Amour et trois generation Pressentiment qui est triste(悲しい予感)


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「おっはよ~う」
 あさみが教室に入ってきた。
「おはよう」
「おはよう」
「オハヨ」
「おはよ」
、朋与、美希子は机を寄せ合って、ノートを取っている所であった。それを比呂美と真由
が傍から見ている構図である。
「あれ、何やってるの?」
 あさみの質問に朋与が顔を上げずに答えた。
「見ての通り、宿題よ」
「しゅくだい?」
「先週出てたでしょ?旅行から帰ってからやろうなんて甘く考えてたのが間違いだったわ」
 きょとん、としたあさみの顔貌がみるみる蒼ざめていった。
「……もしかして、すっかり忘れてた?」
 比呂美の問いに
「きれいさっぱり忘れてた……」
 平坦な声で答える。そして
「朋与、美希子!あたしも写す!それ見せて!」
「ちょっと、押さないでよ」
「あさみ、一冊のノート三人で見るのは無理だと思う」
 美希子の冷静な指摘にあさみが悲しそうな顔貌をする。
「そんな~」
「諦めて他の人に見せてもらいなさい」
「そう言われても誰に頼めば――」
「現在進行形で宿題書き写してる人がもう一人」
 美希子が首を動かす。あさみがその動きを追うと、必死にシャーペンを走らせる眞一郎
の姿が見えた。
「仲上君!私にも見せて」
 あさみが突撃をかける。眞一郎は「うぉっ!?」と一瞬は驚いたが、相手をする間も惜し
いと思ったか、そのまま作業に戻った。
「――でも仲上君が忘れて来たのは意外だったな」
 真由が言った。
「比呂美、言ってあげなかったの?」
「あ……うん。私はもらったその日に終わらせちゃったから。昨日は会ってないし」
 朋与と美希子が同時に顔を上げた。
「え、嘘」
「まさか、喧嘩でもしたの?」
「してないよ。喧嘩してたらノートなんか貸さないでしょ」
 眞一郎が写しているのは比呂美のノートである。
「いや、だって比呂美が仲上君と一日顔を合わさないでいられるなんて……禁断症状とか
出たりしてない?」
「私、何の中毒?」
 比呂美が言い返した。
「お掃除とか洗濯とか、そんなことやってたら日曜日が終わっちゃったの。そんな大した
話じゃないでしょ」
「冗談よ、わかってるって」
 朋与があっさりと切った。やっぱりいいコンビだな、と真由は思った。
「まあ、別の意味で意外だったのは」
 美希子が言った。
「野伏君がちゃんとやって来たって事よね」
 その三代吉は自分の席で何をするでもなくぼんやりとしていた。眞一郎が宿題に没頭し、
話し相手がいないためである。
 現実的に、あまり他人と話したい心境でもなかった。愛子の行動が理解できずにいるた
めである。
 旅行から帰り、愛子に逢いに店に行った時は特におかしな所はなかった。全くいつも通
りの愛子であった。
 それが、突然おかしくなった。
 やはり、あれはあのプレゼントを渡してから変わったのだと思う。それ以外に考えられ
ない。
(しかし、何がいけなかったんだ?)
 それが三代吉にはわからない。
 昨日は一日愛子に会えなかった。店には「勝手ながら本日臨時休業とさせていただきま
す」の張り紙が貼られ、無人だった。携帯にもかけたが
『ごめんなさい、まだ治らなくて』
 とだけ言われ、ほとんど一方的に切られてしまった。声を聞く限り、実際に生気もなく
体調の悪さを感じさせたが、三代吉には何か釈然としないまま、今日を迎えたのである。
(俺に言いにくい事情があるのかな)
 ならば誰かに訊いてもらうか。しかし誰に?
