Amour et trois generation Un lancement (行動開始)


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 店を閉め、後片付けをしている時に、愛子は三代吉に訊ねた。
「ねえ、三代吉。もう旅行の仕度は終わってるの?」
「あ?ああ、もう済んでるよ」
「早いね。意外とそういうところ堅実だよね」
「そうか?準備って言っても着替えと洗面用具くらいしかないだろ」
 男の三代吉と女の愛子では着替えの用意に大きな認識の隔たりがある。まして愛子はフ
ァッションに対して年相応のこだわりがあり、三代吉は基本的に実利主義者である。三代
吉のかばんの中身は、愛子の想像する最小のさらに半分だった。
「そうだ、愛子、お土産に何か欲しいのある?」
「お土産?うーん、そうだな……」
 愛子は腕組みをして考えた。九州の名産など詳しくは知らない。まさか明太子や大根を
頼むわけにもいかないではないか。さらに付け加えるなら、愛子は、三代吉の選んだもの
であればどんな物であれ嬉しいのである。
 と言って、ここで「なんでもいい」などと言ってはいけないらしい。相手の買える範囲
で、具体的に注文を付ける方がいいと愛子は考えている。その方が相手も選び易いし、少
しくらい手がかかると思わせておく方がいいのだそうだ。
「年上の彼女」と言うのは、男に「年上とも対等以上に付き合えている自分」を意識させ
る事が賢い付き合い方なのである。
「……イヤリングとか」
「イヤリング?」
「うん、長崎なんかだったら、きれいなガラス細工のイヤリングとかないかなあ、と思っ
て。九州って水晶とか採れるんだっけ?」
「よく知らねえけど、あんまり聞かねえな」
 愛子としては身に付けられるものが欲しい。指輪はさすがに先走りすぎな気がして恥ず
かしいし、ピアスはまだ開けていない。ネックレスかイヤリングと言う事になるが、イヤ
リングの方がネックレスよりは安いだろうと思ったのであった。
「わかった。きれいな奴見つけてきてやんよ」
 三代吉が請合った。愛子は疑り深そうに
「どうかな~、三代吉が選ぶんだもんな~」
 と言うと、
「お、疑ったな。見てろ、愛子が感激のあまり涙流すようなセンスのいいの買ってきてや
る。見て驚くな」
 聞いた愛子は笑って
「うん、お願いね」
 と返した。



「あら、早かったわねえ」
 帰ってきた眞一郎に向かって理恵子が言った。
 眞一郎は理恵子の作った夕食の惣菜を持って、比呂美の所に行っていた。修学旅行の前
日に夕食の準備や後片付けも大変だろうという配慮からだったが、分量はたっぷり二人分
以上持たせていた。当然、三、四時間は帰ってこないと思っていたのだ。
「ご飯はどうするの?」
「食う」
「食べてこなかったの?」
 理恵子は訊いた。まさかあれを比呂美一人で今日中に食べ切るつもりとも思えないが。
「友達が来てた。今夜は泊まって行くってさ」
 気のせいか眞一郎は疲れているように見えた。比呂美アパートに行く時は元気だったの
だが。
「そう、じゃ、今から用意するわね」
 理恵子は深く考えない事にした。



