夏の竹林で


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「しんいちろうくーん、こっち、こっちぃー」
 ピンクの浴衣を着た少女が手招きしている。
「あ、ひろみだ、おーい」
 少女と同じ年頃の、青い浴衣を着た少年が駆け寄ってくる。
 二人とも年のころは七、八歳、少年は満面に笑顔を湛え、これからの数時間の期待に溢
れている様子が見て取れる。少女も屈託のない笑みをうかべていた。後にこの少女のトレ
ードマークとなる腰までのロングヘアーは、この時まだ肩までもない。
「おお、比呂美ちゃん、やっぱり浴衣が似合うなあ。とっても可愛いぞ」
 少年の付き添いで来た、祖父らしい老人が少女の浴衣姿を誉めた。少女の頬が赤く染ま
る。まだ幼くても、このような反応は大人の女性と変わらない。
「おじさん、今日はお願いします」
 こちらは少女の母親だろう、若い女性が老人に頭を下げる。
「任せろ、俺と眞一郎がしっかり見ててやる。香里さんは安心して待ってればいい」
「おじいさん、よろしくお願いします」
 比呂美がぺこりとお辞儀をする。
「祖父ちゃん、早く行こっ」
 眞一郎が祖父を急かす。
「わかったわかった。それじゃ行くぞ。眞、比呂美ちゃんの手を離すなよ」
 祖父はそう言うと、夏祭りの夜店が並ぶ神社の境内に二人を連れて行った。



 境内は多くの人で賑わっていた。
 比呂美と同世代の子供も多く、縁日の屋台は子供たちで溢れかえっていた。
「ひろみ、俺の手を離すなよ」
 眞一郎が比呂美に念を押す。
「うん」
 比呂美が頷いて眞一郎の手を握る手を強める。
 眞一郎の祖父は町内会の知り合いに呼び止められ、二人に注意が届かない。ここではぐ
れたら確実に迷子だ。
「よし、いくぞ、ひろみ」
「うん、行こ、しんいちろうくん」
 二人はそれぞれの親から貰った小遣いを握り締め、まずは綿あめの屋台に近づいていっ
た。
――二十分後。
「しんいちろうくん?どこ?」
 比呂美は片手に綿あめ、片手にヨーヨーを持ったまま一人立ちすくんでいた。
 ヨーヨー釣までは一緒だった。比呂美が失敗した後、眞一郎が意外な器用さを発揮して
一つ吊り上げ、それを比呂美に渡した。
 その時、眞一郎の隣にいた女の子が、眞一郎が釣ったものより大きいヨーヨーを吊り上
げた。
 眞一郎の視線に気付いたその女の子は、わざわざ眞一郎の方を見ながらにやりと笑って
見せた。
 それに眞一郎が対抗意識を燃やした。
 その女の子の獲物と同じ大きさのヨーヨーを釣り返し、得意げに掲げて見せる。今度は
女の子の闘志に火がついた。
 眞一郎と見知らぬ女の子のバトルが勃発し、比呂美はすっかり忘れられてしまった。眞
一郎の祖父は町内会の役員から酒を勧められ、二人に気付いていない。
 見ている事に退屈した比呂美は、ほんの少しだけくらいその場を離れてもいいだろうと
思った。それで、隣で金魚すくいを始めた。
 結局一匹も釣れず、ヨーヨー釣に戻ってくると、眞一郎はいなくなっていたのである。
「しんいちろうくん、私の事忘れちゃってる・・・・」
 面白くなさそうに比呂美は呟く。遊びに夢中になって比呂美が放ったらかしにされる事
は今までにもあったが、相手が同じ年頃の女の子である事が比呂美には尚更面白くなかっ
た。
(しょうがない、おじいさんの所に行こう)
 比呂美がそう思った時、もの凄い声が聞こえた。
「んだとてめえ!もう一遍言ってみろ!誰がぴょん吉だとコラ!」
 甲高い声と共に、緑のタンクトップを来た男の子が別の子供に殴りかかっていた。
 タンクトップの男の子は比呂美と同じ年頃、相手はそれより一、二歳上だろうか。一回
り以上大きな相手を、組み敷いて殴りつけていた。
「こら!またお前は――」
 彼の姉だろうか、高校生くらいの女性がタンクトップを掴んで引き離した。引き離され
ながらも相手に蹴りを見舞っており、年齢も体格も上のはずの相手は顔を涙と鼻血でくし
ゃくしゃにしていた。
「離せよふたば姉ちゃん、悪いのは俺じゃねえ!」
 そう主張しながらなおも手足を伸ばして攻撃を続けんとする少年。全身を動かして姉の
手から逃れようとする彼と、比呂美の目が合った。
 既に目の前の暴動に脅えていた比呂美は、その瞬間恐怖が沸点に達してしまった。泣き
そうな顔で二、三歩後ずさり、そのまま逃げ出してしまった。
 眞一郎の祖父とは逆方向へ。



