ファーストキス-6


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――第六幕『ひとりにしといてくれ』――

 比呂美は、部活を終え、六時半ごろ帰宅した。
 比呂美が学校を出た頃、雨はいったん治まっていたが、仲上家に着いた途端に激しくな
り、雷を伴いだした。勝手口には、タオルと足拭きの雑巾が用意してあった。比呂美の靴
もかなりしとっていた。土間には、眞一郎のずぶ濡れの靴が、壁に立てかけてあった。
(眞一郎くん、帰ってるんだ)
 比呂美が板張りに上がって靴下を脱いでいると、理恵子が近寄ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
「比呂美……」
とちょっと浮かない顔の理恵子。
「……はい」
 比呂美は、今朝のことをなにか言われる思うと、理恵子とできるだけ目を合わせないよ
うにするため、濡れた足を入念に拭きだした。
「学校で、何かあったの? また、喧嘩したとか……」
「は?」
 思いもよらない理恵子の言葉に、比呂美は、すぐ理恵子の顔を見た。理恵子は、なにか
困ったような顔をしていた。
「眞一郎、ちょっと様子が変なのよ……」
「眞一郎くんが?」
 比呂美には、直接思い当たる節がなかった。昇降口で別れた時も、特に変わった様子は
なかった。おそらく、その後の用事とやらになにかあったのだろう、と比呂美は考えた。
「学校では、特になにも……」
「そう……」
 当てが外れた理恵子は、顔をしかめたまま台所へ去っていった。
 あの理恵子の様子だと少し深刻だな、と比呂美は思った。

……まさか、また、いするぎのえ?

 眞一郎になにがあったのか分からないが、眞一郎の様子をおかしくする原因は、それし
か思い浮かばなかった。昇降口で別れたあと、また、石動乃絵とあったのだろうか。
 比呂美は、濡れた体を拭き、廊下まで進んで立ち止まった――眞一郎の部屋の方へ体を
向けて。

……眞一郎くんは、ひとりで、なにかと向き合ってきたのだろうか?

 眞一郎の様子を見にいった方がいいだろうか――いや、みにいきた。比呂美の心にふつ
ふつとその欲求が湧き起こったが、昨日の眞一郎の言葉が、すぐに冷水を浴びせた。

……おまえに……逃げたくないんだ……

 冷静になって改めてその言葉の意味を考えると、比呂美にはよく分からなかった。恋人
に逃げ込むってどういうことなんだろう、逃げ込むとどうなるんだろう、と。石動乃絵の
いう通り、自分たちの交際が終わるとでもいうのだろうか? それに……。
 昨日、眞一郎は、泣いた。比呂美の前で泣いた。
 そのことが、眞一郎の何かに対するの決意の深さの表れなのかもしれない――比呂美は
そう思うと、踵を返して自室へ向かうしかなかった。

 眞一郎は、まだ夕食に下りてこない。
 三人だけの食事。ヒロシと理恵子も、まだひと言も眞一郎のことに触れない。
 もともと食事中は無口な二人だったが、比呂美がそんな二人に、自分の息子が心配にな
らないの? と少し怪訝そうな顔をすると、それに応えたかのようにヒロシが口を開いた。
「眞一郎は、どうした?」
「いえ……それが……」
「部屋にいるんだろう? 呼んできなさい」
「たまには、あなたが話してくださいな」
と理恵子の不満交じりの声に少し険悪なムードになると、比呂美は、我慢ができなくなり、
「わたし、見てきます」
といって立ち上がった。
「ちょ、ちょっと比呂美、待ちなさい」
と、すぐに理恵子が声をかけたが、比呂美は、構わず扉を開け、廊下へ出た。
「比呂美ッ」
 理恵子は叱るような声で比呂美を止めようとしたが、それでも比呂美は、小走りに眞一
郎の部屋へ向かった。怒鳴られた程度で今の比呂美が立ち止まるわけなかった。
 廊下へ出る扉に手をかけたまま立ちつくす理恵子。そんな理恵子にヒロシは、ぼそっと
呟いた。
「……大丈夫さ」
「あの子たち、最近、変なのよ……」
と理恵子は、眉毛を八の字にして、鼻で大きくため息をついた。

