ある日の比呂美・疾走編


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「んん…… ねぇ、上になるから……」
正常位で組み敷かれていた比呂美は、前後運動をつづける眞一郎を一旦押し留めた。
「あんまり……感じないか?」
「ううん、違うの。 何ていうか……いろいろステップアップしたいなぁって」
乱れた呼吸を整えながら、比呂美は上体を起こした眞一郎に追随する。
俗に言う《対面座位》の形で濃厚なキスを交わしてから、そのまま体重を掛けていくと、
二人の位置は《正常位》とは真逆の《騎乗位》に収まった。
「この体位のときはねぇ、上下じゃなくて、前後に動くといいんだって……」
囁くやいなや、比呂美は陰茎を膣肉で深々と咥え込んだまま、言葉どおりの動きをしてみせる。
くい、くい、と腰をいやらしく振ると、恥骨同士が擦れ合い、陰毛が絡まるシャリッという音がした。
「うぁっ」
新しい体位が生む圧力が心地良かったのか、眞一郎の喉が低く鳴る。
「なんで……くっ! ……こんな事、知ってるんだよ」
「んん……あん…… お、教えない…… はぁん……」
眞一郎のささやかな抗議は、二人が発する嬌声の波に呑み込まれていく。
「んっ、んっ…… くふっ…… んんんっ!!」
「はっ、はっ、はっ…… くぅぅ…」
味わう快楽が堪えられない恋人たちの声と、結合部から生み出される粘着質な音が響き、
永遠とも一瞬とも思える淫靡な時間が、比呂美の部屋の上層を満たしていった……
…………

          ※

「伝説??」
「そう。 伝説だって」
比呂美がそんな単語を口にしたのは、結合を解き、それぞれに陰部の後始末をしている時だった。
なんでも、麦端地区の中高生のあいだで、妙な告白の仕方が流行っているらしい。
「海岸通りの坂道を全力で駆け下りて、丁字路を曲がったところで想いを告げると……」
「おい、ちょっと待て。 それって…まさか……」
その《まさか》だった。
どこからどう話が伝播したのか分からないが、『あの時』の二人の思い出が、
麦端の町に新たな『恋愛成就』の伝説を生み出してしまったらしい。
「どう…しようか?」
困ったフリをしながら、実は比呂美が内心で喜んでいるのは明らかだった。
(なにが嬉しいんだよ。そんなの恥ずかしいだけじゃないか、まったく……)
比呂美のことを一番理解しているつもりの眞一郎ではあったが、
時折、『女』はやはり別種なのだと実感することがある。
はぁ、と大きく溜息をつき、やれやれと眞一郎は肩をすくめたが…… これが不味かった。
「…………なに? 不満なの?」
トーンの落ちた比呂美の声が眞一郎の耳朶を突き刺して、彼女の心が瞬時に曇ったことを知らせる。
しまった、と眞一郎は内心焦ったが、もう遅かった。
比呂美はぷいと顔を背けると、ロフト用のゴミ箱にティッシュを放り込んでから、全裸のまま階段を降りていく。
「な、なんだよ。怒るようなことかよ」
心の中で《冷静な眞一郎》が「謝ってしまえ」と忠告をしたが、
眞一郎は少し意地になって、階下の比呂美に抵抗を試みた。
……だが……
「いつまで裸でいる気? さっさと降りて着替えて」
刺々しくも爽やかな声に引き込まれて下を覗いてみると、比呂美は既に服を身に着け、外出の準備を整えていた。
(は、早っ! ……やっぱ比呂美って凄ぇ~)
感心している眞一郎に、更なる言葉の鞭が飛ぶ。
「私、夕飯の準備を手伝わなきゃいけないんだから、早くしてっ!」
「お……おう」
気の抜けた返答を聞きたくないのか、比呂美は一人で部屋を出て行く。
眞一郎はロフトを降りると、脱ぎ散らかした服を慌てて着込み、その後を追った。

