ファーストキス-終


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――終幕 『帰れなくなりそう……』――

☆七月七日(月曜)七夕 晴れ――

 昨日、この地方にも梅雨明けが宣言された。例年より二週間も早いことだった。一気に
湿気を吹き飛ばされた空は、秋晴れのように高く感じられた。
 朝日が昇ると、屋根屋根は宝石のように輝き、鳥やフライング気味のセミたちの語らい
が一斉にはじまる。
 昨晩、比呂美と理恵子の抱擁あと、眞一郎は、なにもかも安心しきって爆睡の海に飛び
込んだが、比呂美と理恵子の語らいは、お風呂場に場所を移してつづいた。そこで、よう
やく比呂美の中の不安定な渦が、正常な回転へと戻されていった。
 そして、今日という日を迎えた。
 いつもより30分早く、比呂美は台所に入ったが、理恵子の朝食の準備は終わりかけて
いた。理恵子の味噌汁の鍋をかき混ぜる姿は、いつもと変わらなかったが、比呂美には、
大きく見えた。
 比呂美は、慌てて理恵子に近寄り、まな板の上の刻みかけの葱を見つけると、そのつづ
きに取りかかった。
「おはようございます。昨日は……すみませんでした……」
 比呂美が改めて昨日の出来事を詫びると、理恵子は、手を止めて、
「おはよう……痛かった?」
と返した。何事もなかったような普段どおりの口調だった。
「……い、いえ……」
 比呂美は、理恵子の強烈なビンタを、痛かった、といえず、とりあえず否定したが、
「それじゃ、もう一回叩こうかしら……」
と、理恵子は、早速、比呂美の隙を付いてきた。
 肌が焼けるような理恵子のビンタ。眞一郎が子供のころ理恵子のお仕置きに恐れを抱い
ていた理由が、比呂美にもようやく分かった。元バレー部のエースだった理恵子の右腕は、
まだ衰えを見せていなかった。それに、パワーだけではなく、ヒット・ポイントも正確だ
った。
 比呂美は、蒼い顔をして、顔を腫らして学校へ行きたくないな~と考えながら、包丁を
置き、理恵子の方に真っ直ぐ向いた。
「ばかねぇ、冗談よ」
 理恵子は、そういうと、神妙にお仕置きを受けようとする比呂美が可笑しくなって高ら
かに笑った。比呂美は、照れて、内心ほっとしたが、比呂美にはまだ気がかりが残ってい
た。
「……あの……」
「なに?」
「眞一郎くんは、悪くありません。わたしが……」
「あら、かばうの? 眞一郎のこと」
「おじさんには……」
と、比呂美は、おそるおそる尋ねた。
「話してないわよ。話したって、主人はあなたに何もできやしないわ。ま、眞一郎は、ぶ
たれるでしょうけど」
「あの、だから、わたしが、ふざけてて……勝手に部屋に入って……」
「眞一郎のことを叱るなっていってるの? どうせあなたたちの年頃は、叱ったって言う
こと聞かないでしょ? それに、勝手に部屋に入ったらダメでしょう? あなたは、自分
のことを反省しなさい」
「はい……」
 理恵子の口調は、激しいものではなかったが、ぴしゃりとそういった。眞一郎のスキン
シップのことは、理恵子には全部お見通しだったのだろうと比呂美は思った。理恵子は、
敢えてそのことに口を出さずに眞一郎に任しつづけて、若さゆえに破綻するのを待ってい
たのだろうと……。
「……それにしても、あなた、すぐ泣くのね。その癖、治しなさい」
「……すみません……」
「泣き虫は、きらいよ。もっと、堂々としなさい」
 そんなの無理です、と比呂美は内心つんこんだが、昨日の涙の理由は、理恵子に伝えた
いと思った。
「……だって……お母さんみたいな匂いがするから……」
 理恵子は、はっと顔を上げ、比呂美の顔を見たが、理恵子の隙は、この程度では生まれ
ない。
「なにバカなこといってるの、10年くらい早いわよ」
と、理恵子は鼻で笑った。
 比呂美は、「お母さん」という言葉を「お義母さん」という意味でいったつもりではな
かったが、これが、理恵子流の照れ隠しなのだろうと思った。
 やがて、仲上家の坊ちゃんもニワトリの鶏冠(とさか)のような頭で下りてきて――そ
れから、仲上家では、「いってきます」というふたりのハーモニーが、深緑の木々たちに
こだました。

