memories1985 6月の少女


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 ここにあるアーティストのアルバムがある。
 レコードからCDへ、そして今ではICプレーヤーへと変化し、その間に持ち主も母から娘へ
と替わっていったアルバム。
 だが、そこに込められた想い出は、変わることなく母から娘へ語り継がれ、母の友人もま
た、忘れることなく心に留め置かれる。



 一九八五年、六月。
「坊ちゃん、また呼び出しが来てるぞ」
 男子生徒の一人が、からかうように別の男子生徒に声をかけた。
 坊ちゃんと呼ばれた少年は、その呼び方には何も言わず、こう訊ねた。
「どこに?」
「今そこに来てる。二年の甘利って娘だな」
「・・・・そう」
 「坊ちゃん」は席を立つと、教室の外で待っている下級生の所に歩いていった。
「えっと・・・・どちらが、甘利さん?」
 女子は二人いた。珍しいことではない。
「あ、あの、私です。2-Cの甘利康代です」
 左の女子が前に出て答えた。
「仲上先輩、これ、読んでいただけますか」
 甘利康代は手に持っていた手紙を差し出した。
「あの、私、去年の麦端祭で先輩の踊りを見てから先輩のファンになりました。友達とかか
ら先輩の事を色々聞いて、もの凄く素敵な方だと思って、それで、あの、もしよかったら、
お友達になって欲しいな、とか思って、私の事、ここに書きました。読んでいただけますか?」
 ほとんど息継ぎもせずに一気に言い終えて、少女は大きく息をついた。他の場所に移動も
せず、廊下で用件を切り出すのも珍しい。余程緊張しているのだろう。
「ありがとう、読ませてもらうよ」
 手紙を差し出された少年は素直に手紙を受け取ると、礼を言った。
「でも、僕は君の事を全く知らないんだ。だから、返事は少し待って欲しい。その場しのぎ
で返事をしたくないんだ。それでもいいかな?」
「え?あ・・・・はい!」
 甘利康代はその誠意ある返答に、満足はしていないものの納得した様子で自分の教室に戻
っていった。それを見送り、彼は自分の席に戻った。
「どうせまた断るんだろ?期待させるのは却って酷じゃないのか?」
 先程とは別の男子が話しかける。
「きちんと手紙を読んで、ちゃんと返事してあげないと失礼だろ?」
「そんなだから、祭りから半年もたつのにまだこういう女の子が出てくるんでないかい?え、
比呂志」
 仲上比呂志は困ったような顔をして、
「でも他のやり方なんて俺は知らないぞ、湯浅はわかるのかよ?」
「知るか。俺はお前と違って、もてたことがないもので」
 湯浅眞治は笑いながら憎まれ口を叩き、
「リコちゃんだって気が気じゃないだろ、2-Cってリコちゃんの同級生じゃないか」
「俺とリコはそんなんじゃないって」
 お前だって知ってるだろ、と比呂志は言った。湯浅はやれやれというように肩をすくめ、
「お前はリコちゃんを妹と思ってるかもしれないが、向こうがお前をそう思ってるとは限ら
んだろ」
 と言った。



 2-Cの教室では、戻ってきた甘利康代が感激していた。
「間近で見てもホントに素敵。誠実そうで、思慮深いって感じ」
「なんか老けて見えない?高三で思慮深いって」
「そこがいいのよ。成績もトップクラスだし、将来性もばっちりじゃない」
 先走りしすぎな妄想に突入する中、少し離れた所でそれを見ていた女子が、別の女子に話
しかけた。
「いいの、理恵子?うかうかしてると本当に誰かに取られるわよ」
「取られるって・・・・そんなんじゃないから」
「そんな事言って、この前サッカー部の馬場君まで振っちゃったんでしょ?仲上先輩に操を
立てて」
「朱美、言い方がいやらしい」
 石川理恵子はさして興味なさそうに答え、雑誌に目を落とした。
 その間も康代達のグループんのお喋りは続いていた。
「将来性っていえばさ、仲上先輩って凄いお坊ちゃんなんでしょ?」
「そうそう、仲上家の一人息子だって」
「それじゃあさ、もう親の決めた許嫁とかいたりして」
「え、まさかー。今時そんなのないわよ」
「わかんないわよ。なんてったってこの辺じゃ野伏家と並ぶ旧家なんだから」
「ね、理恵子、ホントの所どうなの?そういう人、もういたりする?」
「え?いえ、そんな話はない、と、思うけど」
「ほらやっぱり」
 理恵子の返答に勇気を貰った女子は、更に会話に花を咲かせていった。