 眞一郎は止めておいた方がいいだろう。眞一郎なら親身になって相談に乗るであろうし、
愛子の事も心から心配してくれるだろうが、奴の場合親身になるあまり事態をややこしく
してしまいかねない。それに、愛子が自分に言えない事を眞一郎に話している姿と言うの
は、何と言うか複雑なものがある。
 湯浅なら?眞一郎よりはいいだろう。女同士、話しやすいかもしれない。しかし、一つ
だけ心配な事があった。最終的に眞一郎の耳に入り、やはり事態をややこしくしてしまわ
ないかという事だ。眞一郎と湯浅が絡むと、簡単な問題をもの凄く複雑にしてしまいそう
で、それが心配なのである。また、もし三代吉が眞一郎には言わないように頼んだとして、
湯浅が自分とこそこそ話し合っている状況を、眞一郎が愉快に思うはずがあるまい。
 黒部達は特別愛子と親しいというほどではなく、三代吉とも悩みを聞いてもらうような
関係ではない。
「どうしたもんかねえ……」
 独り言がもれた。三代吉の人生で、こういう問題が起こったのは初めての事だった。



 理恵子は午前中に洗濯や玄関の掃除などを終えると、一息ついた。この時期は比較的余
裕がある。
 お茶を淹れ、一旦座った理恵子は、ふと思いついたように箪笥に向かい、引き出しから
細長い箱を取り出した。
 ふたを開ける。中に入っているのは青磁のペンダントであった。理恵子は箱から出さな
いまま、指先で愛しそうに表面をなぞった。
 修学旅行から戻った比呂美と眞一郎を迎えるために理恵子が用意したものは「ポトフ」
であった。普通ならもっと家庭的な料理を選択するであろうし、愛子からも不思議がられ
たが、理恵子には理恵子の考えがあった。
 理恵子が比呂美に謝罪し、比呂美がそれを受け入れて以来、二人は意識的に会話の時間
を多く持ってきた。それは一年半という時間を取り戻すための作業であり、理恵子が湯浅
夫妻を改めて知る機会でもあった。
 母子家庭であった中でも、比呂美の母、香里は料理をよく作ったが、その中で最も得意
と自賛していた料理が、ポトフであったという。
『父が好きだったそうです』
 比呂美は香里からそう聞かされていた。一人暮らしを始めて以来、自分でも挑戦してみ
たが、どうしてもその味が再現できないのだと言う。
『何か隠し味に使っているんだと思うんですけど、それがわからなくて』
『お母さんから教えてもらわなかったの?』
 理恵子はそう訊いた。比呂美は料理も人並みには作れたから、教えればすぐに作れるは
ずだ。
『母からは、あまり教わってないんです』
 比呂美は答えた。
『お味噌汁とかは見様見真似で何とか同じものが作れたし、シチューとかカレーなら市販
のルーを買ってくれば大体同じに出来るんですけど、ポトフとか、煮付けとか、そういう
のは中々近付かなくて……』
 料理が出来る人間にも、自分で試行錯誤しながら目標に近付いていくタイプと、レシピ
を正確に再現していく事でレパートリーを増やしていくタイプがいる。比呂美は後者なの
だろう。
 そして、湯浅家のポトフには、理恵子は心当たりがあった。比呂美の父、眞治は学生時
代から理恵子の作るポトフを絶賛し、香里もその事を承知していた。香里のポトフは、理
恵子から教わったものなのである。
 理恵子は、比呂美に自宅に帰ってきた気分になってもらいたくて、敢えてポトフを作っ
たのである。
 比呂美はポトフを見た時には特に何の反応もなかった。一口を口に入れ、その直後、目
を見開いた。
『……!これ……』
 比呂美が理恵子を見る目で、理恵子は自分の読みが正しかった事を知った。そして内心
喜びながら、
『やっぱりこれでよかったのね。ポトフだけはあなたのお母さんの作ったものを食べた事
があったの。よかった、後で作り方教えるわね』
 ひろしがほんの一瞬理恵子を見たが、何も言わず食事を続けていた。
 種明しをすれば、材料を煮る水にブイヨンと、ほんの一さじ昆布茶を入れるだけである。
ただそれだけの事だが、比呂美に教えて上げられる事が嬉しかった。
 逆に言えば、理恵子から比呂美に教えられるのはこれくらいしかないのである。
「あなたの親なら、教えて上げられる事はもっとあるのだけど……」
 ペンダントを見ながら、理恵子は呟いた。
 その後、眞一郎が両親と従業員向けの土産を渡し、続いて比呂美が同様に菓子を出した