眞一郎が部屋に来たのは正午の少し前。
昼食と勉強、そして《ご褒美》を済ませても、空はまだ蒼い時間帯だった。
比呂美は小さな靄を心に抱えながら、海岸通りにつづく竹林を抜けていく。
そろそろ眞一郎が追いついてきても良さそうな頃だったが、背後に彼の気配は感じなかった。
(なにしてるのよ、もう!)
……苛立ちが増していく。
そのきっかけを眞一郎は「怒るようなことか」と軽く言ったが、比呂美はそうは思わなかった。
あの時の記憶は、子供の頃の『祭りの想い出』と同じ重さを持っている。
少なくとも湯浅比呂美にとっては、生まれ変わっても忘れたくない…大切な…大切なものだ。
(なによ…… 迷惑そうな顔してさ)
この場に黒部朋与がいたなら、「恥ずかしがってんのよ。男なんてそんなもんだって」などと嘯いたかもしれないが、
今、この場には、比呂美の不安を払拭してくれる者は誰もいない。
……もし、あの出来事が眞一郎の中では《たいした意味の無いこと》だったとしたら……
……そんな不安が胸の奥で渦を巻いていく……
…………
(……あぁ…私ってホント、嫌な性格……)
仲上の家に着くまでに眉間のシワはとれるだろうか、などと考えながら歩いていると、急に目の前が開けた。
竹のカーテンが終わりを告げ、海沿いの強い日差しが瞼に差し込んでくる。
比呂美は後ろを振り返り、眞一郎の影を捜したが、やはり彼がやってくる様子はなかった。
「…………」
待つことはせず、直角に道を曲がって海岸通りを進む。
しばらく歩くと、比呂美は例の丁字路近くにたどり着いた。
(…………あれ?)
残雪が積み上げられた歩道に、人影が見える。
二十メートルほど先に、こちらへ背を向ける形で、同年代の少女が何かを待つように立っていた。
(あ、もしかして)
状況を理解した比呂美の脚が止まる。
伝説だ。 あの子は伝説を実践しようとしているのだ。
麦端の生徒だろうか? 蛍川……それとも古城高校?
決定的な瞬間を目撃するかもしれない、という高揚からか、比呂美の脳内をどうでもいい思考が駆け巡る。
(! 来た)
遠くから聞こえてくる「うおおおおぉぉ!!」という雄叫び。
少女と同じ年頃の少年が、眞一郎が自転車で疾走してきた坂を全速力で駆け下りてくる。
丁字路を減速せずに曲がりきり、少女の手前、約五メートルのところで立ち止まると、
彼は後方で立ち尽くしている比呂美の存在を無視して、大きな声を張り上げた。
「お、俺と……付き合ってくれええぇぇっ!!!」
絶叫が響き渡り、音の波紋が空に吸い込まれて消えていく。
(……すごい……)
《伝説》を目の当たりにした比呂美は、身体が固まって動けなかった。
そして一拍の後、比呂美の耳朶を打つ、ザッという雪を蹴る音。
それは告白の消失を追いかけるように駆け出していた、少女の軽やかな足音だった。
比呂美のように足を滑らせることもなく、彼女は少年の胸に飛び込み、内に秘めた《答え》を彼に伝える。
想いを伝え逢い、しっかりと抱き合う二人の姿は、まさに《海岸通りの伝説》そのものであった。
…………

「良かったな」
「! ……眞一郎くん」
いつの間に追いついたのか、突然、真横で発せられた眞一郎の声に、比呂美は驚いた。
それは少し離れたところで寄り添う、生まれたての恋人たちも同様だったらしい。
揃ってキョトンとした表情をこちらに向けた少年と少女は、すぐに顔を赤らめて俯いてしまった。
「あ…あの…… ごめんなさい。覗き見するつもりじゃなかったんだけど……」
大切な想い出に傷をつけてしまったのではないか、と狼狽する比呂美をよそに、
眞一郎は清々しい顔で、二人に向かって「おめでとう」と祝福を告げる。
(ばかっ! なに言ってるのよ)
……空気を読まないその言葉を聞いて、恋人たちは怒り出すのではないか……
そう比呂美は心配になったが、この世の幸せを独占している二人には、どんな事象もハッピーと感じられるらしい。
頬を朱に染めながら、とても素直に「ありがとう」と返した少年は、少女の手を取ると、
眞一郎の横をすり抜けて、比呂美たちがやってきた方向へと、手と手を握り合いながら去って行った。

