8月のこと


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1学期の終業式も無事終わり、我が麦端高校もやっと夏休みを迎えていた。
俺――仲上眞一郎にとっても、やっと夏を実感できる日々が巡ってきたわけで。
「はぁ。
 ま、でも、富山じゃ暑い暑いって言ってる日の方が短いものなぁ」
と俺の隣で、三代吉――野伏三代吉が、
難しい顔をしながら成績表を見つめているかと思ったら、そう言ってため息をつく。
まあ、一学期の成績をこうして突きつけられたんだから、
親友のその表情も判らなくはない。
ちなみに、俺の方は…まあ、そこそこだった。
文系教科は去年よりは上がったし、理数系は化学以外は大丈夫そうだ。
「で、眞一郎はどうすんだ?」
「どうするって、何が?」
「夏休みだよ、夏休み!
 夏と言えば、胸躍る季節だろうぉ」
確かに。
まあ、夏と言えば開放的になる季節でもある。
胸が躍る、かどうかは置いても、休みなのはありがたい。
週末には、時間を取って絵本の構想を練ったり、
ときには射水絵本館へ出かけたりとしていたのだが、
それにしても、授業がある平日にはなかなか行動できない。
「ま、湯浅比呂美と仲を深めるには、一番のチャンスなんじゃないのか」
「あのなぁ。
 …それ、そっくりお返しするよ」
「俺はいいのさ。
 なにせ、夏休みだろうが、そうでなかろうが、
 毎日愛ちゃんとこでバイトだからなぁ~」
嬉しそうに、成績表を放り出して喜んでいる三代吉。
にしても。比呂美との仲、か。
それは、俺一人では進められるはずもないこと。
比呂美がいて、初めて成り立つことなんだし。
何よりも、お互いの気持ちが無ければ始まらないことだし。
でも、……俺にとっては何よりも大切なことであることは間違いないわけで。
それは、うん。判ってるんだ。

「眞一郎くん」

少し考えてしまった俺の傍に、その比呂美がやってくる。
「今日は、部活もミーティングがあるだけだから、早く帰れそう」
「ああ、判った。
 いつものところで待ってるよ」
「うん、判った。
 じゃぁ、また後でね」
「ああ」
軽く手を振る比呂美に手を挙げ返して、俺は比呂美を送り出す。
「いいねぇ。
 帰宅時間になったらすぐ“帰るコール”する未来の眞一郎の姿が浮かぶな」
「……あのなぁ。言ってる間に帰るぞ、俺は」
ニマッと笑みながら囁く三代吉に、
俺は頬を朱に染めながらこう言葉を返しつつカバンを持って立ち上がっていた。


truetears 独り言の先 ――そののちの二人――

『8月のこと』


「比呂美ちゃん、眞ちゃん、もう夕飯の準備するから」
こうして、比呂美のアパートを経由して帰宅し、
そして夕飯になった。
ちなみに、今日は比呂美は手伝いの日ではないが、
うちに来て一緒に食事をすることになっている。
「ホント真面目だな、比呂美」
「だって、私の親代わりだもの。
 ちゃんと見せないと」
比呂美が見せるもの。それは一学期の成績表だ。
確かに、父さんは比呂美を「仲上の娘」として扱っているし、
母さんも最近は比呂美と会話が進んでいる様子だ。
まあ、なににせよ比呂美がこうしていてくれる方が、
俺にとっては安心だったりする。

父さんからも母さんからも祝福された形で、
比呂美とは……将来を共にしたいわけでもある。

そのためにも、俺はもっとちゃんとしなくてはいけないし、
そのための努力を惜しむつもりはなかった。
でも。
それは比呂美がいてくれるからに他ならない。

「えと、――どうしたの、眞一郎くん」
と、ふと言いづらそうな顔で、俺の顔を見つめる比呂美。
「えっ……?」
俺は、……夕ご飯真っ最中に箸を持ったまま、比呂美の顔を見つめてしまっている。
「……眞ちゃん、あとにしなさい」
そんな俺に、母さんは呆れ顔。父さんは苦笑気味。
比呂美は、…顔が赤い。
「あ、あははっ」
あとなら良いのか、母さん。
なんて聞けるはずもなく、ちょっとだけ、うちの居間に乾いた俺の笑い声が響いた。

