Amour et trois generation Une vraie recherche(真実の探索)


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「愛子、具合はどう?」
 ドアの向こうから母親の声が聞こえてきた。
「……よくない」
 ベッドで頭まで布団を被ったまま答えた。
「そう……じゃあ、学校には連絡しておくわね」
 そう言って、部屋の外から母親の気配は消えた。
 愛子は布団を被ったまま寝返りをうった。眠気は全くないのだが、起きる気も食べる気
も起きない。
「どうして…………?」
 愛子は昨日のモールで見たものを思い返していた。ルミに誘われて繰り出したモール。
そこで、愛子は三代吉と乃絵が一緒に喫茶店から出てくる姿を目撃したのだ。
 あれは何だったのだろう。大きな荷物を持っていた。買い物をしていた、と言うのは間
違いないだろう。なら何故一緒に?学校の用事か?しかし二人はクラスも違う。三代吉は
部活も委員会にも所属していない。どちらが学校の用品を必要したとして、あの二人が連
れ立つ必要も必然もない。
「三代吉の馬鹿……」
 愛子はもう一度寝返りをうった。涙が枕を濡らしている事を感じたが、止めることは出
来なかった。



 愛子がなんとかベッドから這い出てきたのは、もう昼を過ぎた頃だった。
 家には誰もいない。母も店の準備に出てしまったようだ。
 冷蔵庫を開けるとオニオンスープが入っていた。これを暖めろということらしい。
 相変わらず食欲は喪失していたが、昨日の昼以降何も口にしていない。少しは食べなけ
れば本当に病気になってしまう。
 フランスパンもチーズもあった。オニオングラタンスープにすることも出来たが、そこ
までする気にもなれず、カップに注いで電子レンジで温めるだけにした。
「……温かい」
 飴色になるまで炒められた玉ねぎの甘味が優しい。母は昔から愛子が具合が悪くなると
これを作ってくれた。
「心配させちゃってるなあ」
 愛子は少し反省した。家に帰るなり部屋に引き篭り、今まで一度も出てこなかったので
ある。愛子の父などは
「あの野伏の馬鹿息子のせいか」
 と怒鳴り込みに行こうとし、母が必死でなだめて事なきを得る始末であった。父親は事
の次第など知るはずもなく、彼の怒りは全くの偏見から来るものなのだが、時として偏見
も真理に辿り着く事があるのである。
「…………」
 考えがまとまらない。と言うより、考えるのにあまりにも材料が少なすぎるのだ。
 修学旅行から帰ってきた三代吉がお土産に買ってきたのは、明らかに分不相応な真珠の
イヤリングだった。それを見て不安になり、いけない事と判っていながら三代吉の携帯を
覗くと、そこには「小鳥遊」という、あまりにも嘘っぽい名前からの着信履歴が残ってい
た。
 その後、ルミから三代吉と乃絵が学校で談笑していた、と言う話を聞いて、止めが昨日
のあれである。
 一つ一つは気にするのもおかしいような小さな偶然だが、こうタイミングよく積み重な
ると一つの結論に向けて思考が突っ走ってしまう。
「……石動さん、かあ」
 去年、眞一郎の踊りの練習の場で言葉を交わした程度にしか知らない。真直ぐに前を向
いた、意志の強さを感じさせる少女だった。
 三代吉は実はああいうタイプが好きだったのだろうか。三代吉の好きな女性のタイプな
どあえて確認した事はないが、自分に一目惚れしたという事、比呂美とはそれ以前、中等
部で既に同じクラスでありながら特に好意を持ったわけではないらしい事から見て、大人
びた雰囲気よりむしろ幼く見える少女に惹かれるのかもしれない。だとしたら石動乃絵は
三代吉の所謂ストライクゾーンに入ると考えられる。
 次に問題になるのは、石動乃絵が三代吉に興味を持つか、である。
 これは判らない。愛子は乃絵について詳しい訳ではない。詳しく知ろうにも、眞一郎や
まして比呂美に訊ねるわけにもいかない。ただし、愛子には一つだけ確信を持って言える
事があった。それは
「人を中身で判断出来る人間なら三代吉の良さは絶対に判る」
 である。完全に恋する少女の贔屓目だが、愛子にしてみれば三代吉に近しい女性は全て
――比呂美でさえも――ライバルになる可能性があるのである。
「――あれ?」
 愛子は声に出した。何かが抜け落ちている気がする。何か前提条件に近い、非常に根本
的な部分を見落としているような、そんな違和感があった。
「何だろう……?」
 考えてみたが判らない。カップの中のスープは冷めてしまっていたが、もう一度温め直
す気にもならず、そのまま飲んだ。
 懐かしい味に触れて、少しだけ気分が前向きになった。何か見落としがあるなら、それ
を探してみる気になった。愛子は部屋に戻ると、着替え始めた。