 放課後、比呂志が帰り支度をしていると、湯浅が近づいてきた。
「比呂志、帰り『あんどう』寄って行かねえ?」
「ああ、そうだな。行ってみようか」
「あんどう」は最近開店した今川焼き屋である。元は屋台を引いていて、店主とはその頃か
らの知己だった。歳が二人と一回り違う為、いい兄貴、という感覚がある。
 二人が昇降口に出ると、理恵子も帰るところだった。
「リコ、もう帰りか?」
「はい。仲上さん達もですか?」
「俺達今川焼き屋によって行こうと思ってるんだ。リコちゃんもどう?」
「いいんですか、ご一緒して?」
 理恵子は比呂志の方を見る。比呂志は笑って
「駄目というと思うか?用がないなら来いよ」
「はい、お供させていただきます」
 理恵子はそう答えた。
「あんどう」に入ると、陽気そうな青年が出迎えた。
「おう、学生ども。たまには新しい客連れ込んできてくれたか」
「ごめんね、いつもの面子だよ。一人?」
「女房なら買い物に出かけてる。なんだよ、またいつもの三人かよ」
 店主と湯浅の掛け合いを聞きながら、比呂志はいすを引いて理恵子をカウンター席に座ら
せた。自分もその隣に座る。
 湯浅は少し考えた後、理恵子とは反対の比呂志の隣に着き、早速に注文を始める。
「俺、小倉二個。二人は?」
「俺は白あんにしようかな」
「私、カスタードでお願いします」
「へいへい」
 店長が焼いている間、湯浅が昼の話題を持ち出してきた。
「今日の昼休みにリコちゃんのクラスの女子が来たよ、比呂志に逢いに」
「ああ、はい、知ってます。手紙は受け取ってくれたんですね」
「ん、まあ、返事はちゃんとしないといけないからね」
「全く、その場で片っ端から斬り捨てていけばすぐ騒ぎも収まるのに、そんな中途半端に優
しくするから泣く女が次から次へと生み出される。わかってるのかね、こいつは」
「中途半端って言うな・・・・」
「そうですよ、仲上さんは相手を傷つけないようにきちんと話をして断るんですから、中途
半端じゃないです」
 ハイハイと湯浅は両手を挙げ、降参のポーズを取る。彼の視点から見れば、泣く女は振ら
れる女のみを言い表しているわけではないが、そこまで説明する事でもない。
「はいあんどう焼き、小倉に白あんにカスタードね」
「あんどう焼きって、今川焼きとどこか違うんですか?」
「真ん中を見てくれよ」
 理恵子が今川焼きを見ると、中心に「あ」と焼印が付いていた。
「作ってもらったんだよ」
 少し自慢げに店長が言う。理恵子には何の拘りなのか理解できなかったが、何も言わない
事にした。
「――ところでだ。この仲上比呂志ブームに便乗する妙案があるんだが、聞いてもらえるか
な?」
「ブームって何だ・・・・」
「なんですか、妙案って?」
「秋の文化祭で、俺達だけでバンド作ってライブ開かないか?」
 妙案を聞いた二人の反応は、沈黙だった。比呂志が、至極真っ当な疑問を口にした。
「それのどこが妙案だ」
「文化祭の出展者が、アンケートで人気上位になると賞金がもらえるのは知っているだろう?」
「ああ」
「あれはグロスだから、出展者の人数が少なければ少ないほど、一人の取り分は多くなる。
クラス単位じゃ一人二千五百円にしかならないが、この三人なら三万三千円だ」
「・・・・それで?」
「今、お前は麦端で最も旬な男だ。女子人気でテニス部の長尾にすら勝る。そこにリコちゃ
んで男子票も集めれば、上位入賞間違いなし。どうだ、妙案だろう?」
 理恵子が無言のまま俯く。比呂志が呆れたように
「よくもそんなバカなこと思いつくな」
「俺は真面目だぞ?俺はギターもベースも使えるし、お前はドラムセット持ってるじゃない
か。あれ置いてあるガレージなら、練習だって無料で出来るだろ?完璧じゃないか」
「私、楽器なんて出来ません」
 いつの間にかメンバー入りが確定している理恵子が急ぎ反論する。
「俺のドラムだって人に聞かせられるレベルじゃないぞ」
「まだ四ヶ月あるじゃないか。何とかなるって。最悪、リコちゃんにはボーカルやってもら
えばいい」
「歌なんてもっと出来ません!」
 理恵子が更に強く否定する。
「大体どんな曲やる気だよ?俺はジャズドラムしかやったことないぞ」
「海外のハードロックだ。最近化粧品のCMで流れてる曲があるだろ、あのバンドだ」
「あの下着みたいな格好で歌ってる女の奴か?」
「あんな格好絶対にいやです」
 理恵子が泣きそうな声で主張した。
「あそこまで凄い格好させる気ないから。いや、まあ、考えておいてくれよ、欲しいギター
買う足しにしたいんだよ・・・・」
 湯浅がさすがにトーンダウンする。
「俺は別に買いたいものなどないぞ」
 比呂志も抗議するが、これは湯浅にダメージを与えられない。
「金はありすぎて困る事はないぞ。そんなに恥ずかしいならもう一人くらいならメンバーに
加えていいから、頼む!」
 比呂志は苦笑するしかなかった。



