ある日の比呂美・豪雪編7


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「私も……眞一郎くんが気持ち良くなってるのを見るの……好き……」
だから、またしたい。 させて欲しい。
比呂美は険と赤味のとれた眞一郎の顔に向かって、真摯にそう訴えた。
「…………」
眞一郎は言葉を返すことなく、頬を緩ませて胸の中にいる比呂美を優しく抱き締める。
(眞一郎くん……大好き……)
想像通りの答えを眞一郎が返してくれたことに気を良くした比呂美は、
お気に入りの隙間を見つけた子猫のように、身をくねらせて薄い胸板に甘える。
眞一郎は次々と形を変える比呂美の肢体を柔軟に受けとめ、そこから発散される薫りを貪った。
…………このまま《して》しまおうか…………
同時にそんなことを思ってみるが、そうはしない。
降雪がくれた貴重な時間は、そのためのモノではないことが、二人にはよく分かっていた。
…………


性欲と興奮が治まりをみせた眞一郎と比呂美は、衣服を整えてから掛け布団に包まった。
無音の部屋にお互いの呼吸だけを感じ、それを幸せと実感する。
もうすぐ、この幸福は終わるのだろうと比呂美が考えたとき、眞一郎が唐突に口を開いた。
「雪の音がするな」
「……え?」
壁の向こう側を透かしているかのような眞一郎の視線を、比呂美は追ってみた。
《創作》という行為には縁の無い比呂美ではあるが、今は不思議と眞一郎の感覚が分かる気がした。
(音が聴こえる。 大地を白く覆う雪の音が。 
    どこまでも…… どこまでも…… 白で覆い尽くしていく、雪の音が……)
眞一郎が口走りそうなフレーズが胸中に浮かび、思わずククッと苦笑する。
こんな事もあるのだな、と考えながら、「どうした?」と訊いてくる眞一郎に向かって、
比呂美は『らしい』セリフを言ってみた。
「明日は帰る前に雪掻きしなきゃね」
「…………」
手伝わされると直感したのだろう。
眞一郎はまた壁の外へと視線を戻し、比呂美の発言を無視する。
子供みたいな抵抗を可愛いなと感じながら、比呂美は「逃がさないからね」という意志を込めて、
背中を包んでくれる眞一郎の胸を押し返し、体重を預けた。
「雪掻き、す・る・か・ら!」
比呂美のはつらつとした物言いが不可避の重労働を予感させたのか、眞一郎は身体をぶるりと震わせ顔をしかめた。
メルヘンの世界を散策していた意識は、どうやら厳しい現実へと引き戻されてしまったらしい。
明朝、自分を苦しめる事になる白い壁の量を想像して嘆息すると、
今度は隙間から入り込んできた冷気に反応して、眞一郎はまた身震いを始める。
寒がりなんだから、と悪意を込めずに囁き、比呂美は寄りかかった体勢のまま軽く笑う。
「お前は寒くないのかよ」
そう口を尖らせ、不平を垂れる眞一郎に向かって、「私は全然、平気よ」と比呂美は胸を張って見せた。
「ハイハイ、比呂美さんは鍛えてますからね~」
女は皮下脂肪も厚いしなと、ヤケクソ気味の眞一郎の口から、珍しく嫌味が飛び出す。
「ふんだ。理由はそれだけじゃありません」
「???」
比呂美は軽く鼻を鳴らしてから、眞一郎に気づかれないように、腹部より少し上へと指先をあてがった。
(……あなたが私の中にいるから……だから寒くないの)
恥ずかしい……絶対に声にすることは出来ない想いを自覚し、くすっと喜びの声が漏れてしまう。
「?? なんだよ?」
「ふふ。 教えてあげない」
言えるわけないでしょ、と内心で呟きながら、比呂美は首を折り曲げて、後ろ髪を眞一郎の鼻先に擦り付ける。
そして、幸せを噛み締めるように口角を緩ませながら、
あと少しは許されるであろう『雪のくれた時間』を楽しもうと、静かに瞼を閉じた。

          [めでたし]
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