ちゃんだって」

え?
あ、ホントだ…

「なによ… アタシはふたりのお姉ちゃんだからいいのっ!」

ふたりとも声が少し震えてる…
どうして?

「オレ… 嬉しいんだよ
 ふたりとも お互いのこと
 遠くから そっと見てるだけで…
 
 眞一郎には愛ちゃんとのこと 助けてもらったし
 何とかしてやりたいとは 思ってたけど…
 オレ こういうこと うまく出来ないから…

 なんか最近は 目の前で大事なもんが壊れていくの
 見てるみたいで 歯がゆくて…
 それがよ
 今 目の前で ふたり並んで 座ってるのって
 すっげー 嬉しいっ」

野伏君…
そんな風にわたし達のこと…

「もうっ ミヨキチ 湿っぽくなるじゃない…」

愛ちゃんも少し鼻声…
愛ちゃんにも心配かけた
わたし
こんなに周りのひとに 心配かけてたんだ…

「ごめんなさい 心配かけて…」

わたし…
何人の大切なひとに
心配かけたんだろう…
あれ?
待って
大切なひと…
みんな
一人残らず心配かけてるのかな…
何やってたんだろ
わたし…

ホントに…


わたし…
独りじゃなかったんだ…

 

「ごめんなさい… ありがとう…」

 

「もうっ なーに言ってるのっ!
 お姉ちゃんが心配なのはっ
 これからなんだからっ!」

ん?
愛ちゃん 胸を張って 急に元気が復活してる…?

「ホラ、心配なのよっ! 若い男女がお付き合していく上で…」

愛ちゃん 顔が赤い

「ああ 『あれ』ですか?」

野伏君が合いの手をいれる
あ なんだか怪しげな方向に…

「比呂美ちゃんっ!」

ビクッ

「は、はいっ」

ピシッとわたしを指差してくる愛ちゃん

「眞一郎をお部屋に上げちゃダメなんだからねっ!」

「え? うん、そう…なの… かな?」

思わず 眞一郎くんと顔を見合わせた

「いーいっ! 眞一郎っ!」

今度は眞一郎くんをピシッと指差してる

「比呂美ちゃんは独り暮らしなんだからっ
 お部屋なんか入っちゃダメなんだからねっ!」

すっごい迫力…

「…え? ああ… えーと ダメ…かな…?」

眞一郎くん 顔 顔 バレちゃうよ

「あったりまえでしょうっ!
 女の子の独り暮らしのお部屋に入るなんてっ!
 女の子の事が大切なら そんな事しちゃダメなんだからっ!
 人に見られて ヘンな噂でもたてられたら大変だよっ!
 比呂美ちゃんが学校とか近所で人からヘンな事言われたりしてもいいのっ!?」

「いや、それは…」

俯く眞一郎くん
愛ちゃん わたしの停学の件 知らないんだよね?
知ったら何て言われるか…
でも… 確かに
わたしも浮かれてた
またヘンな話になったら
今度は眞一郎くんまで…
でも ここは眞一郎くんを弁護しとかないと…

「あの、愛ちゃん、眞一郎くんなら大丈夫だから…」

「いーえっ! 比呂美ちゃんっ こーゆー事はねっ
 例え当人同士が清い交際だったとしても
 周りなんてテキトーな事を面白おかしく言ったりするんだからっ
 大変な事になったら取り返しつかなくなっちゃうんだよっ!」

「…うん」

ごく最近身にしみました…
ホント どうかしてた わたし…

「比呂美ちゃんっ!
 いくら眞一郎が人畜無蓋に見えたってっ!
 オトコはオオカミなんだからっ!
 お部屋でふたりきりの時
 『いいだろ』とか言って迫ってきたらどーするのっ!」

ビクッ

「ええっ? あの… その…」

ダメ… もう 顔 火噴いちゃいそう
ううん 身体中が熱い…
なんであんなことっ言っちゃったんだろうっ
ううん
眞一郎くんにだって あの時の事どう思われてるか…
もし ヘンな子だって思われてたら…
もうっ 死んじゃいたいっ!
怖くてお隣が見れないよ…

「あ、愛ちゃん? オオカミって… 俺 信用ないかな?」

眞一郎くんが抗議してるみたいだけど…
何にも分かんない…

あれ そういえば お部屋に誘ったとき
野伏君も居たんだった…
大丈夫かな…

野伏君と目が合った
ニコッと笑顔…
ん? 何だろう?

「愛ちゃんっ 大丈夫だって 湯浅さん 怒ったら怖いからっ!」

えっ?