「もう、なに見てたの」
食事が終わり、成績表の講評を両親から頂いた上で、
比呂美と二人。俺の部屋でくつろいでいる。
ベットに腰掛ける比呂美と、椅子に座る俺。
春以来、比呂美は俺の部屋でのお泊まり許可が下りているので、
今日はそのつもりで比呂美は来ていた。
「あっ、いや。
 その……比呂美を」
自分の部屋で気が緩んだのか、つい素直に、本当のこと言ってしまう。
「えっ」
その言葉に、びくっと軽く弾けるように俺を見つめ返す比呂美。
「そんな驚くことないだろう。
 …俺だって、見ていられるなら、ずっと見ていたいんだからな」
その比呂美の反応に、ちょっとだけ心外に思った俺は、
くるりと外の方へ身体を向けてそっぽを向けつつ…つい、また本音を言ってしまう。
「ありがとう…」
「あっ、いや」
「…ありがとう、眞一郎くん…」
そんな、彼女に向かって背を向けて椅子に座る俺に、
後ろから覆うように抱きしめてくる比呂美。
「こんなことが出来るなんて…」
「…比呂美……」
「眞一郎くんに、こんなことが出来るなんて。
 去年の今頃には、思いもよらなかった……」
「俺も、だよ」
柔らかく、立ち上がって俺は振り返る。
正面から見つめる彼女の瞳に、俺が写っている。
「……んっ」
「しんい、……ぁ、…ん」
ただ唇を重ねるキス。だけど、想いは深く、続いていて。
しばらく、ギュッと比呂美を抱きしめた。
「落ち着いたか…?」
「…それ、私の台詞。
 眞一郎くんこそ、落ち着いた?」
「俺?
 …ああ、落ち着けた」
比呂美を抱きしめている。ギュッと強く。
「……ぁ…ん…」
強く抱き寄せるものだから、比呂美の声が漏れてくる。
「比呂美、大好きだ」
「私も、眞一郎くんが大好き」
抱きしめているだけで、幸せを感じられる。
この世の中で俺だけの特権。湯浅比呂美を抱きしめられる特権。
以前は想像も付かなかったけれど、抱きしめるだけで心が落ち着く。
比呂美を守りたい。そう心から願う。
ただ、それだけで、俺の中では力になる。
比呂美は、いてくれるだけで、俺の源泉になる、そんな存在。
「…比呂美…」

――――――――――

「…比呂美…」
眞一郎くんに抱きしめられているだけで、私は幸せを体現できる。
私の名前を囁く彼の声が、お腹の奥を…子宮をきゅっとさせている。
「…ん……ちゅっ」
奪うようなキスになった。でも、彼は逆らわない。そして、私も逆らわない。
二人とも、キス魔なんだもの。仕方がない。

今度こそ落ち着いたところで、ベットに腰を掛けた私たちは、
今日あったお互いの出来事を話し始めた。
終業式ということもあって、一緒に行動していたせいか、
お互いに共通の出来事の方が多かった気がする。
でも、私は彼の口から彼の思いと共に、その出来事を聞きたかったし、
彼の主観に基づく意見も聞いてみたかった。
なにせ、一緒に住んでいたとき、
私たちは一度もこの様なことをしたことがなかったのだから。

「そう言えば、来月、お盆の集まりがあるな」
「うん。
 おばさんが仕出しの準備があるって、話してたから」
そう言いながら、落ち着いた頃合いを見計らって、二人でお着替え。
依然として眞一郎くんは、着替え中の私を恥ずかしそうに見ないようにしつつ、
…ちらっと見てくれている。
もう。でも、そんな眞一郎くんが私は好きなのだ。
「お盆の席順、今年どうするんだろうな」
「席次、ね。
 確かに、重要なことだけど」
「それこそ、父さんや母さんに任せるしかないんだけれど」
「うん」
と返事をしつつ、私は去年の仲上家でのお盆時を思い出していた。

当時の私は、仲上家の同居人、というより居候だったため、
準備などは手伝ったものの、席次は末席中の末席だった。
仏間と客間をいっぱいに使って、仲上家の親戚衆が一堂に集まるのだから、
それは相当の人数になる。
いつも私が帳簿をつけている帳場から、上がったあたり。
去年の私の席は、そこだった。一番仏間から遠い席。
勿論、仲上本家の嫡男―――眞一郎くん、は仏間の首座近くに座っていて、
正直な話、視線を合わせることすら出来なかった。
今年は、正直仲上の家を出ていて、居候でもなくなっているので、
……自宅待機、かな。

「それはないだろう」
不意にそう告げた眞一郎くんのその声に、私はまたびくっとなる。
勿論怒っているわけでもなく、自然に出たのだろう彼の言葉。
それは、確信に近いものを彼の中で抱いている証拠。
「そう、かな」
「ああ、大丈夫」
ニッコリと、微笑んでくれる眞一郎くん。

その、笑顔。
あなたのその笑顔に、何度私は助けられたのだろう。

去年。私は泣き出すことが多かった。
勿論、眞一郎くんの前ではなく、おばさんの前でだって泣いたことはないけれど。
一階の私の部屋で、泣いた。
そんなとき、泣きやむときに思い出すのは、
眞一郎くんの笑顔。
はにかむように、優しく、微笑んでくれる。彼の笑顔。
その笑顔を思い出すたび、私の涙は止まる。

「わぁ。
 って、ど、どうしたんだよ、比呂美」
そして気がつくと、私は彼に抱きついていた。
「ありがとう…眞一郎くん」
「どうしたんだよ、比呂美」
少し驚かせてしまったかも知れないけれど、彼は優しく抱き留めてくれる。
ここに私の幸せが、ある。
優しく抱きしめられたまま、私は彼と一緒に床につく。
今日も、心から身体が休まるのを感じながら、私は眠りについた。

――――――――――

仲上家の親戚衆。
と言っても、俺がその全てを熟知しているはずもなく。
何せ、じいちゃんの葬式のときに集まった面々の名前を、
俺は半分も知らなかった。
「いやぁ、眞一郎君、大きくなったねぇ」
「本家も安泰だねぇ、理恵子さん」
「ありゃぁ、眞一郎ちゃんもでかなられて。かたい子になられたけ」
法事の席などで声を掛けてくれる人たちに、俺は会釈をして返事をするだけで、
誰がどのような親戚か、まるで判らない。
「あれは、仲上のおじいちゃんの弟さんの子。
 お父さんの従兄にあたる人よ」
「あの人は、貴方の又従兄弟ね」
「おじいちゃんの弟さんは、子供さんが多かったから」
母さんが解説をくれるようになったのは、俺が高校に入ってからが多い。
仲上本家の長男として、そろそろ覚えた方が良いと言うことなんだろうか。
それにしたって。
一堂に会すると、その配偶者や子供たちも含まれたりするので、
ざっと30人は超える。
…凄いことだと、自分でも思う。

