海に行きましょ


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夏といえば、海である。
「…誰がそう決めたんだ?」
放課後の教室。既に、授業と掃除を終えた生徒たちは、
帰宅組と部活組に分かれ、それぞれの場所に向かっていた。
そんな中で呆れ顔でそう指摘するものが、一人。
目下帰宅組に所属しつつも、部活組が終わるまで学校に残っている仲上眞一郎、
その人である。
「あのなぁ。
 難癖をつけないでくれよ、眞一郎。
 ……お前だって、湯浅比呂美の水着姿、見たいだろう?」
一方、突っ込みを入れられてふて腐れていたのをすぐに置き、さくっと一転。
ニンマリとし直す相方は、同じくクラスメイト、野伏三代吉だ。
「……おいおい。
 コタンがバレバレなんだよ」
とか言いつつ、一瞬でも自分の恋人である比呂美の水着姿を想像してしまった眞一郎。
しかし、頬を軽く朱に染めつつも、すぐに首を振って見せる。
すんなりと三代吉の策略に乗る気はない、らしい。
「良いんだよ、それでも」
だが相方、三代吉は動じない。
「なぁ、頼む、眞一郎。
 是非とも、湯浅比呂美と一緒に来てくれよ」
拝み倒し、というか、眞一郎に向かって一生懸命に拝んできた三代吉。
真剣である。
「はぁ。
 つまりそれは、愛ちゃんを誘う“餌”だな」
「おっ、ちゃんと判ってんじゃないか。
 さすがは眞一郎」
「…ホント、お前なぁ」
愛ちゃん、こと三代吉の“彼女”であるところの、
眞一郎の“幼馴染”安藤愛子は、古城高校の3年生だ。
学校も違うし、学年も一個上。
(やっぱ、海とかになると誘いにくいのか)
眞一郎も、三代吉の気持ちがわからないわけではない。
今年の冬は、色々なことがあったから。
色々ありすぎて、訳が判らなくなったこともあったけれど。
そう。色々、あったのだ。

今年の冬。
眞一郎にとっても、三代吉にとっても、
そして愛子たちにとっても、特別な冬が過ぎ、いま、夏が来ていた。
夏が、来ていたのだ。
「だからこそ、海に行こうぜ、眞一郎っ!」


truetears SS

「海に行きましょ」



ここに来て一応、比呂美に聞いてみるだけ聞いてみようかな、
くらいの心境にまでランクアップしていた眞一郎に、
三代吉はさらなる行動に出ていることを伝えた。
「まあ、お前だけではなくて、別口にも“お願い行脚”してるからさ、俺」
「お願い行脚って…おいおい」
他に頼まれている人がいて、もしその人がこのことをOKしているのならば、
自分が断るのはその人に悪い気がする。
ましてや、話を振ってきているのは自分の親友たる三代吉だ。
愛ちゃんの件もあるし、……。
…と、眞一郎にとって正直断りがたい状況に追い詰められていた。
(はぁ…)
眞一郎はことここに至って、ようやく重い腰を上げる気になっていた。
「で、あと誰に頼んだんだよ」
「ああ、貫の奴に」
「貫太郎にか?
 …良い迷惑だな」
佐伯貫太郎。白山麦端神社の宮司の息子である。
眞一郎とは不思議と、小中高と一緒の学校なのに同じクラスになったことのない、
そういった意味でも縁のある友人だ。
「良いんだよ。
 あいつには、もうちょっと苦労させないと」
「どんな苦労だよ」
ちなみに、三代吉と貫太郎も友人である。
父親同士が仲が良いこともあるのだろう。
もうちょっと苦労、と言いつつも、ニンマリとしているところは、
イタズラを仕掛けている感じに見えなくもない。
「ともかく、湯浅比呂美の説得、頼んだぞぉ」
「おい、待てよ。
 三代吉っ?!」
「俺は今日も愛ちゃんとこでバイトだぁ」
さくっと、三代吉は一人で用件を告げ終わると、帰ってしまった。
「何なんだよ、おい」
そう言いつつ、放課後の教室に一人、取り残された眞一郎だった。