「しかし、言うに事欠いてバンドとはな」
 「あんどう」を出た後、湯浅と別れ、比呂志と理恵子は二人帰路についていた。
「私、絶対にいやですよ」
 理恵子は本気でいやそうだ。比呂志は軽く笑って、理恵子を安心させる。
「俺だっていやだ。これ以上目立ってもいい事なさそうだ」
「踊りの花形は、いいんですか?」
「決まったことだからな。決定した事については、ベストを尽くすさ。今年は辞退させても
らったけどね」
「踊らないんですか?」
「受験生だからね」
 高一、高二と連続で麦端の花形を務めたことで、比呂志は校内でもかなりの有名人であっ
た。仲上という家柄のよさと、学年次席の成績もあいまって、湯浅の言うように女子からの
人気はかなりのものだったのである。
 結果、この日の甘利康代のようなファン層が形成されており、「相手の告白をいかに相手
を傷つけることなく断るか」という命題に、悩まされているのである。
 理恵子はそのファンの輪に入っている人物ではないので、比呂志が今年は踊らない事を残
念がっているように見えるのが、彼には少し意外だった。
「お前、俺の踊り見たかったのか?」
「比呂志さん、格好いいですから」
 湯浅がいないので、呼び方も名前に変わる。
「社長もおっしゃってたそうですよ。比呂志さんはこの十年間で最高の花形だって」
「親父、余計な事を・・・・」
「私に言ったんじゃないですよ。父にそう話してた、と父から聞いただけで。でも、この前
お邪魔させてもらった時は奥様も同じ事をおっしゃってましたよ」
 理恵子の父は杜氏であり、比呂志の祖父の代から仲上で働いている。そのせいで比呂志の
両親の事を「社長」「奥様」と呼ぶ。
 比呂志の事もかつては「坊ちゃん」だったのだが、それだけは比呂志がやめさせた――や
めさせた時にはあだ名として定着していたが。
「ま、もう踊る事はないだろうな。来年は順調に行けばこの町にいないし」
 それを聞いた理恵子の表情が一瞬翳る。が、比呂志がそれに気付く前に元に戻る。
「受験勉強、大変じゃないですか?息抜き出来てますか?」
「大変は大変だけど、どうせなら狙える中での最高を狙いたいからね。それに息抜きならし
ているよ。それこそドラム叩いてればストレス発散になるからね」
「比呂志さんのドラマー姿、見てみたいです」
「だから見せるような代物じゃないって」
 比呂志が苦笑する。理恵子は残念そうな様子だったが、突然、思いついたように
「そうだ、比呂志さん、日曜日映画観に行きませんか?」
「映画?」
「この前封切られた映画で、迫力のあるSFアクション映画らしいですよ」
「ブレードランナーみたいなものかな」
「私もよく内容は知らないんですけど、行ってみませんか?難しい映画じゃなさそうですし、
気分転換になりますよ」
「・・・・そうだな、たまには映画もいいかもしれない」
「はい」