伝説の元凶が自分たちだとバレてはいないことに安堵したのか、
眞一郎は「ホントは抱きつくんじゃなくて、ラリアートをかますのが正解なんだけどな」と笑いを堪えながら呟いた。
その憎まれ口が照れ隠しであることは分かっていたが、比呂美は反射的に抗議の声を上げてしまう。
「あ、あれはっ! ……雪で滑っちゃったんだから……しょうがないじゃないっ!!」
……私だって抱きつきたかった……
さっきの二人みたいに、普通の告白をされて……
そして素直な気持ちを返したかった……
「……なによ……」
顔を背けた比呂美の前歯が、軽く下唇を噛むのが目に入り、眞一郎は冗談が過ぎたことを反省をした。
(そうだな…… あの時はまだ、俺がちゃんとしてなかったから……)
比呂美が転んだのが悪いんじゃない。
受けとめることが出来なかった、自分の方に非があるのだ。
だが、あの時はあれで良かったのだと、眞一郎は思う。
あの出来事……比呂美を受けとめられない自分を自覚できたからこそ、今の仲上眞一郎がいるのだ。
(でも、もうあの時とは違うぞ。いつだって、俺は比呂美を……)
しっかりと受けとめてやれる。 胸を張って抱き締めてやれるんだ。
そう思った瞬間、比呂美とは違う二人の少女の顔が脳裏に浮かび上がった。
眞一郎の気持ちを後押しするように、『やりたいように、やってみれば?』と幻影が囁いてくる。
「そうだな」と眞一郎は口中に一人ごち、頬を緩ませた。

「比呂美。少しここで待ってろ」
俯いて立ち尽くしている比呂美の肩に手を置くと、眞一郎は力強く告げる。
「え…… なんで?」
比呂美の口から零れた疑問には答えずに、眞一郎は前に向かって走り出した。
速い、とはお世辞にもいえない。
スピードは平均的男子高校生以下……かもしれない。
だが眞一郎は、自分の持つ全ての力を出し切って、丁字路を曲がり、坂道を駆け上がって行く。
(ちょっと… まさか……)
何をしようとしているのかは、もはや一目瞭然だった。
(もう一度……あの時みたいに……)
比呂美の予想どおり、眞一郎は坂の頂にたどり着くと、
振り返って大きく深呼吸をしてから、今度は全速力で坂を駆け下りてくる。
「比呂美いいいいい!!!」
眞一郎の腹の底から搾り出された叫びが、あたり一面に響き渡った。
眞一郎から見て、反対側の歩道を歩いていた見知らぬお婆さんが、大声に驚いて立ち止まる。
その様子がハッキリと目に入り、比呂美の顔は羞恥でりんごのように真っ赤になった。
(馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ! なに考えてるのよっ!!)
胸中でそう叫びながらも、比呂美は予感していた。
……心の中の小さな欠落……それが埋まるかもしれない……
…………そんな予感…………
…………

あの時と同じように、自然に脚が跳ねる。
震える心と熱い身体が、眞一郎を求めて前に進む。
あの時は出なかった叫びが喉を震わせ、眞一郎の名を呼ぶ。
……
気がつくと比呂美は、自分の名を呼ぶ絶叫に吸い寄せられるように、眞一郎に向かって全力で疾走していた。