「と言う訳なんだ。
 頼むよ」
結局、眞一郎はその日の帰り道。
彼女たる比呂美に、海行きを願いでることになってしまっていた。
「仕方ないなぁ」
と言いつつ、比呂美自身は呆れてはいない様子だ。
「でも、眞一郎くんと夏の海に行ったこと、最近無かったよね」
そっと囁く一言。
去年は、仲上の家の中にいたため、比呂美は眞一郎への気持ちを封印していた。
だから、眞一郎と海水浴に、などと想像はしても、実行になど移せるはずもなかった。
でも、今は行ける。眞一郎くんと、海水浴へ。一緒に―――。
「良いよ」
だから、微笑みつつ朱が差す頬を向けて、眞一郎にそう告げた。
「あ、ああ」
一方。
眞一郎にすると、その言葉はインパクトが強い言葉だった。
普段の違う場面で、…比呂美から良く聞く言葉だから。
「あっ、今変な勘違いしたでしょ」
勿論、その様な眞一郎の動揺など、比呂美にはお見通しである。
「お、おいっ」
「くすっ。
 そっちも、良いよ。今日は」
「ぐっ、ひ、比呂美」
「ふふふっ」
真っ赤な顔をして立ちすくんでしまった彼氏殿に、比呂美は手を差し出した。
そして。
ギュッと、握り替えして手を繋いでくれるのは、やっぱり眞一郎くん。
まあ、顔はまだお互いに真っ赤なままだったけれど。

こうしてお互いの想いを確かめ合う男女もいれば、
お互いの意地を再度見つめてしまう男女も、いたりするわけで。

『で、何であたしに言うわけ』
貫太郎は相手の携帯電話の番号は知っていた。
今までかけたことはないけれど。
でも、今回ばかりはかけないと駄目だ。というか、他に対処法を知らない。
まあ簡単に言えばそういう状況に、彼は追い込まれていた。
「いや、その。
 …他に頼める相手、桜子しか思いあたらん」
『……な、なによ、それ』
この貫太郎にも、幼馴染がいる。
麦端の乾物屋の娘で、神社にも取引にあった関係から顔を知っている、
中川桜子。肩より長い黒髪をし、眼鏡をかけている印象が強い、
やっぱり麦端高校の2年生だ。
「いや、無茶言える相手が、なかなか思いつかなくて…」
『何よ、その無茶って…』
携帯越しなのに露骨に嫌な顔をする桜子。
無茶って、何をさせる気よ。顔にはそう書いてある。
「い、嫌なら、他を当たるよ」
『他?
 他にアテがあるの?!』
無いでしょ?
桜子はそう思っている。こんな堅物のガリ勉男に興味のある女子はいないわ。
まして、一緒に海に行こうとか言うのに誘われる子なんて…。
とかいう、彼女の幻想は、…呆気なく次の瞬間、打ち壊された。
「いや、クラスの杉坂とか、中山とか」
『な、何ですって!』
「いや、別件で先日海に誘われたんだけれど、社務所の用事と重なってて、断ったから…」
い、いるじゃない!!
へ、へぇ、杉坂さんとか中山さんとか、貫太郎を誘ったんだ。
……ほぉ。二人とも結構可愛いのよね。判ったわ。
『良いわよっ!
 私たちで、同行してあげるわ!』
決断は早い桜子。だが。
「良かった…って、……私たち?」
その言葉の違和感に、即座に貫太郎は気がついてしまった。
『そう!
 私だけだと、危険すぎるもの!!』
何が?…問おうと思ったときには、貫太郎との通話は一方的に切られており、
他方、桜子はすぐに携帯を操作し、
さくさくと彼女“たち”めがけて電話をかけ始めていた。

「…で、巻き込んじゃうんだ、私たちを」
「ごめん、ホントごめん」
貫太郎に啖呵を切ってから、そんなに時間は経っていない。
今回、作戦会議場となったのは雑貨屋の2階だった。
お店の名前は【四十物(あいもの)商店】。
その長女が、四十物日登美。
桜子の親友であり、その親友の話に呆れている真っ最中だ。
「良いけどね。
 でも、乃絵は良いの?」
そこに、一緒に来ていたのは、石動乃絵。
やっぱり麦端高校の2年生。桜子や日登美とは一緒のクラスである。
「構わないわ。
 夏ですもの。海に行きたいわ」
別に他意など無い。兄は、お盆まで帰ってこないだろうし、
勤めに出ている母は、遅くに帰ってくるので日中は乃絵一人。
夏休みに入っても、それは変わりそうになかった。
ならば、友人たちと海に出かけた方が、ずっと楽しいというものだろう。
「でしょ、でしょ。
 ありがとう、乃絵ぇ」
「わわわっ!
 抱きつかれても」
ぎゅっと、まるで小動物を可愛がるかのように、
乃絵の頭をくしゃくしゃにしつつ抱きしめる桜子。
「何とも、ねぇ」
と言いつつ、部屋の主、四十物日登美は親友二人を見て微笑んでいた。