「何それ」

愛ちゃん不思議そう

「なー 眞一郎、湯浅さんの取っ組み合い すっげぇ迫力だったなぁ」

「あ…」「あ…」「え?」

それもダメーッ!
せっかく忘れてたのにっ!

「ち 違うのっ!」

ああっ 眞一郎くんまで『思い出した』みたいな顔してるしっ!

「いやー 凄かったもんなー 止めるのに何人がかりだったんだ あれ?」

野伏君 笑いながら眞一郎くんに話しかけてる…
ダメッ!
なんとか話題変えないとっ

「何それ 比呂美ちゃんが怒ったりするわけないじゃない」

愛ちゃん知らないんだ

「え?」

「だって、比呂美ちゃんの怒ったトコなんて
 アタシ 一度も見たこと無いよ?」

不思議そうにわたしを見てる
どうしたらいいのかな…

「あの… その…」

こんな時 なんて言えばいいの?

「比呂美ちゃん?」

あんな恥ずかしい事 愛ちゃんにまで知られちゃう
眞一郎くん たすけて

『たすけて…』

視線でお願い…

「そういや… あれ 何が原因だったんだ?」

眞一郎くんったら 罪のない顔でそんな事…
気が付いてくれないなんて…
どうしよう どうしようっ

嫉妬? 羨望? 怒り?
自分でも分からない
あの時のこと
ただ
いろんなことへの
苛立ちや怒りで
どうしようもなくなってた…
それは ホント…

でも…
愛ちゃんや野伏君の前でホントの事なんて言えない…
眞一郎くんの前だって…
言えばきっと軽蔑される…

愛ちゃんは不思議そう
野伏君はニコニコしてる
眞一郎くんも不思議そう

いいわけ… いいわけ…

あの時

「り、理由? あの ホラ そう お弁当 うんっ
 お弁当のおかずの交換でねっ」

あーん もう何言ってんだろ…

「さつまいもと から揚げでっ」

何だっけっ?

「それがっ 玉子焼きでっ タコさんウインナーもっ!」

知らないっ! もうっ 全部眞一郎くんが悪いんだからっ!

「へー 湯浅さん意外だなぁ そんな事で喧嘩するように見えないけどなぁ」

ニヤニヤ笑ってる野伏君
絶対 見抜かれてる…
恥ずかしい…

「だから あれは喧嘩じゃなくて…」

そういえば野伏君 どこまで知ってるんだろう?

「そーよミヨキチっ テキトーな事言ってぇ
 眞一郎の前で比呂美ちゃんに恥かかしちゃダメでしょうがっ!」

お説教モードの愛ちゃん
でも 今の場合 わたしが怒られてるみたい… 

「おかずの交換?」

愛ちゃん小声で訊いてきた

「…う、うん」

ごめんねホントは違うけど…

「あー 喧嘩は大げさだったかなっ
 じゃれ合ってたみたいなもんだったんだっ
 ごめんっ 湯浅さんっ!」

野伏君 目で合図してくれた…
あ、お部屋の件 ウヤムヤにしてくれたのかな?
ありがとう
でも
よりによって こんな事持ち出さなくても…

ふう 疲れた
あ 眞一郎くん なに笑ってるのっ!
まるで全部分かってる、みたいな態度っ!
むー なんか腹が立ってきた
誰の所為であんなマネしたと思ってるのっ!

お行儀悪いけど ちょっと蹴っちゃうんだからっ

えいっ

「えっ なにっ?」

ふふっ
びっくりした顔してる

「ん? なあに?」

女の子の特権 にっこり笑顔でうやむやに…

わたしをあんな気持ちにさせた責任 取ってもらうんだからっ

「あのねっ 愛ちゃん」

腰を動かして愛ちゃんに近づく

「なーに?」

ここでチラッと眞一郎くんに目線で合図

『頑張ってね♪』

きょとんとしてる眞一郎くん

「野伏君は その… ヘンな事したりしない紳士さんだよねっ」

ワザと聞こえるように 女の子同士の秘密の会話

「え? ミヨキチ?」

「うん」

「ま、そりゃ、まあ どうかな…」

チラと野伏君を見て赤くなってる愛ちゃん

「えー オレ愛ちゃんにヘンな事なんて 何もしてないぜぇ」

拗ねたように抗議する野伏君

「あ、当たり前じゃないのっ!」

慌てる愛ちゃん かわいい

「実は… その… 言いにくいんだけど…」

目を逸らして言葉を濁す…

「え、なに、ちょっと! まさかっ!」

愛ちゃん 反応してくれた

「…」

言いにくそうな素振り… ちょっとだけ視線を合わせて…

「眞一郎っ 比呂美ちゃんに何したのっ!?」

愛ちゃん 反応してくれた

「え? 俺っ? 何にもしてないってっ!」

訳が分からない風の眞一郎くん

「何にもって… 眞一郎くんにはどうでも良い事だったの…?」

少し悲しそうに… 半分演技… でも 半分は本気…

「え?」

唖然としてる… まあ当たり前かな?