 眞一郎の部屋には、灯りが点されていなかった。時折の雷の青白い光が、部屋の扉の格
子を浮かび上がらせ、動物園の檻を思わせた。
 眞一郎は、寝ているのだろうか――比呂美は、扉をノックするのを躊躇った。でも、も
し、乃絵が原因なら、引き下がれなかった。
「眞一郎くん……」
……………………。
 部屋からは返事がない。
「眞一郎くん?」
……………………。
 返事がない。果たしているのだろうか、と思うくらい部屋の中は静寂を保っていたが、
三度目の比呂美の呼びかけで、ようやく気配みたいなものを感じた。
「眞一郎くん、ごめん、開けるよ?」
 比呂美は、扉に手をかけ、ゆっくりと開けたが、部屋に入らず、ざっと部屋を見渡した。
 眞一郎は、ベッドでうつ伏せになって寝ていた。顔は、比呂美の位置からは確認できな
い。
 このまま扉を閉めて立ち去った方がいいかな、と比呂美は思ったが、眞一郎をよく見る
と、寝ているような雰囲気ではなかった。
 比呂美は、部屋に入り、静かに扉を閉め、ベッドにゆっくりと歩み寄った。そして、ベ
ッドの端に腰掛けた。
 比呂美は、寝ている眞一郎をそばで何度も見たことがある。今の眞一郎は、間違いなく
寝ていない。寝息を立てていないことが、それを証明していた。
(なんて、声をかけよう)
 比呂美は、迷った。
 きっと、相当落ち込むことがあったのだろう。
 比呂美は、自分より小さく見える眞一郎を見るのは初めてだった。頭の中で、今の眞一
郎のための励ましか何かの言葉を必死になって捜したが、何も思いつかなかった。
 悔しい。悔しかった――眞一郎のための言葉が見つからなかったことが。
 そして、落ち込んでも、自分のところに来てくれなかったことが……。
 比呂美は、体を眞一郎の方へねじるとそのまま眞一郎の背中に覆い被さった。
 眞一郎の冷たい体。決して体温が失われているわけではなかったが、比呂美はそう感じ
た。
「眞一郎くん……」
 比呂美が覚醒を願うように声をかけても、眞一郎は、まだ返事をしない。
 無反応な眞一郎に堪らなくなった比呂美は、頬を眞一郎の背中にこすりつけるように首
を小さく左右に振った。そして、しばらくの間、眞一郎の心臓の音を聞いた。
 激しい雨音、時折飛び込む青白い光と、轟音。
 こういうとき、相手を支えてあげることができて『本当の恋人』といえる――比呂美は、
そんなことを考えていた。
 眞一郎は、彼なりに比呂美を支えつづけていた――。
 比呂美の両親が亡くなったあと、学校ではいつも比呂美を気にしていた。
 比呂美が、仲上家に来ることになったとき。
 比呂美が、理恵子に辛く当たられていたとき。
 比呂美が、バイク事故を起こしたとき、停学になったとき。
 比呂美が、家を出て、一人暮らしをはじめたとき。
 そして、お互いが体を重ねたとき――頼りなくも眞一郎は一生懸命だった。

……わたしは、どうなの? 眞一郎くんを支えてた?

 絵本のこと、将来のこと――比呂美は、眞一郎から真剣に相談されたことがまだなかっ
た。もちろん、そういう話をしたことはあったが、眞一郎が比呂美に意見を求めたことが
なかったのだった。比呂美も、眞一郎がそういうことで特に悩んでる風ではなかったので、
自分の欲求だけを追い求めた。
 ただ自分がしたいから、眞一郎の弁当を作ってあげたり。
 ただ自分がしたいから、一緒に勉強した。
 ただ自分がしたいから、夜、眞一郎の部屋を訪れ、キスをしたり。
 昨日の石動乃絵のことだって、ただ自分の知らない眞一郎を知りたくて……。

……いするぎのえは、こういうとき、どうするんだろう?

 比呂美は、ふっと乃絵のことが頭の中をよぎった。
 乃絵なら今の眞一郎を何とかできるように思えるのは、単なる『やっかみ』からくるこ
となのだろうか。いや、そうではない――比呂美はすぐ、乃絵が眞一郎を支えていた事実
を思い出した。乃絵には、確かな実績があった。
 乃絵は、眞一郎の心をつかみ、眞一郎を告白させた。
 乃絵は、眞一郎に絵本を書かせた。
 乃絵は、眞一郎の踊らせ、飛ばせた。眞一郎も自分の踊りを乃絵に見てもらいたいと思
った。

……それに比べて、わたしはなに?
  新妻ごっこを突っ走ってるだけじゃない。

 比呂美が自分に対して怒りを向けているとき、ようやく、眞一郎が言葉を発した。
「……比呂美……」
 比呂美は、顔を上げ、直接見えない眞一郎の口元の方を見た。
「……うん、こうしててあげる……」(わたし、こんなんじゃダメなのに!)
「比呂美、ひとりにしといてくれ……」
「ぇ…………」
 頭に鉄球が直撃したような感覚だった。比呂美は、反射的に体を起こして正面を向き、
呆然と壁を真っ直ぐに見た。やがて、比呂美の全身はがくがくと震えだした。
 いま、なんていったの? と、自分に問いかける比呂美。何回問いかけても、答えは同
じだった。