「なんだかんだ言っても、お前さんは本家の総領だからの。
 墓を守らなくてはな」
唯一、俺にとって名前と顔が一致して、気兼ねなく話すことが出来る人は、いる。
俺のじいちゃんの末の弟。
仲上善治郎さん。
この人は好々爺という言葉が、一番似合っていると思う。
昔から、分け隔て無く子供を可愛がってくれるので、俺は懐いていたんだろう。
今でも集まりがあると、こちらから話しかけることが多いくらいだ。
善治郎さんの他の兄姉は、うちのじいちゃんを含めてみんな既に他界されていて、
いまや仲上家の長老格、といった感じだ。
あるとき、俺が中学生だった頃か、
「まあ、眞一郎の場合は、
 “総領の甚六”という感じかもしれんがな」
ははは、と笑いながらそう言われたとき、俺は意味を知らなかったのだが、
後で比呂美に教えて貰って、苦笑してしまった。
「長男は大切に育てられるので、お人好しになりがちである、か」
お人好しなのかね、俺は。
「案外、そうかも」
あのとき。そう言って微笑んだ比呂美は、まだ両親も健在で、
俺にも笑顔でいつも接してくれていた。
その後だった。
比呂美の表情から、本当の笑顔が見られなくなったのは。

「俺、お人好し、だったのかな」
ふと、去年の出来事が思い浮かぶ。
“真心の想像力”を、思いっきり別の方向へ発揮してしまった俺は、
確かにお人好しだったのかも知れない。
もっと自分の気持ちを早く前に押し出していたら良かったのかも知れない。
……。
結果論で言えばそうだったんだろう。
でも、それで今の結末を迎えられていたのか、俺には判らない。

「すぅ。…ふぅ……」
柔らかな寝息を立てて休んでいる。
俺のベットの中で二人。
そっと、空いている手で前髪を撫でてみる。
「ん…ん…」
緩やかに反応を見せてくれる。こちらも、笑みがこぼれる。
今日は、珍しく俺の方が早く目が覚めたから。
じっくりと、比呂美の寝顔を見つめていた。

「やっぱりちゃんと、しなきゃな」

俺の気持ちは、このとき固まっていた。

「…善治郎さんのところにか」
翌日。俺は父さんと、酒蔵で話をした。
「ああ、お盆の集まりで急に言い出すのは、変だから」
「まあ、お前の気持ちは判るが」
俺が提案したのは、仲上家の長老である善治郎さんに、
比呂美をちゃんと紹介しておくこと。
去年、末席に座る比呂美を善治郎さんは知らなかったと思うから。
「お前は、比呂美をお前の隣に座らせるつもりか」
「ああ」
父さんは、少し考え込む。
「性急な気もしないではないが」
「じゃあ、父さんは比呂美を今年も末席に座らせるつもりなのか」
「そうは言ってない」
常日頃から、比呂美は仲上の娘、と言っている父さんのことである。
今年の席次について、考えていないはずはないと、俺は思っていた。
「しかしな、眞一郎。
 お前は、その意味を判っているんだろうな」
「判ってる」
俺の返答を聞いた父さんは、一つ息を吐いて、
一度目を閉じてから、こう続けた。
「順番は守れ、眞一郎。
 手順は大事だからな」
俺はそれを了承の合図と受け取り、そして頷いた。

――――――――――

「えっ」
眞一郎くんの言葉に、私は驚く。
「勿論、ちゃんとした言葉は、そのときにもちゃんと言うつもりだけどな」
耳を疑う。私、ええと……。
はにかみながら微笑む彼が、告げてくれた言葉が耳に響いている。

「俺は、将来を比呂美と共にしたい。その覚悟をお前と共にしたい。
 だから、一緒に来て欲しい」

「それって……」
冗談で告げているわけではないことくらい判ってる。
今日のお手伝いが終わって、ついてきた眞一郎くんの部屋で、
改まった表情の彼が、告げてくれた言葉。
「比呂美の気持ちを、ちゃんと言葉として聞きたかったんだ」
「しん、いちろう、くん…」
飛び込む、彼の胸の中。
抱き留めてくれた彼が優しく私を包み込んで。
「俺たちはまだ、高校生で、自活も出来なくて、
 自分たちではホント何にも出来なくてさ」
彼の胸の中で頷く私。
「でも、進みたい道は決まっていて。
 それに向かって、俺、頑張りたいんだ」
「道…それって――絵本の、こと?」
上目遣いに見つめる彼の瞳。
私…。つい、聞きたいこととは別のことを聞いてしまう、私の悪い癖。
本心は、本当に聞きたいことは……。
「いや、
 比呂美とのことだ」
そう言って見つめ返してくれる彼の瞳には、私しか写っていなくて。
「勿論、絵本のこともあるけれど。
 それは、また別のお話さ」
はにかみながら微笑む眞一郎くん。
零れてくる、私の涙。
「…私も、一緒に……眞一郎くんと、一緒に…共にしたいよ」
「――ありがとう、比呂美」
答えた私の身体を、ギュッと抱きしめてくれる眞一郎くん。
あのときには、――もう一度、雪が好きになれたあのときには――、
私は言葉でお返事できなかったから。
今日はちゃんと告げたい。
貴方の隣に私もいたい、と。
「ありがとう、比呂美」
もう一度、そう囁くと彼は私を強く強く、抱きしめた。

