ふたり


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負けるな比呂美たんっ! 応援SS第26弾

『ふたり』


 「今頃みんな着いたかな?」

 仲上家の居間、眞一郎の湯飲みに茶を注ぎ足しながら 比呂美が話しかけた。

 「そうだな、もう少しかかるだろ」

 眞一郎が答える、その声はいつになく少し固い。

 「ひ、比呂美は行かなくて良かったのか? 比呂美は従業員さんたちにも可愛がられてるから、行けば楽しか
ったかもしれないのに」

 取って付けたような眞一郎の言葉。

 「それを言うなら坊ちゃんこそ、跡取りとしてのお立場上、行かれなくて宜しかったのですか?」

 比呂美がおどけて言い返す。

 「その『坊ちゃん』てのは勘弁してくれ、まあ、その、なんだ、比呂美一人だけ残して行ったら、防犯とか、
いろいろ問題だろうし、心配でゆっくり旅行できないし…」

 眞一郎がそっぽを向きながら答える。

 「私だって… 眞一郎くん一人だけだと、ご飯とか身の回りの事とかいろいろ問題だろうし… 心配でゆっく
り旅行なんて…」

 比呂美は笑いをこらえながら答える。

 今日は仲上酒造の2泊3日の社員旅行1日目、仲上家の古くて大きな家には眞一郎と比呂美の二人きりだった。
 酒蔵の面倒をみるために誰か一人残る必要があったが、様々な力学が作用した結果、眞一郎が残る事になり、
これまた同時に比呂美も居残り組に決まった。何故だろうか。
 朝早くレンタカーのマイクロバスに乗り込んだ一行は出発して行き、今頃は温泉地目指して高速道路を疾走し
ている筈だ。
 ちなみに眞一郎の様子がぎこちないのは、昨晩、両親から改めて『節度あるお付き合い』についての申し渡し
があった為でもあり、今朝も出発前の若い従業員達から、散々冷やかされたことと無関係ではないだろう。
 午前中、眞一郎は酒蔵の監視、比呂美は洗濯や昼食の準備など家事に追われ、今は食後のひと時である。

 「昼からは特に何もないんだけど、何か手伝おうか?」

 眞一郎が尋ねる。

 「ううん、別に、もう大した用事は残ってないし、のんびりタイムかな?」
 「そか、じゃあ、どっか出かけたりしないのか?」
 「うーん、特に夕飯のお買い物以外これといって何もないけど…」
 「そか」
 「ね、ひょっとして私、居ない方が良かった?」

 比呂美が分かってますよと言いたげな顔をしながら訊く

 「いや、そんな事はないんだ、うん」

 眞一郎はバツか悪そうに答える。

 「ふうん、さっきから何だか居ない方がいい、みたいな言われ方されてるみたいなんだけど?」
 「いや、考えすぎ」
 「じゃあ、居た方がいいのかな?」
 「そりゃ、まあ、なんだ、さっきの話じゃないけど身の回りをしてくれる人が居てくれるのはありがたいし」
 「本当?」

 眞一郎の表情を覗き込むように比呂美が追及する。

 「あ、ああ」
 「ふうん、じゃ、そう思うことにするね」

 比呂美は笑みを浮かべそれ以上の追及をあきらめたようだ。

 会話が途切れ、二人そろって中庭の木々を見つめる。
 数日前まで残っていた雪は今はすっかり溶けている。

 「私達、もう卒業だね…」
 「ああ」
 「色々あったね…」
 「ああ」
 「一時はどうなる事かと思ったりしたけど…」
 「ああ」
 「何だかさっきから『ああ』ばっかり」
 「ああ、いや、そうだな」
 「クスッ」

 取り留めのない会話をかわす。
 時折訪れる静寂、
 そんな時だけ、遠慮がちに近隣の微かな物音がお邪魔する。
 二人ともこの部屋に居る必要は特にない。
 だけど、二人ともこの部屋を去ろうとはしない。
 二人きりの時間。
 この時間を中断させる事が惜しまれる、
 そんな時間が二人をつつむ。

 「ね、お買い物行こうか?」

 比呂美が誘い、夕飯の買い物に出かけることにした。
 身支度を整えて、一緒にお出かけ。
 季節の割には珍しく春の気配を運んでくる風が心地いい。
 いつものスーパーへの買い物、
 夕方の時間まではまだ間がある時間帯。
 今日は平日、3年生の二人にはもう授業はない。
 いつもの通り道が少しだけいつもと違う表情で迎えてくれる。
 歩道の脇には気の早い春の使者が二人をお出迎え。
 子供の頃のように小さな発見を喜びながら二人並んでゆったり歩く。
 だけど気の利かないスーパーは思ったより近かった。
 店内に客はそれほど多くなく、あまり人目が気にならない。
 二人は傍目にはどう映っているだろうか?

