ある日の比呂美・豪雪編1


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夕食のあと、比呂美は廊下から中庭に降り積もる雪をみていた。
吹雪……という程ではないが、今夜の降雪はかなりのものだ。
(来たときは止んでたのにな……)
アパートへの帰路は、ちょっと厳しいことになるかもしれない。
自分は鍛えているから別に何でもないが、送ってくれる眞一郎が心配だな……
そんなことをボンヤリと考えていると、無防備な背中に声がかけられた。
「今夜は泊まっていったら?」
ぴくりと肩を震わせて振り返ると、『おばさん』が布団を一組、細い腕に抱えて立っている。
疑問形で訊いてきてはいるものの、元・比呂美の部屋に寝具を運び込もうとしている姿からして、
比呂美の意見を訊くつもりは、端から無いのが一目瞭然だった。
「はい。そうします」
比呂美は素直に厚意に甘えることにした。
小首をかしげて口角を緩め、屈託の無い笑顔を向ける。
「ふふ…。目元、お母さんに似てきたわね」
「……そう…ですか?」
昔、似たようなことを、この場所で言われた気がする。
でも今は、あの頃のように、その言葉が棘となって心に突き刺さることはなかった。

          ※

入浴を済ませた比呂美は『自室』に戻り、「さて」とひとりごちてから、愛用の椅子に腰を下ろした。
二年前の引越しの直後は空っぽになってしまったこの部屋だが、
ほぼ毎日、仲上家に比呂美が出入りすることで、自然とその荷物は増えていった。
押入れの引き出しには少量ながら替えの下着が。
造りつけの本棚には読みかけの文庫本が数冊置いてある。
(でも、今日は別に……)
本を読む気分でもない。
眞一郎が夜這いにでも来れば、相手をしてやっても構わないのだが。
(そんなこと、するわけない…か)
比呂美がふっと自分の淫靡な想像を笑った瞬間、ドアがノックされるコンコン、という音が室内に響いた。
「は、はい」
跳ね上がった心臓と連動するかのごとく、立ち上がった比呂美は戸口に駆け寄り、扉を開ける。
「……よう」
「…………」
この家には今、自分を入れて四人の人間しかいないのだから、来訪者が眞一郎であることは分かっていた。
……なんだろう? ……もしかして……
あのさ、と口を開きかけた眞一郎を遮り、比呂美は「入って」と小声で呟いた。

          ※

「退屈してるかな、って思ってさ。ほら、この部屋、今 何も無いだろ」
夕食の時と変わらぬ眞一郎の穏やかな様子を無言で観察しながら、比呂美は思った。
彼はその言葉どおり、ただ単に暇つぶしの相手になるつもりでやって来ただけだ、と。
他意はない…… 淫靡なことなど、微塵も考えてはいない。
その証拠に、眞一郎はデスクに寄りかかるように両手をつき、昔語りを始めた。
初めてこの部屋に入ったとき、お前はこんなポーズで「なに?」って澄ましてたよな。
俺は緊張してガチガチだったのに、などと懐かしげに思い出を口にする。
「そして俺は『蛍川の4番と会ってきた』って……お前…に……」
滑らかだった眞一郎の口が、ピタリと止まる。
あの時の記憶は、眞一郎にとっても嫌なものであるらしい。
比呂美は眞一郎が感じる嫉妬心を嬉しいと思うのと同時に、
あの時の気持ちを、自分はまだ眞一郎にハッキリとは伝えていなかったことに思い至った。
(ダメだよね。それじゃ)
塗り替えなければならない。 やり直そう、あの時を。 今なら……きっと出来る。
…………
思い出すんじゃなかった、とでも言いたげに顔を曇らせている眞一郎。
その彼に、比呂美は揺るがぬ想いを宿した瞳を向けながら、一歩近づき、距離を縮めた。


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