ある日の比呂美・番外編2-8


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「クッ!!」
奥へ突き込め、という遺伝子の命令を断ち切ったのは、眞一郎の強固な意志だった。
『比呂美を悲しませない』という強い決意が、発射の寸前で腰を捻らせる。
「!!!」
胎内を埋め尽くしていた熱が、瞬時に消え去る感覚を比呂美は味わった。
絶頂の根源たる物体が行為の終息前に抜き取られるのは、比呂美にとって初めての経験である。
その喪失感が、快感で真っ白になっている思考に黒い何かを数滴……ほんの数滴、混ぜ込んでいく。

    …………おいてかないで…………

眞一郎と『噛み合わない』という現実が、比呂美の胸の奥に呼び起こす小さな不安。
離れないで欲しいという切ない想いを具現化するように、腿が逃げるペニスを追いかけて内側に閉じる。
「クッ! 比呂美ぃッ!!」
逃亡先に先回りしていた快楽に絡め取られ、眞一郎の声帯は情けない音を発した。
そして、決壊寸前の『自身』を素股で愛撫されることと、もう大丈夫なのだという安心感が、眞一郎の欲望を開放させる。

    ビュッ! ビュッ! ビュッ! …………

内圧によって拡げられた亀頭の出口から、猛烈な勢いで噴き出す、液体とは呼べない高粘度の白濁。
子宮の底へと撃ち込まれるはずだったそれは、比呂美が手をつく浴槽の外壁へとぶち当たり、品の無い音を立てた。
(あぁ……あぁ…………)
絶頂の白い闇の中に漂う比呂美の耳に、粘着質な衝突音がこだまする。
眞一郎の命が胎外で弾ける……願望が成就しなかった証の空しい音が。
(…………ッ……)
快感に耐えるために噛み締められていた比呂美の奥歯が、湧き出した別の思いを表現してギリと鳴った。
だが、その小さな苛立ちは、眞一郎に届かない。
比呂美の感情をよそに、窄められた内股を膣に見立て、眞一郎は腰を送り出して体内の精を搾り出し続ける。
「んッ! んッ! んッ!」
無意識に鼻腔から漏れる声に合わせ、パチン、パチンと比呂美の臀部を打ち続ける眞一郎の下腹。
それはまるで、孕め、孕めと眞一郎の肉体が自分に向かって叫んでいるかのように、比呂美には感じられた。
(……逃げた…くせに…………)
眞一郎の心と身体の乖離に、苛立ちを増幅させる比呂美の中の牝。
だが、恋人たちのすれ違う想いとは関係なく、二人の肉体は快美感に反応し踊り狂った。
そして射精は徐々に終息に向かい、眞一郎の腰は『打ち止め』を示すぶるりという短い震えを比呂美に伝える。
比呂美の肢体もまた、内在する澱みとは裏腹に、『痙攣』という形で味わっている悦びを眞一郎に伝播させた。
…………
…………
比呂美と眞一郎は、行為が終わった時の体勢でしばらく固まっていた。
……もう動けない…… ……動きたくない……
そんな事を考えながら、活力の全てを使い果たした二人は、性交が与えてくれた悦楽の余韻に浸る。
しかし、今まで緊張を強いられていた肉体には我慢の限界が近づいていた。
筋肉が意識の制御を離れ、糸の切れた操り人形のごとく、二人の身体は床へと崩れ落ちる。
バスマットにあぐらを掻く形で尻餅をついた眞一郎の上に、追随して落ちてくる比呂美の身体。
眞一郎は僅かに残った体力を振り絞り、身を投げ出すように倒れ込んでくる比呂美を何とか受け止めた。
「比呂美? 大丈夫か?」
精気が失せた様子の比呂美を心配し、眞一郎は首を回して顔を覗き込む。
「…………」
呼びかけに応えない比呂美の視線は、バスタブにべっとりと張り付いた白濁へと、真っ直ぐに向けられていた。
薄く開かれた瞼の奥から発せられる眼光と、浅い眉間のシワが、比呂美の抱えた不満を如実に表現する。
……眞一郎の判断は正しい…… それは分かっている…… ……けど……
この苛立ちは間違いだと充分に理解しながら、『無言』という鞭で眞一郎を責め立ててしまう比呂美。
(……でも…私は……欲しかった…………)
再び瞼を閉じてから、比呂美はそう胸中に呟き、唇を小さく噛み締めた。
…………初めての……心が満たされないセックス…………
比呂美の焦燥を感じた眞一郎が、謝意のつもりなのか無言で乳房を弄ってくる。
だが、空しさに包まれた比呂美にとって、そんな眞一郎の気配は、今はただ煩わしいだけだった。

        [つづく]


ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。