true MAMAN 最終章・私の、お母さん~終幕~


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「比呂美ちゃんが――いなくなったの」
 理恵子の言葉を眞一郎が理解するまでに数瞬、問うべき言葉を考え付くまでに更に数瞬を
要した。
「いなくなった?いつ?なんで?どこに行ったの?」
 理恵子は首を振る。
「わからないの。比呂美ちゃんの夕食を下げた後、私も少し何か食べようと思って外に出て、
暫らくして戻ってきたら、ベッドにいなくて・・・・」
 理恵子の顔は、それこそ病人のようだった。
「元気になってくれたと思ったのに」
 理恵子が自分の本心を打ち明けた後、比呂美はようやく笑ってくれた。理恵子の切ったり
んごを食べ、病院の夕食を平らげた後、安心したように眠った。
 恐らく、この四日間熟睡できた事などなかったのだろう。比呂美の眠りは深かった。
 理恵子は比呂美の寝顔を眺めていたのだが、今夜はこのまま一緒にいてあげようと思い立
ち、食事を取る為に一度病室を離れた。そして戻ってくると比呂美が消えていたのである。
「私が目を離したから・・・・!」
 理恵子が顔を手で覆う。眞一郎は辛うじてパニックの淵で踏みとどまり、比呂美の行き先
の心当たりを頭に並べていった。
「お袋、比呂美がどんな格好で出て行ったかわかる!?」
「え・・・・多分、制服で。コートも・・・・なくなっていたから」
「そうか・・・・なら冷えすぎるって事はないな」
 ひとつは安心できる。この寒風のなか寝巻き姿で歩き回るような真似はしていないという
事だ。
 とはいえ下は雪が凍り始めている。次に転んだら今度こそお腹の子は終りだろう。
「親父にはもう連絡した?」
「これから・・・・看護士さんたちも近くを探してくれてて、今まで事情を説明してたから」
「すぐ連絡して!まさかと思うけどおばさんの墓に行ってるかもしれない。車で見に行って
もらって。母さんは家に戻って。もしかしたら帰ってくるかもしれない」
「でも・・・・ここは?」
「ここなら看護士さんがいる。見つけたら連絡をくれるさ。そのためにもお袋は家にいて。
俺はアパート見てくる」
 返事を待たずに病院を飛び出す。非常時の果断な行動力は両親のどちらにもない彼独自の
長所だった。



 寒い。
 ここはどこ。
 私、何してるの。
 おばさんが来てくれた。
 私の赤ちゃんを楽しみだと言ってくれた。
 私の事を娘だと言ってくれた。
 嬉しかった。
 とっても嬉しかった。

 ああ、そうだ
 私、それで怖くなったんだ
 こんな幸せ現実の筈がないって
 いつかは覚める夢なんだって
 眞一郎くんに会うのが怖い
 きっとまだ苦しんでいるから
 きっと私を夢から覚ましてしまうから
 神様、お願いです
 せめてあと少し、このまま夢の中にいさせてください



 アパートに比呂美はいなかった。
 合鍵を使って中に入ったが、立ち寄った形跡すらない。
 部屋の中に座り込む。そんな悠長な事をしている場合ではないが、当てがない以上外に飛
び出しても状況は変わらない。
 周りを見渡してみる。
 テレビ、クローゼット、キッチン、浴室、そして――ロフト。
 今では見慣れたものばかりだ。その全てに比呂美の想い出があり、全てに眞一郎の想い出
があった。
 比呂美がここに来た最初の動機は逃避だった。比呂美は眞一郎を諦める為にここに引っ越
そうとしていた。眞一郎があの時追いかけていなければ、比呂美は二度と眞一郎の下には戻
ってこなかったかもしれない。
 それからこの部屋は二人にとっての聖域になった。二人で朝食を食べ、夕食をとり、映画
のDVDを観、そして――。
 眞一郎の脳裏に一つの風景が浮かび上がった。
「あそこか!」
 眞一郎は立ち上がり、一直線に玄関を抜け、記憶の中の場所を目指した。
 二人の心が初めて繋がったあの場所、幼い日の想い出と現在の記憶を結ぶ場所――あの竹
林へ。



