Amour et trois generation Date(デート)


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 日曜日、愛子は外に出ていた。
 特に目的があったわけではない。店を開けるまでに時間が空いただけである。
「久しぶりだなあ……」
 大体において日曜の日中は三代吉とデートをしているのが常であった。三代吉と少し関
係が微妙になった最近は会っていないのだが、愛子もふさぎ込んで家から出なかったので、
当てもなく外を出歩くのは、だから久しぶりであった。
「確か前は堤防に行ったら眞一郎がいて……」
 もう一年近く前の事を想い出しながら堤防に足が向く。あの時愛子は眞一郎が見ていた
セーターを買った。今にして思えばあのセーターは比呂美にサイズも色もぴったりだった。
眞一郎の瞳には初めから一人しか映っていなかったのだ。
 結局、あのセーターは一度しか着ていない。
「無駄な買い物したよなあ」
 似合わないし、大きすぎるし、しかも三代吉には選んだ理由が知られているしでとても
着られたものではないのだ。
 愛子が堤防に着くと、眞一郎と比呂美がいた。
「うわちゃ」
「?どうした、愛ちゃん」
 眞一郎が不思議そうに訊いてくる。二人の事を考えていたら当人が目の前にいて驚いた、
とも言えない愛子は適当に笑ってごまかすしかない。
「あぁ、いや、あはは……二人はデートなの?」
「うん。今日はお仕事もそんなに大変じゃないって、おばさんが」
 比呂美が答える。去年の今頃を思い返せば忙しくないはずはないのだが、こういうとき
は騙されてあげる事も子の務めである。
「愛ちゃんは、今日野伏君とは一緒じゃないの?」
 比呂美の問いは当然ながら悪意も、含むところもない。しかし、悪意がないが故に愛子
の痛い部分を深く突き刺した。
「あ、あ、それは……」
「あ、三代吉なら今日は家の用事があるとか言ってたな。姪御さんの子守りだとか、なん
とか」
 比呂美よりは多少三代吉と愛子の間の緊張に触れている眞一郎が早口でフォローする。
比呂美は眞一郎の方を向いたが、特に不審は感じていないようだ。
「あ、そうなんだ」
「そ、そうなのよ、それでちょっと暇しちゃって」
 またあははと笑ってごまかす。「三代吉が浮気しているかもしれない」とは、この二人
には少々言い辛かった。まして容疑者は乃絵である。尚の事言い難い。
「すっかり寒くなったねえ」
 これ以上この話題を続けるのも危険なので、話題を切り替える。実際、海は冬の色に染
まり、そこから吹く風は頬に痛かった。愛子は被っていたニット帽を伸ばし、耳を隠した。
「二人ともこんな所にいたら冷え切っちゃうんじゃない――」
 言いながら改めて二人を見た愛子は、そこで言葉を切った。二人はしっかりと防寒し、
首にはマフラーを巻いていた。愛子が見たのはそのマフラーである。比呂美の首を一周し
たマフラーはそのまま眞一郎の首も護っていた。
「……余計な心配だったみたいね」
「ち、違うの、愛ちゃん!これはここに来てみたら思った以上に寒くて!」
「そ、そうなんだ、俺が何にもしてないからちょっと借りてたんだよ、それだけだって」
 やさぐれる愛子に比呂美と眞一郎が真っ赤になって言い訳をする。口を尖らせ、そっぽ
を向いていた愛子が耐え切れず噴出した。
「冗談よ、そんなにムキになって言い訳しなくたっていいじゃない」
「そう言われても……」
「人が悪いな、愛ちゃん」
 そう言って二人で見合わせる。はいはい、ごちそうさま、と愛子が両手を上げた。
「そうだ、愛ちゃん、私達これからお買い物行くんだけど、一緒にどう?」
「ああ、いいね、俺じゃ比呂美の服の見立ては自信がないから、愛ちゃんも来てくれよ」
 二人の申し出に愛子は少しの間考えていたが、すぐに首を振った。
「やめとく。二人に当てられてたら、こっちが恥ずかしくなっちゃう」
 それから眞一郎に向かって
「眞一郎ならちゃんと比呂美ちゃんに似合う服、見つけられるよ。自信持ちなって」
 そう言って、愛子は二人に暇を告げ、その場を後にした。