島尾海岸は、毎年海の家も出来るほどの人出がある海水浴場である。
今日は海水浴決行日。天気は幸い快晴であった。
「いやいや、良い天気だし、みんなも一緒で結構なことだ、うんうん」
「ホント、大所帯になったな」
「ああ、全く」
そこにはホクホク顔の三代吉に、苦笑を浮かべる眞一郎。
眞一郎と同様な表情の貫太郎、と続いていた。
「お疲れ様だな、貫太郎」
「お前もな、眞一郎」
気苦労絶えない二人組が仲良くため息をこぼしあっていると、
「男たちで慰め合ってないで、
 ほらっ、荷物もってく、もってく」
と、後ろから声が掛かる。愛子だった。
「はいはい。って、これ、愛ちゃんの手作りお弁当か?」
自転車の後ろに積まれていたバックを持つ眞一郎。
「そうだよぉ。
 参加人数聞いて驚いたけどさ。
 頑張ってみちゃった」
ニッコリしつつ答える愛子のその後ろから、
比呂美、桜子、日登美、そして乃絵がついてきている。
「凄い、愛ちゃん。
 これ、全部?」
眞一郎が結構重量感を感じさせつつ持ったカバンを見て、比呂美が感嘆の声を上げる。
「そうそう。比呂美ちゃんたちも後でいっぱい食べてよね」
スマイル0円な愛子の微笑みに、一同はお昼が待ち遠しく感じられた。

「ちなみに、食費はうちもちだからな」
胸を張ってみせる三代吉に、貫太郎は訝しげに声を掛ける。
「…何したんだよ、お前」
「いや、仲上と佐伯誘ったって言ったら、親父が」
「なかなか策士だな、三代」
貫太郎の父と三代吉の父は、自治会の役員同士であり、幼馴染みでもある。
その父に出資させるには、貫太郎たちがいるなどは三代吉にとって好都合な陣容だった。
「いやいや、褒めるな。照れるじゃないか」
「…親父さん、気の毒な気がしてきた」
にひひ、と笑む親友を見ながら、眞一郎は野伏家の当主を思い出してため息をついていた。

一方の女性陣。シートとパラソル設営、及び荷物の搬入は、男どもがやっている。
既にお着替え済の面々だが、さくさく…とは言えないが働く3人の男たちを見て、
桜子などは勝手に論評を加えていた。
「結構、麦端高校いい男ランキングでの上位陣がそろってるじゃない」
確かに、黙っていれば眞一郎や三代吉、貫太郎は格好いい。
「…そのうち、二人は既に先約済だけれどね」
「ぐっ」
眞一郎は、麦端踊りの際の花形をやって脚光を浴びたが、
既に周知の通り、両親公認の湯浅比呂美とラブラブ一直線だ。
三代吉も、苔の信念岩をも通すで、一途に想った甲斐があり、
姉さん女房、安藤愛子と目下恋人実践中である。
残る貫太郎は、実は実家の白山麦端神社での袴姿に隠れファンが多く、
周囲の女子は互いに牽制中なのだが、本人は朴念仁のため全く気がついていない。
「で、でも良いのよ。愛でるだけでも目の保養にはなるっ」
「…それ、オヤジの発想だよ、桜子」
苦笑しつつも突っ込みを控えめに入れる日登美。
「なに?目の保養って」
そこに、夏の日差しを眩しそうにしつつパープルオレンジの水着を着た乃絵がやってくる。
「乃絵。あなた」
「なに、桜子?」
警戒心など全く見せぬ表情で乃絵が見つめ返す。
その乃絵の姿。
基本はビキニなのだが、肩紐からフリルついて胸元まで可愛らしく飾っている。
パレオ付きなのだが、腰には可愛らしく大きなリボンが施されたいた。
「何とも、……うん、可愛い」
「わっ、きゃっ、どどど、どうしたの?」
いつも以上に可愛らしさ度が上昇していることを確認した桜子は、
思いっきり乃絵を抱きしめてしまっている。
「…それもうセクハラだよ、桜子」
「でも、可愛いでしょ?
 乃絵のこの水着っ」
桜子自身は悩みまくった挙げ句、
去年買ったライトブルーでチャック柄のワンピースを着てきてしまったことの
内心の恥ずかしさを隠すように、乃絵の水着を賞賛する。
「確かに。
 胸元のフリルが良いよね」
「明るいオレンジが、乃絵にぴったり。
 んー、夏バンザイ!」
無理にでもテンション上げまくりの、桜子。17歳の夏だった。