そして。
「私の髪、変じゃないですか」
「大丈夫よ、比呂美ちゃん」
おばさんがにっこりと微笑みつつ、ちょっとだけ私の前髪を直してくれた。
彼が、――眞一郎くんが二度目のプロポーズをしてくれた、その週末。
私は、眞一郎くんの家くらい大きな、麦端町内の家に来ていた。
「いや、待たせてしまったね。
 急に別用が出来てしまって、申し訳なかった」
入ってこられたのは、仲上善治郎さん。
この家のご当主だ。
「いえ、こちらこそお忙しい中、時間を作っていただきまして」
「浩君、堅苦しい挨拶は抜きにしてくれないか。
 私にとっては君は甥っ子なのだから」
ニッコリと微笑まれる頬に、仲上の血を感じるのは私だけだろうか。
この方のことを、私は一方的に存じていた。
麦端町議会議員を長く務め、今は引退されている町内の有力者。
旧友に国会議員さんもいらっしゃるという幅広い人脈を持つ方。
そんな方の前で、私は眞一郎くんの隣にいる。
眞一郎くんは仲上本家の嫡男であり、善治郎さんたち分家衆の総領になる人。
その隣に、私がいる。
そして、これが何を意味しているかも、知っている。
「で、今日は眞一郎くんのことかね」
微笑みを崩さないまま、眞一郎くんを見つめる善治郎さん。
「はい」
おじさんが答え、眞一郎くんが会釈をする。
それに合わせて、私も頭を下げた。
「うむ。
 そちらの、お嬢さんは…」
「こちらは…」
おじさんが説明を始める前に、善治郎さんは言葉を続けた。
「ああ、湯浅さんの娘さんでしたな。
 去年も盆の集まりで会った」
その言葉に、四者四様だったと思うけれど、私たちは驚いてしまった。
知っていて、下さったんですか……。
「湯浅さんの事故のとき、私もまだ議員をしていましたからな。
 彼らには、一人娘さんがいると聞いていたんで心配したんだが、
 そのあと、浩君が引き取ったと聞いて、安心していたんだよ」
微笑みを絶やさずに、私の方へ視線を向けてくださる善治郎さん。
私は、ちゃんと知っていて下さったことに、驚きと感謝の気持ちを込めて、
もう一度頭を下げる。
そのあとは、おじさんが事情の説明を行う。
続けて、眞一郎くんの言葉。
「自分のことをまだ良く決めることも出来ない立場は、承知しています。
 でも、失えないものが、出来たんです。それは判っているつもりです」
眞一郎くん…。涙が零れそうになる。でも、泣いちゃいけない。
善治郎さんは、せかさずに、しっかりと、おじさんと眞一郎くんのお話を聞き終えられた。
「なるほど。
 事情は了解した。
 ――比呂美さん、だったの」
「はい」
まっすぐに視線を向ける。善治郎さんも真剣な表情で、見つめていた。
「眞一郎は、気持ちのまっすぐな男だ。
 それは私が保証する」
「はい」
「…これからも共に、歩んで行ってくれますかな、眞一郎と」
「はいっ」
しっかりと答える私に、善治郎さんはニッコリと微笑まれた。
「うむ。
 この仲上善治郎。二人のこと、承知いたした」
まるで時代劇の決めぜりふのような抑揚で、善治郎さんが告げてくれた。
「ありがとうございます」
これも四者四様な、でも、気持ちを一つにして、
私たちは、頭を下げていた。

「それでですね。今度の集まりのときの席次は、…」
「眞一郎の隣で良かろう」
鶴の一声、とでも言うのか。
おじさんの言葉に、善治郎さんの強い意志を感じさせる言葉が続いて。

夕刻になり辞去する私たちに、
最後まで笑みを絶やさず、善治郎さんは見送って下さった。
「いや、久しぶりに肩がこった」
「あらあら。それはしっかりお風呂に入ってほぐさないといけませんね」
おじさんとおばさんが、そう言いながら前を歩いていく。
「一歩、前進だな」
「ありがと…」
その後ろを手を繋いだまま歩く私たち。
今日の出来事。
それは眞一郎くんが本気になって動いたときの強さも、
もう一度、私は確認できたような気がする。
ありがとう、眞一郎くん。

――――――――――

仲上家の系図。
これを一度、俺は見せて貰ったことがある。
代々続く、とされる仲上の家の元をたどると、室町時代まで遡れる、と言う。
ご先祖様は、当時麦端領主であった荒川監物の家臣であったのだそうだ。
で、そのご先祖様は戦国の動乱の中で麦端で商いを起こし、
時代が江戸時代に入って加賀藩前田氏の領地になって以降も、酒蔵や呉服、生糸商など、
分家などを含めて南砺一体に点在しつつも存続し、
現在は、本家が酒造メーカーとして残っている、ということらしい。
確かに、親戚に中には呉服屋さんから、売薬さんまで、いらっしゃることは知っていたが、
それだけの歴史があるとは。
「その第28代、か」
父さんが第27代目の当主なので、俺が継げば28代目になる。