 比呂美は夢遊病のように竹林を彷徨っていた。
 自分が何故、病院を抜け出たのか、自分でも説明できない。
 何故、行き着いた先がここなのかも説明できない。
 ただ、何かに引っ張られるようにここに来てしまっていた。
 時折、周りを見回すが、その目になにも映してはいない。その足取りはまるで濃霧の中を
行くようだった。
 眞一郎は竹林に入るとすぐ、比呂美の姿を発見した。ふらふらとした足取りで危なっかし
く歩く比呂美を見て、眞一郎は恐怖に駆られて叫んだ。
「比呂美!」
 比呂美は眞一郎の声に我に返ると、声のした方へ振り向いた。眞一郎がこちらに向けて走
ってくるのを確認すると、反射的に反対方向へ逃げようとする。
「待て、比呂美!走るな!今度転んだら――」
 比呂美は眞一郎の言葉を聞こうとはしなかったが、転ぶという単語は耳に入った。比呂美
は逃亡を諦め、その場に立ち止まる。眞一郎が追いつき、背を向けたままの比呂美に話しか
けた。
「帰ろう、比呂美。みんな心配してる」
 比呂美はゆっくりと、回れ右をして眞一郎に向き直った。
「みんな・・・・?」
「そうだよ、当たり前だろ?病院じゃ看護士さんがみんなお前を探してるし、お袋なんて半
狂乱だ。今は親父も心当たりを回ってる。だから、早く帰ろう、みんなを安心させなきゃ」
 眞一郎は出来るだけ優しく話しかけた。強く言って、また怯えさせたくなかった。
「――は?」
「え?」
「眞一郎くんは?私の事、心配してくれた?」
「・・・・どうして俺が、ここにいると思ってる?」
 すぐに言い直した。
「心配したよ。病院で話を聞いて、お前のアパートに向かって、そこでここしかないと気が
付いた。ここでお前を見つけるまで、不安で仕方がなかったんだ。今、安心して膝の力が抜
けそうだよ。さあ、こっちに来るんだ。この寒さは身体に障る」
 眞一郎が手を伸ばした。
 比呂美は眞一郎の言葉に少しだけ安心した表情を見せた。それでもまだ、眞一郎の手を取
ろうとはしない。
「・・・・今日もね、おばさんがお見舞いに来たの」
 比呂美は話し始めた。眞一郎は手を下ろし、黙って聞くことにした。
「おばさん、私の赤ちゃんに逢いたいって。私の赤ちゃんを抱いてみたいって言ってくれた
の。嬉しかった、とても嬉しかった。みんな私の心配はしてくれるけど、この子の事をそん
な風に言ってくれる人はいなかったから。赤ちゃんを生んでもいいじゃなくて、生んで欲し
いって言ってくれたのは、おばさんが初めてだったから。私、おばさんが本当のお母さんに
見えた」
 淡々と、しかし、その言葉にはこれまでの苦しみと理恵子に対する感謝がダイレクトに伝
わってくる。眞一郎は母に感謝した。
「でも、後になってくると、また段々不安になってきたの。本当にそれでいいのかなって。
やっぱり眞一郎くんを縛る事にならないのかなって。眞一郎くんがもし、ほんの少しでも重
荷に感じてるなら、もしそう思われてたらどうしよう、て」
 比呂美は眞一郎から目を逸らしたまま問いかける。
「眞一郎くん・・・・私、眞一郎くんの邪魔してない?」
 眞一郎は何か言いかけ、思い直して口をつぐんだ。暫し考えた後、バッグからスケッチブ
ックを取り出した。
「比呂美・・・・読んでみてくれないか」
「これは・・・・?」
「俺の最新作だ。読んでくれ」
「・・・・こんな時に絵本?」
「これは、最初からお前に読んで欲しくて書いた本だ。俺の今の気持ちはここに全部込めた
つもりだ。もしお前が他の人に見せたくないというならどこにも発表しない。でも、お前に
だけは読んで欲しい」
 比呂美は暫らく迷った末に、スケッチブックを受け取った。
 スケッチブックを開く。魚が描かれていた。去年の暮れ、眞一郎の部屋で見た絵だ。



