memories1985 親愛と嫉妬


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 重い手足を懸命に動かして、私は制服に着替え終えた。
 もしかしたら、この制服も今日が最後になるかもしれない。
 今日は学校に、この前のバイク事故について説明に行かなければならない。
 先に警察からの事情聴取は済ませてあり、私は本当のことを話した。
 私がこの家に戻るつもりはなかった事、町を出る手段として彼にバイクを出すよう頼ん
だ事、彼は最初断ったのに、私が無理強いした事・・・・全て私が原因だ。そのきっかけは家
の中のおばさんとの問題があるにせよ、この事故に関する限り主犯は私の方だった。
 既に警察から顛末は学校に伝わっているだろう。それだけで退学になるとは思わない。
でも、それだけだ。おばさんはきっと私を許さない。おじさんも、もう私をかばいきれな
いだろう。停学にでもなれば、そのまま私は自主退学する事になるだろう。遠くの全寮制
の学校にでも編入させてもらうくらいはさせてもらえるかもしれない。いずれにしてもこ
の町から出て行く事になる。
 それもいいかもしれない。もうここにいたくないと思ったのは事実なのだ。ただ自分の
意志ではなく、追い出されるだけの違いだ。それだけだ。
 まだ出るまで時間がある。私は気持ちを落ち着かせる為に、音楽を聴こうとプレーヤー
を手に取った。こんな気分の時、かける曲は決まっている。
 それはお母さんが大好きだった曲。私が子供の頃からよく聴かせてくれた曲。古い外国
のロックバンドの曲で、この曲が流れている間、お母さんはいつも懐かしそうな、幸せそ
うな顔貌をしていた。
『この曲はね、お母さんとお父さんが知り合うきっかけになった曲なのよ』
 お母さんはいつも同じ話をしてくれた。
『お母さんにとってこの曲は、大好きな人と、大事な友達を両方連れてきてくれた曲なの。
比呂美にもきっと、幸せを運んでくれるわよ』
 今にして思う。同じ記憶が、同じ想い出とは限らないのではないかと。お母さんにとっ
て幸せな想い出でも、他の人にとって苦い味を残す事もあるんじゃないかと。もし本当に、
お母さんの「大好きな人」がお父さんでなくおじさんだったとしたら、おばさんにとって
この曲は忌まわしいものでしかないんじゃないだろうか。
 頬を涙が伝うのを感じた。たとえこの曲が誰かにとっての絶望だとしても、今の私には
他にすがれるものがない。
 心が引き裂かれてしまわないように。悲しみに潰されてしまわないように。



「あと二週間か・・・・ギリギリだな」
 比呂志が軽く汗を拭った。
「なに、余裕だよ」
 湯浅がこれも汗を拭きながら、事も無げに言ってのける。
「お前がまた熱出さなけりゃな・・・・本当にもう平気なのか」
「おう、完全復活だ」
 湯浅は昨日まで風邪を引いて一週間休んでいた。残る三人で練習は続けていたし、技術
的に一番上手い事は自他共に認める所なので、致命的、という程の遅れではないものの、
ここに来て全員での音合わせが出来なかった事を、理恵子も香里も気にしていた。
「一週間も休んだのは久々だよな。慣れない事やって疲れたのか?」
「ま、そうかもね。もう大丈夫、三日で熱引いてあと四日はずる休みしたから休養は十分
だ」
「・・・・・・・・」
 湯浅になんと言ってやろうかと考えているうちに、理恵子と香里が麦茶と梨を持って戻
ってきた。
「お待たせしました」
「よく冷えてますよー」
「ありがとう、小金山さん、リコ」
 比呂志が麦茶を取りながら言った。
「ありがとう、リコちゃん、香里ちゃん」
 湯浅も梨を一切、口に入れる。
「うゎ、よく冷えてる」
「湯浅さん、もう具合はすっかり大丈夫そうですね」
 香里が湯浅に言った。
「まあ、ただの風邪だから。心配してくれたの?」
「心配って言うか、一度お見舞いに行ったらインターホン鳴らしても出てこなかったから、
動けないほど具合が悪かったのかと思って」
 六本の視線が、一斉に香里に集中する。比呂志にとっても、理恵子にとっても初耳だっ
た。
 湯浅も全く気付かなかったらしい。
「それ、いつ?」
「木曜日です。お父さんと二人で暮してるって聞いてたので、お粥とか作って食べられて
るのかと思って様子を見に伺ったんですけど、全然気付かなかったんですか?」
「・・・・・・・・ああ、木曜ね、一番熱が上がった時だ。ほとんど一日寝てたから、その日は何
もわかんないや」
「香里、あなた一人でお見舞いに行ったの?」
「え?あ、はい」
「男の人一人しかいないって判っている所に?少し軽率じゃない?」
「あ・・・・ごめんなさい」
「まあ、友達を心配するのは悪い事じゃないよ」
 比呂志がとりなす。彼自身、理恵子の言う事に同調する部分はあるが、親切心からの行
いをあまり否定的に断じるのも可哀想な気がした。
「私だって心配しましたよ。でもだからって――」
「もしかして俺、信用されてない?」
 湯浅が明らかにからかう口調で茶化した。理恵子が言葉に詰まり、そのまま黙り込む。
 湯浅を信用していない筈などないが、常識的にするべきことではない、と理恵子の道徳
観が訴えている。更に――認めたくはないが――それに対して比呂志が擁護する事を言っ
たのも、理恵子の苛立ちを加速させた。そこまで計算しているとは思わないが、正論を言
っている自分が悪いみたいではないか。
 香里は勿論そんな計算をしているわけではない。見舞いも理恵子を誘おうかと考えなく
もなかった。そうまでして見舞いに行こうとしたのは湯浅が孤独に脅えているイメージが
浮かんだ事、理恵子を誘わなかったのは、にも拘らず他人から心配される事を望んでいな
い気がしたからであった。
 矛盾する二つの湯浅像が、しかし香里の中では間違いなく同じ湯浅だった。あの夏の日、
練習からの帰り道で見た湯浅の笑顔が、香里の中で燻り続けていた。
「私が考えなしだったから。理恵子さんだって湯浅さんをそんな人だとは思ってませんよ」
 香里がとりなし、その場は収まった。