「席次は、こういう感じでしょうか」
8月に入り、夏の暑さも極まってきたある日。
お盆の集まりの準備もそろそろ佳境に入っていた。
夕飯の後。
準備全般を取り仕切る母さんが指し示した案に、父さんも賛同した。
「それで良いだろう。
 あとは、仕出しの量を決めて中澤さんのところに…中澤さんに頼むのだろう?」
「ええ、そのつもりです」
中澤さんとは町内の魚屋さんのことで、仕出しの手配もしてくれる。
母さんはそのあたりにも抜かりはなかったようで、既に手配の見積書などを用意していた。
「そうだな。あとは、ソフトドリンクのたぐいが必要だな。
 酒などは自前で振る舞えるが、眞一郎たちに飲ませるわけにはいかないからな」
「勿論ですよ。
 その点は、岳大さんの店で用意して貰うことになってます」
仲上岳大(たかひろ)さんも親戚だ。砺波で酒屋を営んでいる。
「…といった具合だ。眞一郎。
 こういったいろいろな準備が必要となる」
「まあ、基本的には毎年2回ね。お盆とお正月」
「法事があると、その都度だがこれは仕方がない」
父さんと母さんの手配の様子を、隣で俺と…比呂美は真剣に聞いていた。
「まあ、お前たちにこの仕事を渡すまではまだ時間があると思うが、
 もう知っていても良かろう」
「大丈夫ですよ。
 眞ちゃんはともかく、比呂美ちゃんは要領の良い子ですから」
ともかく扱いされているが、まあほぼ事実なので俺は頷いておく。
「そんなことないですよ。
 ねっ、眞一郎くん」
でも、比呂美は自信を持ったような感じで、そう宣言した。
「えっ?
 えっと、そう言ってくれるなら俺も頑張らないと、な」
比呂美にそう言われてしまったのなら、頑張るしかない、というか、頑張ろうと思う。
――単純だろうか、俺。
「まあ。
 ではその調子で、頑張って貰いましょうか、二人とも」
母さんは嬉しそうな表情をしつつも苦笑半分を含めた笑顔で、頷いた。

団らんの時間を終えて、比呂美と二人。やはり俺の部屋へ。
「さっき。
 自信たっぷりに言うから、驚いたよ」
俺は比呂美の居間での言葉に、正直な感想を伝える。
「だって、
 ……眞一郎くん、ちゃんとしてくれてる」
「えっ、比呂美……」
「ちゃんと、してくれているもの」
そう囁くように伝える比呂美の瞳に、泣き笑いの表情が浮かんでいた。
それを見た瞬間。思わず、俺は比呂美を抱きしめた。
「約束だから。
 俺と、比呂美の約束だ」
「うん。ありがと」
思えば恋人同士になってから、何度となく抱きしめた俺たちだけど、
抱きしめれば抱きしめるほど安心し、そして落ち着く。
それは比呂美も一緒だと俺は信じている。
これからも、ずっと。

――――――――――

そして、当日になった。
私はお勝手方――台所仕事の準備に忙しくなる。
「あら、今年も来てくれたのね」
「はい。ご無沙汰してます」
親戚の方で、前も手伝ってくださった方が私を覚えていてくれていた。
「いえいえ、助かるわ。
 私たちもいい歳だから、腰に来ちゃうし。そんなのは邪魔になるだけでしょ」
「そんなことないですよ」
ニコニコしながら、その方もお家から持ってこられたエプロンを身につけられて、
準備に入られた。
他にも、親戚の奥さんたち数人が一緒にお手伝いをしてくださっている。
そこに。
「こんにちは、中澤ですっ」
「あっ、仕出し屋さんが到着されました」
私の声が隣の居間にいるおばさんに伝わる。
「ええ、判ったわ。
 中澤さん、ご苦労様。こっちへお願いできるかしら」
前日までに中澤さんから、平机などが運び込まれていたので、
後は並べるだけ。