後、もう一つ、小さな箱を取り出した。
『それと、これ、私からおばさんに……』
 恐る恐る差し出された『それ』を見て、今度は理恵子が目を見開く番だった。
『これを……私に?』
『はい。どんなものが好きかよくわからなかったので、気に入っていただけるかわからな
いんですけど』
『……開けていいかしら?』
『どうぞ、見て下さい』
 緊張を表に出さないよう注意しながら包みを剥すと、中に入っていたのは青磁のヘッド
が付いたペンダントだった。
 理恵子はしばらくそれをじっと見つめていた。比呂美は辛抱強くその様子を見守ってい
たが、やがて不安そうに、
『あの……おばさん?』
『ありがとう。とてもきれいなペンダントね』
『いえ……』
『今はこれから水仕事しないといけないから、後で着けてみるわね』
『はい、お願いします』
 だが、理恵子はその後も、このペンダントを身に着けていない。
 デザインが気に入らないわけでは、もちろんない。ただ、今の理恵子は、自分がこれを
身に着ける事は出来ないと思っていた。
「本当なら、香里がもらうべきものなのよね……」
 理恵子はそれを「事実」として捉えていた。
 比呂美はまだ母親を必要としている。人生の道標として、描くべき未来の姿として、親
とは子供にとってそうあるべきだと理恵子は考えていた。比呂美は両親を失い、仲上の家
が引き取った。理恵子の良人は比呂美にとって新たに父親としての姿を示している。だが、
自分は?私は比呂美に何をしてきた?どの顔で母親代わりなどと言えるだろう。
「あなただって許さないわよね。今更私がそんな……」
 今は亡き旧友に語りかけた。比呂美は私が責任を持って育てる。その言葉に偽りはない。
比呂美は私が守る。その覚悟に迷いはない。しかし、自分が比呂美の母親になる事は、決
して望んではいけない事だと思った。比呂美から母親への尊敬も、父親への思慕も、想い
人との夢も奪いかけた自分に、そんな事を夢見る権利も、資格もない。
 本来なら母親に贈られるべきそのプレゼントを、自分が身に着ける事を、私が香里なら
ば許しはしない――。



 昼休み、いつもの通り乃絵は地べたに「天空の食事」を持って来ていた。
「元気だった、地べた。さ、天空の食事よ」
 自分が旅行に行っている間は部長が面倒を見ていてくれたらしい。本来生物部の管轄で
あるから当然なのだが、見たところ掃除も行き届き、きちんと世話はしてくれていたよう
だ。
「ごめんね、お土産はいいのがなくって」
 乃絵はそう言った。地べたのためにと初めひよこ饅頭を買い求め、次には有田焼の茶碗
を砕いて地べたに与えようと考えたが、いずれも日登美や桜子に止められた。
「何かいいもの買ってきてあげるつもりだったんだけどね……」
「あ、石動さん、来てたのか」
 声に振り返ると生物部長が手に餌を持って鶏小屋に近付いて来る所だった。
「部長、ありがとうございます」
「ん?ああ、いいのいいの。どうせうちらの仕事なんだから」
「お土産、後で部室に持って行きますね」
「うん、ありがとう、で、シロには何買って来たのかな?」
 シロというのは地べたの元々の呼び名である。雷轟丸は当然クロだ。
「これっていう物が見つからなくて。部長の時はどうしたんですか?」
「唐津焼の茶碗。粉々に砕いたら喜んで突いてくれた」
「…………」
 少なくとも自分は、部長よりは常識的な友人を持っているらしい。乃絵は思った。
「どうかした?」
「なんでもないです」
 ガサッ
 背後から足音が聞こえて、乃絵達は振り向いた。三代吉が露骨に嫌な顔をして立ってい
た。
「何?」
 質問としては真っ当だが、簡潔に過ぎる訊き方で乃絵が訊いた。
「ここなら独りで考え事が出来ると思ったんだがな」
 言外に失せろと言うメッセージを明確に滲ませて三代吉は答えた。顔見知りではあって
も友人ではなく、お互いにそういった相手に気を遣うといった事を知らない同士である。
「うん、石動さんが餌を持ってきてくれたならもうこれはいらないね。僕はもう消えるか
ら気にしないでくれたまえ」
 全く気にした風もなく部長が言った。恐らく、本当に気にしていないのだろう。
「私も行く。地べたいじめないでね」
「しねえよ」
 心外な事を言われて三代吉の気分が更に落ち込む。俺は女難の相でも出てるのか?