「さっきは、悪かったね。リコが、つまらない事を言った」
 練習が終わり、香里を家まで送る途中で、比呂志が言った。
 香里が手を振って気にしないでくれと意思表示をする。
「いえ、そんな。理恵子さんも、私の事を思ってくれての事ですから」
「それはそうなんだが、少し言い方がきついと思った。いつもはあんなじゃないんだ。何
か、虫の居所が悪かったのかもしれない」
 だから嫌わないでやってくれ、と比呂志は続けた。勿論です、と香里は答え、くすっと
こぼれるような笑いをした。
「仲上さん、理恵子さんの保護者みたいですね」
 比呂志は一瞬、意外そうに目を開いたが、すぐに苦笑の混じった笑みを返した。
「そうだな。昔からの付き合いで、もう妹みたいな感覚だ。もっとも、実際に世話になる
のは、いつも俺だけどね」
「そうなんですか?」
 半ばは納得したのだが、そう訊いてみる。
「俺はあまり、外に目を向ける性格をしていない・・・・らしい。湯浅の言うにはね。そんな
俺を、あいつは外に連れ出してくれる。映画や、催事や、買い物に、どういうわけか知ら
ないがこんなつまらない男と一緒に行ってくれる。リコがいなければ、俺は学校と家の往
復以外外に出ないかもしれない」
「そうなんですか」
「これは湯浅にも話した事はないんだけどね」
 比呂志が少し照れたように言葉を切る。
「実は、俺の服も、ほとんどはリコが見立てて選んでくれているんだ。俺に似合う服は、
俺よりリコの方がよくわかっているんだよ」
「・・・・好きなんですね、とても」
「そうだな、きっと買い物自体が好きなんだな。自分の物でなくても、俺の物を選んでい
る時でも楽しそうにしている。おかげで助かる。たまに俺が自分で買うと、湯浅に笑われ
る事になるからね」
「いえ、そういう事じゃ・・・・いえ、そうですね」
 香里は比呂志の見解の誤りを正そうとしたが、途中でやめた。それこそ「余計な事」と、
理恵子に怒られそうだ。
「・・・・あ、そうだ。小金山さん、時間、あるかな?」
「はい?えっと、大丈夫ですけど」
「前から、リコになにかお礼をしたいと思っていたんだ。でも、今言った通り、俺じゃ碌
な物選べなくてね。もしよかったら代わりに見立てて欲しいんだが」
「・・・・私が、ですか?」
「ああ。君なら、同性の視点で、リコの喜ぶものを選んでくれそうだ」
 香里は暫らく考えていた。微かに目を伏せ、唇に指を軽く触れさせる姿に、比呂志は一
瞬自分の鼓動が高鳴るのを感じた。生まれて初めての経験だった。
「わかりました、お手伝いします。でも、私はアドバイスをするだけ。最後は仲上さんが
選んで下さい。プレゼントというのは渡す人が相手の事を考えて選ぶのが、一番似合うん
ですよ」
 そう言って、香里は引き受けた。



