笑顔の報酬


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「え・・・・それ、ホントに?」
 朋与が思わず訊き返す。
「うん・・・・」
 比呂美が頷く。その頬はかすかに赤く上気し、抑えきれぬ喜びを表わしていた。
 昼休みに朋与は比呂美から
『話したい事があるの』
 と誘い出された。そして誘い出された部室で、比呂美の口から眞一郎と付き合うことを
告げられたのであった。
「・・・・・・・・」
「朋与?」
「――偉い!よく思い切った!そうかそうか、ついに仲上君に好きだと言わせたか」
「好きだって言うか、付き合おう、て」
「同じ事よ。いやぁーめでたい。これでようやくあたしも肩の荷が下りたわ」
「どうもご心配かけました」
 比呂美が少しおどけて頭を下げる。
 朋与は詳しいいきさつを訊かない。4番の事は結局なんだったのか、なぜ素直に眞一郎に
行けなかったのか、引き取られた仲上の家でなにがあったのか・・・・。今までもそうだった。
朋与はよく冗談めかして
『万事朋与さんに相談しなさい』
 と比呂美に言っていたが、無理強いする事はなかったし、バイク事故の一件を除けば比
呂美も具体的に話した事はない。話したくなったら話せ、いつでも聞ける所にいてやる、
という朋与の態度に、これまで比呂美はどれだけ救われてきたか判らなかった。だから誰
よりも早く、朋与に伝えたかった。
「じゃあ、今度の日曜日は早速デート?羨ましいぞ、この」
「うん、それで、その、朋与にお願いがあるんだけど・・・・」
「お願い?」
 比呂美は話を切り出した。



「朋与、これとこれ、どっちがいいと思う?」
 比呂美は二着のセーターを身体に当てて朋与に訊いた。一着はライラックパープル、も
う一着はチェリーブロッサムピンク。要するに「いつもの色」である。
「いや・・・・どっちも似合うけどさ・・・・」
 それじゃ私を呼ぶ意味がないじゃない、と朋与は思った。
 日曜日のデートに着て行く服を一緒に選んで欲しい、というのが比呂美の頼みだった。
『彼女として眞一郎くんとお出かけするの、初めてだから』
 少し特別な格好をしたい、という事だった。
 比呂美は以前から、それほどファッションに頓着することはない。シンプルなシルエッ
トで、配色も少なめの、むしろ機能性重視の服を好んだ。ベースとなる着る者の魅力次第
とも言える。
 両親を失い、仲上の家に引き取られてから、その傾向はさらに顕著になった。他人――
おそらくは眞一郎の母親だろう、と朋与は予想していた――の目を気にして派手な服を避
けている面もあったろうし、倹約に努めているようにも思えた。服だけでなく、化粧品の
所持でも、比呂美は16歳の少女としては異質なほどに少なかった。
 もしかしたら、高校卒業後、一人麦端を出て独立するために資金を貯めていたのかもし
れない。朋与はそこまで考えていた。中一から比呂美を知る朋与にとって、この一年間の
比呂美はここにいる事が辛そうに見えていた。
 生真面目で面倒見がよく、人当たりのいい比呂美は、黙っていても周りに人が集まる少
女だった。特に理由もなく皆が比呂美を中心に集まり、雑談をし、比呂美は会話に加わら
なくてもそれを笑って聞いている。それが中学での比呂美だった。
 それが、高校入学の前後から微妙に変わった。比呂美は自分から進んで人の輪に入るよ
うになった。自ら話しかけ、話題を振り、行動を共にした。誰も不思議には思わなかった。
 朋与以外には。
「比呂美、これなんかどう?」
 朋与は既に目を付けていた、黄色のニットを差し出した。胸元にワンポイントの飾りが
ついていて、ややタイトなデザインだった。
「比呂美、何気に黄色も好きでしょ?これなら暖かみもあるし、今持ってるピンクのマフ
ラーや白いスカートとも合わせられるよ」
「でも、子供っぽくないかな?」
「そんなことないって。絶対に似合うからちょっと着てみなさいよ。それにこれ、色のネ
ーミングがいいんだから」
「・・・・ダンデライオン・イエロー・・・・たんぽぽ色?これがいい名前なの?」
「あら意外。比呂美さんは花言葉に詳しくなかったか」
「薔薇とかガーベラとか、お花屋さんにある有名な花ならわかるけど、野草の花言葉まで
は知らないよ。何かいい意味なの?」
 朋与は顔を近づけ、比呂美に耳打ちした。聞いた比呂美のが、少し照れたように頬を染
めた。
「ね?あなたにはぴったりでしょ?子供っぽく思えるなら、他とのコーディネートでカバ
ーすればいいんだから。最後まで付き合ってあげるわよ」
「・・・・うん、ありがとう。これにするね」
「じゃあ今度はこれに合わせるボトムを買うわよ。あの白のスカートでも合うと思うけど、
少し丈の短いのに換えてもいいかな、足が長く見えるような感じの」
「朋与」
「うん?」
「ありがとう。いつも傍にいてくれて」
「や・・・・やーね、何言ってるの。クラスも部活も一緒なんだから当然でしょ」
「・・・・でも、ありがとう」
「ほら、次行くよ、次!まだスカートも、靴も買わなきゃいけないんだから」
「うん、お願いね」
「あ、ところで・・・・」
 朋与は振り返り、大真面目な顔で比呂美を見た。
「下着も選んであげようか?仲上君ががっかりしないようなデザインを――」
「朋与!」
 比呂美は今度こそ真っ赤になって、朋与を睨みつけた。