「――あら?珍しい取り合わせだこと」
 別方向、つまり渡り廊下の方からルミが現れ、不思議そうに三人を見ていた。
「先輩、どうしたんです?」
 三代吉が訊いた。どうやら今日は独りにはなれないらしい。
「うーん、どうしたって事もないけど、中庭も教室も騒がしくて静かな場所探してたら何
となく……」
「いつからここは哲学者達のプロムナードになったんだ」
 部長がプロムナード(散歩道)などという詩的な表現をした事に乃絵が噴出した。
「部長、行きますよ」
 ごまかすようにしかめつらしい顔でそう告げると、乃絵はその場を去っていった。部長
はその後を付いていったが、自分のちょっと気取った表現に誰も感心してくれない事に、
少し傷ついているようにも見えた。
「修学旅行、どうだった?」
 乃絵と部長が退場して行くのを目で追って、ルミが三代吉に訊いてきた。
「まあまあです」
「楽しくなかったの?」
「いや、楽しかったですよ。景色もこっちとは違うし、食い物も美味かったし」
「安藤さんが一緒じゃないから半減した?」
「そりゃ、まあ、ね……」
 学校も学年も違う彼女を持てば、学校行事を一緒に過ごせない事など承知していたが、
周りには自由行動をカップルで動く連中が想像以上に多かった。まして彼の目の前には眞
一郎と比呂美という、ほとんど片時も離れない二人が常にいたのである。
「あれを見せつけられるとさすがに思い出しますよ」
 ルミは口元に手を当てて笑いながら、
「それは災難だったわね」
「まあ、あれは磁石のNとSみたいなものだから」
「それもそうね」
 ルミは納得した。
「それで?安藤さんへのプレゼントはどうしたの?」
 ルミの言葉に三代吉の表情が翳った。乃絵と生物部長の珍妙なリズムで一瞬でも忘れて
いられたのが、再び思い出してしまった。
 ルミが表情の変化に気づいた。
「どうかした?ひょっとして、不評だったの?」
「不評というか、なんと言うか……」
 三代吉はごく大雑把に、事の次第を話した。決して多くはない共通の知人であり、一応
プレゼントの相談に乗ってもらった相手でもある。
「――で、昨日は店も休みで連絡も取れない、と?」
 話を聞いたルミが確認する。三代吉は黙って頷いた。ルミは口元に手を当て、考え込む
様子を見せた。傍からは困惑しながらも真剣に相談に乗っているように見える。
「ちょっとわからないわね。今の話だとお土産を渡された時は喜んでいたんでしょう?そ
れが中身を見てから変った、と三代吉君は思うのね?」
「ええ、それまではいつもの愛子だと思ったんですが……」
「あんまり高価すぎて引いちゃったのかしら?」
 三代吉は暫く考えてから、答えた。
「……にしては、俺を追い出すようにしたり、店まで休んだり、反応が少し凄すぎるよう
な…………」
「そうか、それもそうね」
「何か俺が気に障る事をしたのなら、そう言ってくれれば謝りようもあるけど、これじゃ
あなあ……」
あてがわれた手の奥で、ルミの口元が笑いを浮かべた事に三代吉は気づかなかった。
「――私が訊いてきて上げましょうか?」
「え?いいんですか?」
 三代吉は訊き返した。三代吉自身、ルミに訊いてもらおうかという考えも浮かんではい
た。ルミを前に自分から言い出さなかったのはそれほど自分がルミと親しいわけではない
からである。
 それがルミから申し出てくれるとは、渡りに船だ。
「もしイヤリングが気に入らなくて機嫌を損ねているのなら、私にも責任があるもの。い
いわ、私が訊いて来てあげる」
「そうしてもらえると、助かります。実は、誰に頼もうか困っていたんですよ」
「まかせて。今日にでも会ってくるわ」
 三代吉がようやく、少し安心したように笑った。即解決、とは行かないだろうが、これ
できっかけは掴めそうだ。
 三代吉とルミは鶏小屋を離れた。



 愛子は学校から店への道を、浮かない表情で歩いていた。
 これ以上店を閉めておくわけにもいかない。しかし、店を開ければ三代吉と顔を合わせ
る事になる。そうなったら、三代吉は間違いなくこの前の事を問い質すだろう。その時、
あたしはどう答えればいい?
