Amour et toris generation trop est trop(過ぎたるは及ばざるが如し)


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「あら、三代吉君、お昼?」
 高岡ルミが声をかけてきた。
「ええ、まあ」
「購買行くの?それとも食堂?」
「温かい物が食いたいんで食堂にしようかと」
「ちょうどよかった。ご一緒させて」
「え?いや、それは……」
「もう今の時期になると三年生来なくなっちゃって、一人で食堂に行くのも恥ずかしいな
って思ってたところなの。お願い、コーラご馳走するから」
 両手を合わせ、片目を瞑って少しおどけた調子で頼んでくるルミ。三代吉は頭を掻いた。
「別にそんなおごってもらわなくてもいいですけど」
「本当!?ありがとう」
 三代吉の隣に立ち、並んで食堂に向かう二人。ルミの言う通り、二学期も終わりが近づ
けば三年生はほとんど学校に来ない。三代吉の隣を歩く緑のラインの入った制服はこの季
節には人目を引き、その制服の上に乗るやや不釣合いな大人びた美貌はひきつけた視線を
釘付けにした。
「…………」
 三代吉は少し居心地が悪かった。日頃校内を歩いていても三代吉に視線が集まる事はな
い。眞一郎が一緒の時はまれに下級生の女子がひそひそと囁きあう声が聞こえてくる事も
あるが、こうして隠す気もないような好奇の目に晒される事には慣れていない。
「ん?三代吉君、どうしたの?」
「いや、なんと言うか――」
 言いかけて、三代吉は別の事を言った。
「本当だったんだな」
「え、何が?」
「先輩、俺の事を名前で呼ぶんだな、と思って」
「名前?ああ、だってそれは安藤さんが名前で呼ぶから」
「でも、愛子は苗字なんですね」
「ええと……小学生の頃って、あまり友達を名前で呼んだりしないでしょ?学校で知り合
った友達なら特に」
 答えてから、少し申し訳なさそうに
「もしかして、名前で呼ばれるの嫌?それなら野伏君って呼ぶけど……」
「あまり、自分の名前気に入ってないんですよ。少し古臭いし、ガキの頃はよくからかわ
れたりしたもんで。でも、無理に変えないでいいですよ。もう俺もその呼び方で違和感な
くなってますから。ただ、黒部がそんな事言ってたなってだけで」
「ありがとう」
 食堂に着き、食券を買って食事を受け取る。三代吉はカレー、ルミはうどんである。
「あ、そこの席が空いてるわ。座りましょ」
 ルミに促され、三代吉も向かいの席に座る。女バスの後輩らしき女子が何人かルミに挨
拶したが、三代吉を見るとそそくさと姿を消した。
「連中誘えばよかったんじゃないですか?」
「口うるさい先輩と一緒に食事しても料理がまずくなるだけよ」
「後輩からの人気はすごいって聞きましたけど?」
 朋与や比呂美が言っていたのを憶えている。
「あれはアイドルを見て騒いでるような感覚だから」
 アイドルは遠くから見てるから粗が見えないのよ、と言って笑う。
「ここのうどんって、つゆが少し辛過ぎるのよね。もう少し薄味の方が好きなんだけど」
「こっちのカレーはまあまあですよ。どうせレトルトだけど」
 それから、二人は暫く無言で食事をした。共通の話題もないのだから仕方ない。
 やがてルミの方から話題を見つけた。
「そういえば、安藤さんのクリスマスプレゼント、もう決まったの?」
「……いえ」
「もうそんなに時間ないわよ」
「それまでには決めますよ」
 修学旅行で高すぎる物を買って不興を買った反省から今回は身の丈にあったものを、と
考えているのだが、これ、と言う決め手に欠ける。元々ファッションセンスは愛子に遠く
及ばないし、女物の知識はさらにない。
「姪の欲しがっているもんならすぐに判るんですが」
 まさか、高校生――それも自分より年上の――に、変身魔法少女セットなど買う訳にも
いかないではないか。
「やっぱり私が手伝ってあげようか?」
「大丈夫ですって。一人で探しますよ」
「平気よ、私は。もう大学も決まったし。それに、少しは責任も感じてるの。プレゼント
の事も電話の事も私が原因作ったようなものだから」
「……いえ、俺が解決します」
 三代吉は譲らなかった。