「ありがとう、朋与。おかげでいい買い物ができたわ」
「いいって事よ。このくらいの事なら朋与さんに任せなさい」
 二人は買い物の後、近くのファーストフード店に入っていた。
 比呂美の隣の椅子には巨大な紙袋が二つ、置かれていた。あれから二人はさらに店を何
軒かはしごし、淡いピンクのブラウス、今持っているのとはデザインの違う膝までのブー
ツ、それに、比呂美には珍しい膝上の丈のスカートと、上から下まで一通りを買い揃えた
のだった。
「私、一度にこんなにたくさん服を買ったの初めてかも」
「一度揃えちゃえばあとは部分で買い足していけばいいから。誘ってくれれば付き合うわ
よ」
 次からは仲上君と行くか、と朋与は笑う。比呂美も笑いながら
「迷惑でないならまたお願いするね」
 と言った。
「迷惑な訳ないじゃない。誘ってくれればこの黒部朋与、ブラジャーからガーターベルト
まで、何でも見立ててあげるわよ」
「・・・・・・・・下着ばっかりじゃない」
 二人は同時に笑った。何者にも隠す所のない、自然で無邪気な笑顔。朋与がこの一年、
何よりも望んだ笑顔
 朋与では与えられなかった笑顔。
「・・・・もう、絶対に手を離しちゃ駄目よ」
 不意に、朋与の口から本心が漏れた。
「え・・・・・・・・」
 思わず比呂美が朋与を見る。しかし、朋与はすぐに元の冗談めかした姿に戻っていた。
「ほら、これでやっとあたしも自分の恋のお相手を探す暇が出来るんだもの。世の男性諸
君をお待たせしちゃった分、これからたっぷりとお返ししてあげないとねえ」
 比呂美はそれでも暫く朋与を見つめていたが、やがて悪戯っぽく笑った。
「そうだねともよならすぐにいいひとみつかるよ」
「なんでそこ棒読みになるのよ!」
 そしてまた笑う。
 どこにでもいる、ごく普通の女子高生の姿がそこにはあった。
「――あ、あの・・・・・・・・」
 その時、おずおずと比呂美を呼びかける声がした。二人が横を向くと、比呂美と同じ年
頃の少女が三人、その場で決まり悪そうに立っていた。
 その制服と顔に見覚えがあった。
「ああ、あなたたち、蛍川の――」
「は、はい。女バス一年の柿崎です。こっちの子は直江で、こっちは長尾」
「ご、ご無沙汰・・・・してます」
 人知れず、朋与の目に剣呑な光が点った。4番の停学に逆恨みし、練習試合で悪質な反則
を繰り返していた連中だ。客観的に見て、逆恨みと言う言葉がふさわしいかは微妙なとこ
ろだが、石動乃絵ならともかく、この女達に比呂美を責める正当な理由がないのは疑いな
い。
――まだなにか文句があるの。
 心の中で、朋与は拳を固めた。それならあたしが相手になってやる。あんた達と違って、
あたしには比呂美のために怒る正当な資格がある。本人がおとなしいから、その友達も平
和主義者だなんて思わないでよ。
「こ、この前の試合、すいませんでした!」
 朋与の決意とは逆に、蛍川の三人は一斉に頭を下げた。
「い、石動先輩の停学の原因が、その、湯浅さんだって聞いて、それなのに、その、平気
で部活もやってて、それで、なんで先輩だけ、て・・・・」
「後で先輩からも、キャプテンからも凄く怒られたんです。試合に持ち込む感情じゃない
って・・・・本当にすいませんでした」
「いいのよ、もう、気にしないで――」
「人に怒られたから謝ってるの?悪いと思ったのは試合に感情を持ち込んだことに対して
だけ?」
 朋与の声が比呂美を遮った。
「朋与、いいのよ――」
「つまり私情を持ち込んだことに対しては謝るけど、まだ比呂美が悪いって思ってるって
事よね?」
「それは、その・・・・」
「比呂美だって停学になってるのよ。何の責任も取らなかったわけじゃない」
「朋与――」
「大体あなた達、4番のなんなの?彼女?身内?ただのファン?あなたに何の権利があって
比呂美を責められるなんて思ったの?あなたが比呂美の何を知ってるのよ!」
「朋与!」
 比呂美が大きな声を出して朋与を制した。朋与は我に帰って黙り込む。蛍川の三人は朋
与の怒りに気圧され、言葉も出ない。自分達が石動純の件で比呂美に対して怒った自分達
と、目の前で比呂美の名誉のために怒る朋与。同じ他人のための怒りでも、厳然たる差が
そこにはあった。
「あの・・・・先輩から、聞きました。あれは自分が無理に湯浅さんを乗せたんだって・・・・落
ち込んでる湯浅さんを見て、格好つけようとしてバイクを出したんだって・・・・その事で湯
浅さんに迷惑をかけたんだって・・・・」
 比呂美と朋与が顔を見合わせる。
「私達、知らなくて・・・・本当にごめんなさい」
 三人は深々と頭を下げた。
「――そんな話になってたんだね」
 蛍川の三人が帰った後、比呂美がぽつりと言った。
「――少しだけ、見直したかな?」
「ごめん、比呂美!」
 唐突に朋与が謝った。
「あたしがあの三人にとやかく言う事じゃなかったよね。本当にごめん」
「謝らないで、朋与」
 比呂美がやわらかく微笑んだ。
「朋与がそうやってくれるから、私は学校で独りにならずにいられたの。朋与が、必ず私
を守ってくれると信じられたから、あの事故の翌日も学校に来れたの。私が辛い時、弱音
を吐きたくなった時、朋与が必ず傍にいてくれる事がどれだけ心強かったか、あなたは知
らないでしょ?朋与は私に謝る事なんか、何もないのよ」
「でも・・・・」
「今だって、朋与は私に喜んでもらいたくて怒ったんじゃないでしょ?でも、私のために
怒ってくれた。私、あの娘達には悪いけど、すごく嬉しかったんだよ。私の事をいつでも
本気で心配してくれる人がいるって、朋与が教えてくれたと思ってるんだから」
 比呂美が積極的に人の輪に入るようになっても、誰もそれを不自然と思わなかった。元
々内向的というわけでなく、両親を失って精神状態が心配されていただけに、その変化は
むしろ周りを安堵させた。
 その中で唯一人、朋与だけが比呂美の心の声に気がついた。自分から人に近づくのは独
りになりたくないというだけではない。誰かに助けを求める自分に気付いて欲しいからだ
と、朋与の胸に聞こえてきた。
 しかし同時に、比呂美はそれを他人には言えないようだった。理由はわからない。わか
らないがしかし、比呂美は助けを求めながら、同時に助けを求めていることを気取られま
いとしていた。
 だから、朋与はただ傍にいた。
 何も聞かない。何のアドバイスもしない。その代わり、必ず傍にいた。比呂美が助けを
求めればすぐに力になれるよう、必ず力を貸せる距離にいた。
 そして、普段は道化を演じた。比呂美が話す気がないのなら、せめて自分と一緒にいる
間は完全に忘れていられるようにしてやろうと思った。
 それは比呂美が周りに本心を気付かれないようにしているのと同様、朋与も比呂美にそ
の真意を気付かれてはいけないという事だった。比呂美のために、比呂美の前では常に鈍
感であり続けた。
 しかし、比呂美はわかっていたのだ。自分が親友と呼ぶ少女の優しさを。そして、その
事に常に感謝していたのだ。朋与の心遣いは、正しく届いていた。それだけで、朋与は全
てが報われたように感じられた。
 朋与は自分が涙を流している事に気がついた。第三者が見れば驚くかもしれないが、こ
の涙は流して恥ずかしくないと思った。
「ありがとう、比呂美。ありがとう・・・・」
 お礼を言うのはこっちよと言いながら、比呂美は笑った。その瞳にも涙が浮かんでいた。