 答えはわかっている。素直に訊けばいいのだ。どうして真珠なんて高いものをあたしに
くれるの?小鳥遊さんって誰?
「訊けるわけないよね……」
 常識的に考えれば、自分の邪推の可能性の方が高いのだ。小鳥遊という名前はかなり気
になるが、それを確認しようとすれば自分が三代吉の携帯を覗き見たことを白状しなけれ
ばならない。それは愛子が三代吉を信用していないという事になりはしないか。
「見なきゃよかったかなあ……」
 いまさら遅いが、愛子は携帯を見た事を後悔していた。
「安藤さん」
 自分を呼ぶ声に振り返ると、高岡ルミが立っていた。
「高岡さん。どうしたの?」
「ん、うん……。ちょっと、ね」
 ルミは歯切れ悪く答えた。何か気にかかることがあって、けれどどう切り出せばいいの
かわからない、そんな感じだ。
 だが、ルミも決意を固めたようだった。
「ねえ、安藤さん、少し、時間あるかしら?」
「え?まあ、少しなら……」
「それじゃ、どこかに寄っていかない?『あいちゃん』でもいいけど、できれば他の処で」
「いいけど」
 愛子はルミの誘いに乗った。ルミの雰囲気に何か感じるところがあったのも事実だが、
三代吉と顔を合わせる事を少しでも遅らせたいという心理も働いていた。話をするのに自
分の店ではなく、どこかに寄り道出来るのなら愛子にとってもありがたかった。
 二人は近くにあるファミレスに入った。ドリンクバーを注文し、それぞれに飲み物を持
って席に戻る。
 暫くはどちらも、他愛無い事を話していた。受験の話、小学校時代の同級生の事、サッ
カー日本代表の話題…………。やがて話題も尽きた時、ついにルミが本題を切り出した。
「ねえ、安藤さん、私の思い違いなら謝るけど、最近、三代吉君と上手くいってる?」
「えっ?」
 愛子は即答しなかった。なぜルミがそんなことを思ったのか、つまりは学校でルミにそ
う疑わせる何かがあったという事である。
「……どうしてそう思ったの?」
 愛子は訊き返した。無意識に目を逸らせている。
「やっぱり、少しギクシャクしてるのね」
 ルミは飲み物に口をつけ、一旦気持ちを落ち着かせるように目を閉じてから、言葉を続
けた。
「もしかして――違ってたらごめんなさいね――彼の浮気を疑ってるんじゃ――」
「どうしてわかるの!?」
 思わず愛子が口を挟んだ。ルミは愛子を見つめ、やっぱりという顔をした。
「どうして三代吉君が浮気してるなんて思ったの?何かそんなそぶりを?」
「いや、そぶりって言うか……」
 愛子は躊躇った。ルミにどこまで話せるだろう?