 「今夜のメニューのリクエストはございますか? 坊ちゃん」
 「だからそれは勘弁してくれって」
 「ふふっ、レパートリー、あんまりないけど、ご希望は?」
 「簡単なやつでいいよ、鍋とかなら簡単かな?」
 「あ、なんだか期待されてないみたい」
 「あー、そんなつもりもないんだけど、手間をかけてもらうのも悪いしな…」
 「自信はないけど、かけたい手間もあるものなの、じゃあ最新のレシピ試してみましょうか?」
 「毒味役?」
 「ふーんだ、どーせ、お袋の味には勝てませんよーだ」
 「いや! 比呂美の手料理、楽しみだな」
 「ホントに?」
 「もちろん!」
 「うむ、じゃあね…」

 比呂美の指示で食材を探し回り材料を二人で吟味しながらお買い物は無事終了。
 スーパーを出がけには荷物を持つの持たないのでちょっと立ち往生。
 結局、仲良くはんぶんこで決着した。
 帰り路、比呂美が誘う。

「ね、海の方行こうか?」

 本格的な春を迎えるにはまだ早い季節だが、今日は日差しも優しく海は穏やかだ。

「覚えてる? 二年前も一緒に来たよね」

 比呂美は立ち止まり、海を眺めながら話しだした。

「ああ」

 眞一郎も海を眺めて並ぶ。

「ここね、あの後も時々、一人できたんだよ」
「え?」

 眞一郎が振り向く。

「眞一郎くんを見失いそうになった時とか、気まずくなっちゃった時とか…」

 比呂美は未だ海を見つめたまま、心の半分は記憶の中に置いたまま話しを続ける。

「そか」
「マフラー、覚えてる?」
「ああ」
「あの時ね、私、全然寒くなかった」
「どうして?」
「だって、眞一郎くんが誘ってくれて並んで歩いたの、お家に来てからはあれが最初だったから…」
「そうだっけ?」
「違った?」
「その前に一度…」
「もう、あれは忘れて、あの時は眞一郎くんの誤解を解こうと思って… それにあれは私が無理に誘ったし…」
「そうだったかな?」
「そうよ、あの時は全然楽しくなかった、せっかく初めての一緒の帰りだったのに…」
「そうだな、俺も全然楽しくなかった」
「ごめんなさい」
「いや、もういいって…」
「あの時、本当に嬉しくて… 全然寒くなかった… 眞一郎くんはどうだったか知らないけど?」

 比呂美は悪戯っぽい表情を眞一郎に向けた。

「い、いや、もちろん嬉しかったさ」

 いきなりの攻勢に不意を衝かれながらも答える。

「本当?」
「もちろん!」
「じゃあ、あの時のね、『二度目』って何のこと?」
「いっ、それはだな、あー、話せば長くなるんだが…」

 急速に悪化する展開に追いつけない眞一郎。

「ふふっ 冗談」

 比呂美の悪戯スマイルは自然な笑みに変わっていた。

「よ、よく、そんな昔のこと…」

 安堵する眞一郎。

「覚えてるよ 眞一郎くんの言葉、嬉しかった言葉も、悲しかった言葉も、全部…」
「そっか。 悲しかった言葉は忘れてくれないかな」
「だーめ、一生忘れてあげない」
「いろいろごめん」
「ううん、私も酷いこと、いっぱい言っちゃったし…」
「…」
「…」

 言葉が途切れ見詰め合う、
 以前より慣れたとはいえ恥ずかしい。
 どちらともなく水平線の彼方に視線をうつす。

「なあ、俺たち 結婚するって知ってた?」

 と、眞一郎。

「…うん」

 比呂美の口は無意識のうちに答えをだした。

「そか」
「うん」
「海、変わらないな」
「うん」
「さっきから『うん』ばっかりだな」
「うん、あっ」
「ははっ」
「クスクスッ」
「帰ろうか」
「うん」

 眞一郎が手を差し出し、比呂美がその手を取る。
 二人が家の近所で手をつなぐのは初めてのことだ。
 比呂美が頬を染めながら小声で訊いた。

「あの、今のプロポーズだよね」
「ん、ああ」
「私達、まだ…」
「まだ?」
「ううん、誓いのときが初めてなんて素敵かも…」
「何の話だ?」
「分からない?」
「うーん…」
「そのうち教えてあげる」
「なんだそれ」
「いいの、眞一郎くんが鈍いのは今に始まったことじゃないんだから」
「あ、俺ってそんなに鈍いかな?」
「もちろん! だって私の気持ちに気がついてくれるまで10年以上かかったんだもん」
「比呂美…」
「末永く、よろしくね」
「こちらこそ」
「うん」

 いつもの道を並んで歩くふたりの影は今までになく重なってたが、ふたりはお互いの指先の感触を確かめ
あうのに忙しく、その事には気が付かなかった。







●あとからあとがき
7話まで視聴済み

本編は先の展開が読めないので作者なりにふたりのプロポーズシーンをイメージしたものです。
この場合でも実際の結婚にはまだ数年かかりそうですけどね。
取りあえず気持ちの確認という事で…
おくてなふたりは未だにキスはおあずけです…
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