「テンション高いなぁ、中川さんたち」
一方の、準備作業中な男性陣。
愛子は知り合いの海茶屋のおかみさんと話をしており、比呂美も同行していた。
それ以外の面々、と言うことで桜子たちを見ていたのだが。
テンション高めなのは、もろ判りだった。
「そう言えば、貫。
 中川さんたち、よく連れてこれたな」
三代吉にしてみればこれは予想の範囲内だが、
まあ、こうして実際に連れてきただけ貫太郎にしては上出来だとも思っていた。
「まあ、知っての通り桜子ぐらいしか思い当たらなかったからさ」
「中川さんくらい、ねぇ」
そう言ってニンマリする三代吉にとって、貫太郎も桜子も二人とも幼馴染故に、
そう言う発想になってしまう貫太郎の鈍感さも、
つい来てしまった桜子の判断根拠も、実は想定できていた。
「こら、男子!
 さぼってないで仕事、仕事!」
「はいはぁい」
そこに、愛子の声が掛かる。比呂美と戻ってきていた。
いそいそと作業に戻る男子諸氏。

「でも、安藤先輩、スタイル良いよねぇ」
テキパキと、男どもの指揮を執る愛子を見て桜子が呟いた。
愛子の水着もビキニなのだが、色はインディゴ…か。
その深い色のショートパンツ、なのだ。
そしてその姿は、間違いなく色素は濃くない愛子の肌に映えている。
「安藤先輩?」
愛子のナイスバディに拳を胸元で固めてうんうん、と頷く桜子の隣で、
乃絵がそう尋ねた。
「ああ、あそこ。愛子先輩。
 1年先輩で3年生よ」
日登美がフォローする。
「ああ、あの人が」
「乃絵、知ってたんだ?」
「ええ、冬の麦端祭りの練習で知り合ったわ」

あの冬の日。
乃絵にとっても、忘れられない日々の中の、出来事。

「ああ。確か安藤先輩、お世話されてたものね」
そんな乃絵に、日登美が頷いて同意した。
確かに愛子は自主的にお世話をしていたことを日登美も知っていた。
「なるほどねぇ。
 でも、安藤先輩のお弁当付きとは、良い企画を持ち込んだわね、貫のバカも」
ようやく愛子の水着姿拝見から復帰した桜子が、頷いて見せる。
「貫?」
「ああ、貫太郎君のことよ。
 佐伯貫太郎、彼のこと」
説明担当という感じになっている日登美の言葉に、
「良いのよ、あんなのは“貫”で」
と、微妙に嬉しそうな表情でそっぽ向くのは桜子だ。
「貫太郎。
 へぇ、良い名前ね」
ふと、乃絵が囁く。
唐突だが、そう彼女の感性は告げていた。良い名前だ、と。
「乃絵?」
「桜子が、気に入っていそう」
微笑みを浮かべて乃絵が続けて言う。
「な、なななななんあ」
その言葉に慌ててみせる桜子だが、日登美は感心しきりだ。
「へぇ。
 読めちゃうところが、さすが乃絵」
「こ、こらっ!
 日登美!」
誤魔化そうと桜子が右往左往して。
そんな友人を微笑んで見ている乃絵だった。

「元気そうだなぁ、中川さん」
大方の準備が終わっている。後はパラソルを立てるだけだ。
「あれは、元気を退けたら何も残らないだろう?」
三代吉の言葉に冗談とも本気ともつかない顔でそう言う貫太郎。
「おいおい。あんまりな言いぐさだな」
苦笑する眞一郎だか、ふと気がついた。
「あれ、貫太郎。
 お前、中川さんに、気があるのか?」
「は、はぁ?!」
びっくりして飛び上がる貫太郎。一方で三代吉は平然としている。
「直球ストレートすぎだぞ、眞一郎」
そう苦笑しながら言う野伏家の長男殿にとって、その反応は予想の範囲内だったようだ。
「三代…直球って」
「いやいや、なにせ、貫は眞一郎と良いとこ勝負だからなぁ」
鈍感具合は、似たり寄ったりだ。
比呂美の眞一郎への好意は、三代吉からすればよく見ていれば随所に見て取れていた。
それでも、眞一郎がそれに気がついたのは、だいぶ経ってからである。
桜子の貫太郎への好意は、比呂美とは比較にならないほど小さい形で、
しかも、ほとんど貫太郎も気がつきもしなかったから、全く報われていない。
「まあ、眞一郎の方が一歩先進んだけど」
そう三代吉は言ったが、眞一郎が貫太郎より一歩先にいるのならば、
恐らく貫太郎は周回遅れであろう。
「こら、三代吉!
 パラソル開いて!」
「おう、愛ちゃん!
 ただいま!」
さくっと飛んでいく三代吉の背中を見ながら、
「何がなにやら」
貫太郎は一人呟いて、眞一郎は苦笑を浮かべていた。