 三代吉は隣町のショッピングモールをぶらついていた。
 特に用があるわけではない。姪の美鈴の世話を頼まれていたのだが、彼の父親が孫相手
に点数稼ぎをしようと連れ出し、彼は御役御免になってしまったのである。
「久しぶりだなあ……」
 大体において日曜日の日中は愛子とデートをしているのが常であった。元々出無精であ
り、愛子と一緒でなければこんな所まで足をのばす事もないのだが、今日はなんとなく足
が向いたのである。
「確かこの辺にピザ屋があったような……」
 眞一郎から教えてもらい、愛子と入った店である。どうせ眞一郎も比呂美から聞いたの
だろうが、まるで自分が大先輩であるかのように語る眞一郎は妙におかしかった。もっと
も、入ったのは一回しかない。
「ん?あれは……」
 三代吉の前方に大きな荷物を抱えてふらふらしている人影が見えた。その人物に見覚え
があった。
「何やってんだ、こんなとこで?」
「買い物」
 何を当たり前のことを、と言いたげな簡潔すぎる返答。
 石動乃絵だ。
「それはわかるがなぜそんなふらつくような大荷物抱えてるんだ?」
 乃絵の上半身とほぼ同じ程の大きさの箱を抱え、前がよく見えない状態で荷物に振り回
されながらよたよたと歩いている姿は漫画のようだった。それでも乃絵は精一杯胸を張り、
堂々と言い返す。
「かご。生物部の蛇が大きくなってきたから大きいかごに移し変えるの」
「……お前一人で買いに来たのか?」
「部長も一緒のはずだったんだけど、カメレオンが病気になったって言って、病院に行っ
ちゃって……」
「…………」
「何?」
「お前、カメレオンに負けたのか?」
 当事者にデートの意識は間違いなくないであろうから、デートのドタキャンには当たら
ない。実際乃絵には通じていないようだ。
 その代わり、乃絵は持っていた荷物をずい、と突き出した。
「なんだ?」
「持って」
 これもまた当然のように断定する。これには三代吉にとって当然の疑問がある。
「なぜ?」
「このままじゃ歩きにくいから」
「そりゃわかるが、なぜ俺が?」
「近くにいるから、力ありそうだから、暇そうだから」
「答えになってねえだろ!何で俺がお前の荷物持ちなんだ」
「まだ買い物これで終わりじゃないわよ。早くしないと日が暮れちゃうわ」
 午前十一時半である。
 三代吉は眞一郎が石動乃絵と知り合ったいきさつを思い返した。確か木に登って降りら
れなくなった所へたまたま下を通りかかったとかいう理由だと言っていた。
(要するにこいつは無自覚に周りを巻き込むのな……)
「どうしたの?頭痛いの?」
「……いや、なんでもない」
 まあいいさ。どうせ暇なのは事実だ。
 三代吉は巨大なかごの箱を抱え、乃絵に付いて行った。

「あら、あれは……」
 乃絵と三代吉という珍しい取り合わせを遠目に見つけた人物がいた。二人が歩き去るの
を目で追い、暫く考えた後、携帯を取り出した。
「……あ、もしもし、安藤さん?そう、高岡です。今日暇かしら?……よかった。じゃあ、
今日一緒に遊ばない?私ドタキャンされて一人なの。…………うん、それじゃあ、隣町の
モールまで。待ってるね」



「一体どれだけ買う気だ?」
 三代吉が訊いた。
「これで半分」
 平然と乃絵が答える。
「……これの倍なんて持てねえぞ」
 三代吉が宣言する。
「わかってるわよ。少しくらいは持ってあげるわ」
 乃絵が寛大な所を見せる。
 ああそれなら、と納得しかけ、根本的な矛盾に気が付く。
「当たり前だろうが!誰の買い物だと思ってんだ」
「あ、あっちあっち」
 乃絵はスタスタと歩いていく。三代吉は深くため息を吐いた。
 買い物はほとんどが部活関連のものである。かごに餌、恒温維持器(サーモスタット)、孵卵器などである。これだけの量を買い込むのなら宅配便でも使えと三代吉は思うのだが、乃絵は当然のように持ち帰りを希望し、都度領収書をもらっていた。
「なあ、質問があるんだが」
「何?」
「なんで一箇所でまとめて買わないんだ?」
「少しでも安い所で買いたいから」
「二、三百円しか違わなかったと思ったが」
「その二百円が貴重なのよ」
 乃絵はきっぱりと断言した。
「文化祭も三位までに入れなくてあまり賞金出なかったし」
「……お前らあの賞金活動費に使う気だったの?」
「全部じゃないわよ。ちゃんと打ち上げにも使ったけど、実績の作りにくいクラブは予算
少ないから」
 乃絵の説明は一見筋が通っていそうだが、三代吉には異論があった。ならあんな金のか
かる衣装買わないで、それらしいものを作って安く上げる方法もあったんじゃないのか。
 だが、少なくとも目の前の少女はその矛盾に気付いていないか、あるいは問題にしてい
ないらしい。
(ま、いいか)
 三代吉は生物部ではない。連中の金銭感覚がどうなっていようが、石動乃絵が部費の有
効利用についてどんな考えの持ち主であろうが彼の関知する所ではない。
 生物部でないのだからこの大荷物を運ぶ義理もないのだとは、考えない事にして三代吉
は乃絵の後を歩いていた。