「眞一郎っ!」

愛ちゃん お怒りモードにエスカレート

「いや… 俺…」

困ってる眞一郎くん…
いま頭の中で わたしとのどんな記憶を思い出してるの?

「ね、比呂美ちゃん何があったの?」

心配してくれてる愛ちゃん ごめんね もう少しだけ…

「うん… あのね… お家でお世話になってた時ね…」

「うん」

「お風呂に入ろうとして… 着替えてたら…」

「うんっ」

「いきなり眞一郎くんが入ってきて…」

「ええっ?」

「それで… あの…」

「眞一郎っ!」

キッとした愛ちゃん

「事故っ! あれは事故だっ! ホントに偶然なんだからっ!」

慌ててる眞一郎くん
先ずは1得点♪

「あ、オマエ 『きゃっ! エッチ』を確かめようとワザとじゃあるまいな!」

野伏君 何か言い出した
何のことだろう?

「へ ヘンな事言うなよっ! あ、ホントに偶然の事故だからなっ!」

眞一郎くん もっと慌ててる?
『確かめる』って?

「なにっ! その『きゃっ! エッチ』って?」

愛ちゃんが代わりに訊いてくれた

「い、いや、大したコトじゃないんだ うん」

急に視線を彷徨わせる眞一郎くん…
何かあるのかな?

「眞一郎っ なーに 慌ててんのよ」

追求する愛ちゃん
ホント アヤシイ

「い いやっ 慌ててない」

全然そうは見えないよっ

「ミヨキチッ!」

「えっ?」

ビクッとしてる野伏君…
うーん 愛ちゃんがお姉ちゃんだね やっぱり

「白状しなさいっ」

「えーと…」

今度は野伏君と眞一郎くんがアイコンタクト…
これはもうあからさまに怪しいんですけど…

「あ、それで… 比呂美ちゃん それで眞一郎のお家に居られなくなったの?」

え?
えーと そっか 愛ちゃんは独り暮らしの理由まだ知らないんだ…

「…うん」

愛ちゃんのお話に乗ってみた

「え?」

ポカンとしてる眞一郎くん
クスッ 2得点♪

「眞一郎っ オマエやっぱり… エロい奴だったんだなっ!」

エ… こんな言葉 生で初めて聞いちゃった…
みんなこういうの普通なのかな…

「だからっ 違うって!」

眞一郎くん 抗議しながら わたしをチラチラ気にしてる
混乱してるみたい

「眞一郎がそんなヤツだったなんてっ!」

愛ちゃんもお怒りモード

「大丈夫だった?」

心配してくれる愛ちゃん ごめんね

「…うん、バスタオルで… なんとか…」

ホッとしたような愛ちゃん…

「良かった… ヘンな事された訳じゃないんだね?」

「うん、その時は すぐに出て行ってくれたから…」

言っててあの時のこと思い出す
不思議 なんだかとっても懐かしい

「『その時は』…?」

愛ちゃん気が付いてくれた

「…うん、その何日か後にね もっと恥ずかしい事があって…」

嘘じゃないよね

「…比呂美ちゃん?」

愛ちゃん とっても心配そうな顔してくれてる

「わたし… もう…」

ちょっと目を伏せる

「眞一郎っ! アンタってっ! 見損なったわよっ!」

愛ちゃんお怒りメーター上昇中

「いや待てっ! 何かの間違いだっ!」

眞一郎くん 防戦の構え

「『間違い』で済まそうってのっ!」

「いっ いやっ そうじゃなくてっ!」

「眞一郎っ いつの間に…」

「だからっ 違うっ! いや 知らないってっ! 比呂美っ!?」

困ってる困ってる
3得点♪

「眞一郎くん… 初めてだったんだよ… わたし…」

ああ言ってる自分でも恥ずかしい… こんな事…

「は、は、はじ めてって… なっ 何のっ 事だよっ?」

眞一郎くん顔色が悪いかも イジメ過ぎちゃったかな?