……ひとりにしておいてくれ……

 比呂美が感じていた歯痒さは、再び怒りへと急速に変じた。
 そして、比呂美は、再び、眞一郎の背中に飛びついて叫んだ。
「眞一郎くん、ごめんなさい! ……そんなこと、いわないで……」
「比呂美、ごめん。……しばらく、そっと、しといてくれ……」
 比呂美の悲痛の叫びでも、眞一郎の意思は、変わらなかった。
「いや」
「…………」
「ねぇ……」と眞一郎の体を揺する比呂美。
「……比呂美……」(お願いだから、そっとしておいてくれ)
「いやッ」
「比呂美ッ!!」
 眞一郎の怒声は、比呂美の心と体を一瞬にして震え上がらせた。
 しばらく硬直したあと、比呂美は、操り人形のように眞一郎から離れ、立ち上がり、扉
へ向かった。
 だが、比呂美は、もう一度だけ眞一郎の姿を見たいと抗った。
 比呂美が眞一郎を見たとき、眞一郎も上半身の向きを変え、比呂美を見ていた。
「……比呂美、ごめん……」
 眞一郎の泣き腫らした顔が、青白い光に浮かび上がっては消えていった。

 比呂美は、自室に飛び込むと、急いでジーパンに履き替えた。そして、台所にいる理恵
子のところへすっ飛んでいった。
「わたし、ちょっと出かけてきます」
「えぇ? 出かけるって、どうしたの。こんなに雨降っているのに」
 比呂美は、碌に返事もせずに勝手口へ向かった。
 理恵子は慌てて追いかけた。
「比呂美、ちょっと待ちなさい!」
「大丈夫です。いってきます」
 比呂美は、ビニール製のブーツを履くと、扉を開けて出ようとしたが、理恵子は、比呂
美の手首をつかんで離さなかった。
「ダメよ。ちょっと待ちなさい。どこにいくの」
「たぶん、愛ちゃんのところ」
「たぶん? それだったら、わたしが車で」
「いえ、大丈夫です」
と比呂美は、理恵子の手を振り解こうとする。
「いい加減にしなさい! なにがあったの……眞一郎は?」
 理恵子は、ぐっと力を入れ、比呂美を引き戻した。そこへ、ヒロシがやってきた。
「どうしたんだ」
「あなた……」
「お願いです。行かせてください!」
 比呂美は、間髪入れずに、ヒロシに許しを求めた。
 ヒロシは、比呂美の気迫に一瞬たじろいたが、すぐに冷静さを取り戻すと、
「なにがあったのか、話しなさい」
と理恵子と同じことをいった。
 そのことが、比呂美には、余計に癇に障った。そして、
「わたしは、眞一郎くんの恋人です。彼が苦しんでいるのにじっとしていられません!」
と大声でいい放ったのだ。
 比呂美の取り乱し様に、理恵子は、思わず比呂美の手首を離してしまう。
 比呂美は、その隙を見逃さず、外へ飛び出した。
「あっ、待ちなさい!」
 比呂美の姿は、あっという間に中庭の通用門の向こうへと消えていった。
「もう、どうしたっていうのよ~」
と理恵子は、地団太を踏んだ。
「……じっとしていられないか……そりゃ、そうだ」
 ヒロシは、苦笑いして、理恵子の肩をポンと叩いた。

「乃絵ちゃーん、今日、泊まっていくでしょう?」
「うん、ありがとう」
 愛子は、店内のテーブルを拭きあげていた。乃絵もそれを手伝っていた。
 激しくなった雨の所為で客足はぱったり途絶え、早めの店じまいを余儀なくされた。
「そうそう、新聞見たよ。ノエルっていう投稿ネームだったよね?」
「うん」
「文章もよかったし。あのバカも見たかしら?」
 あのバカというのは、もちろん眞一郎のことだ。
 弟を叱る姉のような愛子の態度に、乃絵はふふっと肩をちょっと上げて笑った。
「眞一郎のやつ、昔から工作得意なのは知ってたけど、たま~に電波入っちゃうからな
~」
 愛子がそういったとき、いきなり外が青白く光り、ほぼ同時に雷鳴が轟いた。
 それから、店内の照明が一瞬ふっと暗くなると、出入り口の自動扉が開き、水飛沫を引
き連れて冷たい空気が店内に飛び込んできた。
 愛子と乃絵は、自動扉の方へ目をやった。
 愛子は、条件反射で、いらっしゃい、といいかけたが、扉の向こうで仁王立ちになって
いる人物を確認すると、息を呑んだ。
「ひ、比呂美ちゃん!」
 愛子は、慌てて比呂美に駆け寄り、店の中へ引っ張り入れた。
「あ~あ~、こんなに濡れちゃってぇ」
 愛子は、呆れたように声を上げたが、比呂美は、すでに乃絵に視線を縫い付けていた。
 比呂美は、近くのテーブルにぐっしょり濡れた傘を立てかけると、乃絵にゆっくりと近
づいていった。
 愛子は、比呂美の乃絵に対する攻撃的なオーラをすぐに察知すると、二人の間にすぐ割
り込めるように身構えた。愛子のこういう素早い対応は、客商売の賜物だった。
 比呂美が立てかけたはずの傘は、徐々にテーブルの縁を沿って滑っていき、まもなく店
内に乾いた音を響かせた。
「わたしになにか話すことない?」
と比呂美の声は平静を装っていたが、煮えたぎったような心中を隠し切ることはもはやで
きなかった。
「ないわ」
 乃絵は、ぷいっと横を向いてあからさまに不快感を露にした。
「じゃあ、眞一郎になにをいったの?」
 比呂美は、今度は凄みを利かせた。
「な、なんの話?」
 かなりまずい状況だと読んだ愛子は、明るく振舞って割り込んだが、比呂美と乃絵は、
まったく鎮まる気配を見せなかった。
「なにもいってないわ」
 乃絵は、態度を変えずそう返したが、