 今日は、七月七日、七夕。毎年この日、麦端の地でも、八月の夏まつりの前哨戦として
各地区でこじんまりとしたイベントが繰り広げられる。その催しに地場産業の活性化の一
環として、麦端高校の生徒の一部も駆り出されるので、この日は、全クラブ活動は休みと
なる。
 眞一郎と比呂美のふたりは、国道を駅の方に歩いていた。
「風が、きもちいいね。このまま、秋になっちゃえばいいのに」
 比呂美は、風に悪戯された髪を直しながらいった。
 駅前の繁華街まで大分距離があるというのに、人通りが多かった。
 はっぴ姿の年輩者や、小さな笹飾りを振り回しながら列を作っている小学生。どこを見
ても、祭りの雰囲気が伺えた。
「比呂美、着いたよ。ここ」
 眞一郎は、そういうと、役場の隣にある赤レンガ調の建物を指差した。
 商工会館の敷地に入ると、人の出入りの激しさがまっ先に目についた。いかにも忙しそ
うだった。こういうときは遠慮した方がいいだろうか、父の虎の絵を見せてもらえるだろ
うかと、と眞一郎は一気に不安になったが、開け放たれた自動扉の向こうの建物の中に麦
端高校の生徒の姿が見えたので、とりあえず、岡田さんを訪ねてみることにした。
 ロビーに入ると、眞一郎が以前来たときの閑散が嘘のように賑わっていた。眞一郎は、
人の流れを気にしつつ、岡田さんの方に目をやったが、それよりも先に、体の左側から圧
力を感じた。そう、父・ヒロシの絵の方からだ。
 幕がすでに上げられていて、眞一郎に一度噛み付いたことのある『虎』が姿を現してい
た。
 眞一郎は、すぐに比呂美に、虎の絵のことを教えようとしたが、比呂美はすでに、その
虎に釘付けになっていた。
「この絵、なんだけど……」
 眞一郎が静かにそういうと、比呂美は、黙って小さく頷き、絵の方に吸い寄せられるよ
うに歩いていった。
「すごい、絵…………」
 絵の3メートル手前まで近づいた比呂美は、そう声を漏らすと、その直後、ロビーに響
き渡るくらい大きな声で「あ!!」と叫んだ。
「眞一郎くん、これ……」
「なに…………あ!!」
 眞一郎も、比呂美の指差したものに気づくと、比呂美と同じように声を上げた。
 そこには、プレートが貼り付けてあった。