 土曜日の放課後。
「仲上君、もう帰るの?」
 朋与が眞一郎に声をかけた。
「え?ああ、うん。そうだけど」
「比呂美は?一緒じゃないの?」
「え?い、いや、一緒じゃ、ないけど・・・・」
「何だ、そうなの。まあ、明日デートで一日一緒なんだから、別に今日の帰り道くらい別
々でも問題ないか」
 教室に残っていた同級生が一斉に眞一郎を見た。
「イィ!?く、黒部さん、そ、そんな大声で・・・・」
 うろたえる眞一郎。その姿を、朋与は眺めていた。
 この先、私の親友を独占することになる男。比呂美が苦しい時、手を差し延べる事もで
きなかった男。恐らくはその苦悩の一因ですらあった男。
 そして、私にもできなかった、比呂美の本当の笑顔を取り戻してくれた男――。
「いいよ。仲上君、比呂美はあんたに譲ってあげる」
「黒部さん・・・・」
「もうお代はもらったから、譲っちゃう。その代わり、大切にしなさいよ。割れ物注意、
天地無用なんだから」
「・・・・わかった。大事にするよ」
「よろしい」
 朋与は偉そうにそう言った。それから思い出したように
「あ、それから、明日比呂美の服、忘れずにちゃんと誉めてあげるのよ」
「服?ああ、わかった。必ず誉めるよ」
「その後、なんでその色を選んだかも訊いてあげなさい」
「う、うん・・・・?」
 わかったような、わからないような表情の眞一郎を残して、朋与はその場を離れた。
 聞けばわかるわよ。あなたたちにぴったりの意味だから。