 家に戻る途中、携帯が鳴った。友人からの着メロではない。
 三代吉は携帯を取り出し、誰からの電話か確認した。『小鳥遊』と表示されていた。
「…………?」
 暫く画面の文字を見つめ、こんな知り合いが自分にいただろうかと自問した。ようやく
思い出した。
「もしもし?」
『…………あら?どちら様?』
 かけた側の第一声とは思えない。
「野伏です、高岡先輩でしょ?」
『あ……ごめんなさい、間違えてかけちゃった』
 電話の向こうでルミの慌てたような声が聞こえた。
 以前番号やアドを交換した時、愛子に余計な心配をかけないようにと別名で登録してお
いたのであった。その後連絡を取り合う用件もなく、三代吉も忘れかけていたのであった。
『ごめんなさい、カナにかけたつもりだったのに、一つ上を選んだみたい』
「いや、まあ、いいです」
『もうお店は終わり?』
「え?ええ、まあ」
『まだ安藤さんと一緒に?』
「い、いや、帰ってる途中です」
 一緒、という言葉に何故かドキリとする。
『ね、明日から修学旅行でしょう?』
「そうですけど?」
『安藤さんにお土産頼まれてない?』
「何でわかるんですか」
 訊いた後で間の抜けた質問である事に気づいた。普通に付き合っている二人の、一方だ
けが旅行に行くなら土産を欲しがっても当然だ。
『何が欲しいって?』
「……イヤリングとか、何とか」
『イヤリング?それはまた思い切ったものを……』
「そうなんですか?」
『だって、イヤリングは必ず素肌に着ける物よ。誰から貰っても嬉しいものではないわ』
 急にプレッシャーを感じてきた。
「どんなのがあいつに似合いますかね?」
『それは、三代吉君の方がよくわかると思うけど……あ、そうだわ』
「なにかお勧めありますか?」
『対馬の名産って、わかる?』
「対馬…………?」
 名前は授業で聞いた覚えがある。あれは九州の島だったのか。
『あそこはね、養殖真珠で有名なの』
「真珠……ですか?いくらなんでも……」
 予算オーバーどころではない。
『でも間違いなく喜ぶわよ』
「そりゃあね…………」
『勘違いしないでね、高いから喜ぶって言ってるわけじゃないのよ。ただ、真珠は恋人同
士で贈るには特別な宝石なの、知ってるでしょ?』
 いくら三代吉でもそれくらいは知っている。昔は婚約指輪の定番だった事も。
『まだ、そういうプレゼントは贈ったことないでしょ?いいチャンスじゃないかしら』
「却って引かれませんか、そういうの?」
『人によってはね。安藤さんはそういうタイプじゃないと思うわよ』
「…………」
『イヤリングならそこそこの大きさの珠でも見栄えがするし、後からピアスに作り変えら
れるデザインも多いから、一生ものの贈り物にもなるわ。そういうの、素敵じゃない?初
めてのプレゼントをおばあちゃんになっても身に着けてくれるなんて』
 三代吉は見た。自分と愛子の老後の姿を。共に髪が白くなり、顔にも皴が刻まれて、周
りを孫に囲まれている。愛子が軽く髪を掻き揚げ、耳が表に出ると、白く輝く真珠が光っ
て――。
『実際にものを見てみれば、気に入るデザインも見つかると思うわ。探してみたら?』
「考えておきます」
 三代吉はもう、愛子に似合うイメージを考え始めていた。