そのとき玄関には、続々と親戚の方々がお越しになっている。
「ご無沙汰しております、浩さん」
「こちらこそ、ようこそお越し下さいまして」
おじさんが来客の方々に挨拶をされていて。
「ああ、眞一郎君か。
 大きくなったなぁ」
「お久しぶりです、叔父さん」
「何年生になった?」
「高校2年になりました」
今年は眞一郎くんも一緒に、お出迎え要員となっている。
去年までは、みんなが集まるまで自分の部屋にいた眞一郎くんが、
今年は積極的に来客のお世話をしている。
「比呂美ちゃん、こっち、お願いできる?」
おばさんからの声が掛かる。
「はいっ、今行きます」
いけない、いけない。ぼっーとしている暇はない。
煮物や漬け物を出したり、親戚の方々が持ち寄ってくださった野菜でサラダを作ったり、
テーブルに仕出しのものを並べたり、ビールやお酒を運んだり。
「ホント助かるわね、比呂美ちゃん。
 ありがとうね」
台所へ戻ってくると、さっきの親戚のおばさんが、腕まくりしながらそう言ってくださる。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
微笑みつつ答える私に、客間にいた眞一郎くんが台所に顔を出した。
「ああ、比呂美。
 こっちの方にウーロン茶のペットボトル欲しいんだけど」
「了解。
 えっと、これで良いかな?」
私は岳大さんがさっき持ってこられた中から、
500mlのペットボトルを2本、眞一郎くんに渡す。
「サンキュ」
笑みと共にそう告げて、眞一郎くんは座敷へ戻る。
「ほぉ。なるほど。
 比呂美ちゃんは、眞一郎ちゃんの…お嫁さんだったのね」
「えっっ?」
びっくりして振り返った私。
でも、周囲の他の親戚の人たちも口々に頷いて囁き始められて。
「そうだったのね。なんだ、眞一郎君もやるじゃない」
「なんと、眞一郎はこんな器量の良い子を捕まえたのかい」
「へぇ。眞一郎兄ちゃんのお嫁さんなんだ」
「眞一郎も隅に置けないねぇ」
えっと。あの、その。
具体的にどういって良いか判らない私は、
「いえ、そんなことないです」
「お嫁って…まだ、高校生ですし、私たち」
「あ、ありがとうございます…」
と答えるのが精一杯になっていた。
「後は、……って、どうしたの、比呂美ちゃんたち」
そこに真打ち、登場。
「いや、理恵子さん。
 良い子が本家に来てくれるみたいで、喜んでたんだよ」
「テキパキと動いてくれるから、こっちも助かってたんだよ。
 それにしても、眞一郎もなかなかやるものねぇ」
「器量も良い子だから、仲上の家も安泰だねぇ」
皆さん口々にそう言いつつ、手は動いている。
そのあたりは、さすがは先輩主婦軍団、と思ってしまう。
「いえいえ、まだこの子たちも高校生ですから」
「私も仕事を手伝って貰って助かってるんですよ」
「眞ちゃんには勿体ないんですけれどね」
おばさんは、さすがは真打ち……いっこうに動じた雰囲気もなく、
テキパキと台所仕事をこなしつつ、周囲の声に答えていく。
私は、というと、…頬を真っ赤にしつつ、それでも手を休めることなく、
お手伝いを続けていた。
「ちゃんと、皆さんに挨拶はさせますから」
おばさんの言葉に、皆納得した様子で、再び準備に集中する。
挨拶…。
今更ながら、私は仲上の家に嫁に行く、ということの大きさに、
身が引き締まる思いを、感じていた。
でも、大丈夫。
「比呂美、準備は大丈夫か」
何かにつけて、台所を見に来る“旦那様”。
貴方が、隣にいてくれるなら。
大丈夫。私は、そばから離れないからね。

――――――――――

「それでは、今年もお集まりいただきましてありがとうございます。
 仲上本家を代表して、厚く御礼申し上げます」
簡単に父さんの挨拶が入り、続いて例年通り善治郎さんの乾杯の音頭、となるのだが。
「今年は、喜ばしい話があるので、皆にも伝えておこうと思う」
その言葉に、背筋が伸びる。視線が俺たちに集中する。
恐らく、今日の準備までの出来事から、皆これから善治郎さんが告げる内容を知っている。
しかし、内々に知っているのと公式に告げられるのとでは、重みが違う。
そう俺は思う。
「仲上本家の長男である眞一郎に、人生のパートナーが出来たとのことだ」
両親に促され、立ち上がる俺たち二人。今は俺が、ちゃんとする番だ。
「私の隣にいますのは、湯浅比呂美と申します。
 このたび、私たち二人はこれからの人生を共にしていくことを誓いました」
比呂美の肩がピクッと小さく震えた。
「この場をお借りして恐縮ですが、皆様にこのことをお知らせしたく、
 お時間を頂戴しました。ありがとうございます」
一礼をする俺に合わせて、比呂美もお辞儀をする。
続いて比呂美が話し始める。
「皆様、初めてお目に掛かります。湯浅比呂美と申します。
 このたびは仲上家のお集まりに参加させていただきまして、
 ほんとうにありがとうございます」
よどみなく言い切り、一礼する比呂美。
「眞一郎より口上いたしました通り、このたび私たちは将来を共にする誓いを立てました。
 どうか、宜しくお見知りおき下さいますようお願い申し上げます。
 本日は貴重なお時間を頂戴いたしまして、ありがとうざいます」
比呂美と共にお辞儀をする俺たち。
それが終わると同時に、善治郎さんが盛大に続けた。
「この若者二人の前途に明るい未来を祈念しつつ、乾杯としよう。
 ご一同、用意は宜しいか」
みんながグラスを持つ。勿論、俺たちも。
「眞一郎と比呂美両名に、乾杯っ!」
善治郎さんの発声で、一様にグラスが掲げられる。
「乾杯!」
「おめでとう!」
「よく言った!」
「乾杯!!」
「おめでとう、二人とも!」
親戚衆から声が次々と掛かる。
乾杯の音頭と共に口につけたウーロン茶を一口飲んでから、俺も比呂美も一礼した。
拍手が誰とも無く起こり、そして祝福の言葉が続く。
「ありがとうございます」
「ありがとう、ございます」
二人とも、…頬を朱に染めて、方々へ頭を下げ続けていた。