 しかし、考えてみれば愛子の友人で、三代吉の事を知っているのは比呂美とルミだけな
のである。そして、比呂美では眞一郎を通じて三代吉に伝わってしまうかもしれない。比
呂美を信用していないわけではないが、眞一郎相手にも秘密を守れるかどうかまで、愛子
は確信が持てなかった。
 それに比べれば、ルミは三代吉とも、眞一郎ともそれほど親しくはない。特に眞一郎に
対しては――朋与他女バスのほとんどがそうであるように――どちらかと言えば嫌ってい
る方である。ここで相談したとしても、三代吉にまで話が伝わるとは考えにくい。
 愛子は話す事に決めた。
「――修学旅行」
「え?」
「修学旅行のお土産に、イヤリングをお願いしたの。ハウステンボスなら売ってそうな、
ガラスのきれいな感じの」
「それで?」
「でも、あいつが買ってきたの、真珠の飾りのイヤリングだったの。どう見ても高そうな」
「真珠?凄いじゃない」
「高岡さん、前に言ったでしょ、記念日でもなんでもない日に必要以上に高いプレゼント
を買ってきたら要注意だって」
「あ…………」
 ルミが思わず声を出し、しまったと言うように口に手を当てた。
「それで、三代吉がトイレに言ってる隙に、その……携帯見ちゃったの」
「三代吉君の?何でそんな事を――」
「悪い事だとは思ったけど、手が止まらなかったのよ」
 愛子の声は少し苛立ちが含まれていた。
「でも、履歴を見てみたら……あったの、一軒だけ……『小鳥遊』って言う人からの電話」
 ルミの顔色が変わった。そして思わず呟く。
「やっぱり……」
 愛子がその言葉に反応した。
「高岡さん……?何か知ってるの……?」
 ルミが目を背ける。
「い、いえ、別に……」
「高岡さん、学校で何か見たか、聞いたかしたんでしょ?だから私と三代吉が上手くいっ
てないなんて思ったんじゃない?ねえ、教えて!何を知ってるの!?」
「…………別に何を知ってるという事ではないの。ただ、その……」
「言って、覚悟はできてるから」
「今日、見かけたのよ、三代吉君が石動さんと楽しそうに話してる所」
 愛子が蒼白になった。
「嘘……」
「ああ、いえ、勘違いしないで。楽しそうって言うのは遠目から見た印象だけで、実際何
を話してたかはわからないから。ただ、あの鶏小屋、周りからは死角になりやすいのよ。
体育館との渡り廊下くらいしか見通せる場所がないから。そんな所に三代吉君がいるから
どうしたんだろうと思ったら、石動さんもいて……ちょっと不自然かなと思ったの」
 ルミの言葉に嘘はない。ただ、乃絵の他にもいたという事実を省略しただけである。そ
れだけで、愛子に大ダメージを与えたのだった。
「安藤さん……ごめんなさい、私が余計な事言ったばっかりに」
「いいの……ありがとう、高岡さん」
「安藤さん、私、相談に乗らせて。このままじゃ私、責任感じちゃう」
「うん、お願いするね」
  ファミレスで二人は別れ、愛子は店にふらふらと歩いていった。ルミは自宅へ帰る道
で、電話をかけた。
「――あ、三代吉君?私、高岡です。安藤さんに会ったけれど、特に変わったところはな
かったわよ?今日はまだ体調が戻らないから店は休むって言ってたけど、考えすぎじゃな
いかしら?」



                 了

ノート
三代吉が宿題をしてきたのは「あいちゃん」が臨時休業でやることがなくなったからです。

当初、ルミが愛子にミスリードする相手には乃絵ではなく朋与を使う予定でした。
背格好がキャプテンに近い朋与にミスリードしておいて、変装して三代吉と一緒に歩いてるところを見せてそれが朋与と勘違いさせる……
という展開を考えていたのですが、比呂美や眞一郎と近すぎ、露見しやすいだろうという事で計画変更、何も知らないまま乃絵が巻き込まれる
形に変更しています(夏祭りの話で、三代吉と朋与をコンビで動かした頃は朋与で考えていました)
結果、物語の扱いがよりデリケートになっています。

終わらせ方は大体決まっていますが、細かい修正は入れながら進んでいきます。
ツールボックス

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