 その頃、眞一郎はまだ先刻の女の子と張り合っていた。
(こいつ、気に入らない)
 ただそれだけである。
 ヨーヨー釣で一つも釣れず、しょんぼりとした比呂美の為に比呂美が狙っていたヨーヨ
ーを釣り上げた。だからヨーヨーの大きさは関係ない。
 それを隣で見ていたこの女子はにやりと笑うと、わざわざ大きなヨーヨーを釣って、勝
ち誇ったように見せびらかしてきた。それから競うように二人でヨーヨーを釣りまくった。
 今、二人は輪投げで勝負している。
 眞一郎も器用だが、この女子もかなり輪投げが上手く、遠くの景品に精確に輪を引っ掛
けていく。
 眞一郎からすれば理不尽に勝負を売られたようなもので、男として――まして比呂美の
前で――逃げるわけにもいかない。
(大体、なんなんだこいつは。全然かわいげがないぞ。ひろみとはえらい違いだ)
 外見から言えば、可愛くない、とは言えまい。青いTシャツに日焼けした肌、前髪を青い
髪留めで押さえているため、額がやや強調されすぎているが、歳相応の元気で健康的な少
女だ。比呂美が基準にして到達点となっている眞一郎が厳しすぎる。
 だが、この挑戦的な雰囲気は比呂美や愛子など、彼の周りにはいないタイプだ。彼の母
親も夫に対しては従順であり、女はそれが普通だと思っていた。こんな負けず嫌いな上に
好戦的な女、絶対に可愛くない。
(絶対勝ってやる)
 子供の悲しさか、既に意識から比呂美が消えている。目の前の勝負に熱中しすぎ、他の
事を全部忘れているのだ。
 それはこの少女も同じだろう。祭りに一人で来たはずはないのだが、今周りに保護者ら
しき者はいない。恐らく、勝負に夢中になって親からはぐれた事も忘れているのだ。
 二人とも最後の輪を構え、一番遠くにある、手前を大きな仏像で隠された標的に狙いを
定めた時、眞一郎の祖父の声が届いた。
「眞、比呂美ちゃんどこに行ったか知らないか」



「――ここ、どこ・・・・?」
 比呂美は辺りを見回しながら呟いた。声が震えている。
 喧嘩をしていた男の子の剣幕が怖くてつい逃げ出したら、気が付くと真っ暗な竹林で、
しかも歩けば歩くほど周りが暗くなっていくように感じられた。
「しんいちろうくん、どこ・・・・?」
 幼馴染の名を呼ぶが、返事はない。とぼとぼと歩いてみる。
 カサッ。
 竹やぶの一部が揺れ、かすかな音を立てた。
「キャッ」
 慌てて逃げ出そうとした比呂美が小石に躓き、転んだ。草履が脱げ、ヨーヨーも割れた。
草履を探そうと思ったが、また竹やぶが音を立て、比呂美は草履を片方失くしたまま走り
出した。
「う・・・・うっ・・・・・・・・しん・・・・いちろう・・・・くん、どこ・・・・・・・・?おい・・・・て・・・・いかな
い・・・・・・・・で・・・・」
 泣きながら眞一郎の名を呼び、何かから逃げる比呂美。足が痛んだが、怖くて立ち止ま
る事も出来ず、当てもなく歩き続けていた――。



「ふーん。そんなことがあったんだ」
「あいちゃん」のカウンターから、愛子が言った。
 比呂美が頷く。
「あの時眞一郎くんが来てくれて、私と一緒に帰ってくれた時、本当に嬉しかった。私に
とっては、とても大切な想い出」
 眞一郎が耳まで赤くなる。
「でも、比呂美ちゃんらしいよね。他人の喧嘩が怖くて逃げるなんて。それで迷子になる
のは意外だけど」
 眞一郎が同意する。
「全くだ。せっかくの縁日で掴み合いの喧嘩だなんて。そいつがいなければ比呂美がそん
な怖い思いしないで済んだんだ」
「・・・・ぴょん吉・・・・夏祭り・・・・まさかな・・・・・・・・」
「?どうしたの、三代吉?」
「え!?い、いや、なんでもない。それより、それを言うなら眞一郎がそんな変な女と勝負
に熱くならなければ湯浅とはぐれなかったんじゃねえの?」
 三代吉は、正論ではあるがやや唐突に言った。眞一郎も苦笑する。
「まあ、それ言われると弱いんだけどさ。でも、あれはあのデコッパチが余計な事しなけ
れば、あんな事にはならなかったんだ。全く、デコもでかけりゃ態度もでかい奴だった」
 その時、眞一郎の肩に手を置く者があった。眞一郎が振り返ると、額に青筋を立てた朋
与が、顔だけは笑いながらこちらを見ていた。
「仲上君、おでこ言っちゃいけないわねえ、おでこは」


                   了


ノート
さて、文化祭の続き書くか。
お代官様ごっこは比呂美スレで、エロパロ向けには別シナリオで書くことになりそうです。
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