「リコ」
 校内で理恵子の姿を見つけた比呂志は、すぐに声をかけた。
 理恵子は同級生の女子と一緒だったが、彼女らは比呂志が理恵子を呼ぶと、なにやら意
味ありげに笑いながら理恵子の肩を叩き、先に行ってしまった。
「あ・・・・すまん、急いでたか」
「いえ、移動教室からの帰りですから。どうかなさったんですか?」
「いや、どうした、というわけではないんだが・・・・」
 前回の練習から三日、比呂志は理恵子と一度も会えなかった。理恵子が避けていたわけ
ではないのだが、なんとなくお互いの行動が微妙に合わなかったのだ。
比呂志もあえて校内で理恵子を呼ぶという事は普段はあまりしないのだが、ポケットに忍
ばせたものが頭の隅に引っ掛り、つい声をかけてしまったのだ。
 比呂志は何か適当な話題がないものかと思案して見たが、そんな都合のいいものはなか
った。その間、理恵子は比呂志を見上げ、おとなしく相手が話を続けるのを待っている。
(ええい、ままよ)
 比呂志はポケットに手を入れ、小さな箱を取り出した。理恵子が視線をそこに動かす。
「これ、気に入るかな?」
「私に・・・・ですか?」
「ああ」
 理恵子は箱を受け取った。そのまま比呂志を見上げる。
「開けてみてくれ」
 比呂志の言葉を待って、理恵子が箱の包装を丁寧に剥がす。
 中から出てきたのは赤い財布だった。色こそ鮮やかな赤だが、デザインとしては落ち着
いたもので、理恵子が使っているものよりも明らかに高価だった。
「どうしたんですか、これ?」
「いや、いつもお前には気を遣わせているから、たまには礼をしたいと思ったんだが・・・・
どうかな?」
 不安げに比呂志が訊いてくる。その様子を見て、理恵子は比呂志が自分で選んだものだ
と確信した。ならば答えは決まっていた。
「嬉しいです。こういうお財布、欲しかったんです。ありがとうございます、大切にしま
す」
「よかった。俺はこういうの、よくわからないから、選んでても自信がなかったんだ」
 比呂志も安心したように笑顔になる。
「実は私のお財布、少し端が切れ始めてたんです。そろそろ買い換えなきゃって思ってた
から、びっくりしました、あんまりタイミングがよくて」
「小金山さんから聞いたんだ。リコの財布が傷んでること」
 財布を確かめる理恵子の動きが止まった。だが、比呂志はそれに気付かない。
「・・・・香里が、ですか?」
「うん、俺一人じゃ何にすればいいか見当もつかないから、小金山さんにも付き添っても
らったんだ。それで、彼女がお前の財布の事を思い出した」
 話しながら比呂志は、香里から
『理恵子さんに渡す時は私の名前は出さないように』
 と言われていた事を思い出した。まあ、いいか。今更取り消しても遅い。
「ただ、その財布を選んだのは俺だ。最後は俺が決めろと言われててな。だから、喜んで
もらえるか、不安だったんだ」
「・・・・素敵です。私の好きな色です」
 理恵子はそう言った。その時には元の笑顔に戻っていた。