 平日の、それもこんな時間に街中を出歩くと言うのは珍しい。
 冬の快晴は空気も澄み、沈んでいた気持ちも多少は浮上させてくれる。
「結構行きかう人が違うなあ。買い物する人にも活動時間ってあるんだなあ」
 ある意味当然の事を今更ながらに目の当たりにし、感心する愛子。店を一軒切り盛りし
ているとは言っても、やはり高校生なのである。
 知っている人に出くわすと学校に行かずに何をしてるのかと言われそうなので、愛子は
変装をしていた。大きなベレー帽に伊達めがねをかけ、口元はマスクとバーバリーのマフ
ラーで隠す。客観的に見て極めて怪しい格好だが、本人は完璧な変装のつもりである。こ
れなら万が一正体を見破られても風邪で医者に行った帰り、とでも言えばごまかせる。
「さて、と……それで、何を探せばいいんだろう?」
 外に出たのはいいが、具体的に何を見落として、何を探しているのか、それ以前に探し
物は目で見えるものなのか、何もわかっていないのである。
 せっかく意気込んで外に出たと言うのに、スタートから十分で挫けそうになっていた。
 その時
「あら、愛ちゃん?どうしたのこんな時間に?」
 完璧な変装をいとも簡単に見破ったのは理恵子だった。
 あたふたしながらめがねを直し、帽子を目深に被りなおしてやり過ごそうとしたが、理
恵子はこちらを見ながら不思議そうにしている。
 愛子は観念した。
「お、おばさん、偶然ですね、こんなとこで!お買い物ですか?」
「え?ええ、お大根が安かったから、ちょっと。それより愛ちゃんはどうして――?」
「そ、それが、ちょっと風邪を」
 わざとらしくゴホゴホと咳をしてみせる。理恵子はますます不審気な顔貌になったが、
特に追求することは止めにした。
「そう、それじゃ早くお家に帰って、暖かくして寝てね。お大事に」
 そう言って立ち去ろうとする理恵子。何とかごまかせたと――本人にとっては――胸を
撫で下ろす愛子。しかしその時、愛子の頭に閃いたものがあった。
「あ、おばさん、待って!」
 風邪ではありえないダッシュを見せ、理恵子の前に回り込む愛子。理恵子がさすがに呆
気に取られている。
 しかし、愛子はお構いなしである。
「おばさん、眞一郎と比呂美ちゃん、おばさんにお土産何買ってきました?」
 何故これが引っ掛ったのか自分でもわからない。ただ、全ての疑惑があの土産から始ま
っている事は間違いない。疑惑を植え付けた張本人はルミなのだが、愛子はただ漠然とし
た違和感のみで動いているので、係りのありそうなもの全てに当ってみるしか思いつかな
いのである。
「お土産?ええっと、眞ちゃんが湯飲みで、比呂美ちゃんはペンダントだったけど?」
「ペンダント!?それ、真珠が入ったりしてました?」
「真珠?まさか」
 理恵子は苦笑半分に答えた。
「磁器のペンダントよ。いきなり真珠なんてもらったら、おばさんの方が驚いて遠慮しち
ゃうわ」
「そう…ですよね」
 常識的かつ予想通りの返答に愛子が落胆する。その姿を見た理恵子は何か言わないとい
けないと思ったらしい。
「愛ちゃん、えーっと、三代吉君、だっけ。彼にイヤリングもらえなかったの?」
「あ、いや、もらえたんですけどね……」
「あまり気に入らなかったとか?駄目よ、贅沢言っては。高校生の男の子にそんな気の利
いたもの求めても――」
「高校生の男の子が選ぶようなものじゃなかったから問題なんです」
 思わず言ってしまった。理恵子は愛子をじっと凝視している。
「何か、変なものもらったの?」
 理恵子が訊いた。なるべく優しく訊いたつもりだったが、どうも彼女の声は詰問調に聞
こえてしまうようだ。
「あ、いえ、変なものってわけじゃ……」
「ごめんなさい、そういう意味じゃないのよ。えーと、つまり、愛ちゃんから見て、かな
り予想外のイヤリングだったのね?」
「……はい」
「何もらったの?真珠?」
「何で判るんですか!?」
 思わず訊いて、自分で気づいた。さっき自分から真珠の事を訊いたではないか。
「ああ、そう、そういう事なのね。なるほど」
 理恵子は頷いた。ようやく、話が繋がってきた。
「でも、随分思い切ったものをプレゼントしてきたわね。どうして真珠なのかしら?」
「……長崎は真珠の養殖してるから、だそうです」
「長崎で真珠?」
 理恵子は少し考えた。やがて
「言われてみれば、対馬で養殖をしていると聞いたような……。けど、そんなに有名でも
ない気がするわ。それに、対馬で買うならともかく、本島で買うほど長崎のイメージがあ
るわけじゃないと思うけど」
「やっぱり、そうですか」
 愛子が落ち込む。これでますます、誰かの入れ知恵説が強くなってきた訳だ。
「それに、修学旅行で持って行くお小遣いで買える代物でもないんじゃないかしら?もち
ろん、決められた金額を律儀に守っているとは限らないけど」
 眞一郎はもちろん、比呂美にも規定の金額に幾許か上乗せした小遣いを持たせた。現地
で買い食いもするだろう事を見越しての事である。それにしても真珠のイヤリングとは常
識の範疇を超えている。
「旅行に行く前から決めてたんじゃないかしら」
 理恵子が推論を述べた。それは愛子の中に今までなかった考えであった。
「初めから買うつもりで用意してないと、その場の思いつきや助言で即決できるものじゃ
ないと思うの。最近は高校生でカード持ってる子もいるけど、野伏さんの家はそれはして
ないでしょう」
 旧家で、少なからず先祖からの財産を持つ家は、金の使い方は豪快だが計画的である。
子供に対しても知識や技能よりも金の正しい使い方を優先的に教育していく。身代を潰さ
ず、家名を汚さない事は学校や知識人ではなく、そういう生き方をしてきた人間でなけれ
ば教えられないのだ。
 つまり、野伏家の跡継ぎはまだカード以前の金の使い方を学ばせている段階ではないか
と、自分の家に照らして考えたのである。
「じゃあ、三代吉のお母さんが教えたとか――」
「それはないわ」
 理恵子が言下に否定する。
「もしご両親が薦めたのだとしたら、愛ちゃんはもう野伏さんの嫁として見られてるわよ」
 言いながら理恵子は、眞一郎に比呂美へ真珠を買うよう言っておいてもよかったかと思
った。一方で愛子は想像して顔を真っ赤にしていた。
「あ、え、え、えーと……」
「あ、だから、ご両親じゃないと思うわよ」
 理恵子が念を押すと愛子も治まったが、顔はまだ上気したままだった。
「まあ、誰かに言われて、それでその気になっただけだと思うわよ。気にすることないと
思うけど?」
「うーん……」
 それで愛子と理恵子は別れた。