 パンッ!

 間髪入れずに、比呂美の平手が、乃絵の左頬を捕らえた。その直後、比呂美は、ウソッ、
と早口で付け加えた。
「ちょっと、比呂美、やめな!」
 愛子は、慌てて二人の間に体を入れた。というよりも、比呂美に張り付いたといった方
が正確だろうか。
 だが、比呂美は、愛子に構わず、乃絵にこういった。
「わたし……あなたたちのキス、見てたんだけど」
 乃絵は、すぐ比呂美を見て、嘘か本当か確かめた。
 乃絵が、こんなに目の据わった比呂美を見るのは初めてだった。
 比呂美の鋭い視線に息苦しさを感じた乃絵は、顔をしかめて、目線を斜め下に落とした。
 そして、乃絵は、比呂美が本当のことをいっているのだと思うしかなかった。
「なに? 眞一郎に? いつ?」
 愛子は、話の内容についていけず、二人の顔をきょろきょろと交互に見た。
 乃絵は、いかにも失敗した、というような表情を作っている。
 比呂美は、乃絵のこれからの出方を伺っている。
 やがて、乃絵から比呂美に仕掛けた。
「あなたが、わたしを問い詰めたところでなにも解決しないわ」
「あなたに吐かせるしかないじゃない、眞一郎があれじゃ……」
 比呂美の最後の言葉に、乃絵と愛子は、ぴくっと体を反応させ、比呂美の言葉のつづき
を待ったが、比呂美からは何も発せられなかった。
「それでも、あなたにはどうすることもできないわ」と乃絵。
「そんなことないわ」
「そんなことあるの。とにかく、仲上君に時間をあげて。きっと大丈夫」
 眞一郎になにか変化があったことを感じた乃絵は、もう、比呂美に対して強い口調を使
い難くなっていた。乃絵が話のやり取りに対して距離を置きだしたと感じた比呂美は、話
の切り口を少し変えた。
「でも眞一郎の問題とあなたとのキスとは、関係ないんじゃない? ちがう?」
「それも、きっと解決するわ」
「なにそれ。あなた、自分のこといわれてんのよ!」
 比呂美はそういって、乃絵に飛びかかろうとしたが、愛子は比呂美に体を寄せ、乃絵を
なんとかガードした。もうわたしじゃ押さえきれないよ~と愛子がべそをかいていると、
乃絵は、ぽつりと、
「ごめんなさい」
と謝った。

……こんなの、いするぎのえじゃない!

 比呂美は、乃絵のその言葉に驚愕した。
 嘘の嫌いな乃絵。自分を偽ることの嫌いな乃絵。いつも堂々としていた乃絵。
 乃絵に対しそんなイメージを持ち、かつ、そういうことろに多少なりとも劣等感を抱い
ていた比呂美は、その「ごめんなさい」という言葉を、到底素直に受け入れることができ
なかった。
「なに謝ってんのよ。ごまかさないで!」
 比呂美は、愛子を投げ飛ばそうとしたが、
「比呂美ちゃん!」
と叫んで、愛子も、お姉さんパワー全開で踏ん張った。
 ちょうどそのとき、いつもは空気の読めないもう一人のバカが、愛子の店にやってきた。
「うぃ~~っす。おぉ! 美少女が三人! まさに濡れ場」
 愛子は、心の中で、グッド・タイミング、と三代吉に叫んだ。
 だが、三代吉は、すぐに三人の緊張状態を把握して、おちゃらかすのを止めた。
「……なに、なんかあったの?」
と愛子に問いかける三代吉。
「な~んにも。三代吉、ちょっと手伝って」
 話の内容からして、三代吉に教えるわけにはいかなかった。
 愛子は、比呂美を一回睨んで、騒ぎを大きくしないようにと目で訴えると、三代吉を店
の奥へ引っ張って二階へ連れていった。