「みなみの大きな川の中
 きれいな おさかなのかぞくが 住んでいました
 りっぱなお父さんさかなと
 やさしいお母さんさかなと
 おんなの子さかなが住んでいました
 おんなの子さかなは お父さんとお母さんがだいすきでした


 ところがある日
 お父さんとお母さんさかなは しんでしまいました
 ひとりぼっちになった おんなの子さかなは
 さびしくて まいにちまいにち ないていました


 なんにちもたったころ
 おとこの子さかなが ないている おんなの子さかなを みつけました
『どうして ないているの?』
 おとこの子さかなは たずねました
『お父さんも お母さんも いなくなってしまったの』
 おんなの子さかなは こたえました
『それなら ぼくが いっしょにいてあげる』
 こうして おんなの子さかなは ひとりぼっちでは なくなりました


 おんなの子さかなと おとこの子さかなは いろんなことをして あそびました
 かけっこをしたり
 おままごとをしたり
 たまには けんかもしました
 おとこの子さかなは おんなの子さかなが だいすきでした
 おんなの子さかなは さびしくなくなりました


 けれども ある日 
 おとこの子さかなは おんなの子さかなが ないているのを みました
『どうして ないているの?』
 おとこの子さかなは たずねました


『またいつか ひとりになるかもしれないとおもったら かなしくなってしまったの』
 おんなの子さかなはこたえました
『ぼくは どこにも いかないよ』
 おとこの子さかなは いいました
『そんな先のことは わからないわ』
 おんなの子さかなは いいました
『それに わたしが先に いなくなってしまうかも しれないもの』


 それをきいて おとこの子さかなも かなしくなって しまいました
 おんなの子さかなは いいました
『もう ひとりぼっちに なりたくないの ひとりぼっちに したくもないの』
 おんなの子さかなは いつまでも ないていました


『ぼくに ついてきてよ』
 おとこの子さかなは そういって およぎだしました
 おんなの子さかなは あとを ついていきました



 およいだ先には おとこの子さかなの お父さんと お母さんがいました
『おかえりなさい』
 お母さんは いいました
『その子は だれなんだい?』
 お父さんは たずねました
『ぼくの だいじなひとだよ ここで いっしょに くらしていい?』


 お父さんもお母さんも よろこびました
 おとこの子さかなは おんなの子さかなに いいました
『みんないっしょなら ひとりぼっちになんか ならないよ』


 もう おんなの子さかなは ひとりぼっちでは ありませんでした
 おとこの子さかなと おとこの子のお父さんと お母さんも いっしょでした
 そして おんなの子さかなも やがて お母さんになり
 いつまでも みんなといっしょに なかよく くらしました」