「来ちゃった……」
 愛子は店の前に立っていた。
 昨日、三代吉が石動乃絵と入ったオーガニックカフェである。
 特に意味があるわけでもないのだが、やはり近所を歩いていると理恵子のような知り合
いに出会う確率は高く、しかもどうやら――愛子としては不本意だが――変装は全く役に
立っていないらしいので、思い切って電車に乗って隣町のモールに足を伸ばし、そこでも
三代吉の事を考えながら歩き回っていたら、気付くとここにいたのである。
「う~~」
 思い出したくないものが浮かび上がって、泣きそうな顔になる。
「――帰ろ」
 どう考えてもここで聞き込みしたところで何か得られるとは思えないし、何も得られな
いならここにいても仕方ない。せっかく来たのだから洋服でも眺めて、今日はもう帰ろう。
「あら、愛子さんじゃない?」
 後ろから声をかけられてギクリとし、恐る恐る振り返った。朋与だった。
「もう着替えたの?ああ、もう今はあまり授業もないっけ」
 比呂美が事情を知らぬままそう話しかける。比呂美の隣には当然のように眞一郎がいて
――その三人だけだった。三代吉はいないようだ。
「あ、あらー!?どうしたの、みんな。よ、寄り道なんて珍しいじゃない?」
 こうなっては仕方がない。相手に話を合わせるしかないようだ。
「うん。クラスの娘にこの店聞いて、それでたまには足伸ばして来てみようかって。ね?」
「え?う、うん…」
 眞一郎が曖昧に返事したのは、彼は以前からこの店を知っていたためである。去年一度
だけ、乃絵にこの店に連れて来られた事があるのだ。
 それだけに、あまりこの店について言葉にするとどこかでボロが出そうで、眞一郎とし
てはなるべく口数を少なくしておきたいのだ。
「さっきまで野伏君もいたけど、先に帰っちゃったから」
「ふ、ふーん、そう」
 安心したような、残念なような。
「愛ちゃんも入ってみない?タンポポのコーヒーとか、変わった飲み物もあるみたいよ」
「タンポポの根でコーヒーだなんて、夏の高原のペンションみたいよね」
 朋与が言った。何かイメージが貧困な、と眞一郎は思ったが、上手く説明できなさそう
なので何も言わないでおいた。
「う、うん……」
 愛子としてはやや複雑な心境ながら、こう屈託なく誘われると断りにくい。むしろこの
場所に含むところがなければ却って断りやすいのだが、断る事で心の内を見透かされるの
ではという猜疑心が先に立つのだ。
「ね、そろそろ入ろうよ、ここ結構寒いわ」
 朋与の催促で店に入った。愛子もなんとなく付いて入ってしまった。