「いや、めでたい。
 眞一郎に、こんな綺麗な嫁さんを貰う甲斐性があるとは」
この人は…、善治郎さんの息子さん。今の麦端の町議さんだ。
「叔父さん。…甲斐性はこれから頑張りますから」
苦笑しつつも返答を返す。
比呂美を養うという点で甲斐性なしなのは、今は仕方がないことだと思っているけど。
「いやいや、器量の良い嫁を貰うのも男の立派なつとめというか甲斐性だ。
 それを見事クリアしたんだ。胸を張れ、胸を」
剛胆な人だと思う。肩をバンバンと叩いて、ウーロン茶を俺のグラスについでから、
叔父さんは行ってしまった。
「眞一郎。お前も、幸せ者だなぁ」
次に現れたのは、今の叔父さんの弟さん。呉服屋さんだ。
「結婚式の白無垢と紋付き袴は、ちゃんとうちで用意してやるから。
 ああ、今、娘が“ぶらいだるなんとか”というのもやっていてな…」
「お父さん!ちゃんと覚えてよ!
 ああ、眞一郎ちゃん久しぶり」
酔っぱらいになりかけの叔父さんの後ろから、
バシッとひっぱたいて激しい突っ込みを入れてきたのは、
この叔父の娘さんだ。当の叔父さんは、たははと笑いながら逃げてしまう。
「ご無沙汰してます。美智代さん」
「私ね、今お父さんが言って…いなかったけど、
 ブライダルプランナーやってるんだ。
 是非とも、眞一郎ちゃんたちの結婚式もよろしくね」
おいおい。早くも、結婚式のプランニングまで予約されてしまうのか。
ふと、隣を見ると、…比呂美は真っ赤。いや、俺もだろうが。
「比呂美ちゃんよね。
 よろしくね。私は仲上美智代っていって、…まあ、眞一郎ちゃんの親戚よ」
ニッコリとしつつ、難しいことを省略してしまう美智代さん。
相変わらずな方だと思うが、そういった性格を煩わしく感じさせないところはさすがだ。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
ぺこっと頭を下げる比呂美に、美智代さんは微笑みつつ、
「んー!
 見れば見るほど、良い素質持ってるわ。
 そうね。比呂美ちゃんには、やっぱり純白のドレスが良いかな。
 それとも、ちょっと薄いピンク系も良いかも」
頭の中では既に比呂美の着せ替えが始まっているらしい。
「う、うえでぃんぐどれす……ですか」
比呂美が真っ赤になったまま、囁くように言う。
「まあ、近いうちに正式にお願いすることとなると思いますので、
 その時には宜しくお願いします」
「どれす……って、あ、お願いします」
助け船、でもないだろうが、
自分のウエディングドレス姿を想像し始めた比呂美をそう言って救い出す。
まあ勿論俺の人生のタイムテーブルには、比呂美との結婚式がしっかりと入っている。
時期は未定でも、存在そのものはあり続ける、それは予定だ。
「それにしても、格好いいなぁ。
 いつの間に、眞一郎ちゃんはこんな覚悟完了な男の子になっちゃたのかな」
「そう、ですか?」
「そうそう。
 確か、去年のお盆なんて、お話しするどころか、
 ご飯終えたらさっさと部屋に戻っちゃうくらいだったのに」
よく見てらっしゃる。
確かに、去年のお盆は比呂美とも話すことも出来ずに、
どうしようもなくて、すぐに自分の部屋に引っ込んでいた。
「今は、まだ途中ですけど。
 ちゃんとしようと思ってますから」
「ほぉほぉ。
 比呂美ちゃんのおかげね。きっと」
ウインクを一つ、…比呂美に向ける
「えっ、あの…そうだと、嬉しいですけど」
「いえ、その通りです」
笑みを湛えたまま俺は首肯する。間違いなくそれは事実なのだから。
「んんー。良い。若いって良いわねぇ。
 是非是非、結婚式はお姉さんに任せてねぇ」
くいくいっと、俺たちにウーロン茶を注ぐと、
またあとでね、と言って、美智代さんは他の挨拶回りに行かれた。
「元気良いなぁ、美智代さん」
「凄いんだね。ウエディングプランナーさんなんだ」
比呂美が、美智代さんが注いでくれたウーロン茶を飲みながら言う。
「俺も今知ったよ。
 それにしても。うちの親戚だけで、結婚式の準備が出来そうだな」
「凄い、よね」
「確かに」
酒屋に呉服屋、ウエディングプランナー。
確か美智代さんの弟、徳史さんは旅行代理店勤務だったから、新婚旅行も心配ない。
「私も、頑張らないと」
「えっ」
賑やかに、談笑の輪が広がっている客間で、ふと、比呂美が呟いた。
「大丈夫」
「眞一郎、くん」
「隣にいる。それも約束したこと、だろ」
「――うん」
そっと、俺は比呂美の手を握った。

――――――――――

私たち二人は親戚のみなさんから、たくさんの祝意を受けた。
既に、食事も終わり片付けに入っているが、
台所での皆さんの言葉も、優しいものばかりだった。
「大丈夫よ。眞一郎ちゃんがああ言ってくれたんだから。
 それにしても良いねぇ、若いって」
「うんうん。それに、善治郎さんも承知のことなら、
 仲上の一門で何か言う人はいないから」
「比呂美ちゃんも、胸を張って眞一郎のお嫁になっておくれよ」
お皿を洗いながら、口々に皆さんが言葉を掛けてくれる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
感謝を込めて、私はお一人お一人に返事をした。
「えっと、これで以上かな?」
中澤さんが仕出しの空を引き取りに来ておられて、
それにおばさんが完了の合図を送る。
「机は明日取りに参りますので」
そう言って従業員さんと共に、車で仕出しの空を運んで行かれた中澤さんたちを見送って、
後片付けも無事終了する。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
「お疲れ様」
やれやれと、肩を回しながら皆さんエプロンをしまわれた。
残っている人たちの飲み物のグラスなどの片付けはあるが、
それはおばさんと私で十分対処できる。
「比呂美」
そこに、眞一郎くんが来てくれて。
「善治郎さんに」
と告げる。
そう。今日一番の恩人に、私たちは挨拶を忘れてはいけない。

