ある日の比呂美・番外編2-1


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夕立は突然だった。
つい先刻まで快晴だった空がいきなりヘソを曲げ、久しぶりに一緒に下校する眞一郎と比呂美に襲い掛かる。
運の悪い事に二人は傘を持っておらず、その上、今いる所は仲上の家までは、まだまだ距離がある場所だった。
(こんな土砂降りの中を走って帰ったら、眞一郎くん風邪ひいちゃう)
比呂美の決断は早い。
眞一郎の手を取ると、彼を引っ張るようにして自室へのコースを駆け出す。
学校で『周回遅れの女王』の異名をとる俊足に掛かれば、現在位置から自宅までの距離など何程の物でもない。
大した時間も経ずに、二人は比呂美の暮らすアパートの玄関へとたどり着いた。
「結構 濡れちゃったね」
玄関の鍵を開けながらヘヘッと肩をすくめる比呂美に、答えを返す余裕は眞一郎にはなかった。
肺の辺りを押さえながら、「…殺す気か…」と吐き出すのが精一杯。
万年運動不足の文化系にとっては、豪雨の中の猛ダッシュは相当の苦行だったらしい。
比呂美は満面の笑顔で眞一郎の抗議を無視すると、部屋の中へと彼を押し込んだ。
そして真新しいタオルを二つ用意し、その一つを眞一郎に投げ渡す。
受け取ったタオルで頭や肩の水滴を拭いながら、窓外の様子に目を遣り、眞一郎は呟いた。
「当分、止みそうもないな」
「日が暮れるまでは無理だよ」
自分のタオルで髪を拭きながら、比呂美は眞一郎の横に寄り添って、同じ方向に視線を向ける。
「シャワー浴びて。そのままじゃ風邪ひくよ」
入浴を勧める比呂美に、眞一郎は「傘を貸してくれれば帰ってから風呂に入れる」と抗弁したが、彼女は聞き入れない。
何をムキになっているのか、と横に立つ温もりに目を遣った瞬間、眞一郎は比呂美が求めているモノに気づく。
…………三割ほど閉じられた瞼の奥……青味がかった瞳が訴えかける『それ』は…………
…………
(そういえば、もう何日もしてない……)
ここ最近、二人は各々の用事で忙しく、会話を交わすのも久しぶりだった。
そして最後に身体を交わらせたのは四日前……
愛の交感を覚えたばかりの恋人たちにとっては、『長すぎる』と言って差し支えない時間である。
「比呂美」
眞一郎は短く呟くと、両腕を伸ばして比呂美の身体を抱き締めようとする。
が、自分の全身が濡れ鼠の様になっていることがふいに思い出され、その動きは寸前で止まった。
「ふふっ… 私も濡れてるんだから、別にいいのに」
大好きな『眞一郎の抱擁』が得られなかった比呂美は、微量の非難を視線に混ぜて微笑む。
眞一郎はそれを受け止めつつ、同様に微笑みを返しながら右手を比呂美の左頬にあてた。
「……いやらしい顔…してるぞ」
「……眞一郎くんも…ね」
お互いの体内で、心臓の鼓動と共に『欲望』が跳ね回り始めたことを、二人は敏感に感じた。
軽い口づけを交わしてから、眞一郎と比呂美は相手の制服に手を掛ける。
慣れぬ脱衣にもどかしさを感じつつも、何とか目の前の恋人を全裸にした二人は、今度は何の遠慮もなく抱き逢った。
「……一緒に……入ろう」
「……」
眞一郎の大胆な誘いに、比呂美は僅かな戸惑いを見せる。
もう手足の指の数では足りないほど眞一郎とセックスを重ねてきたが……入浴を共にしたことはない。
一糸まとわぬ姿になっておきながら……今更…だが……
(……恥ずかしい)
未体験の領域に踏み込む恐怖に、比呂美の心が一瞬だけ怖じけたが、それは本当に一瞬のことだった。
きつく抱き締めてくる眞一郎の存在が、些細な恐れと怯えを煙のように消していく。
「……いいよ……洗いっこ……しよっか?」
「えっ…」
眞一郎の耳元で囁かれた言葉が、瞬時に二人の立場を逆転させる。
「……比呂美」
心の余裕が消し飛んでしまった眞一郎の手を、比呂美の白い手が引く。
「……入ろ……」
雨雲のせいで薄暗くなった部屋を後にし、眞一郎と比呂美は頬を欲望で紅潮させながら、バスルームへと消える。
室内には脱ぎ捨てられた二着の制服と、激しさを増す雨音だけが残された。

        [つづく]


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