「アンタって奴は…」

「まさか… 高校生にあるまじき事を…」

あ こっちのふたりも固まっちゃってる

「わたし もう眞一郎くん以外のお嫁さんになれないんだから…」

「しっ 眞一郎っ!? せっ責任 取んなさいよっ!」

愛ちゃん 声が裏返ってる

「せ 責任って… 言われても…」

クスッ
もう許してあげようかな

「でも、俺たち… まだ… そんな…」

「『まだ』?」

眞一郎くん 不思議そうに訊いてきた

「だからっ さっきの『初めて』って…」

やっぱり気が付いてはくれないかな?

「あ、あれ? 分からない?」

にっこり笑顔を添えて

「えーと…」

困ってる眞一郎くん

「パジャマだよ…
 わたし… パジャマ姿 見られちゃったんだから…
 結構しっかりと…」

意識してくれて無かったの?

「えっ」

「なにっ、湯浅さんはパジャマなのかっ!」

「コラ、ミヨキチ、落ち着く、
 でも、比呂美ちゃんたちはすでにそんな深い仲に…」

目の前には意外そうなお顔の眞一郎くん
なんとも思ってくれてなかったのかな
残念…

「えーと、それって すごい事なのかな…」

あー 全然意識してくれてなかったんだ

「恥ずかしかったんだよ あんな格好見られるの…」

あの時 なんでもないフリしてたけど
内心ドキドキだったんだから

「そう… かな 言われてみれば すごい事かもな…」

今頃赤くなったって遅いんだから

イタズラっぽく見える口先で
愛ちゃんにこっそり目で合図…

『ご協力感謝しますっ』

きょとんとした後ニヤッと笑い返してくれた
良かった

「眞一郎、比呂美ちゃんのそんなトコまで見ておいてっ
 なに言ってんのっ! 責任とりなさいっ!」

愛ちゃんも乗ってきてくれた

「責任?」

「ほらっ、比呂美ちゃんもっ そんなにのんびりしてないでっ
 女の子が寝る時の格好を見られたんだよっ
 もうホントお嫁にいけないじゃないっ!」

これはもうお約束

「ちょっと待てっ!」

眞一郎くん慌ててる

「あったり前でしょう?
 じゃあなにっ! 眞一郎は比呂美ちゃんの可愛いパジャマ姿っ!
 他の男に見られて平気なのっ!?」

「うっ いや それは… 」

あ、そうだね 眞一郎くん以外の男の子に
見られるのなんて嫌 考えた事もなかった…

「はい、決まりっ! 式には呼んでねぇ」

あうっ
愛ちゃんのイタズラっぽい目…
やられたっ
愛ちゃん1点!

「式って…」

眞一郎くんまるでお地蔵さま
お願い事 聞いてくれるかな

「あれ、比呂美ちゃん、眞一郎あんなこと言ってるよ?
 どーするっ?」

愛ちゃんニヤニヤ笑いで訊いて来る
もう どうしよう?
でも

まず深呼吸

眞一郎くんの目を見て

恥ずかしいな…

「責任とってねっ!」

はっきり宣言

半分冗談 半分 本気…

眞一郎くん ふたりを気にしてたけど…

「…はい」

答えてくれた

「うん、許してあげるっ」

4得点♪

「クッ」

「プフフッ」

「「「アハハハッ」」」

あ 皆 笑ってる…
愛ちゃん…
野伏君…
眞一郎くんも…
そして わたしも…
あ 今日初めてだ みんなで笑ったの…
なんだろう とっても暖かい

でも、『きゃっ! エッチ』って何なのか
後でちゃんと教えてもらうんだからね

「いやーっ まいったねー ミヨキチィ」

「うんうん」

「カップル暦じゃ勝ってると思ったのに
 経験値は周回遅れ並に追い抜かれちゃってるよ
 アタシ達…」

愛ちゃんと野伏君 ワザと聞こえるように内緒話…
わたし達って… どうなんだろう…
ううん 先走ってるのは…
わたしばっかりなのかな…?

「はーい 一件落着っ! ごーめんっ!
 そろそろ店開けないといけないから
 アタシはここまでねっ!」

「あ、もうこんな時間」

「あ、みんなはこのままで良いよ?」

「いや、今日はこれで…」

眞一郎くん そそくさとコートに手を伸ばしてる…
そうだね とにかく 逃げないと

「そーお? あ、来週も楽しみにしてるからねっ!」

「「来週っ!?」」

あ ハモッてる…
来週って何?
愛ちゃん にっこり…?

「そーねぇ 今度はぁ どぉーんな甘々な
 愛の告白だったのかぁ 聞かせてねぇ」

「「こっ、告白っ!?」」

告白って? え? え?