 たんぽぽの花言葉・・・・幸福の訪れ、真心の愛。


                       了


ノート
今回、作風を初期に近づけてあります。
コメディリリーフを割り当てられることの多い朋与ですが、少なくとも僕の場合、こっちの朋与が本質だと思っています。
どんなにふざけていても、比呂美のためなら自分の持つ力の全てをかけて闘える朋与だから、それ以外の場面ではいくらでも
崩せるという。
一応CDドラマの比呂美編に繋がるようにしています。比呂美を眞一郎に譲って、自分は新しい恋を探そうと思った、という解釈
で。あくまでも朋与と比呂美はプラトニックな百合というスタンスで。

たんぽぽですが、比呂美に黄色を着せることはもう決めてあって、後付で黄色に意味を持たせようとしたのが真相です。
ひまわりで「あなただけを見ています」と言う花言葉があって、これも比呂美らしいなと思ったのですが、明らかな季節外れ
だったのと、これからは比呂美が眞一郎から見てもらう番だよなと思ったので不採用、他の花探していたらたんぽぽがあった
という次第。ただし、実は綿毛はため息程度のそよ風でも簡単に飛んでいく事から、別離という意味もあるのは内緒。

一見、今回4番の株が上がってるっぽいですが、ちゃんと裏があります・・・・
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