 比呂美は眞一郎の絵本から、目を離さなかった。何も感想は言わないが、その表情で眞一
郎には十分だった。
「まだ、お前に言ってない事がひとつ残ってた」
 絵本を読む比呂美に、眞一郎が話しかけた。
「俺、お前が好きだ」
 比呂美の手の動きが止まる。
「比呂美が好きだ。これまでも、今も、これからも」
 スケッチブックを持つ手が下がる。
「お前がいたから、俺は絵本作家の夢を諦めないでいられた。お前の喜ぶ顔が見たくて、絵
本を描き続けることが出来た。お前がいなかったら、俺はとっくに頑張れなかった」
 比呂美が眞一郎を見る。
「比呂美が好きだ。前にここで、ずっと隣にいてやれるなんて言ったけどそうじゃない。俺
は比呂美に、俺の隣にいて欲しいんだ」
「やめて!」
 比呂美が遮った。
「自分でも描いてるじゃない、先の事はわからないって。これからもなんて、どうして断言
できるの?私、これからもきっと眞一郎くんに我儘言うよ?眞一郎くんを困らせるよ?そう
したら、今私の事を好きな眞一郎くんでも、嫌いになるかもしれないでしょ?」
 比呂美の論理は、破綻している。それは恐らく自分でもわかっているのだろう。眞一郎も
敢えて指摘するような事はしない。今の眞一郎は、決して解答を間違えない、不思議な自信
があった。
「今の俺がこの先お前を嫌いになっても、その時の俺がまたお前を好きになるさ」
 眞一郎が近づいてくる。比呂美はもう、逃げようとはしない。
「もう一度頼む。俺の隣にいてくれ。お前に嫌われないように、俺ももっと頑張るから」
 比呂美の頬に眞一郎の指が触れる。涙にぬれた頬は熱かった。
 比呂美が眞一郎の胸に飛び込む。いつの間にか降り始めた雪の中で、二人は長い間、抱き
合っていた。



 仲上家の居間で、眞一郎と比呂美が並んで座っている。
 対面にはひろしと理恵子。
 比呂美は今日、退院したばかりである。眞一郎から両親へ
「話がある」
 と切り出され、病院からそのまま自宅に戻ってきたのだった。
「――俺達、結婚します」
 眞一郎は単刀直入に言った。了承を得る、と言うより、報告に近かった。
「学生結婚なので、父さんや母さんには迷惑をかけることになりますが、なるべく早く、自
立出来るようにしますので、それまでお世話になる事を許してください」
「・・・・後悔は、しないな?」
「はい」
「比呂美は、どうだ。本当に、眞一郎でいいのか」
「はい」
「そうか・・・・」
 ひろしは目を閉じ、暫らく考えた後、例の不器用な微笑を浮かべた。
「大変だろうが、頑張れ。俺達も、出来るだけ応援する」
「はい、ありがとうございます」
 眞一郎と比呂美が深々と頭を下げると、理恵子がおもむろに立ち上がった。比呂美の隣に
移動し、眞一郎の方を向いて正座する。
 そして両手をつき、深々と頭を下げた。
「不束者ですが、娘をお願いします、眞一郎さん」


                       完


ノート
true MAMAN、大団円です
理恵子には比呂美の母として、比呂美を守って欲しいというのがシリーズのコンセプトで、当初は結婚式で終わらせる予定でした
比呂美の妊娠は予定通りですが、展開が予想以上に陰鬱になったため、式どころではなくなったというのが正直な所です

最終回の本文ですが、比呂美が病院を抜け出すのは、少し無理があると思います。ただ、眞一郎と比呂美の最終戦はやはり竹林
しかないだろうと、かなり強引に比呂美に動いてもらいました
アニメ13話をかなり意識しています。眞一郎が言わなかった「好き」を言わせ、眞一郎の絵本をここで比呂美に見てもらい、「隣
にいる」のではなく「隣にいて欲しいんだ」と訂正させる(アニメの上から目線な言い方が癇に障ったので)というパロディとも、
オマージュとも取れる構成にしてあります

眞一郎については、今まで評価が辛いと言われていますが、今回の動きが眞一郎最大の魅力だと捉えています。空回りしようとも他人
の気持ちを考えながら行動を起し、本当に大事な部分では誤らない。学校の成績とか、そんな瑣末な部分で測れるような男でないから
こそ、比呂美が選んだ男なのだと思います

ここまで駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
最後に一人、重要人物の紹介を



仲上理香
  • 0歳
  • 身長50cm 体重3120g(出生時)
  • 家族構成 両親、祖父母
  • 仕事 泣く事、寝る事、両親を幸せにする事
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