 比呂美にそっぽを向く乃絵。
 乃絵を睨みつける比呂美。
 しばらくこの状態がつづいた――。
 自動扉の隙間から冷気が差し込むと、今川焼きを焼く鉄板の方から、じゅっと音が立っ
た。
 乃絵には、比呂美がなぜこんなに逆上しているのか、おおかた想像がついていた。それ
から、眞一郎が今どんな状態なのかも。比呂美が自分のところにやってきたということは、
眞一郎は、今のところ比呂美には逃げていない。そのことは、今の比呂美には酷かもしれ
ないが、乃絵は、内心ほっとしていた。
――眞一郎は、今、ひとりで戦っている。眞一郎に突き放された比呂美は、錯乱し、解決
の糸口を求めて自分に噛みついた――ここまでは、乃絵の予想通りだった。
 だが、乃絵は、眞一郎と比呂美に、できるだけ二人だけの力で、立ち直って欲しいと思
っていた。
 壁に付き当たった眞一郎を、比呂美は、どうしていくのか。
 愛子とのキスを、眞一郎は、比呂美にどう話すのか。
 だから、乃絵は、ここまで慎重に事を進めてきたのだが、比呂美の行動力が、それを突
き破ってしまった。
 西村先生からの眞一郎の父の絵の話を聞いた乃絵は、自分と眞一郎をつないだ糸がまだ
完全に切れていないことを感じた。そして、乃絵は、眞一郎に対してやり残したことがあ
るのでは、と想像を膨らませた。恋愛関係がとっくに終わっていても、それを考えると心
が躍った。だが、すぐに湯浅比呂美の影がちらつく。
 乃絵は、このことを湯浅比呂美に託そうかと考えたが、湯浅比呂美はまだ、自身の暗闇
をまだ振り払うことができずに、眞一郎の翼となっていないようだった。
 ふつふつと湧き起こる使命感。
 今、自分が行動しなければ……。

……眞一郎は、一生、後悔する。
  そして、
  わたしも、一生、後悔する。

 大切な人のために一歩も引くことは許されない――わたしにしかできないことを、わた
しがやらなくてどうするの? そうでなければ……

……眞一郎は、眞一郎で、いられない。

 乃絵は、自分の固い意志を確かめると、比呂美の目を真っ直ぐに見た。
乃絵 「…………」
比呂美「……なによ、やるき?」
乃絵 「あなた、いずれ、眞一郎に嫌われるわ」
比呂美「眞一郎って気安く呼ばないで!」
乃絵 「いいじゃない。眞一郎はまだ、わたしのこと、乃絵って呼んでるわ」
比呂美「いするぎって言いにくいからでしょ?」
乃絵 「あなた、わたしの電話、聞いちゃったんでしょう?」
比呂美「な!」(くそ~なんで分かるんだ)
乃絵 「最低だわ」
比呂美「たまたまよ」(こいつ、ほんとうに人間か?)
乃絵 「簡単に引っかかったわね」
比呂美「……あんた」(はめられた!)と顔をぐっとしかめる。
乃絵 「それで、わたしたちの後をつけて、見ちゃったんだしょう、キス」
比呂美「つけてない!」
乃絵 「でも、隠れてたでしょ? 同じよ」
比呂美「ちがうわ」(そうよ)
乃絵 「今でも、わたしのことが気になるんでしょう?」
比呂美「ちがうわ」(そうよ)
乃絵 「眞一郎の態度が、自分とは違うと思ってるんでしょう?」
比呂美「思ってない」(思ってるわよ)
乃絵 「ウソ言わないで! 顔に書いてあるわ」
比呂美「書いてない」(このおんな~)
乃絵 「否定ばかりしないでなにか言ったら?」
 冷静な乃絵に、逆上している比呂美。
比呂美「…………」(なぜ、攻撃をやめた?)
乃絵 「…………」
比呂美「どうして、キスしたの?」
乃絵 「キスなんて挨拶代わりよ、わたしにとっては。純ともよくするわ」(しないわ)
比呂美「でも、口と口はしないでしょ?」(絶対ウソよ)
乃絵 「……するわ」(しないわ)
比呂美「わたし、あなたはそんな人じゃないと思ってたんだけど」(なぜウソをつく)
乃絵 「思いちがいね」(あなたの言う通りよ)
比呂美「眞一郎が、きのう、なんて言っていたか教えてあげましょうか」
 乃絵の体がぴくっと反応する。
乃絵 「……聞く必要ないわ」
比呂美「聞きたいって顔に書いてあるわ」
乃絵 「それは、あなたが書いたんでしょ。勝手に落書きしないで」
 比呂美は、乃絵の無邪気な返答に思わずふふっと笑ってしまう。そして……。
「眞一郎はね……」と構わずつづける比呂美。
「やめて!」と叫ぶ乃絵。
「まるで……」
「いうなー!」と甲高い声が店内に広がる。
 そして、比呂美は、告げてしまった。
「心に残らなかったって」
「!!」

……心に残らなかったって……

 その言葉が乃絵の心の中で繰り返されているとき、愛子の平手が炸裂した。

 バシッ!!

