ある日の丁稚


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〔このお話は、ある日のシリーズ本編とは、一切関係ありません〕

その日、彼の世界は終わりを告げた。
記憶を失い、自分が誰であるかも分からずに仲上酒造で働いていた名無しの少年の世界は、唐突に崩壊を始めたのだ。
白い霞がかかった様な美しい富山の空は、あるところは幻想的な虹色に、
ある部分はポスターカラーで塗りつぶした様な漫画チックな色に変化している。
「一体……何なんスか、これは……」
異なる次元がゴチャ混ぜになった世界の様子に、彼がひとりごちた時だった。
《君のバックルとカードは何処です?》
頭の中に澄んだ声が響いたかと思うと、彼の眼前の空間が歪み、その靄の中から痩身の少年が姿を現した。
「世界を救うには君の力が必要です。 デッチ……バックルとカードは何処です?」
「世界を救う?? 僕がッスか???」
少年は自身の名を『真田光一』と名乗り、別の世界の住人であることを彼……デッチに告げる。
そして九つの恋愛物語の世界が融合し、その全てが破滅へと向かいつつあることも。
「君は九つの世界を巡り、全ての主人公たちを結ばれるべきヒロインと結び付けねばなりません」
「なにを言ってるのか……さっっっぱり分からないッス!」
気が触れる寸前、といった体のデッチを気にする事も無く、『真田光一』はニヤリと笑う。
「覚えているはずです。 ……どうすればいいか……」
「だから…… !!!!」
反論しようとするデッチの脳裏に、失った記憶が断片的な映像となってフラッシュバックした。
……カード…… ……バックル…… ……そして……変身!!
…………
「思い出しましたか?」
予定通りだな、という内心を隠しもせず、『真田光一』はデッチを一瞥する。
そして伏せていた頭をあげたデッチの顔は、すでに仲上酒造の従業員のものではなかった。

          ※

「人違いだっ!! 俺は…君なんか知らないぞ!!」
比呂美のアパートからの帰り道、眞一郎は見ず知らずの少女に、突然刃物で切りつけられた。
出刃包丁を片手で振り回し、彼女は「一緒に死んで!」と眞一郎に向かって叫ぶ。
『西園寺世界』と名乗る短髪の美少女…… 彼女の瞳は死んだ魚のように、色彩を失っていた。
「……知らないなんて…… 酷いよ、誠……」
「だからっ、俺は仲上眞一郎ッ! 誠なんて名前じゃ……」
眞一郎の否定は、最後まで音になることはなかった。
『西園寺世界』の全体重をかけた突進が、眞一郎に《防御》以外の全てを中断させる。
ギリギリのところで手首を押さえつけ、眞一郎は凶刃との接触を免れたが、
尚も刃を押し込もうとする『西園寺世界』の腕力は、少女のモノとは思えないほど強かった。
「なにが……なにがどうなってるんだよっ!! …………比呂美ィィィッ!!!!」
思わず口から飛び出る、愛しい少女の名前。
だがその行為は、相対する『西園寺世界』に憎悪と憤怒という燃料を注ぎ込んでしまった。
「また別のっ!! …………その女も殺してやるッッ!!!!」
濁った瞳の奥で暗い炎が燃え上がり、細い腕が限界以上の力を発揮する。
(殺られる!!)
包丁の切っ先が眞一郎の腹に当たり、彼の脳裏に湯浅比呂美の笑顔が走馬灯のように浮かんだ時だった。

「そこまでッス!!」

響き渡る叫びと乱入者の気配に『西園寺世界』の気が削がれる。
一瞬の隙をついて眞一郎が後ろに飛び退くのと同時に、眞一郎にとって見覚えのある背中が、
自分と『敵』を隔てるように、その姿を現していた。
「ここは君の世界じゃない。 自分の居場所に帰るッス」
眞一郎と『西園寺世界』のあいだに割り込んだデッチは、諭すようにそう呟いた。
その言葉を聞いているのかいないのか……『西園寺世界』の瞼がスッと細められる。
「……私の世界に……私の居場所なんか無いッッ!!!」
目標を切り替え、デッチに向けられる『西園寺世界』の攻撃。
「分からず屋め」と吐き捨てながら、デッチは見事な体裁きで敵との距離をとる。
風を切って襲い掛かる出刃をかわしながら、デッチが前掛けのポケットから取り出したのは、
奇妙な形をしたバックル状の物体だった。
それを見せ付けながら不敵に笑うデッチの雰囲気に、『西園寺世界』は思わず呻く。
「あんた……何者?……」
「通りすがりの酒蔵の従業員だ。 覚えておけ!」
叫びと共に腹部にあてがわれたバックルからベルトが伸び、腰に巻きつく。
そして、いつの間にか左腰に現れていたカードホルダーから、一枚のカードが引き抜かれた。

「変身ッッ!!」

バックルの上部にあるスロットにカードが吸い込まれ、《trueライド・比呂美》という機械音が鳴り響く。
間を置かずに、デッチの身体は九つの輝くシルエット取り込んで、その姿を変貌させた。
「ひ…比呂美?!」
眞一郎が驚愕するのも無理はない。
デッチの姿は腰に巻かれた異形のベルトを除けば、最愛の少女、湯浅比呂美にしか見えなかった。
バスケ部のユニフォームに身を包んだ、凛々しい湯浅比呂美にしか。
「隠れてて、眞一郎くん」
口調も声も全く同じ…… だが、目の前の《比呂美》が比呂美ではないことを、眞一郎はすぐに思い知った。
「そうか……あんたがデッチ。 あんたを倒せば…誠の心は私に帰ってくるッ!!」
再び振り下ろされる、『西園寺世界』の狂気を孕んだ刃。
デッチが変身した《比呂美》は、闘い方を熟知しているかのように、その攻撃を余裕をもって擦り抜けていく。
『西園寺世界』を嘲笑するかの如く、《比呂美》のポニーテールが宙を舞う。
斬撃が掠りもしないことに『西園寺世界』が焦りを見せ始めた時、
《比呂美》はホルダーから一枚のカードを抜き取り、バックルへと放りこんだ。