「ごめんね、比呂美ちゃん。
 手伝わせちゃってて」
「良いんです。
 他に、すること無いんですから」
男どもはパラソル設営に取りかかっている。
愛ちゃん特製お弁当は、臨戦態勢を整えるべく、
愛子と志願者比呂美によって準備中だ。
ちなみに桜子たちも比呂美と一緒に志願したが、船頭多くして船山に上る、では困るので、
この様な少数精鋭になった次第である。
「他にって、眞一郎の傍にいなくて良いの?」
「野伏君や佐伯君が居ますから」
「遠慮がちだなぁ」
「そんなこと無いですよ」
会話しつつも仕事を進める比呂美だが、頬に朱が差している。
それを見た愛子はニマッとした。
「でも、気合いは入ってるよね」
「…えっ?」
「凄く可愛いって、比呂美ちゃん」
「あ、ありがとう、愛ちゃん」
頬が朱に染まるどころか真っ赤になる比呂美。
肌が白い比呂美だと、桜色満開だ。
水着も、白と濃い青を基調としたビキニである。
フロント部分に控えめだが基調色の濃い青のリボンが施されている。
「これじゃ眞一郎も、イチコロだ」
ニンマリ褒める愛子に比呂美も桜色極まれり、だ。
「イチ……って…あ、愛ちゃん」
「ごめんごめん。
 ああ、こっち持ってきてくれたら、終了っと。
 ありがと、比呂美ちゃん」
こうして比呂美のお手伝いもあって、手際よく準備は完了していた。

「良い眺めだな」
「ま、まあな」
「オヤジか、俺たちは」
準備休憩を頂戴した男子たちを尻目に、女子一堂は波打ち際に一足先に到着していた。
それを眺める三代吉たち。
「良いじゃないか。
 眞一郎にしても、湯浅比呂美の…結構大胆なビキニ姿を見れるわけだし」
うっ、と唸る眞一郎。図星であった。
「貫太郎も、中川桜子の可愛いワンピース見れたわけだし」
「いや、その」
マゴマゴとなる貫太郎。
「って、こ、こら、三代!
 俺と桜子はそういう関係じゃない!」
対する三代吉ははいはい、と聞き流し、
「で、眞一郎的には、石動乃絵の水着姿はどうなんだよ」
と、今度は眞一郎に聞いてみた。
「は?
 乃絵は、そうだな。結構可愛いな」
乃絵らしい色の選択だ。そう眞一郎は思っていた。
「おい。
 湯浅比呂美よりも評価あるのかよ」
「比呂美は、格好いいから良いんだよ」
「なんだそりゃ」
乃絵と比呂美は、眞一郎にとっては別サイドでの評定対象であるらしかったが、
三代吉には判らないことであったらしい。

「比呂美」
休憩時間を終えた男性陣が、それぞれのパートナーの元へやって来ていた。
「あっ、眞一郎くん。
 結構、風あるんだね」
「ああ、確かに。
 帽子、飛ばされるなよ」
「うん、気をつけるね」
比呂美は、あまり日に焼けすぎぬように帽子を持参していた。
真っ白な、その帽子。赤いリボンが飾られていて、愛らしい。

「綺麗だな、比呂美」
ふと、かかる声。
「えっ……、
 うん。ありがとう」
「あっいや、
 似合ってる」
「うん」
そっと差し出される眞一郎の左手。
比呂美も黙って、右手を絡め微笑んだ。

波打ち際。膝くらいまで波が来る。
「あ~。私もビキニにすれば良かったかな」
他の客も含めて周囲はビキニ派が多かった。
「結局それ、桜子?
 だから言ったのに」
小さく苦笑する日登美の傍らで、乃絵が明るく返す。
「良いと思うわよ、桜子のそのワンピース。
 白が綺麗よ」
チェック柄のワンポイントで入っているホワイトのラインが、
乃絵は気に入ったらしい。
「ありがとう、乃絵。
 でも、乃絵も結構こうしてみてみると」
桜子の眼鏡がキラッと、光ったように乃絵には思えた。
「えっ?な、なに?」
「ううん。
 可愛いんだからぁ」
「わわわっ。桜子っ?!」
ギュッと抱きしめられる乃絵。
それ自体はお互いに嫌とは正反対の感情で支配されるところなのだが、
桜子の場合は、思いっきりなのである。
「結局は、それなんだから」
ふぅ、と小さく苦笑する日登美だった。
「…で、お取り込み中、すまない」
そこで登場。貫太郎である。
4人分のかき氷をどうにか両手でここまで運んできたらしい。
「おっ、お使いご苦労!」
ニンマリの桜子。
「ごめんね、佐伯君」
申し訳なさそうに日登美。
「いや、
 かき氷4人前な」
海から上がって受け取る3人。
「ご苦労ご苦労」
相変わらず桜子はにっこにこだ。
「ありがとう」
乃絵もお礼を言う。
「いやいや」
そう言いつつ苦笑した顔を、言われた貫太郎は浮かべてはいたけれど。