「おーぅ 聞かせろ聞かせろっ」

野伏君まではやし立ててる
もぅ 帰らせてっ!

「どんなって… なぁ?」

眞一郎くん そんな顔でわたしを見たって…

「う、うん…」

もうダメ…

「で、結局、告白はどっちから?」

チラと隣を窺って…

「比呂美から…」「眞一郎くんから…」

「え?」「ん?」

不思議そうにしてる眞一郎くんと目が合った
多分わたしも同じ顔

「なにそれっ!?」

愛ちゃん 目がキラキラしてる

でも眞一郎くん 何の事言ってるのかな…
確かめないと…

「『ずっと隣…』…?」

訊いてみた

「ちょ ちょ 待てっ!」

真っ赤になって慌ててる眞一郎くん
合ってるよね?

眞一郎くん わたしとチラと目を合わせて…
息を整えて…?
何だろう

「『ずっとあなたの事…』」

ビクッ

「あっ あれはっ 違うんだったらっ!」

思い出した!
そういえば そんな事 言ったような…
あの時 思いつめてたから
あんまり憶えてない…

目の前 じっと見つめてくる 眞一郎くん
どうしよう…
身体 とっても 熱い…
もう 心臓… 追いついてない…

もう知らないッ

「じ、じゃあ『僕は君の涙を…』」

どう? これでっ!

「ちょ それなしっ あれは別っ!」

あ 焦りまくってる…
でも… 『別』って もしかして 違った…?
あれ? なんでふたりを気にしてるの?

「でもっ あの絵… わたしだったんだよね…」

「「絵?」」

愛ちゃん 野伏君 が反応してる
ふたりともきょとんとしてるし…

「比呂美っ!」

ん? 眞一郎くんから 目で 合図…?

え…と 何だろう?

あっ

『絵のことは内緒』

かな?

あ ふたりとも知らないんだ
眞一郎くんが絵を描いてる事…
なんだそれならそうと…
あ…

じゃあ

あの子だけ…?

わたしは偶然知っただけだし…

ダメ…

何かに負けそうになる

隣に居ても 入り込めない 何か…
そう 聖域…?
そんなものが あるんだろうか?
まだ… よく分からない…

小さい頃から ずっと見ていたのに…
同じ屋根の下に 暮らしていたのに…
それなのに…

それに わたし達 ふたりの間でも
きちんと相手を見ていてくれたのは
眞一郎くんの方だった…

でも…
負けないんだからっ!
絶対っ!

「ねっ! 愛ちゃん!」

愛ちゃんにフェイント

「な、なに?」

「眞一郎くんったらヒドイんだよっ!」

少し大げさに…
口調で半分冗談だと分かるように…

「えっ? まだ何かあるのっ?」

驚いてくれてる愛ちゃん
うん 目は楽しんでくれてる
ここで眞一郎くんをチラと見た
困ってる 困ってる

「うんっ! 詳しくは今夜電話で相談するねっ!」

大げさな声色で 女の子同士の結束をアピール

「あ うん 良いよっ! お姉ちゃんにどーんと何でも相談してっ!」

「うんっ ありがとっ!」

「ホーント 比呂美ちゃんも苦労が絶えないねぇ…」

愛ちゃん 呆れたような声色でサポートしてくれた

「なんだ 俺なんかしたか?」

困惑顔の眞一郎くん

「ううんっ 違うよ 『した』んじゃなくて して… ううん 『言って』くれてないんだよっ!」

気が付いてくれるかな?

「『言って』って?」

オウム返しで固まってる…
ダメかな?
やっぱり…

「ダーメ 教えてあげない
 タイムリミットは来週の…集会? までねっ
 それまでに気がついてくれなかったら
 みんなの前で言ってもらうんだからっ!」

もうっ わたしだけなんて許してあげないんだからっ!
ぜーったいっ!

「お おいっ」

もうっ 本気で気が付いてないのかなぁ

「ほーら 帰ろっ お邪魔しちゃ悪いよっ!」

愛ちゃんと野伏君に視線を向けた

「あ…」

「うんっ 愛ちゃんと野伏君 一緒に居られる大事な時間なんだからっ
 お邪魔しちゃ悪いよっ ねっ 愛ちゃん 野伏君!」

ワザと眞一郎くんにご解説
ちょっぴりお返しなんだから

「なっ なに言ってんのっ 比呂美ちゃんたら…」

愛ちゃん 真っ赤

「いや その…」

野伏君も恥ずかしそうにしてる

「じゃ 愛ちゃん 今夜電話するからねっ ご馳走さまっ!」

荷物を持って出入り口に駆ける

「え、あ、そんな慌てなくてもっ」

愛ちゃんの戸惑った声が背中に聞こえてくる

「じゃ お先… 待てよっ」

眞一郎くんも ついて来る気配…
なんだか昔とは反対だ…
でも…
どうしよう

 