 三代吉の方が先に食事を終えた。
「じゃ、お先に」
「ええ、ありがとう」
「いえ、それじゃ」
 食堂を出た三代吉は廊下を歩く。
 そしてふと立ち止まり、振り返った。



 午後の授業が終わり、帰り支度をしていた眞一郎は三代吉を見て動きを止めた。
 いつもなら三代吉は授業が終わると同時にかばんを抱え、席を立っている。それが今日
に限って座ったまま、それどころかノートを見て何か考え事をしていた。
「……三代吉、どこか具合でも悪いのか?」
「あ?どこも悪くねえけど」
「いや、だってお前――」
「お待たせ、眞一郎くん。――どうかしたの?」
 帰り支度を整えた比呂美が眞一郎の席に来た。
「いや、何も。ただ、三代吉が授業終わってもノートを見てるからさ」
「おい、どういう意味だそれ?」
「……野伏君、どこか具合悪いの?」
「お前ら二人揃ってそれか」
「何々?どうしたって?」
 比呂美の声を聞きつけて朋与とあさみまでやってきた。比呂美が状況を話す。
「ちょ…と野伏君、何か変なもの食べた?」
「お薬飲んだの?もしかしてその副作用が出てるとか?」
「………………」
 三代吉は何も言わなかった。
「冗談はこの辺にして、何考え込んでたんだ?クイズでも考えてるような顔だったけど」
「どんな顔だ、それは」
 言い返しながら三代吉は開いていたノートを見せた。授業中ずっと睨みつけていたペー
ジであった。
「これ、読めるか」
 そこには三代吉の字で『小鳥遊』と書かれていた。
 眞一郎が首を捻る。
「こと…あそ?なんだそれ?なぞなぞか?」
「小鳥……鳥遊び……わからないわ」
 比呂美も読めないようだ。
 すると、比呂美の肩越しにノートを覗き込んだ朋与が少し自慢げに正解を出した。
「あ、これ知ってる。『たかなし』って読むんだよ。苗字なんだって」
「すっごーい、朋与なんで読めるの?」
 あさみの賞賛に朋与はあっさりと種明かしをした。
「前に高岡先輩に聞いたことがあるのよ。ほら、比呂美もいたじゃない。去年の夏合宿の
時に」
「ああ、そう言えば」
 言われて思い出した。確かにルミがそんな事を言っていた。
「それ、どんな話だ?」
 三代吉が朋与の方を向いた。
「どんなって……なんだっけ?」
 朋与はあっさりとそれ以上の記憶遡行を放棄した。
「えーっと…先輩と読み方が似てるとか、何とか……」
「それそれ。彼氏の携帯に先輩の名前が入ってなくて、そんな読み難い偽名使われてて二
股かけられてる事に気づいたとか言う話」
「酷いな……」
 眞一郎が正直な感想を述べた。
「二股……?」
 三代吉の顔貌がさらに怪訝なものになった。
「なあ、湯浅、眞一郎の携帯、勝手に見たことあるか?」
「私?ないよ」
 比呂美は即答した。厳密に言えば、石動乃絵が眞一郎の前に現れた頃には気になって携
帯を見たいと思った事もあるのだが、その当時は眞一郎が自分の目の前に携帯を残して部
屋を出ると言うシチュエーションが起こらず、見ようと思えばいつでも見れる現在は他の
女の影を疑う余地もないほどに一緒の時間を過ごしているため、覗き見る必要がなくなっ
ていた。
「お~、それはちょっと意外だわ。比呂美の事だから絶対見てリダイヤルした事あると思
ったのに」
「朋与、どういう意味よ、それ?」
 朋与と比呂美の他愛無いやり取りの間、眞一郎の目が宙を泳いでいた事に気付いた者は
その場にいなかった。
「ねえ、野伏君、もしかして愛子さんが野伏君の携帯見たの?」
 あさみがこんな時に限って鋭い所を見せる。三代吉が顔をしかめると、新たな獲物を発
見した朋与が嬉しそうに突付いた。
「あらあらー?図星?見られてまずいメールでもあったのかなー?」
「ねえよ」
 ぶっきらぼうに答える。しかし、眞一郎が好奇心とは明らかに違う表情で自分を見てい
る事に気付き、仕方なく言葉を続けた。
「……俺は愛子に隠さなきゃいけない事は何もねえよ。ただ、愛子がおかしくなったのは
俺がトイレに行って、戻ってからだった。そんな短時間で機嫌が変わるのは他に思いつか
ねえ」
「ふーむ」
 朋与が唸った。一理はあると認めたらしい。
「……それで、それと小鳥遊と何か関係あるの?」
「………いや、何も。それとは別の話だ」