 表情だけは。



 文化祭は、今年も大いに盛り上がっていた。運動部から珍しく参加していた空手部で、
瓦の試割り大会で右手を骨折した外来客が出たとか、生物部の模擬店で出している卵料理
が学校で飼っている鶏の卵ではないかと噂が立って大騒ぎになったとか、小さな事件はい
くつかあったが、全体としては大きな混乱も暴動もなく、皆が文化祭を楽しんでいた。
 そんな中、比呂志達のバンドの初(そしてラスト)ライブの時間もまた、刻一刻と迫っ
ていた。
「わぁぁぁ、どうしよう、緊張してきちゃった」
 香里は二時間以上前から同じ科白を繰り返している。
「香里ちゃん、大丈夫だって。練習の半分も出せれば十分だから」
 言葉だけならいつもの湯浅だが、そう言いながら五分おきにトイレに立っていては、説
得力の欠片もない。
 比呂志はさすがに祭りで花形を務めただけはあり、落ち着いている。だが、目を閉じ、
一心に集中している為、周りを落ち着かせるほどの余裕はないようだ。
 一番静かなのは理恵子だが、これは緊張が進みすぎて声も出なくなっているためである。
唇が紫色をしていた。
「リコちゃん」
 湯浅が理恵子に声をかけ、缶のお茶を手渡す。
「緊張しすぎだよ。深呼吸して」
「あ、あの、やっぱり私・・・・・・・・」
「今更出ないなんて言わないでね。せっかく格好よくメイクしてるのに」
 理恵子はックバンドのボーカルらしく、派手目のメイクをしていた。ラメの入ったアイ
ラインなど、生まれて初めてした。地味な自分がそんな派手な格好をして、滑稽に映るの
ではないかと不安になっていた。
「だから大丈夫だって」
 そう言いながら湯浅は理恵子の耳元に顔を近づける
「誰も笑いやしない。リコちゃんを笑う奴は、俺が許さない」
 その声は今までの湯浅から聞いた事がないほどに真剣で、理恵子は思わず湯浅から離れ
た。
 しかし湯浅は、いつもの笑顔のまま、十数回目のトイレに向かって行ってしまった。

「終ったぁー」
 ステージから戻ってきた湯浅の第一声だった。
「会場、大盛り上がりでしたね」
 香里も興奮した面持ちで楽屋に入ってくる。その後ろから比呂志、更に遅れて理恵子も
引き上げてくる。湯浅は全員とハイタッチを交わした。
 実際、ライブは大成功だった。
 比呂志、湯浅、それに理恵子は固定ファンを持っており、元から注目度は高かったのだ
が、本番において、ボーカル・理恵子の隣にギタリスト・香里を並べる事で、その場にい
た男性客を味方に引き入れた。湯浅のトークも盛り上がり、比呂志のドラムソロを挿入し
た事で最大派閥である比呂志ファンを満足させた。会場の熱気に煽られて理恵子も楽屋で
の姿が嘘のように堂々たるステージを務め、大盛況の内に持ち時間は終った。贔屓目無し
に、ここまでのステージ出展で一番の盛り上がりだった。
「あー、これで終わりなんてもったいないですよー。来年もやりましょう、絶対」
 香里が興奮冷めやらぬ風で湯浅に持ちかける。
「おいおい。俺と比呂志は卒業だ。文化祭の為に留年はしたくないよ」
「あ、そうか」
 そう言うと今度は理恵子に向き直り、
「じゃあ理恵子さん、私達二人で新しくメンバー募集しましょう!今度は全員女の子で」
「え、あ、いえ、遠慮しておくわ」
「えー、やりましょうよ」
 本気でがっかりしている香里を見て、理恵子は思わず噴出した。そして何の気なく横を
見ると、比呂志も微笑んでいた。香里を見て。
 その眼差しを見た理恵子は、その瞬間、それまで漠然と抱いていた仮定が確信に変わっ
た。悲しくはなかった。ただ、寂しかった。出来れば気付きたくなかった。



 文化祭が終わり、恒例のキャンプファイヤーが後夜祭として行われていた。比呂志も、
湯浅、香里も参加していたが、理恵子だけは
「ちょっと疲れちゃった。早く家に帰ってお風呂に入りたいわ」
 と言って先に帰った。誰も疑問には思わなかった。
 帰り道、理恵子は海に来ていた。まだ海は冬の厳しさを見せず、夏の名残の優しさをわ
ずかに残していた。
 理恵子はかばんから箱を取り出した。比呂志から貰った財布だった。
 理恵子は暫らく箱を開け、中身を眺めていたが、やがて決心したように箱を閉じ、防波
堤の上に登った。
 そして、力一杯、その箱を海に向かって投げ捨てた。