 

お店を出ても立ち止まらない
足は自然に動いてた

少しづつ 後ろから足音が近づいてくる
眞一郎くんが追いついてきたみたい

だんだんわたしの足も速くなる

後ろの気配も負けじとついて来る

頬の火照りはきっとこの寒さのせい…?
今さら ふたりきりなんて…
今日みたいなお話した後で
どんな顔すればいいんだろう

後ろの気配どんどん近づく

もうダメ…

気が付いたら駆け出してた

背後からの足音も駆け出してる

どうしよう

どんな顔して ふたりっきりに…

あ… もう

すぐ後ろまで…


あっ!

歩道の段差…


まただ

余計な事考えてると…

傾く世界…

スローモーション

やっちゃった

身がすくむ


グイッ

あれ?

視界が向きを変えた

引っ張られてる…?

気が付いたら
目の前…
あれ?
眞一郎くんの顔…?
背中越し オレンジ色…?
これは… 空…?
なに?

痛くない…?

背中のこれ…

あ 抱きとめてもらってるんだ…

バクバクしてる心臓…

口は… 息で… 精いっぱい…

目の前…

眞一郎くんも おんなじ…

「大… 丈夫 か…?」

荒い息の間

切れ切れに訊いてくれた

「…う…ん」

多分大丈夫…

あ…

ギュッと抱かれたまま…

「あの…」

「あ…」

気が付いて 放してくれた

「あの… ありが と…」

言葉が 続かない…
どうしよう

「良かっ た…」

お互い 荒い息のまま

「走ると… 転ぶぞ…」

苦しそうな顔のまま
ニヤッと笑ってる

「だって…」

イジワル…

「やっと…」

「え?」

「やっと 出… 来た…」

「なに が…?」

「比呂美が こけそうに なったら… 
 助けて やりたいって ずっと 思ってたから… 」

あの時の…
大切な想い出…

でも…
この間は…
わたしの事なんて…

「あの ね…」

「な…に…?」

ちょっとだけ責める目で訊いてみた

「もし 今 足 捻ってるって 言ったら…」

あ 驚いてる
イヤミだったかな…
こんな事…
やめとけば良かったな…

「ああ おんぶして 部屋まで送ってやる…」

真剣な顔のまま そう言ってくれた

もう…
本当に…
こんな事 真面目に答えてくれるんだから…

体育館に あの子を背負って 現れた…
直後のシュート…
あの時見た光景…
今でも耳から離れない
あの時の…
あの 試合終了のホイッスル…
あれが 悪夢の はじまり だった…

「ありがとっ でもねっ 大丈夫っ!」

なんだか いま ふっ切れた…

「わたしは 眞一郎くんに おんぶして 欲しいんじゃなくって…」

恥ずかしい…
わたし 生意気な事 言おうとしてる
見上げてる視線を外して
これからの道の先に向けた…

「一緒に 隣を 歩きたい の…」

言っちゃった

すごく

長く感じた

刹那の

後…

「そうか」

見上げた先の 愛しいひとは

笑ってくれていた

よかった

「あ でもね…」

「うん?」

「独りで歩けなくなる時 あるかもしれないから
 その時は おんぶして…?」

多分 これからも 似たような事は あるかもしれない

「分かった おんぶ出来るよう 鍛えとく…」

あ… こんな真剣な顔… 出来るんだ…
いつも 困ったような顔 ばっかりなのに…

「うん」

「じゃあ 俺も 歩けなくなったら
 その時は 肩くらい 貸してもらえるか?」

笑いながら そんな事…

「うんっ そうだね
 あ でも…
 いっつも わたしが困らせて…
 眞一郎くんが わたしを 元に戻してくれてたんだね
 わたし 眞一郎くんに助けてもらってばっかりだ…」