「ふ~ん」
 朋与はそれで興味が失せたらしい。あさみと一緒に最近出来た明石焼き屋に行くと言っ
て帰ってしまった。
「じゃあ、俺達も行くか」
 朋与の変わり身の速さに調子が狂ったか、眞一郎も比呂美に声をかけた。比呂美もなん
となく頷いた。
「じゃあ、野伏君、これで――」
「ああ、俺ももう帰るよ」
 こうして三代吉は最後に一人、教室を出た。



 三代吉はとりあえず『あいちゃん』に向かった。この所愛子もいたりいなかったりだが、
一応店を手伝っている(但し無報酬で)以上、店には顔を出さないといけない。
 店に着くと、愛子ではなく愛子の母親、美智子が店にいた。
「あら、野伏君、ごめんね、今日も愛子出れないみたいなの」
「そうですか…久し振りですね、女将さんが店に出るの」
 内心、いるのが父親の方でなくてよかったと思いながら三代吉は言った。
「さすがに閉めぱなしって言うのもね。もう半分道楽で開けてるようなものだけど、それ
でもお得意さんはいるわけだし」
 三代吉が中学の頃は、つまりまだ愛子に告白する前には美智子が店に出ていて、愛子は
その手伝いをしていただけなのだ。
「特に熱があるわけでもないし、どうしちゃったのかしらねえ」
 美智子もさすがに困惑気味だ。
「何か知らない、野伏君」
 その答えは三代吉こそが知りたいのだが、それをそのまま言うわけにも行かない。
「いや……俺にもよく判らないです。何も言ってくれなくて」
「そう……あの子、ああ見えて溜め込むタイプだから」
 美智子は足元のビールケースを足でどかした。
「昨日もね、学校を休んだのに、お昼から外で歩いてたみたいなのよ」
「そうなんですか?」
「隣町のセンターで見かけたって人がいてね、教えてくれたの」
「はあ……」
 すると俺と鉢合わせの可能性もあったのか。よかったような、残念なような。
「学校も休んだって、そんなに塞ぎ込んでるんですか?」
「一昨日の朝はまだそうでもなかったんだけどねえ」
 三代吉の質問は、三代吉と愛子が電話でも話していない事を白状しているも同然なのだ
が、それについて美智子は何も言わない。
「一度家に戻ってきたんだけど、暫くして友達から電話があってまた出掛けて、帰ってき
たらご飯も食べないで部屋に引き篭もっちゃって」
「その友達と何かあった、と?」
「友達と何かあったのか、行った先で何かあったのかはわからないけどね……」
「友達って誰だったんです?」
「そこまで聞かなかったけど、あの子そんなに今の学校に友達いないのよね」
 言われてみれば、『あいちゃん』に来るのは眞一郎や比呂美の知り合いばかりだ。
「ああ、そうそう、お土産、ありがとうね」
 一瞬何の話かと思ったが、修学旅行の土産の話をしてるのだと気づいた。
「いえ、あんなものでよかったのか心配だったんですが」
「おいしかったわよ。でも、愛子のあれは、いくらなんでも先走りすぎじゃない?」
「あ……」
 三代吉は少し赤くなった。そして同時に、母親が知っているという事は父親も知ってる
んだろうな、とも思った。活火山の如く怒り狂う姿を想像して、今度は青くなった。
「とっても素敵だと思うのよ。でも、こう言っては何だけどたかが修学旅行で買ってくる
プレゼントとしては少し立派過ぎじゃない?愛子も却って不安になったんじゃないかしら」
「不安ですか?」
「はっきりそう言わないけど、そうなんだろうな、とは感じるかな」
「でも、なんで……?」
 美智子は少しの間返答しなかった。どう説明するか、考えていたのかもしれない。
「……誕生日でも、記念日でもないのに急に高いプレゼントする時って、大抵何か裏があ
るのよね」
 三代吉が目をむいた。
「俺は別に――」
「あくまで一般論。でも、いかにもありそうな話でしょ?疑われたくないから、プレゼン
トでごまかしておくなんて」
 美智子も昔経験があるのだろうか。三代吉は思った。
「そんな実例を聞いたんじゃないかしらね、愛子も。で、タイミングよく――悪く、かな
――野伏君が話に聞いた通りのプレゼントを持ってきたから、テンパっちゃった、て言う
感じかな」
 実例か。今まで全く考えもしなかった。それならあのリアクションも納得がいく。しか
し一体誰が……?