――――――――――――――――
 竹と虎
  作者 仲上 寛(麦端町)
  協力 麦端高校美術部
  一九××年 寄贈
――――――――――――――――

 銀色のプレートには、そう記されてあった。
「親父…………」
「眞一郎くん、わたし、分かっちゃった。石動さんの気持ち…………。石動さんの電話の
内容ってこのことね……。石動さんは、この絵のことを知って、眞一郎くんに電話をかけ
てきた。けど、眞一郎くんは、このこと知らなくて。作者も伏せられていて……。おじさ
んが、学生時代に描いた絵があると知った石動さんは、おじさんの息子で、同じ年で、ま
してや作家を目指している眞一郎くんにこのことを話した方がいいと考えた。そうしなけ
れば、親子の溝ができるかもしれないと考えたから。自分は、夢を諦めて、酒蔵を継いだ
のに、自分よりうまい絵が描けないで、夢を実現できるのかって……。このことを眞一郎
くんが知れば、否応なしに選択を迫られる。おじさんは、そうしたくなかった。眞一郎く
んには、自分自身で将来の道を見つけてほしかった。石動さんも、おじさんの意図をくみ
取ったのだけど…………眞一郎くんを信じたの…………必ず、乗り越えるって」
「その通りだよ。乃絵の手紙には、そういうことが書いてあったんだ。でも、よくそこま
で分かったな、一瞬で」
「わたしも、眞一郎くんが見ているものを、見たいと、頑張ったから…………石動さんに
負けたくないし…………」
 比呂美は、元々、頭の回転が速い。乃絵のように直感だけで物事を考えないだけで、勘
の鋭さは持っている。
「それで、壁絵に挑戦したんだ」
「うん。西村先生にお膳立てしてもらったけどね」
「どっちの絵も素敵。あ~こんな言葉で感動を表現するのはふたりに対して失礼だとは思
うけど、もう言葉が見つからない」
「心が震えた?」
「ううん、心が熱くなった。太陽のように……」
「その言葉、すげー嬉しいよ」
 そのとき、ふたりは、後ろから声をかけられた。
「坊ちゃん。手伝いに来てくれたのか?」
 岡田さんだ。
「あっ、こんにちは。見させてもらってます。僕らは、今日じゃないんです。商店街の方
を手伝います」
 比呂美も、こんにちは、と会釈した。
「そりゃ~残念。あ……きみは、湯浅くんの…………」
 岡田さんは、比呂美の顔を見るなり、営業スマイルから一転して切なそう顔をした。
「はい、湯浅比呂美です」
「そうか、いろいろ大変だったね」
「いえ……もう……大丈夫です。葬儀のときは、ありがとうございました」
 岡田さんは、ヒロシと一緒に比呂美の両親が亡くなったあと、色々と陰で力になってあ
げていた。岡田さんは、麦端で一、二を争う事情通だった。大抵の無理は通してしまう人
望の厚さがあった。それに加えて、色通でもあった。
「きみたちは、付き合っているのか?」
 唐突に、岡田さんはふたりに尋ねた。岡田さんにしてみれば、暗い雰囲気を吹き飛ばす
ためのジョークのつもりだったが、眞一郎は、それを真に受けて堂々と、
「はい、付き合ってます」
と答えた。岡田さんは、ふはははは、と大笑いすると、
「結婚式にも呼んでくれ」
とからかって、騒がしい人の波に解けていった。
 岡田さんの背中を見送ったあと、比呂美が先に口を開いた。
「いつからそんなに堂々となっちゃったのよ。自信?」
「そんなのまだないよ。ただ、この絵の前では…………」
といいかけた眞一郎は、急に言葉を途切らせ、入り口の方をじっと見つめた。
「なに?」
 比呂美も、眞一郎の視線の先に目をやると、親子連れの姿があった。
 まだ二十代の若い母親に連れられた幼稚園の女の子。その親子は、微笑みながら、眞一
郎たちの方に近づいてきた。やがて、その女の子は、眞一郎に気づくと、母親の手を振り
解き、駆け寄ってきた。
「おにぃちゃん」
「眞一郎くん知り合い?」
 比呂美は、すぐ眞一郎に訊いたが、眞一郎は、なぜか頭を抱えていた。
「どうしたの?」
「いや……なんでもないんだ、比呂美」
「わぁ~おねぇちゃんも、ひろみっていうおなまえ?」
 女の子は目を輝かせてそういった。
「そうよ」
といって比呂美は、スカートの裾を膝裏に挟みながらしゃがみ込み、女の子と目線の高さ
を合わせた。
「わたしも、ひろみ」
 女の子は、自分と同じ名前というのが嬉しいらしい。
「そう、同じね」
 女の子は、おそらく幼稚園の制服であろう、紺と水色のワンピースを着て、黄色い鞄を
背負い、右手にティッシュ・ペーパーの箱を抱えていた。それが、ただのティッシュ・ペ
ーパーの箱ではなかった。ところどころに切込みが入り、中身の一部が鳥の羽のように引
っ張り出され、ニワトリのように改造されていた。身近なもので面白いものを作るな~と
比呂美はそれを見て感心した。
 それから、その女の子は、この年齢にしては、非常に髪が長かった。すぐ、それが比呂
美の目に留まった。
「おねぇちゃんもね、前は、髪長かったのよ」
「どうして、切っちゃったの?」
 女の子は、首を傾げた。
「それはね。この男の子が、邪魔だからっていったの」
「ひっどぉーい」
 女の子は、口をいっぱいに広げて、眞一郎に向かって猛抗議した。
「ひっどぉーいよね~」
 比呂美も女の子の真似をした。
「おれ、そんなこといってねーよ」
「さ、ひろみ、お飾りつけましょう」
 母親は、くすくす笑いながら、女の子の背中を軽く押した。
 今日は、七夕。虎の絵の両脇には、立派な笹飾りが設置してあった。物凄い笹飾りだっ
た。近隣の小学校と幼稚園の全員の飾りや短冊が付いているという話だった。
 たまたま笹飾りを取り付ける日に幼稚園を休んだひろみちゃんは、今日、母親と一緒に
自分の分の飾りを付けに来たのだった。
 びっしり鈴なりにくっついている飾りに圧倒されたひろみちゃんは、高いところに付け
たいと駄々をこねだした。近くに脚立らしいものがなかったので、眞一郎は、その女の子
を肩車してあげた。女の子は、きゃっきゃと喜んで、自分の飾り付けに満足したようだっ
た。
 そんな様子を見ていた岡田さんは、眞一郎たちのところにまたやってきた。
「きみたちも、願い事、書いていきなさい」
「いいんですか?」
「ほれ」
 岡田さんは、眞一郎と比呂美に少し厚めの和紙の切れ端を渡した。もうすでに紙縒り
(こより)がつけてあった。
「あそこで書くといいよ」
 岡田さんはそういうと、ロビーの真ん中付近にある来客用の立ち机を指差した。
「おにぃちゃん、おねぇちゃん、ばいばい」
 眞一郎と比呂美は、無邪気に手を振って去っていくひろみちゃんに手を振り返しながら、
その机へ移動した。