「比呂美ッ! あんた、最低ッ!」
 乾いた音の余韻のあと、沈黙が行き場を失ったように淀んだ。
 比呂美は、完全に沈黙した。愛子は、一発で比呂美がここまで固まるとは思わず、少し
おろおろした。
 そのとき、乃絵は、カウンターの椅子の上に置いていた自分の鞄をつかむと、店の外へ
飛び出していった。
「あっ! 乃絵ちゃん!」
 あっという間だった。
 乃絵をすぐ追いかけようと思った愛子だったが、比呂美の方が深刻だと思った。
「比呂美……本当に……嫌われるよ……」
と、愛子は、さきほどの平手の謝罪の意味も込めて、比呂美に優しく声をかけた。
 それでも比呂美は、小刻みに体を震わせて黙っていた。
 そのとき、店の奥から、
「愛子ぉ、ホッチキスどこだっけ?」
と三代吉の声がした。
 すると、三代吉の声に反応したように比呂美は、扉へ向かって歩きだした。
「ちょ、ちょっと待って」
 愛子は、先回りして、比呂美の歩みを止めた。
「ごめんなさい、帰る、じゃ」
 比呂美は、かすれた声でそういうと、愛子の脇をすり抜けようとしたが、愛子は比呂美
の腕をつかんでそれを許さなかった。
 そして、愛子は、
「乃絵を叩き出しておいて、わたしがこのまま、黙ってあんたを帰すとでも思ってんの? 
なめんじゃないわよ!」
といい放ち、比呂美を睨みつけた。
「…………」
 こんどは、愛子の態度の豹変に、比呂美がだじろいだ。
 だが、すぐに愛子は、その攻撃的な姿勢を180度切り替えて、
「わたしの部屋、いこっか。体も拭かなきゃね」
と、まるで母親が娘に話しかけるように優しくいった。

 愛子の部屋は、二階の道路側にあった。つまり、店の真上。
 比呂美は、お店で渡されたタオルで体をポンポン叩きながら、愛子の後をとぼとぼつい
ていった。二人が愛子の部屋に入ると、愛子は、箪笥の引き出しを開け、中をあさりなが
ら比呂美にいった。
「さっ、脱いで」
 比呂美の動きが、ぴくっと止まる。
 愛子は、引き出しからパジャマを引っ張り出した。
「服、乾燥機で乾かしてあげる。さ、脱いで」
「わたし、やっぱり帰る。これ以上、迷惑かけれないし」
 比呂美は、踵を返し、ドアノブに手を伸ばした。
 愛子は、慌てて比呂美に近寄り、それを制すると、
「も~、それだったら、もっと早くそういう気持ちになって欲しかったな~」
と、半分呆れたようにいった。
 比呂美は、目を逸らし、素直に「ごめんなさい」と謝った。
「さっ、脱いで。替わりにこのパジャマ着てて、胸以外はちょっと小さいかもしれないけ
ど……」
 愛子は、比呂美の体を上から下へ見て、にまっと笑った。
 そして、パジャマを比呂美に押し付けると、
「おいしい紅茶いれてあげる。すぐ乾くから」
と、いって部屋を出ていった。
 比呂美は、大きくため息をつくと、服をしぶしぶ脱ぎだした。
 しばらくすると、愛子は、紅茶セットをお盆に乗せて部屋へ戻ってきて、それをガラス
板のちっちゃなテーブルの上に置くと、比呂美の脱いだジーパンとトレーナーを持ってま
た出ていった。
 まだ淹れてないのに紅茶の香りが部屋中に広がる。
 愛子の部屋は、子供っぽさと大人っぽさが入り交じったような部屋だった。八畳くらい
の部屋に、木目調の大きな洋服ダンスと整理ダンスか置かれ、その上ベッドも置いてあっ
た。それだけで一気に狭くなった感じがした。部屋の隅に勉強机と鏡台。比呂美は、この
勉強机に見覚えがあったが、その机の上には、19インチの液晶ディスプレイとパソコン
のキーボードがあり、よく見ると机の下にパソコンの本体が二台あった。
 ディスプレイには、ネット・オークションの画面が映し出されていて、子画面でテレビ
が映っていた。ところどころにファッション雑誌やら、漫画の本やら転がっていたが、だ
らしない感じはなかった。ちっちゃなぬいぐるみも場所をみつけては、置いてあった。
 比呂美は、あまりにも自分の部屋との違いに、ちょっとカルチャーショックみたいなも
のを感じた。女の子のいきいきとした感じが、比呂美を四方八方から襲ってきていたから
だ。