「ごめんなさいね。用事あったんじゃないの?」
 ルミが気遣った。愛子は笑顔で首を振る。
「ううん、あたしも暇持て余してたから」
「よかった。三代吉君とデートしてたらもの凄いお邪魔をする事になるなって、少し迷っ
てたの」
「いやだな、邪魔だなんて。そんな事気にしないでよ。駄目な時は駄目って言えるんだか
ら」
 愛子が表面上屈託なく応じる。三代吉の名前が出た時には少しドキッとしたのだが、ル
ミはそれ以上三代吉の話題を出す気はないようであった。
「それで、何か買いたい物とかあるの?」
「うん、コートを一着買っておこうと思ってるの。それと新しいスカートも」
「あ、あたしも丁度買おうと思ってたの」
「本当に?よかった。私、自分で選ぶとおばさん臭いらしくて、歳より上に見られがちだ
から、安藤さんのセンスで選んでもらえると嬉しいんだけど」
「なーに、それ、あたしが子供っぽい服を選びそうって言いたいの?」
 愛子が軽く睨みつける。
「あ、そういう意味じゃないのよ。安藤さんの方が流行にも明るそうだし、ほら、今から
少し私服を選ぶセンスを磨いておかないと、春から女子大生だってのにOLさんにしか見
てもらえなかったら悲しいじゃない?」
「そんな事ないよ、高岡さん、大人っぽくて格好いいよ、今日の服だって」
 ルミはにっこりと微笑んだ。
「ありがと。でも、私は格好いいより可愛いがいいな」
 愛子から見れば、長身と美貌、それに大人の色香を漂わせるルミは自分にない女の魅力
を全て備えているように見える。比呂美も美人だが、ルミの落ち着いた余裕は比呂美にも
ないものだった。背が低く色黒の愛子は一生こんな風にはなれないだろうな、と思う。
 その一方で、三代吉と付き合うに当たっては、その幼い外見で釣り合いが取れていると
いう自覚もある。
「だから、できれば今日は安藤さんがよく行くお店に案内して欲しいの。今後の参考までに、ね?」
 ルミの頼みに、愛子は気前よく答えた。
「いいよ。じゃ、こっちこっち」