「忘れて欲しいって言うのは、虫のいい話かしらねえ・・・・?」
 比呂美から目を逸らしたまま、私はそう言った。見なくても感じた。比呂美は私を睨み
つけている。
 それでいい。私は思った。自分がしたことが人として許される事でない事は承知してい
る。私は危うく、親友の忘れ形見を親友の下に送る所だったのだ。そんな簡単に許しても
らいたくなどない。
 だが比呂美は優しい娘だ。他人と衝突する事を何より嫌う性格である事も、この一年で
よくわかった。私が本気で謝罪すれば、この娘は私を許してしまうだろう。本心では私を
許せなくても、謝罪を拒否する事は出来ず、言葉では和解を受け入れてしまうだろう。そ
れはきっと、澱(おり)のように心の底に溜まっていく。少しずつこの娘の心を蝕んでい
く。
 だから、今は私を責めてくれていいのだ。不信のままでもいいのだ。ただ、これからの
私に、やり直すチャンスを与えて欲しい。私の伸ばす手を、過去を理由に拒絶しないで欲
しい。もう一度、初めから関係を築き直して、心から私を信用できると思えたら、その時
私を許してくれればいい。たとえその日が来なくても、それは仕方ない。
 その時、机の上に見覚えのある絵を見つけた。
「・・・・もう少し、ここにいていいかしら?」
 そう言うと、返事を待たずに机に向かう。比呂美の困惑が背中越しに伝わってくるが、
構わないことにした。
 やはりそうだ。あのレコードと同じものだ。私達を引き合わせた、あの文化祭で演奏し
たレコードと、同じジャケットのCDだ。
 香里と私達が出会った年。その後二十年を越える交遊の始まりの想い出。比呂志さんが
私を女とは見ていない事を思い知らされた記憶。
 私にとっては、本当はあまり嬉しくない想い出だけども、香里にとっては一番幸せな時
代だったのよね。
 ジャケットを見ているうちに、私は確信した。香里は比呂美に、この曲の想い出を話し
聞かせている。最も幸せな出会いとして。
「あら、懐かしいわね、私も昔はよく聴いたわ。あなたも好きなの?」
 香里と同じように。
「――はい」
 比呂美の返事は、短いけれど、今までとは違う響きだった。


                     了



ノート
この話、元から9話の比呂美の部屋のやり取りの補完として考えていたものです。
ttは話の密度を高める為に、明らかに尺が足らない部分がいくつかあって、この二人の和解の場面は悪い意味で制作
側と視聴者側の理解度の差が出てしまったシーンだと思います。
理恵子が自分の行いを今まで反省していなかったとは思いませんし、実際非常に細かい仕種で表現してもいたのです
が、作中明らかに比呂美はそう認識していません。だから、あの謝罪では、アニメで描かれている2ヶ月に対しての
謝罪としてはともかく、引き取られてからの1年半繰り返されていたであろう理恵子の行為に対する謝罪としてはあ
まりにも軽すぎ、比呂美が許し方があまりにも簡単すぎるように映ります。
であるならば、あの短い会話の中に、比呂美が理恵子の心情を察するキーワードがあるはずだと録画を見返し、見つ
けたのがあのCDの会話です。
「あなたも」の「も」が「私と同じ」であっても、ただ趣味が同じと言うだけで弱い。これを「あなたのお母さんも
好きだったわ」と解釈すると、あの曲に関わる想い出を理恵子も共有している事の宣言となり、「懐かしい」という
言葉でその想い出をポジティブに抱えている、つまりは香里を本気で嫌っていたわけでも、憎んでいたわけでもない
と比呂美に伝える事が出来るのではないか、と考えが至りました(但しこれは比呂美がこの曲と同時に想い出話も香
里から継承している事が条件ですが)
それに基づいて構成したのが本シリーズです。
読むとわかりますが、実際には理恵子にとって全ての意味で良い想い出とはしていません。ただ、良い事、悪い事含
めて「大切な想い出」にしています。
恥ずかしい科白ですがそれが青春の想い出というものでしょう。


追記
比呂志について
比呂志は「なにをやらせても一流になれる才能」の持ち主として設定しています。成績も優秀、スポーツも万能、
ドラムをほぼ独学で習得した事からもわかるとおり音楽の才能もある、いわゆる天才です。しかもそれを鼻にかける
事もない、一見すると完璧な(あるいはそれ以上)人物です。
ただし、自分から主体的に何かを決め、行動する意欲が致命的にに欠落しています。SS中で彼が自分から動いたのは
香里を自宅に誘った時だけであることにお気づきでしょうか。
これはアニメ本編でひろしが見守る役割に徹している事からの拡大解釈です。同時に、彼が家業を継ぐことに一片の
迷いもなかっただろうという予想の元に導き出した仮説です。
つまり、理恵子や湯浅がいなければ学校と自宅の往復しかしないで引きこもるようなタイプで、「校外で姿を見かけ
ると願いが叶う」という学校伝説は、つまりそれだけ比呂志が外を出歩かない人物である事を指し示しています。
その点で、自分で自分の将来について主体的に活動していた(高一で出版社に絵本を寄稿するというのは中々の行動
力です)眞一郎を自分以上と評価しており、父からの言葉もあり、眞一郎の意思を最大限尊重しようと考えているの
が、アニメでの比呂志です。
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