……眞一郎くんも、こんな部屋が好きなのかな……

 比呂美は、ふっと浮かんだ妄想に顔を少し赤らめた。
 そんなとき、愛子が戻ってきて、
「あんた、家、飛び出してきちゃったんでしょう?」
と大きくため息をつくと、比呂美の頭をぽんと叩いた。
「うちの親に電話あったって、眞一郎のお母さんから。ダメだぞ、心配かけちゃ」
といって、愛子は、携帯を操作しだした。

『――はい、仲上でございます』
「もしもし、こんばんは、安藤と申します」
『あ、安藤さん。愛子ちゃんね?』
「はい、愛子です」
『比呂美は……』
「比呂美ちゃん、今、わたしの隣にいます。とりあえず、ご心配なく」
『そう、よかった。ごめんなさいね、すぐに迎いにいくから、そのまま……比呂美を』
「いえ、待ってください。もう少し、話してから……」
『え?』
「わたしも、少し話したいから。もう少しこのまま……帰り、うちの親に送らせますか
ら」
『でも、悪いわ、そんなの』
「たまには、幼馴染同士がいいときもありますから、ね? おばさん」
『……そう、わかったわ。愛ちゃんに任せるわ』
「ありがとうございます」
『それは、こっちの台詞よ。ほんとにごめんなさいね。いつもありがとう』
「いえ、それじゃ、失礼します――」

 愛子は、比呂美にくるっと向き直り、
「これで、おばさんの許可が出たよ」
といってウインクすると、紅茶の準備に取りかかった。
 愛子の手際の良さは、熟達者のさらに上をいっている感じがした。
 来る日も来る日も、学校から帰ると、店を開け、今川焼きを焼き、お客の相手をする。
地域の行事には、必ずといっていいくらい参加していて、年寄りから子供、ときには赤ち
ゃんまで世話をする愛子。さきほどの理恵子との電話のやりとりも、見事としかいいよう
がなかった。
 どうしてあんなに自然に振舞い、自分の思う通りに事を進めることができるのだろうか、
と比呂美は感心した。
 比呂美は、自分がいなければ、眞一郎は愛子を愛しただろうとさえ考えた。
 二つのティー・カップに紅茶が注がれていく。立ち上った湯気と共に、また紅茶の甘い
香りが広がり、恍惚へと誘われた。
「すこしは、落ち着いた?」
 愛子は、カップを、はい、といって比呂美に差し出す。
「あの、野伏君は……」
「奥で親とテレビ見てるよ」
「……ごめんなさい」
「気にしない、気にしなぁい、いつもこんな調子だからぁ~わたしたち」
 比呂美は、カップに口をつけ、一口含んだ。口元から全身に向かって、すっきりしたも
のが走っていった。
「おいしい……」
「ちょっと高いけどね」
 愛子は、現実的なことをいってごめんと、舌を出した。
「わたし……いするぎ、のえに……」
と、比呂美は、店を飛び出していったもう一人の方も気にした。
「さっき電話したら、家に帰るって。その辺、ぬかりはないのだよ」
と愛子は、自分の胸をぽんと叩いた。
 比呂美は、愛ちゃんにはかなわないな~という表情を返した。
「比呂美ちゃんが、この部屋来るの、いつ以来だっけ。小学生以来だよね」
「うん、たぶん」
「そっか~そんなになるんだ~」
 愛子は、視線を斜め上に上げた。
「そのころからだいぶ、部屋変わったね」
「ま~ね」
「ネットとかするんだ」
「うん。学校でホームページとか作ったりしてるし、地元産業がらみでいろいろと頼まれ
ることがあって」
「ふぅーん、忙しいんだ」
「勉強する時間ないくらいにね」
 比呂美は、紅茶を一口飲んだ。それから、愛子は、話題を切り替えた。
「わたしたち、むかし、あんまり仲良くなかったよね」
「…………」
「わたし、比呂美ちゃん、よく泣かしてたよね。眞一郎もだけど……」
「…………」
「わたし、あの頃から、比呂美ちゃんのこと、ライバルだと思ってた。もちろん恋のライ
バルだというはっきりした気持ちじゃなかったけど、負けたくないって思ってた。でも、
だんだんに大きくなるにつれて、眞一郎が、比呂美をかばうようになって、眞一郎は、比
呂美しか見てないんだと、分かった。比呂美も、眞一郎にかばわれるのが嫌で、わたしに
立ち向かってきたよね。中学生になって、極端に遊ばなくなって、さらに一年後、二人が
中学校に入学してきて、気づいたの。自分の気持ちと、それと、もう、わたしが入り込む
隙間はないんだって。眞一郎は、比呂美を気にしていた。比呂美も、眞一郎のことが気に
なっているように見えた。遅かれ早かれ、二人は、カップルになるだろうと思った。そん
な矢先、比呂美の両親が亡くなって……」
「愛ちゃん……なにがいいたいの?」
 比呂美がそう呟くと、愛子は、はっと顔を上げ、ごめんなさい、と小さく謝った。