「書いたぁ?」と比呂美。
「書いたよ」
「じゃぁ、せーので、見せるよ」
「ああ」
「せーのっ」
 ふたりは、願い事を書いた短冊を胸の前へ掲げ、見せ合った。

――しんいちろうさんと しあわせになれますように ひろみ

――ひろみさんと しあわせになれますように しんいちろう

 ふたりは、黙って笑うと、笹飾りのところに向かった。
 比呂美は、笹飾りに近づき、飾りの密度が比較的薄いところを、ぐるッと見回して探し
た。そして、とんでもないものを発見して声を上げた。
「眞一郎くん! これっ」
「なに?」
 笹飾りの壁側の目立ちにくいところに、ふたりのよく知る人物のものと思われる短冊が
二つあった。
「これ、おじさんとおばさん? 名前が同じだし、この字、おばさんの字だわ。間違いな
い」

――二人が幸せになれますように 寛

――元気な赤ちゃんを授かりますように 理恵子

「どれ」といってそれを覗き込んだ眞一郎は、一気に赤面した。
「おふくろ、気が早えーよ」
「あら、わたしはいいのよ。いつでもバッチこいよ。毎日鍛えてるし」
 比呂美はそういうと、ボディービルみたいに腕を立て、ラジオ体操みたいに体を動かし
た。
「なに鍛えてんだよ」
といって眞一郎が、比呂美の頭にチョップを喰らわすと、比呂美は、きゃっと声を上げた。
 比呂美のそんな様子に可愛くて堪らなくなった眞一郎は、あることを思いついた。
「あの……湯浅さん……このあいだのデートのつづき、今からどうかな?」
「え?」
 比呂美は、眞一郎に「湯浅さん」と呼ばれて、反射的に振り返ったが、眞一郎が真面目
で照れたような顔をしていたので、眞一郎の気持ちをすぐにくみ取った。だが――。
「仲上くんも、最初のデートでえっち、求めちゃうんだぁ~ふぅ~ん」
と比呂美は、眞一郎が以前自分をからかったことをやり返した。
「あ、いや……その……」
 まさか、ここで、『恋のはじまり作戦』のデートのときのことを反撃されるとは思わず、
眞一郎は、場所が場所だけに口ごもった。
 でも、比呂美は堂々としていた。
 比呂美は、眞一郎の手を取ると、「いこう」といってずんずんと眞一郎を引っ張ってい
った。
「……う、うん」
 建物外に出ても、はっきりと目的地を目指しているように力強く歩く比呂美に不思議に
思った眞一郎は、思わず焦ってデリカシーのない質問をしてしまう。
「あのさ、どこでするの?」
「ミルキー☆ウェイ」
 どこかで聞いたことある言葉だ、と眞一郎は思った。確か、天の川の別名だ。
 比呂美にしては、珍しくロマンチックなことをいうな~と眞一郎は顔をほころばせたが、
比呂美が本気でそういったのなら、間違いなく、長い旅となりそうだった。
「それは、帰れなくなりそうだ……」
 眞一郎は、そう呟くと、比呂美の手を握る手に力を込めた。