 翌日。
 比呂志は一人レコード店に入っていた。
 ジャズの新譜を探しに来たのだが、どうやらまだ入荷していないらしい。
「やっぱり予約しておけばよかったかな・・・・」
 田舎のレコード屋で、それでなくてもプレスの少ないジャズの新譜が入荷しない事は珍し
くない。様子見のつもりで予約しなかったのだが、いざ手に入らないとなると是が非でも欲
しくなってくる。
 目当てのレコードがなかったので、普段なら素通りするCDコーナーを覗いてみる。近頃は
CDもかなり種類が増えてきて、新譜がCDとLP同時発売というのも珍しくなくなってきた。も
しかしたらこちらならと期待したのだが、こちらにもなかった。
「小さいよなあ・・・・」
 CDケースを手に取りながら、不満げに呟く。確かにLPよりかなり小型で収納は楽そうだが、
ジャケットの絵が小さくて迫力がない。古い定番のCD化されたものを見てみると、デザイン
をそのまま縮尺している為、せっかくの細かい絵描きの遊びが潰れてしまっている。この先
CDが主流になったら、この小さな枠に収まるような絵ばかりになるのだろうか。
 考えても明るくならないのでCDを元に戻し、帰ろうとした。その時、端の方でピョンピョ
ン跳びはねている女の子に気が付いた。
(うちの制服だな・・・・一年か)
 特別背が低いわけではないのだが、棚の最上段のレコードが欲しいらしく、そこに微妙に
手が届かない。ジャンプする度に背中まで伸ばした黒髪がふわふわと揺れて、なんとなくユ
ーモラスである。
「あの・・・・」
 比呂志はその少女に声をかけた。気にせず帰る事も出来るが、放っておくといつまでも繰
り返していそうだ。
「どれを取ればいいのかな?」
「え?あ、あ、そのピンクのです」
 比呂志は手を伸ばす。
「これ?」
「は、はい、そうです」
「はい、どうぞ」
 比呂志は少女にLPを手渡した。ジャケットの名前を見るに、昨日湯浅の話していたハード
ロックバンドのアルバムのようだ。
「こういうのが好きなの?」
「はい、こういう曲、大好きなんです。ありがとうございます」
 少女はレコードを両手で抱くように持つと、嬉しそうに微笑んだ。欲しかったレコードを
見つけたから、というより、相手の厚意に感謝して、という感じだ。その素直な笑顔に好感
を持った。
「同じ麦端高校の方ですね。私、1-Aの小金山香里といいます」
「あ、えーと、3-Aの仲上比呂志、です」
 いきなり自己紹介されて、つい反射的に自己紹介を返す。名前を聞いた香里は、暫らく何
か考えていたが、突然、驚いたように口をOの字に開けた。
「仲上、て、もしかして麦端祭の花形だったあの仲上比呂志さんですか?うわ、びっくり!
こんなところで会えるなんて感激です!」
 今にもサインをねだられそうな勢いに、思わず苦笑が漏れる。
「大袈裟だよ。僕はそんな、芸能人じゃあるまいし」
「そんなことないですよ。一年生の間では、学校の外で仲上先輩を見かけたらいい事がある
なんて言われてるんですよ」
「僕は四葉のクローバーみたいなものなのか」
 比呂志は笑ってしまった。今まで彼に会いに来た女子たちとは違う、屈託のない雰囲気が
ある。
「あの、学校でお会いした時、ご挨拶してもいいですか?」
「え?ああ、勿論」
「よかった」
 レコードをレジに持っていく香里を残して、比呂志は店を出た。家路を歩きながら、比呂
志は初めて、今の少女とまた会いたいと思った。



                                     了


ノート
仲上比呂志:
  • 麦端高校3年A組    部活動なし
  • 身長 177cm
  • 家族構成 両親
  • 趣味 ドラム演奏 好きな音楽 ジャズ


石川理恵子
  • 麦端高校2年C組    部活動なし
  • 身長 166cm
  • 家族構成 両親、妹
  • 趣味 映画鑑賞  好きな音楽 J-POP(チェッカーズ)
ひろしに丁寧語は幼少時から


湯浅眞治
  • 麦端高校3年A組    部活動なし
  • 身長 178cm
  • 家族構成 父
  • 趣味 ギター    好きな音楽 ハードロック


小金山香里
  • 麦端高校1年A組    女子バレー部
  • 身長 157cm
  • 家族構成 両親、姉(大阪に就職)
  • 趣味 ギター    好きな音楽 ハードロック


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