ホント 生意気だ わたし…

「…」

目の前 曇る顔

「ホント 恥ずかしい 小さい時も… このところの事だって…
 わたし 全然 眞一郎くんに 何もしてあげられてない…」

何かが あふれそうで 霞んで 目の前の顔が 歪んでる…
わたし まだまだだ…

「いいや」

「え?」

「俺はしっかり 比呂美から いいもの もらってる」

「え?」

何のこと

「今日だって…」

「…?」

「分からない?」

「…うん」

何かしたっけ…

「比呂美は… 花のようだ…」

「え…?」

「これ以上は 教えてあげない」

「何それ?」

訳 分からない…
いつかの そう『真心…』
よく憶えてない…
あの時と一緒…
わたしの知らない あなたの世界…
もっと 知りたい…

少し困った顔…
分かってあげられなかったの
残念なのかな…

「帰ろうか」

あ テレてる…
でも…
今は わたしも…

「うん」

放り出された鞄達
拾い集めて汚れを払う…
中学から使ってる この鞄
こすれた傷がついちゃった 
ごめんね
でも おかげで また一歩 近づけた
この傷 なぜか嬉しい

あれ?
傷と想いでって 似てるのかな…

何だろう この感じ
こんな感じ 分かち合いたい…

見上げた先で
絡まる視線…
あれ?
さっきより 顔 赤い

差し出されたのは 腕…?


ちょっとだけ 迷ったけど…

そっと手を添えた…

まだ浅い 指先だけの感触…

頭の中真っ白で…
どうしよう…


最初だけ 少し引っ張られて 歩き出した

無言のまま しばらく歩いて 気がついた

独りで歩くときと
ふたり並んで歩くとき
並んで歩くときの方が
ゆっくりになる
これは
知っていた…

だけど
手をつないでいると
もっとゆっくりになる
今日 初めて
気がついた…

「お互い 丁度いい ペース 見つけないとな」

前を向いたままで
少し テレくさそうに
言ってくれた

「うん…」

恥ずかしい…
ホントは『お互い』じゃなくて…
わたしが落ち着かないといけないんだ…

「なあ?」

見上げると

「なんで走ったんだ?」

不思議そうな顔…
もうっ

指先に少しギュッと力を込めた

「知らなーいッ」

「なんだそりゃ」

少し力を込めて握り返してきてくれた

「そーだ 力持ちの眞一郎くんに お願いがあるんだけどなぁ」

甘えてみることにした

「なに?」

前から

「今度のお休みの日に お買い物」

思ってた

「買い物?」

いつか

「うんっ」

こんな日が

「俺も?」

来たら

「うんっ」

どんなに

「あ、ああ いいよ」

幸せだろうって…

「良かった♪」

指先に また 力を込めた

「何買いに行くんだ?」

「えーと お盆でしょ?」

「お盆?」

「うん、お皿を運ぶのに必要なの」

「ふーん」

「あとね、カップ」

「カップ?」

「忘れちゃった? 割れちゃったの…」

「あ…」

「眞一郎くんに使ってもらう分だからっ 一緒に選ぶのっ
 ペアでね… 今度は 何があっても
 絶対 割れないような 頑丈なものがいいなっ」

「え…と…」

「ん?」

「俺、部屋入っていいのか?」

「だって… 眞一郎くんの為に買ったコーヒー 開けたばっかりだよ
 わたし 独りの時は紅茶だし…」

「そうなんだ でも…」

「大丈夫だよ
 ふたりとも愛ちゃんがお姉ちゃんて事は
 眞一郎くんとわたしも兄妹なんだからっ」

「えっ?」

「よろしくね お兄さんっ♪」

「えーと そーゆーコトになるのかな…」

「うんっ♪ だから ね お部屋に居る間は そーゆーコトでっ」

「あ… ああ そーだな うん そうだ その方がいい 落ち着く うん」

なあに もう お部屋にふたりで居ると わたしが
せ 迫っちゃうとでも… 言いたいのかしら…

でも不思議…
あんなに嫌だった『もしも』が
いまは とても懐かしい…

あ お買い物 もうひとつ…

「あとね お布団も 一式要るかな」

愛ちゃんのお泊りに要るもんね

「ふ 布団!?」

ん? 声 裏返ってる…?

…あ!