 夜十時過ぎ、あの砂浜に、男と女の姿があった。
 並んで仰向けになっているふたりは、手をつなぎ、じっと満天の星空を見つめていた。
 やがて、男の方は体を起こし、彼女に覆い被さるように砂浜に手をついた。
 そして、星のキラメキとさざなみの喝采を受け、ふたつの影は、ひとつに重なった。
「眞一郎さん……ここで、するの?」
「ダメか?」
「……いや」
「いつでもバッチこいって、いったじゃないか」
「いやっ」

 お幸せに……
          ☆             ☆              
   ☆                             ☆     
                ☆                      
        ☆                     ☆        
                   ☆                   

――『あとがき』――

 最後までお付き合いくださり真にありがとうございます。
「トゥルー・ティアーズ・アフター」は、これをもちまして完結とさせていただきます。
本当は、眞一郎と比呂美だけでなく、乃絵や、愛子と三代吉、ヒロシと理恵子のそれぞれ
のドラマを平等に絡ませたかったのですが、本編の倍くらいのボリュームになりそうだっ
たので、書くのが怖くなって、眞一郎と比呂美だけに話を絞りました。それでも十分書き
切った気分です。
 アニメ本編にはないオリジナルの設定を極力作らない方向で話を考えていましたが、眞
一郎の世界を広げるために、西村先生というキャラクターを登場させてしまいました。ア
ニメ本編の監督さんから名前と風貌を拝借致しましたので、オフィシャル・ホームページ
の声優さんの集合写真をご覧になって、ビジュアルを補完していただくと有り難いです。
 ここで制作秘話などに触れたいと思います。
 本当は、前作の「春雷」で眞一郎と比呂美の成長をもっと描きたかったのですが、いい
ネタを思いつくことができず、ふたりは大喧嘩によって心の枷の一つを外したけれども、
成長に関してはあまり変わりはない、というとろで止めました。ですから、「春雷」を書
いているころから、続編の構想を着々と練っていました。
 最初は、演劇を題材にして、眞一郎が乃絵から頼まれて脚本と舞台美術を担当するとい
う話にしようかと考えていました。(物語は、乃絵が眞一郎の部屋を訪れ、愛子とのファ
ースト・キスを知り、それを比呂美が盗み聞いてしまうというところから始まります)で
すが、演劇は根本的に共同作業なので、自ずとオリジナル・キャラを登場させなくてはい
けません。それでは、ダメだと思い、眞一郎の孤独の戦いが描ける題材はないか、眞一郎
の世界を広げる題材はないか、と考えていたところ、壁絵というのが思い浮かびました。
絵本を描く、ということでも良かったのですが、どうしても迫力に欠けたし、眞一郎を比
呂美から引き離すことが難しくなると思えました。それに、わたしの過去の経験と照らし
合わせても、特に下調べのいらない題材でした。私は、学生時代、美術部に属していて、
体育祭のやぐらの看板を描いたことがあったのです。もちろんヒロシのように神がかって
はいませんでしたが。だから、眞一郎の壁絵制作の描写は、私の実体験に基づいて美化し
たものです。
 それで、眞一郎の孤独の戦いの内容が決まれば、あとはとんとん拍子にお話が決まって
いきました。
 ・スキンシップを求める比呂美に手をこまねく眞一郎
 ・乃絵に替わって、眞一郎の心の支えになりたいと思う比呂美
 ・また、性の悩みを誰にも相談できない比呂美(ここは細かく描写したかった)
 ・眞一郎との失恋を引きずっている乃絵(ここも細かく描写したかった)
 ・眞一郎と比呂美の交際にどこまで口を出すか模索する理恵子
などなど。細かいことを挙げればきりがありませんが、結果的に様々なドラマを包み込ん
だものになってしましました。
 そして、題名である「ファースト・キス」の言葉に色んな意味があったことに気付かれ
たと思います。人の気持ちというものは、言葉だけで通わすものではない。「春雷」では、
気持ちを言葉にして、それをぶつけ合って理解を深めるということがテーマの一つでした
が、「ファースト・キス」では、敢えてそれを覆しています。時と場合によっては相手の
気持ちを理解する方法を人は選ばなくてはいけないのだと……。
 この話を書きながらそう思ったのは、言葉が通じなくても自分を信頼してくれるうちの
猫たちのせいかもしれません。
 最後にひとこと。ドラマCDと食い違う部分ができてしまいました。申し訳ありません。
 ただ、ドラマCDを聴いて修正した箇所はありません。
                           二〇〇八年七月某日 カカ