「おいしいよ、カモミールティー」
 比呂美が言った。
「タンポポの根って焦すとこんな味になるんだな」
 これは眞一郎の感想である。朋与が冷やかした。
「知ってる?タンポポっておねしょしやすくなるらしいわよ」
「いくつだ、俺は」
「好き嫌い言ってる間はまだまだ子供よねえ。ほれほれ、悔しかったら食べてみなさい」
 そう言うと手元の「ナスのコンポート」をフォークに刺して眞一郎の前に突き出す。
「や、やめろ、黒部さん!」
「眞一郎、まだナス嫌い治ってなかったんだ」
 愛子が呟いた。
「食わず嫌いってやつよ。比呂美が作れば食べるんでしょ、どうせ?」
 図星を突かれて眞一郎が反論できずに唸っていると、比呂美が助け舟を出した。
「朋与、お店の中で騒がないの」
 実際の所、理恵子が作って食べなかったものを比呂美の料理では食べるとなったら、さ
すがに理恵子もいい気分はしないだろう。好き嫌いは誰にでもあるからと比呂美は特に矯
正するつもりはなかった。
「ところで、愛ちゃんは何しにここまで?やっぱりクリスマスプレゼント?」
「う、うん、まあ、ね……」
 クリスマスの事などすっかり忘れていた。そうか、プレゼントを選びにこっちに出てき
たのか。
「比呂美ちゃんは?もう決まったの?」
「うん、もう買っちゃった」
 ちらりと眞一郎を見て
「どんなものかはまだ内緒だけど」
 と言い添えた。
「眞一郎は?」
「ああ、買ったよ。俺もまだここで言うつもりはないけど」
「野伏君だけ決められなかったのよねえ。意外と優柔不断?」
 朋与が笑った。
「それだけ真剣に選んでるって事でしょ」
「だって比呂美も仲上君もすぐに買えたのに、野伏君だけ選べないんだもん。修学旅行じ
ゃあんな思い切った買い物したのにさ」
「三代吉、プレゼント探してるんだ……」
「そりゃ、もうそろそろ選ばないとな」
 私以外のプレゼントも買う気なのかな、と思ったが、口にはしなかった。
「あ、そうだ、愛子さん」
「うん?」
「野伏君の事名前で呼んでますよね?お客さんの前でもそうなんですか?」
「うーん…そう、ね。でも、どうして?」
「いや~、さっき思ったんだけど、野伏君を名前で呼ぶのって中上君と愛子さんと、高岡
先輩くらいしかいないんですよ。二人はともかく、高岡先輩はどうして名前で呼ぶ癖が付
いてるのかなって思って」
「三代吉って、学校で名前で呼ばれないの?」
「あんまり自分の名前好きじゃないんだ、あいつ」
 眞一郎が補足した。
「先輩はそんなに仲上君とは面識はないし、だとしたら愛子さん経由かな、と思って」
 愛子は記憶を辿った。そんなに店で三代吉とルミが会ってはいないと思うし、三代吉の
話をした事もないような気がするが、言われてみればかなり最初の頃からルミは「三代吉」
と呼んでいた気がする。
「私のが移ったんだろうけど……」
 愛子はそう答えた。他に答えようがない。
「あーやっぱりそうかあ。それですっきりしたわ」
 それでも朋与は納得したようだ。それきり、その話題を出すことはなかった。


                        了



ノート
この話、ポイントは「愛子が動いているように見えて、実は肝心な部分には近付かないようにしている」点です。
本当は乃絵やルミ、三代吉に直接当たれば解決する事がわかっていて、自分から避けているんですね。
兄妹疑惑の時の比呂美と同じ、「向き合えていない」状態です。
ツールボックス

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