「比呂美ッ! 俺の… !!!!」
角を曲がって告白を始めようとしたところで、眞一郎の首元に衝撃が襲い掛かった。
声帯が漏らした「ぐぇっ」という呻きと、顎に感じる柔らかな二の腕の感触。
もう味わうことはないと思っていたそれは、間違いなく、あの《比呂美ラリアート》の痛撃だった。
あぁ……比呂美はまた《やってしまった》んだな、と脳内で理解しながら、
眞一郎は比呂美のしなやかな肢体を傷つけないように、仰向けに倒れてクッションの役目を買って出る。
背中にかなり強い痛みを感じはしたが、比呂美が怪我をすることに比べたら、こんなものは何でもなかった。
「ご、ごめん! 私、また……」
下敷きになった眞一郎を気遣ったのか、覗き込んでくる比呂美の顔は、目尻が潤み、ちょっとだけ歪んでいた。
「はは。 お前、まだ乗っかり足りないのか?」
比呂美のドジっぷりを、先ほどのセックスと引っ掛けてからかい、眞一郎は彼女の弱気を吹き飛ばす。
……そして……
「!!」
倒れた体勢のまま、やや強引に奪われる、比呂美の瑞々しい唇。
憂いから怒りに変わっていた表情は、瞬く間にとろりと溶け崩れ、キスが終わる頃には完全に呆けていた。
…………
「……恥ずかしいって……さっき言ってたのに……」
「ん? そんなこと言ってないぞ?」
とぼけて見せる眞一郎の優しさに、比呂美の気分は、場所を忘れて甘いものになってしまう。
「また伝説が広まっちゃうね」
小声でそう囁きながら、比呂美は再び顔と顔を接近させると、啄ばむようなキスの雨を眞一郎に降らせた。
そんな比呂美の仕草に、「別にいいさ」と返し、眞一郎は擦り寄ってくる美肉を抱き締めに掛かる。
「……眞一郎くん……」
「いいだろ? もう少しだけ。誰かが通りかかるまで……な?」
そんな風に求められては、比呂美にはもう「うん」と頷くしか選択肢は残されていなかった。
ヤケクソ気味に乳房を押し付け、首筋に顔を埋めながら「好き」と呟いてやる。
(あぁ、どうしよう。またしたくなってきちゃった)
アパートに戻ってもう一回、と比呂美が《お願い》を口にしかけた時だった。
「天下の往来で何やってんの? あんたたち」
「「 ッ!!!! 」」
聞き覚えのある声に反応し、絡まっていた眞一郎と比呂美の身体が弾け飛ぶ。
大きく見開かれた二人の瞳に映ったのは、
ニヤニヤと緩んだ表情でこちらを見下ろしてくる、安藤愛子と野伏三代吉の姿だった。
「愛ちゃん! 三代吉! …お、お前らっ、い…いつからっ」
声を震わせる眞一郎に向かって、三代吉はニヤけた顔のまま答える。
「あぁ、最初の方からバッチリ見物させてもらったぜ。 そうそう、ムービーも録っといたから」
凄ぇモンが録れたぜ、と楽しそうに言いながら、三代吉が携帯のカメラレンズを二人に向ける。
……すると……
「……い…………イヤああああああああああああ!!!!!」
火山噴火のごとき轟音を発しながら、比呂美は眞一郎を突き飛ばして立ち上がった。
そして赤ペンキを被ったような顔を両手で覆うと、訳の分からない奇声を上げながら、
眞一郎が下りてきた坂道を、全速力で駆け上がって行く。
…………
…………
「「「…………」」」
呆然とする三人が正気に戻ったのは、比呂美の姿が完全に消え去った後だった。
(は、速っ! ……やっぱ比呂美って凄ぇ~)
内心でそう呟きながら、ゆっくりと立ち上がった眞一郎の背中が、愛子の平手で叩かれる。
「なにボーっとしてんの。 早く追いかけなさい」
「お、おう。 ……って!誰のせいだよっ!!」
お前ら覚えてろ!と捨て台詞を残しつつ、眞一郎は比呂美の後を追って駆け出した。
愛子と三代吉の笑い声を、背中にたっぷりと受けとめながら……


なお、この騒動のあと暫くの間、
湯浅比呂美は『今川焼き・あいちゃん』に顔を出すことはなかったらしい。

          [めでたし]
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