立ち止まる
思わず パッと 指先 離した

「あのね 愛ちゃんのお泊りの為だから…」

「あ 愛ちゃん!?」

「な 何か ヘンな事 考えてるっ!?」

「い いや 考えて ない ゾ…」

「ウソ 声 裏返ってるよ」

「き 気のせいだ」

どうしよう もう 絶対 ヘンな子だって思われてる…
こんな時は そう 攻撃は最大の…

「眞一郎くんっ!」

「な なにっ」

「ヘンな事考えてたら お姉ちゃんに言いつけるんだからっ!」

「あ 分かった あの 大丈夫… だから…」

「…うん」

どうしよう 眞一郎くん悪者にしちゃった…
どうしたらいいのかな…

立ち止まってるのも おかしいので 歩き出す

眞一郎くんも 少し遅れてついて来る…

さっきまでの感触を失った指先は
行き場を見失ったまま…

「あのな…」

眞一郎くんが何か言いかけた

「俺 前 家で 母さんが 比呂美に酷いこと 言ってるの 聞いたんだ…」

「え?」

振り向いた先の顔 少し悲しそうだった

「だから… 俺 誰にも 比呂美に そんな事 言わせたくない…
 たとえ 相手が 俺でもだ…」

そうだ いつも このひとは 見返りなど求めない…

駆け引きや 取引なども…

ただ いつも わたしの事 大切にしてくれようと…

そんなこと 知っていたのに…

「ごめんなさい…」

間に合うよね

指先を そっと 持ち上げた…

今度は わたしが 差し出す番…

「嫌じゃないのか…?」

もう

「そんなこと あるわけ無いじゃない」

そっと 手を 取ってくれた

「それに…」

「…?」

「初詣のとき はぐれないようにする練習しとかないと…」

「ああ…」

テレくさいので前を向いたまま…
どんな顔してるんだろう…

 

最初だけ 少し引っ張って 歩き出した

無言のまま しばらく歩いて 気がついた

どうしよう
今日 お部屋まで 送ってもらっても
まだ カップは ひとつきり…

まだ浅い指先の感触…

どうしよう…

汗ばんできて…

止められない…

高鳴る 胸のうち…

気付かれずにお部屋まで…

 

これから 永い永い 試合が始まる

見返りなど 何も求めない

ふたりだけの 試合…

どこかで 試合開始を告げるホイッスルが
微かに 聞こえた気がした

 


 

 

●あとがき

3話視聴の時点で『封印』とは比呂美が仲上家に同居するに当たって
幼馴染同士であった比呂美と愛子がお互いに好きだった眞一郎への想いを
封じる協定を結んだものではないか、との予想をしてました。
でそれを引っ掻き回すトリガー役が乃絵と…

今回のおハナシの目標はふたつ、
1、比呂美眞一郎ペアをとにかくペア単位で冷やかしてみたかった。
2、比呂美と愛子の仲良しなシーンをみたかった。

今までは愛ちゃんの前で比呂美眞一郎組をイチャイチャさせるのに抵抗あったのですが、
お姉ちゃんモードにクラスチェンジしてもらって解決しました。

比呂美視点なので作中触れてませんが、
愛子はキスの件と比呂美の孤独な姿を前にして何とかしてやろうとものすごく積極的になってます。
三代吉は愛ちゃんから事前にムードメーカーになるよう言われてがんばってます(イイ奴だねえ)。
眞一郎は愛ちゃんと比呂美に挟まれて内心かなり緊張して口数少なくなってます(針のムシロ)。
で、比呂美さんはある意味何も知らないまま眞一郎一味?へのお披露目にドキドキ状態…
最初の緊張が晴れて笑い合い、冗談まで言えるようになる様を感じていただければ嬉しいです。

比呂美視点なので表現が単調になり易く、技術が伴わないので読み辛い点があろうかと思います。
ご容赦下さい。
客観視点の方がよかったかもしれません(いまさら…)。

12話直後の時点で比呂美の肩をそっと抱いてあげられる存在が居るとすれば
眞ママか、愛子くらいではなかろうかと…(ゴミは問題外!)
本編中の描写だけでは比呂美と愛子の関係は不明瞭ですが、愛子が眞一郎に対する想いを諦めていた背景には
少なくとも眞一郎の比呂美に対する想いは知っていただろうし、比呂美の想いにも気付いていた可能性はありそうだ
という仮説から発展させたおハナシです。

 

本編の比呂美は常に孤独でした。
そんな中自分の事を駆け引きの道具としか見ていないゴミにしか何かを見出せなかったとしたら
これは大変な不幸です。
ttは全体として良いシーンを生み出す為に、仕組まれた偶然の連鎖が過剰に感じられ、
特に停学以降は正直言ってついていけませんでしたね、期待が大きかっただけに残念です。
13話の告白も素直に「好き」で良かったろうに、わざわざゴミと比較されそうなセリフを言わされる(重要)
眞一郎が不憫でした。それにあの段階で最後のセリフはもう少し責任もって言えるまで保留しといた方が良かったのでは?
との思いが残ります。ま、比呂美が嬉しそうだったんで良しとするしかないんですが…

恋愛迷走劇(表面上かもしれませんが)にせずに3組3様?でお互いを見つめあう純愛モノだったら
我が生涯最上クラスの作品になった事でしょう。
ttはリメイクして欲しい作品の歴代1位(単独トップ)です。

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最終更新:2008年06月10日 01:09
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