……こんな思い出話をたらたらしてもしようがないんだ。
  乃絵が、眞一郎にキスをした。
  たぶん、わたしのように。
  それに、比呂美は、乃絵のキスになにかあると勘ぐってる。
  ここで、放って置くとあとあとこじれるかもしれない。
  比呂美には、わたしのキスを話す義理はないけど、
  乃絵のキスの意味を、知る権利はある。
  眞一郎が、どこまで話しているかは分からないが、
  ここで、すっきりさせないと、三人ためにも良くない。

 愛子は、ティー・カップを置くと、何かを断ち切るように、話しだした。
「比呂美、もう、いっちゃう」
「え?」
「わたし、眞一郎とキスした」
「???」
「お互い、初めての……キスだった」

……うわっ、いっちゃった。
  比呂美ちゃん、頼むから襲ってこないで。

 比呂美は、しばらく間を置いて、大きく、え? と愛子にまた訊き返した。
 愛子のいっていることが、言葉の意味として理解できても、状況が、流れがよく分から
なかったのだ。
「去年の暮れかな……雪の、降りはじめた頃だった……」
「雪……」
 比呂美の呟きを最後に、しばらく沈黙がつづいた。カップに注がれた紅茶からは、もう
湯気は立っていない。
 比呂美は、どうリアクションしていいのか分からなかった。比呂美の今抱いている感情
は、絶望感や喪失感というものではなかった。なにか、ぽっかり胸の真ん中が開いた感じ。
でも底知れぬ寂しさとは違った。てっきり自分を慰めてくれると思っていた愛子が、いき
なり自分の恋人とのキスを暴露したというのに、初めからそれを知っていたような納得し
た気持ちなった。
 どうしてこうも、自分に接してくる女は、自分に対し冷酷なのだと、比呂美は自嘲気味
に笑った。
「でも、わたし、謝らないよ」
「べつに、わたしは……」
「あなたたちが、付き合う前の話し出し、それに、たとえ、あなたたちの気持ちに気づい
ていたとしても……わたし……」
 またもや沈黙。そのあと、再び愛子から切りだした。
「……許してあげてほしいの」
「え? 今、愛ちゃん、謝らないって」
「そうじゃないの、乃絵のこと」
「どうして? どういうこと?」
 比呂美には、まだ話の筋が見えなかった。
「わたしがキスした日、実は、眞一郎が乃絵ちゃんに告白した日なの」
 こんどは、トレンディー・ドラマみたいな台詞が飛び出てきたな、と比呂美は思った。
 でも、その言葉でようやく比呂美の頭の中で『隠されていた事情』がつながりだした。
「乃絵ちゃん、眞一郎から聞いちゃったんだよ、わたしとのキスのこと。それが、告白さ
れた直後の出来事であったことも。それで、眞一郎の心の中にずっと残っていた乃絵に対
する負い目を、昨日のキスで、開放してあげたんだと思う。あの子は、そういう子なのよ。
だから……」
「わたし……キスのことは……べつに……」
「比呂美ちゃん、思っていること、はっきりいって。わたしも、ちゃんと、いったんだか
ら」
 愛子は、比呂美を真っ直ぐ見つめた。
「いするぎのえのしたことは、分からないわけではないけど、それって、まだ、眞一郎の
ことが好きってことでしょう?」
「……そうね。でも、許してあげて、乃絵を……。そして、眞一郎も」
「眞一郎も?」
「だって、眞一郎、比呂美に話してなかったでしょう? わたしとのキスのこと」
 そうだった、と比呂美は眉毛を少し持ち上げて納得した。
「わたし、なんとなく、気づいていたの。でも、愛ちゃんとは思ってなかった。てっきり、
いするぎのえとばかり……あの子、べたべたしてたし……」
 比呂美は、あの砂浜で眞一郎と初めてキスをしたとき、眞一郎のリアクションに微妙に
違和感を感じていたのだった。
 確かに、眞一郎のファースト・キスを他の女の子に取られたのは悔しかったが、現実は
自分の思う通りにいかないことを、両親の死ということでこっ酷く思い知らされていた比
呂美にとって、やり場のない怒りを持て余すというよりは、なにか気の抜けたような感じ
になるのだった。それに……初体験は自分のものにしたという強みがあったので、敗北感
みたいなものを感じなかった。。
「でもね、比呂美ちゃん……」
「え?」
「眞一郎は、きっと、ファースト・キスの代わりになにかやらかしてくれるよ。きっと…
…あのバカは、そういうやつなんだから……」
 愛子は、そう願わずにはいられなかった、比呂美のためにも。そして、満面の笑みを浮
かべると、ふっと窓の方へ目をやった。
「雨、やんでる……」
 今、眞一郎の心の中の天気はどうなのだろうか。比呂美は、その窓越しに眞一郎のこと
に思いを馳せた。

 そのころ、眞一郎は、比呂美とのかけがえのない思い出の中に逃げ込んでいた……。

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