――おまけ其の一『七夕後のある日の仲上家の朝食の会話』――

 七夕後のある日の仲上家の朝食の会話。

理恵子「眞ちゃん、もう少し早く起きてきなさい。あなたより忙しい比呂美の方がきちん
としているじゃない、情けない」
眞一郎「おれだった、いろいろやっているんだよ。怠けているみたいに言うなよ」
理恵子「比呂美もそろそろ眞一郎に鞭打つことを覚えていかないと……」
比呂美「は、はい……」
眞一郎「ひ、比呂美もなに返事してんだよ」
比呂美「え、だって……」
理恵子「もう~、いいから早く食べなさい」
眞一郎「あ、そうそう、お袋、あれ見たよ」
理恵子「あれって?」
眞一郎「七夕の」
理恵子「七夕の? なに?」
眞一郎「気が早いっちゅうに。恥ずかしいから止めてくれよ」
理恵子「気が早い? なんのこと?」
眞一郎「願い事だよ。元気な赤ちゃんを授かりますようにって」
理恵子「あ~あれ……どこがいけないの?」
眞一郎「どこがいけないって……まだ……その~……」
理恵子「その、なに?」
眞一郎「結婚とかは、まだ先のことなんだし……」
理恵子「結婚なら、ちゃんとしてるわよ」
眞一郎「はあ?」
理恵子「なに勘違いしているの。別にあなたたちのことを書いたわけじゃないわよ」
眞一郎「え? じゃ~」
理恵子「ふつう、自分の願い事を書くものでしょ?」
眞一郎「え? それって、二人目ってこと?」
理恵子「……」
比呂美「おばさん……」
理恵子「三ヶ月だって……」
ヒロシ「おい、聞いてないぞ」


――おまけ其の二『あのアイスクリーム何味?』――

 いちご、ぶどう、ばにら、です。気づいた人も多いと思いますが、比呂美カラーにして
あります。


――おまけ其の三『四回ってなんだ、おい! その内容を教えろ』――

 一応、こういう話にしてあります。
「春雷編」のクライマックスで眞一郎くんと比呂美さんは、あの砂浜で大喧嘩をしますが、
作中でも匂わせている通り、その後、ふたりは体を重ねます。三回も。その一回目が、本
編の第七幕です。
 一回目、眞一郎くんは、比呂美さんの制服を脱がさずに、早々とイってしまいます。元
気な比呂美さんは、それでは満足できず、二回、三回と求めるのです。
 二回目、ふたりは完全に裸になり体を重ねますが、眞一郎くんはまたもや早々とイって
しまいます。
 そして、三回目は、比呂美さんの指導の下、眞一郎くんは頑張るのでした。
 四回目は、別の日になります。比呂美さんが仲上家に戻る前日に、アパートで体を重ね
ます。
 今日限りでアパートでセックスができなくなると思うと、自然と気分の盛り上がるふた
りでしたが、眞一郎くんが射精する瞬間、理恵子さんから比呂美さんの携帯に電話がかかっ
てきて、この日は、一回しかできませんでした。それで、比呂美さんは、本編ではあんな
に欲求不満なのでした。

 お・し・ま・い
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