 携帯を置いたルミが薄く笑う。
「――アクション(行動開始)」



――まだ忙しくなる時間じゃないわね。
 愛子は店の時計を確認すると、カウンター席に座り紙袋の中身を取り出した。
 刺さったままの編み棒を手に、作業の続きに取り掛かる。
「えーっと、次は……」
 編目を数えながら、編み棒を動かしていく。二度目ともなると、上達を自覚する事が出
来る。
 三代吉は昨日から修学旅行に行っている。ここで堂々と編んでいても三代吉に見られる
心配はない。
「この分なら、クリスマスには間に合うかな」
 三代吉はどんな顔をするだろう。一瞬ポカンと口を開け、その後顔中くしゃくしゃにし
て喜ぶ三代吉を想像した。空想の中の三代吉に、愛子は実際に笑いかけていた。
 と、店の扉が開けられた。
「あら、まだ開いてなかったかしら?」
 入ってきたのはルミだった。愛子は毛糸を紙袋に戻し、カウンターに戻る。
「もう開いてるよ。どうぞ」
 ルミはカウンターに座ると、白餡を注文する。
「はい白餡一つ、少々お待ちください」
「ねえ、今の編み物、もしかして三代吉君に編んであげてるの?」
「え?う、うん」
 愛子が少し赤くなって答える。
「ね、学校で顔合わせても、三代吉には――」
「わかってる、内緒にしておけばいいのね」
 委細承知、と言った風にルミが頷く。
「ありがとう」
「三代吉君、喜びそう」
「そうかな?喜んでくれるかな?」
「そりゃあ喜ぶわよ、好きな人からの手編みのセーターなんて最高じゃない。」
 隠しようもないほどに照れながら、愛子はいつもより少しだけ餡を多めに入れた。
「珍しいね、一人で来るなんて」
 愛子がルミに話しかける。今まではバスケ部の仲間と来ることがほとんどだったはずで
ある。
「ん?うん。ちょっと友達の愚痴に付き合わされて、疲れちゃってね」
「愚痴?」
「彼氏に浮気されたんだって」
「うわ……」
 ルミが愚痴を聞かされる現場を想像して、ルミに同情した。確かに面倒そうだ。
「その娘も悪いのよ、わざわざ彼氏の携帯覗いて、知らない名前があったからってかけち
ゃったんですって」
「何でそんな事を……」
 愛子が至極まっとうな感想を口にする。
「彼氏があからさまに怪しい偽名で登録してたんだって。何だったかしら…………そう、
『小鳥遊』。見るからに怪しいでしょ、そんな珍名」
「怪しいわね」
「それで試しにかけてみたら、女の声が出たってわけ。ね?彼女も余計な事してると思う
でしょ?」
「まあ、ね……」
 愛子も同意した。大体、彼氏の携帯を覗く事が既に相手を信用していないという事では
ないか。
「……まあ…………私も少しだけ責任を感じてるんだけど」
 ルミがため息混じりに独白する。本当に後悔している風である。
「高岡さん、何かしたの?」
「した、と言うか……」
 暫くルミは言うべきか躊躇っていたが、やがて、
「私が、浮気を見破る方法なんて教えちゃったのよ。それで、ね」
「浮気を見破る?ね、聞かせて」
「安藤さんには縁がないでしょ?三代吉君が浮気なんて想像つかないわ」
「それはそうだけど、ちょっと面白いと思っちゃった。高岡さんがどうやって見つけるの
か、教えてくれない?」
 あっさりと三代吉への信頼を肯定した愛子に、ルミは苦笑し、わかったわと話し始めた。
「私じゃなくても、よく聞くようなことばかりよ。無口になるとか、逆に急におしゃべり
になるとか。彼女の場合、彼氏が急に高いプレゼントをくれるって言うのがヒットしたみ
たい」
「高いプレゼントをくれるって怪しいの?」
「それは、誕生日とか、クリスマスとか、そういう特別な日なら普通だけど、例えば旅行
行ったお土産に、高価なアクセサリー買ってくるなんて言うのはかなり怪しいわよ」
「へえ」
「そういう時って浮気相手にねだられてて、後ろめたさを隠すために彼女の方にも何か買
っておこう、て言うことが多いのよ。浮気相手にネックレスで彼女にはピアスとか、少し
違うものを買うの」
「ふうん」
「……まあ、私もされた事があるんだけどね」
 ルミが恥ずかしそうに白状する。
「でもまあ、記念日でもないのに不自然に高いものを買ってくれる時は要注意ね。必ず何
か隠してるわ」
 ルミはそう結論付けると、突然慌て始めた。
「あ、ねえ、安藤さん、私がここで他人の浮気された話ばらしてたなんて事――」
「わかってる。誰にも言わないから」
 愛子が請合う。ルミは安心したように、
「ありがとう。みんな私を恋愛経験が豊富だと思って色々言ってくるから、ちょっとスト
レスたまっちゃって」
「聞いてあげるよ。あたしなら直接的に接点のある麦端の人なんてそんなに多くないし、
三代吉はもちろん、眞一郎にも比呂美ちゃんにも言わないし、安心して」
「そう言ってもらえると、気が楽になるわ」
 ルミは出来上がった今川焼きを受け取ると、
「じゃ、今日はこれで。また来るわね」
 と、暇を告げた。



「フェイズ2、完了」
 帰り道でルミはそう呟き、満足げに笑った。


                     了


ノート
愛子は一貫して、ややマニュアル人間的に描いています。ファッションにしても雑誌でチェックはしていても、実際に発信源で見ているわけではないので雑誌のコーディネイトをただなぞるだけ、みたいな。三代吉と学校も学年も違うという、この年頃としてはかなりの距離を感じる状況の中で、三代吉を麦端の同級生に取られるのではと言う潜在的な不安があって、それを払拭するために「年上の彼女」を必要以上に演じようとしている一面もあります。
ルミの怖さは病んでいるとか、苛烈な反応をするとか言う最近のタイプではなく、冷静に詰め将棋のように目標を追い詰めていく「人間としての怖さ」を追求しているつもりです。上手く表現できているかどうか……。
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