「うん、これでおしまい」
 乃絵は満足げに頷いた。
「これだけ買ってまだ不満だったら、お前はきっと買い物中毒だ」
 三代吉が毒づく。
 最後は店員が「持てますか?」と訊いてくるほどの荷物を抱えて三代吉は歩いていた。
愛子も買い物は好きだが、一つ一つの重さが違う。
「今日はありがと。お礼にジュースくらいならご馳走するわ。私の好きな喫茶店に行きま
しょ」
 そう言って返事も待たずに歩き出す。三代吉はやれやれ、と無言で付いていく。
 その時、乃絵を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、乃絵、どうしたのこんな所で」
「あ、桜子。お買い物?」
「うん、そう。日登美も一緒だよ。乃絵は?」
「部の備品で少し必要な物があったから、それでこっちに」
 少しだと?三代吉は思った。
 もう一人別の女子も合流した。会話の流れから、この眼鏡をかけた少女が日登美とやら
だろう。
「おー乃絵、こんな所で逢えるとは」
 そう言いながら乃絵の髪をしゃかしゃかとかき乱す。怒り出すんじゃないかと三代吉は
眺めていたが、乃絵は何も言わずに頭を差し出していた。
(わからん女だな)
「で、もう買い物は終わったの?」
「うん。これからちょっと一休みして帰る」
「あ、偶然。私達もちょっとどこかに入ろうと思ってた所なの」
「ホント?じゃ、一緒に行く?」
「行く行く。どこかいい店ある?」
 日登美と乃絵が勝手に話を進めるのを、三代吉はつまらなそうに見ていた。すると、桜
子の方が三代吉に気付いた。
 桜子は最初胡散臭そうに見ているだけだった。なんで他人の話を聞いているのかとでも
思っているようだった。その内、しきりに首を捻り始めた。見覚えのある顔だと記憶を辿
って顔と名前を照合させているのかもしれない。やがて、一致する名前を見つけたらしい。
口があーっ、という形に開き、その直後から見る見る蒼ざめだした。手をブンブンと振っ
て乃絵の注意を引く。
「ののの乃絵、こっこここの方は?」
「え?ああ、荷物持ってもらってるの」
「どうしたのよ桜子、酸欠の金魚みたいに」
 不思議がる日登美を桜子がぐいっと引き寄せ、耳打ちをする。
「あああれ、野伏三代吉よ、あの」
 桜子の言葉を聞いて半瞬、日登美の表情が凍りつく。
「ね、ねえ、乃絵。えーっと、この人とは、どんな関係?」
「どんなって、たまたまそこで遇っただけ。文化祭の実行委員で少しは話した事あるし」
「ね、乃絵。本当にそれだけ?野伏君の事、どれくらい――」
「話すんなら、そのどこだかに入って座ってからでもいいんじゃねえの?」
 ようやく三代吉が口を開いた。荷物は重いし、女三人が騒いで何だか通行人の視線も気
になるし、さっさとこの場を離れたい気分だった。
 しかし、日登美と桜子には別の言葉が聞こえたらしい。ますます怯えて一歩後ずさりし、
「あ、そうだ桜子、私買い物一つ忘れちゃった」
「偶然ね日登美、実はあたしもなのよ」
「ごめんね乃絵、ちょっと私達まだ買い物が終わってないから、ここで失礼するね」
「え?う、うん……」
「じゃ、じゃあね乃絵。明日学校で」
 そう言い残し、一目散に去って行ってしまった。
 取り残された乃絵は訳が判らないというように
「変なの……」
 と言っていた。
 三代吉としては訳が判るどころか、お馴染みの反応である。ただ、眞一郎と付き合うよ
うになってから、クラスの連中からこの対応をされる事はなくなっていたので久し振りで
はある。
「で、お前の推薦する喫茶店てのはどこにあるんだ?」
「……こっちよ」
 乃絵もそれ以上は考えず、三代吉の前を歩いた。



「うん、いいのが買えた」
 満足げにルミが言った。手には大きな紙袋を提げている。
「そう?よかった」
 愛子もまんざらではない。自分の行きつけの店を褒められるのは、自分のセンスをも褒
められたような気にさせてくれる。
「やっぱり安藤さんはセンスがいいわね。私じゃこの色は初めから着こなせないと思って、
選べないもの」
「だから最初から言ってたでしょ、高岡さんには絶対に似合うって」
「試着してみて、自分でも驚いちゃった。あと、私今までパンツって履かないようにして
たのよ。男っぽく見られそうだし、筋肉質で細いて丈が似合わないから」
「この前文化祭で執事の格好してたでしょう?あれ見たときに『男装もいいけど女性的な
パンツでもいけそう』って思ってたの。だから、それもちょっとは自信あったのよ」
 愛子が説明する。もう少し言えば、ルミならば何を着ても似合うであろう事、自分が着
れないファッションをルミでコーディネイトしてみたかったという個人的願望もあったが、
それは内緒だ。
 背の低いくせに胸が大きく、身体のラインが極端なS字をしている愛子は、以外に着る
もののバリエーションが少なかった。胸にあわせるとだぶだぶで太って見えるし、背にあ
わせると今度は胸がきついしで、自分をスマートに見せる組み合わせがないのだ。愛子自
身は脚も長く、太ってもいない(本人はダイエットの必要性を感じている)のに、それを
強調する服が選べないのは意外に悔しい。
 それと、三代吉が案外古風な考えで、夏場などでも愛子が露出の多い服を着ていると、
口には出さないものの道行く男が愛子を見る度に不機嫌になるため、その点でもファッシ
ョンの幅が狭かった。
 だから、何のしがらみも制限もなく服を選べる極上の素材であるルミをコーディネイト
する事は、愛子の琴線に触れる作業だった。
「ね、ちょっと何か飲まない?お礼に私がおごるわ」
「いいよ、そんな。自分で払うよ」
「いいのよ、気にしないで。お奨めのオーガニックカフェがあるの。ね、行こう」