「ありがとうね、三代吉」
パラソルには、愛子と三代吉がいた。
「はぇ?
 どしたん、愛ちゃん?」
「ううん。
 みんなを誘ってくれて」
「いやぁ、礼には及ばないって。
 来たかったものなぁ、俺も」
隣に座り、肩が触れあいそうな距離にいる二人。
心の距離も、もっともっと縮めたい。
「でも、……本当は、二人っきりが良かったんでしょ?」
隣に座る三代吉を、見つめて言う愛子。
「いやぁ、愛ちゃんがみんなを誘った方が楽しいって言うから、
 俺もそう思っただけ」
愛子にしか見せないであろう、心からの微笑みでそう答える三代吉。
「でも、ちゃんと、いつかは」
まっすぐ海を見つ直した三代吉が、今の愛子にはいとおしい。
「うん。三代吉のためだけに、ね」

そして、待ちに待ったお昼時。
大宴会ではないけれど、軽く遊んでからの昼食は、それは盛大なものだった。
「これだけ、食べても胃が軽い気がするのは不思議だ」
貫太郎の感慨に、愛子が笑顔で答える。
「夏バテ防止も勿論効果ありの特製お弁当ですからね。
 胃にもたれるようなものは、入っておりませんっ」
「凄いなぁ、愛ちゃん」
比呂美も感心しきりだ。
「必要だったら、後でレシピあげるよ」
「わぁ、ありがとう」
嬉しそうな比呂美。眞一郎も、当然ニッコリと微笑んだ。
「羨ましい限りだな、眞一郎」
「お前は愛ちゃんが作ってくれるだろう」
「当然っ」
その答えを出させるための問答のように思われて、眞一郎はドッと疲れた。
「桜子ちゃんも、どう?」
「わ、私は、その」
頬を朱に染めてオタオタする桜子に、
「ああ、安藤先輩。
 桜子は、無理」
素でそう告げる朴念仁が一人。
「だ・れ・が・無理?」
蛇ににらまれたネズミ。貫太郎は真夏なのに冷や汗が出ている。
「ま、まぁ、まぁ。
 良かったら、ね」
タジタジとなる愛子に、挙手をするものが一人。
「私も欲しいです」
乃絵だ。
「うん、良いけど。
 乃絵ちゃん、お弁当作ってるんだね」
愛子は笑顔で快諾する。
「あ、なるほど」
「そっか」
と、そこで同じ思いに当たったカップルが一組。
図らずも乃絵のお弁当作りを知っている眞一郎と比呂美。
比呂美に至っては、何度かそれを食する機会まで得ていた。
「お母さんに、持って行って貰っているから」
はにかむ乃絵に愛子は微笑んだ。
「なるほど、自分の分とお母さんの分を作ってあげてるのね」
「うん」
頷く乃絵。その様子を見ていた比呂美が、ふと囁いた。
「石動さんなら…」
比呂美が、続けて言葉を紡ぐ。
「石動さんなら、美味しく作って上がられると思う」
微笑んで、乃絵に告げた。その言葉。
「ありがとう」
受け取った言葉に柔らかに微笑んで、乃絵もそう答えた。

「泳いでみようかな」
お腹もこなれてきた頃合いだ。貫太郎がそう言いだした。
「おっ、泳ぎだったら、負けないからな」
三代吉も負けじと言うが、
「…佐伯君相手だと、勉強では負けるものね」
「あ、愛ちゃんっっっ」
と、愛子に突っ込まれて涙目だ。
「さぁさぁ、勝負してらっしゃい」
クスッと微笑んで愛子は二人を促した。
「負けねぇぞ、貫!」
「こっちこそだ、三代!」
二人はダッシュして、波打ち際まで駆けだしていく。

「あの二人も幼馴染みなんだよね」
愛子にとって貫太郎と三代吉のことは、
三代吉と付き合うようになってから、知ったことである。
勿論、佐伯貫太郎自身のことは、それ以前から知ってはいたが。
「そうですね。
 昔は貫太郎が、野伏君のこと“ぴょん、ぴょん、ぴょん吉!”とか言ってからかって、
 怒った野伏君に、“カン・カン・カンヅメ!”とか言い合ってたんです」
桜子が苦笑混じりに愛子に教える。
「で、いまだにその名残で“貫”と“三代”って呼び合ってるってわけだ」
愛子は、そう言いつつも優しい目で沖のあたりまで泳いでいった二人を見つめていた。