    《tearsライド・ドリブル》

無機質でありながら、妙に正義感を滲ませる機械音がバックルから発せられると同時に、
何も無かった《比呂美》の右手に、バスケットボールが現出する。
「なにぃ!!」
人知を超えた現象に『西園寺世界』が呻いた時には、もう《比呂美》の攻撃は始まっていた。
超高速で移動と、四方から連続して繰り出されるバスケットボールの強烈な打撃。
ものの数秒で『西園寺世界』は戦闘力を失い、地面に膝をついてしまった。
《比呂美》の勝利を確信した眞一郎が、彼女(?)の元に駆け寄る。
「おい…… あの娘、どうするんだ?」
「元の世界に返さなきゃ。 手伝って、眞一郎くん」
どうやって?と眞一郎が問うより早く、《比呂美》は新たなカードをホルダーから引き抜く。
「チョット、くすぐったいよ」
「え??」
……何が起ころうとしているのか……
全く理解できない眞一郎の背中に、《比呂美》の両手が突き入れられる。
そして観音開きに引き裂かれた眞一郎の肉体は、鮮血を吹き出すこともなく、
《比呂美》の超常的パワーによって、人ならざるモノへと姿を変えていった。
「な、なんじゃこりゃああああ!!」
眞一郎の身体はその魂を宿したまま、巨大なスケッチブックへと変形を遂げていた。
表紙に書かれた『雷轟丸と地べたの物語』の題字を確認し、《比呂美》は満足げに頷く。
「これが、私たちの力よ」
「……力……」
その言葉に、眞一郎は理屈ではない何かを感じた。
絵本と化した全身に『気』がみなぎっていくのが実感できる。
(……やれるっ!)
眞一郎の意志に反応し、絵本の表紙がバンと音を立てて開き、それと同時に中のページが弾け飛ぶ。
美麗に描かれた絵の一枚一枚が、紙飛行機へとその形を変え、《比呂美》を守るように周りを囲んだ。
「……ま…誠…………」
満身創痍の『西園寺世界』は、フラフラになりながらも、まだその名を呟いていた。
それが彼女の愛した男の名なのかと思うと、《比呂美》と眞一郎の胸がチクリと痛む。
だが、この混沌を解決するためには、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

    《ファイナルtearsライド・シ・シ・シ・眞一郎ッ!》

装填された必殺のカードに応え、バックルがエネルギーを開放する。
光に包まれた紙飛行機たちは、狙いを定めるように、その先端を『西園寺世界』に向けた。
「そんな物、捨てなさい。 そして誠さんのいるところへ……帰るのよ」
目の前に浮かぶ、一際強い輝きを放つ紙飛行機に手を掛けながら、《比呂美》は力強く告げる。
……その言葉が心の壁を砕いたのだろうか?
『西園寺世界』の右手から出刃が滑り落ち、その頬に一滴の……真実の涙が流れた。
《比呂美》はそれを合図に、紙飛行機たちを解き放つ。
無数の光の矢と化した眞一郎は、『西園寺世界』の身体を貫き、彼女を元いた世界へと押し返していった。


…………
爆発と轟音、そして『西園寺世界』を飲み込んだ空間の歪みが消えると、
それに連動するかのように、デッチと眞一郎の姿も、元の『人間』へと戻っていた。
「……なんだったんだよ……今の……」
「坊ちゃん。 聞いて欲しいッス」
まだ事態が呑み込めない眞一郎に、デッチは今、この世界を襲っている状況を語って聞かせた。
パラレルワールドの融合と崩壊…… そして、それを止められるのは自分だけであるということを。
「僕は旅に出るッス。 親方とおかみさんに……よろしくお伝えください」
「ま、待てよ。 その旅……俺も行くぞ!」
意外な申し出にデッチは一瞬驚いたが、すぐに眞一郎の考えていることに思い至った。
眞一郎は自分の説明を、ほとんど理解していないに違いない。
だが、ただ一つ……《このままでは比呂美と引き裂かれる》という事実が心を捉えているのだ。
それは彼にとって、《世界の終わり》に等しいのだろう…………
…………
「分かりました。 行きましょう、坊ちゃん。 世界を救って……そして、比呂美さんと!」
「あぁ!!」
主従だった関係が友情へとシフトしたその瞬間、時空の歪みが二人の身体を包み込んだ。

          ※

灰色のカーテンのような《次元位相》を潜り抜けると、そこにはもう見慣れた富山の景色はなかった。
潮風の薫りはするものの、それは荒々しい日本海のものではなく、大洋の暖かさを孕んでいる。
レンガ造りを基調にしてスペイン風にまとめられた町…… デッチはこの場所を知っていた。
「!!」
叩きつけられる敵意に、思わずデッチは振り返る。
その先に見える、片目に眼帯をした儚げな少女の姿…… もう間違いはなかった。
「《ef》の世界…か!」
九つの恋物語…… その全てを破壊し、全てを繋ぐデッチと眞一郎の旅が、今、幕を開けた!!

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