「なあ、おい」
 三代吉が呼んだ。
「なに?」
 乃絵が訊き返す。
「俺が飲んでるこれはなんだ?」
「タンポポの根のコーヒー。おいしくない?」
「不味くはないけど、俺はコーラの方がいいな」
「ないわよ。そんな人工的なもの」
「人工的だろうがなんだろうが美味いほうがいいんだ、俺は」
「あなたね、ここは自然食品が売りの喫茶店なのよ。炭酸なんて不自然なものがあるわけ
ないでしょ?」
 呆れたように乃絵は言うが、それがわかっていれば三代吉だって来はしない。
「そんな文句ばかり言ってると身体に悪いわよ、それでなくても欺瞞に満ちたものばかり
食べてるんだから」
「何だその……欺瞞に満ちた食い物ってのは」
「合成着色料とか、保存料とか、?調整剤だっけ?そんなものが入った食べ物」
「ほとんど全部じゃねえか」
「そうよ、だからこういう所ではそういう偽りのない食べ物を食べたいの」
 三代吉は自分が軽く目眩を起こした気がした。俺はこの女の言う事の三割は、今後五十
年付き合っても理解できないだろう、と確信した。
 ちなみに、乃絵は人参ジュースを飲んでいる。
「……ご馳走様」
 乃絵は空のグラスを置いて手を合わせた。三代吉もカップの残りを口に流し込む。
「じゃ、もう行くか。これは学校に運ぶのか?」
「うん、鍵は預かってるから」
 セキュリティはそれでいいのか、と思わないでもないが、黙っておくことにした。乃絵
が立ち上がってコートを着ている間に三代吉はさっさと伝票を掴み、荷物を抱えてレジに
向かう。
「あ……」
「一つ教えてやる。男が伝票持ったらそれ以上何も言うな」
「…………」
「行くぞ」
 先を歩く三代吉。乃絵がその後を付いていく。先程までと逆であった。



「あ……」
 店の前でルミが動きを止めた。
「どうしたの?」
 愛子がルミの視線を追って――やはり動きが止まった。
 ルミが気に入っていると言うオーガニックカフェ。そのガラスの自動ドアの向こうに、
三代吉と乃絵がいた。
 二人はもう会計をしているところだった。三代吉が財布を出し、金を支払う。その間乃
絵はおとなしく待っている。
 二人が店から出てくる。ルミは愛子を隣の店に引き込んだ。
「きゃっ……」
「声出さないで」
 三代吉と乃絵が二人で店を出てくる。
「……ご馳走様」
「ああ」
「自分の分、払うわ」
「いいよ、別に」
「でも――」
「とっとと行くぞ」
 三代吉は先に歩き出す。乃絵が慌てて後を追っていった。
 二人の姿が見えなくなってから、愛子とルミは店を出た。重苦しい沈黙があった。
「安藤さん、えっと……帰ろうか?」
「…………うん」
 顔色ない愛子を半ば支えるようにしながらルミはそこから立ち去った。
 歩きながらルミは思う。
(本当にいるとはねえ)
 ルミとしては三代吉と乃絵が一緒にいる所を愛子に見せられなかったとしても、別に構
わなかったのだ。勿論、見せる事が出来ればそれで目的は完全に達するが。
 ルミは乃絵がジャンクフードの類を嫌悪している事は人づてに聞いていた。三代吉と乃
絵がいかなる理由で行動を共にしているのかはわからないが、もし買い物だけでなくどこ
かで一服するとすれば、普通のファーストフードやファミレスよりもこの店を選ぶ可能性
が高いと推理していた。
 この店に立ち寄るとは限らないし、立ち寄ったとして都合よく二人の所を見れる保証も
ないのだが、それだけにもし出くわす事になればそこには作為のない偶然の持つ説得力が
加わる。ルミの意図は誰にも知られる事なく、しかし思惑は完全に成就する。
 そして、今ルミが期待していた最高の形で愛子は「それ」を見たのである。
 偶然って残酷ね。
「安藤さん、安藤さんの心配しているような事はないから。大丈夫だから」
 ルミは半分は本心から、一言も発しない愛子を励まし続けた。


               了


ノート
呼んでいて感じ取ってもらえていたら成功なのですが、ルミは愛子との友情を壊すつもりはありません。
但し、壊れてしまったらそれで仕方ない、とは思っています。
つまり、三代吉を横取りするに当たって愛子と友達をやめるつもりはなく、そのつもりで計画を立てて
いますが、露見して愛子が敵に回ったとしても、しくじったとは思っても後悔はしません。
倫理観や善悪が他人と根本的にずれている人間です。
ツールボックス

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