乃絵は、今日が充実した日であることを嬉しく思っていた。
兄に教えてあげたいことも、食べさせてあげたいものも増えた。
「こらぁ。
 乃絵も、泳がないと、夏が終わっちゃうぞ」
と、そこに後ろから桜子の声がする。
「そんなこと…って、わぁ」
振り返ったら、…思いっきり海水が顔にかかる。
「ほらほらほらっ」
「や、やったわね。
 もうっ」
乃絵も手ですくい上げて反撃する。
「楽しそうで何よりってことだね」
一人囁く日登美だが。
「傍観してないで、ほらっ!」
「わぶっっ。
 ……こ、このっ!桜子っ!」
思いっきり口に入った海水がしょっぱい。
「わぁ、日登美が怒った!」
と、逃げる桜子を、乃絵と日登美が追いかけていた。

「こんな日が来るなんて」
ちょっと離れたところにある波消しブロックの上。
眞一郎と比呂美は泳ぎ疲れて、そこでひなたぼっこの様に、
のんびりと空を眺めていた。
「どうかした、比呂美?」
「ううん。
 でも、嬉しいな。眞一郎くんと、一緒に海水浴に来られるなんて」
素直に嬉しさを伝える。
比呂美は海は好きだ。
冬の海が一番だが、こうした夏の海も比呂美は好きだった。
「ああ、確かに。
 結構近いのに、最近は一緒に海水浴なんか来たこと無かったよな」
「冬の海には、いっぱい連れてきたけれどね」
クスッと微笑み比呂美。
「あっ、た、確かに」
ちょっと頬を朱に染める眞一郎。
比呂美との初めてのキスは、冬の海だった。
「ふふっ。
 あっ、眞一郎くん、魚っ」
ふと、波消しブロックの下の海に陰が走る。
「えっ、って、お、おいっ!」
瞬間、比呂美の身体がふわっと流れ出した。
「えっ、……あっっ」
間一髪、だった。
海にそのまま落ちてしまうところを、
眞一郎は、全身で比呂美を支えて、抱きしめていた。
「…危ないだろう」
自然と、眞一郎は優しく比呂美の髪を撫でながら、
落ち着かせるように膝に座らせて抱き留める。
「ごめん。
 …ありがと」
眞一郎くんに助けて貰った。
それだけでも比呂美は涙が零れそうだったが、眞一郎の膝に座らせて貰って、
髪まで撫でて貰っている。それだけでも、十分に幸せすぎた。
落ち着くまでの間、二人はそうしていることにした。

「……わぁ」
それを一部始終見ていたのは、愛子と日登美である。
乃絵と桜子はパラソルで休憩中のため、日登美だけがお供になっている。
で、遠くまで行きすぎた三代吉たちは、戻ってくるのに時間が掛かっており、
呆れ顔でその様子を見に行った帰り。
波消しブロックに、見知った顔が二人、いた。
「凄いですね、仲上君」
「うん。
 でも、眞一郎の…へぇ」
愛子たちも驚いたことに、眞一郎は比呂美を助け出すために全身を抱きしめていた。
「結構、助け出す姿勢、大胆ですよね」
恋人いない歴更新中の日登美にしてみれば、赤面ものだ。
「比呂美ちゃんも、許してる風だし」
「仲、良いですよね」
愛子にしてみても、比呂美のあの許容の仕方は、
眞一郎を心から信用しているからに違いない、と思った。
「なるほどね。
 眞一郎たちも、か」
恐らく、全てを許し合っているのだろう。
お互いの想いの総意をもって。
「どうかしましたか、先輩?」
「ううん。
 さあ、私たちも泳ごっ、日登美ちゃんっ!」

結局。遠泳の記録会にでも出たかのような距離を泳いだ、三代吉と貫太郎。
勝負はつかなかった、らしい。
「ぜぃぜぃ、はぁはぁ」
死にものぐるいで戻ってきた二人に、愛子は苦笑しつつも飲み物を差し出して、
「取り敢えず暖かいお茶。
 身体冷えてるんだから、こういうの飲みなさい」
あうあう、と紫色した唇で頷く三代吉と、
心なしか顔色の悪い貫太郎がそれを飲み干していく。
「お前たちなぁ」
眞一郎は、ため息と共に男ども二人のなれの果てを見ていたが、
まあ無事で良かった、とも思っていた。