 何かが三代吉の中で形になり始めていた。一本の線が始点と終点を結び始めていた。し
かし、まだ繋がらない。まだ色を見せていなかった。
「今日、お店に出る?別に私は一人でも大丈夫だけど」
 美智子が訊いた。三代吉は笑って答えた。
「いえ、邪魔でなければ手伝わせて下さい。そのつもりだったし、こう見えても俺目当て
の客も少しはいますから」
 その後こう付け加えた。
「多分ね」
 美智子も笑って
「そう、それじゃ、手伝ってもらおうかしら。悪いけど暖簾出してくれる」
「はい」
 今川焼き屋『あいちゃん』は一年半ぶりに愛子以外の手によって営業されたのである。



 店が終わり、帰途に就いた三代吉は携帯を取り出した。
『――なんだ、三代吉?こんな時間に』
「ああ、ちょっとな。今平気か?」
『構わないよ。何だ?』
「なあ、眞一郎、さっき聞いたんだけどさ、お前、昨日愛子とモールで会ったんだって?」
『……ああ、そんな事か。会ったよ。お前と別れてすぐ。比呂美も黒部さんも一緒に』
「それ、どこで会ったんだ?」
『どこ……て?』
「ブティックの前とか、レコード屋の中とか」
『店って事か。喫茶店だよ、オーガニックが売りの』
 それだけで三代吉には通じた。
「ああ、あそこか……」
『なんだ、お前も知ってるのか、あそこ』
「知ったのはついこの前だけどな」
 それ以上はあえて言わない。
『いや、野菜でデザート作ってるとは聞いてたけど、まさかナスのタルトなんてあるとは
思わないからさ、メニュー見て後悔したよ』
 電話の向こうであははと眞一郎が笑っている。三代吉にとっては、今まさに笑えない状
況に陥りつつある感覚がしたが、あそこが乃絵の贔屓である事は乃絵に近い、または詳し
い人物なら知っているかもしれない。
 だが、もう一つ、三代吉には気になっている事があった。
「……なあ、愛子はそこで何してたんだ?」
『は?何って?』
「なんでそんな所にいたんだって事」
『いや……何も聞いてないな。ただ、俺達が見掛けた時は店の前うろうろしながら覗き込
んでたな。一人で入りにくかったんじゃないか?』
「……」
『何か気になる事でもあるのか?』
「ああ、いや、何でも」
 愛子がその店を気にしている事が、必ずしも自分と乃絵が店に入った事を知っている事
にはならない。確かにならない。しかし、三代吉には自分の行動が先回りされているよう
に感じてならない。誰か俺のやる事が全て裏目に出るように仕組んでいる奴がいる。それ
は単なる猜疑心だが、結果的に正解に限りなく近付いていた。
『でも、三代吉があの店を知ってるとは驚いたな。比呂美もあの店は初めてだったのに』
「ん?て事は黒部が案内してたのか?」
『ああ、いや、比呂美も知ってはいたんだよ。黒部さんもだけど、前に部でちょっと話題
になったんだそうだ』
「女子バスか?」
『そ。有機野菜を使ったスィーツで、女子の中には常連もいるんだそうだ』
「…………」
『三代吉?』
「……眞一郎」
『な、何だよ、急に真剣な声で』
「その話、高岡先輩も聞いてたのか?」
『高岡先輩?さあ、どうだろ。あ、ちょっと待っててくれよ――』
 そう言うと眞一郎は携帯を置いたらしく、声がいきなり遠くなった。何か話し声らしい
音が洩れてきて、それから眞一郎が戻って来た。
『お待たせ。先輩もその場にいたってさ』
「……そうか」
『それがどうかしたのか?』
「いや、こっちの話だ。それよりお前」
 眞一郎を心配させるつもりはない。わざとふざけた、意地の悪い声を作った。
「こんな時間にまだ湯浅の家にいるのか?まさか泊まってく気か」
 電話の向こうで眞一郎がうろたえているのがわかった。
『い、いや、まさか、そんな……もう帰るところだよ』
「そっか。ま、別にいいけどさ」
『本当だって!そんな明日学校があるのに泊まるなんて――あっ』
 自爆した親友への電話を切り、三代吉は携帯をポケットに戻した。
「……気が重いな」
 そしてまだ雪の降らない夜道を歩きだした。


                         了



ノート
乃絵について;
乃絵はこの物語中では徹底した部外者です。本人は思うままに動いているだけで、それをルミに利用されて
いるだけ、しかも本人は自分が妙な修羅場に巻き込まれている自覚さえないという、微妙なポジションです。
乃絵をもっとはっきりと巻き込んで、物語をドロドロにする事はもちろん可能なのですが、乃絵がこれ以上
係わってくると、必然的に親友のために眞一郎が(頼みもしないのに)動こうとするに決まっているので、
たとえ親友のためとは言え眞一郎と乃絵がまた近付く事を比呂美は喜ばないだろうな、と思い、こういう
ポジションに落ち着いています。ルミも憎いのは石動家の男達だけとはっきり言ってますからね。
だからと言って乃絵でなくてもいいかと言うと、あさみでも朋与でもルミが意図するような展開はならない
気がするので、やっぱり乃絵のように自分の世界観で周りも動かす人物である必要はあったと思います。
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