「今日は、本当にありがとうございました」
ふすまを外して開放していた仏間も、今はふすまが戻されていて、
善治郎さんにおじさんとおばさん、そして私たち二人がいる。
おじさんの挨拶の後、善治郎さんは笑顔のまま手を振る。
「いやいや。
 私がしたのは、順番をしっかり守った眞一郎たちのためだからだよ」
「ありがとうございます」
眞一郎くんの言葉に合わせて、私たちは一礼する。
「眞一郎、比呂美さん」
はい、と返事をする二人。
「人生これからも、いろいろな山が何時如何なるときに現れるか、わからん。
 しかしな、一人で超えるよりも二人で超えることの方がどれだけ心強いか」
頷く私。その通りだと、私は思う。
眞一郎くんがいてくれるだけで、私は前に進んでいける。
現に、今、前に進めているのは、眞一郎くんがいてくれるお陰。
「だがの。
 それは半人前を二つ並べて一人にしておるようでは、
 一人で超えるよりもそれは困難なことだろう」
その言葉に、私も眞一郎くんも背筋が伸びる。
眞一郎くんに手を引かれるだけの私では、決して眞一郎くんのためにも、
勿論、私のためにもならない。
自立して自覚して、そして自主的に、行動し考え、乗り越える。
そうして初めて、二人は困難にも打ち勝つことが出来る。
善治郎さんはそう仰っている。
「判りました。
 俺たち頑張っていきます」
「私も、同じく頑張りたいと思います」
「うむ。
 今日は良い時間を過ごさせて貰った。
 浩君、ありがとう」
微笑まれて一つ頷かれると、そう言って頭を下げられる善治郎さん。
「いえ、こちらこそ、至らぬ息子のために、ありがとうございました」
慌てて、おじさんもおばさんも頭を下げられた。

こうして、仲上の親戚の皆さんにも、
恐らく、仲上のご先祖様たちにも、私たちは誓いを立てた。

「疲れたでしょ、比呂美ちゃん。眞ちゃん。
 もう、休んで良いわよ」
時刻は22時を回っていた。
既に、親戚の皆さんは皆帰途につかれていて、
今仲上家のいるのは、おじさんたち夫婦と、眞一郎くんと私の4人だけ。
「ああ、じゃあ休むよ、お休み」
「おやすみなさい。
 二人とも、夜更かししちゃ駄目よ」

部屋に戻ると、
早速、眞一郎くんがキュッと抱きしめてきて。
「お疲れ様」
「うん、ありがと」
「ああ」
しばらく、こうしていた。
この時間も、私は好き。
こんなに眞一郎くんの傍にいることの出来る時間だもの。
「明日、午前中。
 時間あるか?」
「良いけど、どうしたの」
そう言いつつ、とても優しい顔をする眞一郎くんに、
私はこれから彼が告げるであろうことに気づきながらも、そう尋ねた。
「いや、俺たちにはもう一カ所、
 ちゃんと報告しに行かなきゃいけない場所があるから、さ」
――ちゃんと、眞一郎くんは判っていてくれている。
ちゃんと、してくれている。
「お前のお父さんやお母さんに、しっかり言わないと。
 …比呂美を俺の嫁に下さい、って」
「うん。そうだね…」
悲しい涙を、あの日から彼は私に流させない。
でも、幸せの涙は、何度流しても、尽きることはないのかも知れない。
そっと、私の頬を撫でて、涙を拭ってくれる眞一郎くんに、
私も心から伝える。
「…大好き…」
「俺も、大好きだよ」
想いを伝える大切さを学び、想いを叶える為の困難を乗り越えることの出来た私たち。
きっと、きっとお父さんもお母さんも、祝福してくれている。

遠くない未来。
将来を誓い合った二人が立つ、夫婦としてのスタートライン。
遠回りしすぎた私たちだけど、きっと大丈夫。

眞一郎くんの胸の中で抱きしめられながら、私は誓う。
何気ない日々を一緒に紡いで、一歩一歩頑張ろうね、と。
私たち同じ場所に、立てているのだから、ね。

そんな私たちの、それは8月の出来事。



【後書きという名の言い訳】
今晩は、独り言の人です。
今回は、とあるお方のツボなシチュエーションで書いてみることを念頭に、
頑張ってみたんですけれど、…予想以上に長くなりました。(汗)
あと、ツボに入っているかも微妙な気が。(滝汗)
お話に関してですが、基本的に眞一郎派でもあるので、
かなり“ちゃんと”していく眞一郎になってます。
彼にとって、ちゃんとしていくことが比呂美さんとの仲を進めていく手段である、
との認識は、ほぼ出来上がっているのではないのかなと思いますが、如何でしょうか。
まあ、まだ眞一郎も比呂美さんも高校生ですので、
本来ならば親類縁者への紹介などは早すぎる話だと思いますが、
仲上の家の特殊性も鑑み、(何せ、町内で「坊ちゃん」と呼ばれる眞一郎)、
この様な形にさせていただきました。
こういったものでも宜しければ、またお付き合い下さいませ。
ここまで、読んでいただきまして本当にありがとうございました。

ちなみに、本文中の、
「ありゃぁ、眞一郎ちゃんもでかなられて。かたい子になられたけ」
とは、
「あら、眞一郎ちゃんも大きくなって。良い子に成長しましたか」
という意味の富山弁です。
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