「まったく!泳ぎすぎ、三代吉ったら」
「ごめんよぉ、愛ちゃん」
と言いつつも、優しく介護される三代吉は嬉しそうだった。

「はい。
 ちゃんと身体拭いて」
持ってきていたタオルを差し出す桜子。
「すまん」
ありがたく受け取って身体を丹念に拭いてから、貫太郎は気がついた。
「あっ、これお前の」
「洗って返してよね」
怒っているのか、判然としない桜子に、貫太郎は頭を下げた。
「ありがとう」
「ばっ、馬鹿っ!
 そんなことで頭下げないでよ」
「いや、でも」
「…幼馴染でしょ、私たち」
ちょっと、朱に染まる頬を貫太郎は見つけてしまった。
「あ、ああ。
 というか、感謝してます。
 ありがとう、桜子」
「ど、どういたしまして」
優しく礼を告げる貫太郎に、どもる桜子だった。

「素敵ね」
その光景を見ていた乃絵は、微笑んでいる。
「ちゃんと感謝の言葉を紡ぐのはとっても大事なこと」
「うん。そうだね」
日登美とそう言って微笑みあい、頷く二人だった。

「今日はありがとうございました」
「いえいえ、気をつけてね」
日も傾き始め、片付けも終わった。
普段着に着替えた8人は、お互いに楽しかった思い出と共に帰宅することとなった。

愛ちゃん弁当の空を運んで自転車を引いていく、三代吉・愛子ペア。
仲上酒造より、比呂美の家の方が近いのでそっちに向かう、眞一郎・比呂美ペア。
引き続き乃絵のお母さん夜勤のためパジャマパーティに移行する、桜子・日登美・乃絵トリオ。

「あふれた」
苦笑しつつ、一人帰ろうとする貫太郎に、声が掛かる。
「貫太郎。どうせ、同じようなところ帰るんだし、
 家まで、一緒に行かない?」
桜子である。ちょっと声はうわずって、ちょっと頬は日焼けしたよりも赤かったが。
「いや、良いのか?」
問うた桜子の同行者たちは即答する。
「良いの」
「構わないよ、佐伯君」
普段なら、それでも遠慮する佐伯家の御曹司だが、今日は桜子に世話になったこともあり、
素直に言葉に従っておくことにした。
「じゃぁ、お言葉に甘えて」

綺麗な夕日が水平線上の水面にも映し出されている。
「綺麗だね」
眞一郎の自転車の後ろに乗った比呂美と、その自転車を引いて歩いている眞一郎。
「ああ、ホントに」
ふと、比呂美の方を見つめると、髪がまだ濡れている。
艶のある黒髪が、綺麗に夕日に映えていた。
「比呂美も、綺麗だ」
「し、眞一郎くん……ありがと」
真っ赤な夕日に照らされてもなお判るくらいに、
頬が朱に染まる比呂美を、眞一郎はいとおしく見つめていた。
「また、みんなと行けたらいいね、海」
「そうだな、またみんなで行こうか」

「今日は、ありがとうね、三代吉」
「いやぁ、愛ちゃんのお陰で、楽しかった楽しかった」
こちらも、愛子を乗せた自転車を引いて歩く三代吉である。
お弁当の入っていた大きめエコバック2個は既に畳まれて、前かごの中だ。
「二人っきりでも、行こうね」
「…おう、楽しみに、してる」
頬を真っ赤にしあう二人。
「でも、みんなとも一緒にまた行きたいな」
「ああ、そっちも楽しかったものなぁ」
「うん。またいっぱいお弁当作るね」
「おうっ!
 またオヤジから軍資金頂戴しないと!」
「もう!三代吉ったら」

徒歩で来ていた4人は、会話を弾ませながら進んでいた。
「ま、楽しかったから、良いよね」
「ええ、楽しかったわ」
「うん。夏の良い思い出だね」
桜子や乃絵、日登美も身体は泳ぎ疲れてはいるが、気分は上々だ。
「それはそれは。誘った甲斐がありました」
微笑む貫太郎に、桜子が告げる。
「まあ、今回はね」
勿論、その表情は……微笑んでいる。
「ああ」

麦端も北陸の風土宜しく、暑い日々よりも寒い日々の方が長い。
「また、一緒に、
 海に行きましょ」

そんな中で、
8人が8人とも、そう思った。そんな夏の日の出来事だった。



【後書きという名の言い訳】
今晩は、独り言の人です。
この様なシチュエーションに頼るSSは苦手です。(いきなりか)
しかし、書かずにはいられませんでした。もう冬なのに。(爆)
今回は流石堂の流ひょうご様が夏にお配りになったポストカードの、
3ヒロイン水着姿!に惹かれて、書き進めてしまったものです。
何の脈略もないお話でごめんなさい。
でも、書きたかったんです。あの水着姿を見てしまったから!
改めて、流ひょうご様に感謝申し上げると共に、
皆様ここまで、読んでいただきまして本当にありがとうございました。
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