Amour et trois generation Tout est bien qui finit bien(終わりよければ全てよし)その1


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 麦端祭の翌日、2‐Bでは踊りの花形の周りに人垣が出来ていた。昨年、1‐Bの教室
でも見られた光景であるが、今年はその人垣が二つあると言う点で昨年とは違っていた。
 言うまでもなく、眞一郎と比呂美である。
 眞一郎の周りには男子十数人と女子数人、比呂美の周囲には男女比率の逆転した集団が
それぞれに取り囲んでいる。眞一郎は普段からクラスの女子とも気さくに話しており、花
形二年目という事もあって集まる顔ぶれも見慣れた人物が多かったが、比呂美の方は勝手
が違った。
 中学時代には男女問わず友人の多かった比呂美だが、眞一郎との交際が知れ渡ってから
は、男子とは距離を置き、女子の友人も以前に比べるとかなり減らしていた。停学騒動の
際に自分を遠巻きにして好奇の目で眺めていた同級生や、聞こえよがしに悪態を吐く他ク
ラスの生徒、その一方で比呂美を守り続けてくれた朋与達の友情を知る中で、嫌われない
生き方よりも愛される生き方を選択したようだった。自然比呂美の交遊は広く浅かった中
学時代から狭く深いものに変わっており、今回のように比呂美の周りに人だかりが、それ
も男子生徒まで寄って来るというのは久しくなかった事態だった。
「比呂美、昨日見たよ!きれいだった!」
「湯浅さん、踊りも出来たんだ。本当に万能なんだね」
「初めまして、湯浅先輩、あの、サインいただけますか?」
 どうやら別クラス、下級生も来ているらしい。
「人気者じゃない、比呂美~。二、三人キープしておいたら?」
 朋与が後ろの席からニヤニヤと笑っている。比呂美は周囲に困ったような曖昧な笑顔を
見せながら小声で朋与に言い返した。
「からかわないで。そんな事するわけないでしょ」
「判ってる判ってる。でも、あっちはまんざらでもないんじゃない?」
 比呂美は「あっち」を見た。
 眞一郎の周りも同様の賑わいで、その輪には昨年に続きあさみの姿もあった。
「仲上君、今年も格好よかったよ」
「あ、ありがとう、あさみさん」
「凄い凄いすごーい。あたし、こんな有名人と同じクラスなんだー」
「大袈裟だよ、それは……」
「ねえねえ、後でサインちょうだーい」
「……何と言うか、さすがあさみよね」
 朋与が呆れて言った。二年間同じクラスにいる相手に対し、下級生のニワカ親衛隊と同
じ発想で発言できる感覚はむしろ賞賛すべきかもしれない。
「そう言えば去年はこのタイミングじゃなかったかしら?比呂美が仲上君に近付いて行っ
て――」
「ちょ、ちょっと朋与、それは言わないで!」
 一年前の記憶がフラッシュバックして、比呂美がうろたえた。朋与以外の同級生も全員
忘れてなどいなかったが、話題に出すべきかどうか迷っていたので、この比呂美の狼狽を
見てやっと声に出して笑う事が出来た。
 比呂美には朋与がいるように、眞一郎の後ろの席には三代吉がいたが、こちらは朋与の
ようには話題に参加していなかった。
「そう言えば野伏君、昨日はどこにいたの?屋台にもいなかったよね」
 あさみが軽い調子で三代吉に話題を振る。眞一郎もその話題に乗ってきた。
「そうそう、俺も気になってたんだ。屋台は愛ちゃんのおばさんがやってるし、結局最後
まで姿見せないし、何か他の用でもあったのか?」
「ちょっと家の用がな」
 三代吉は嘘を吐いた。訊かれる事は予想済みである。淀みも躊躇いもない。
「親はさすがに顔出さないわけにもいかねえから、俺が使いをしてきた」
「そっか……ならしょうがないな」
「見せたかったよー。仲上君も格好よかったし、比呂美もきれいだったし」
「そうらしいな」
 三代吉は比呂美の周りに集まる、見覚えのない顔を確認しながら言った。これは暫く二
人の周囲は賑やかになりそうだ。
「その用事に愛子さんも一緒だったの?」
「いや?そんなわけねえだろ、うちの用事で」
「なーんだ、愛子さんも屋台にいないからそうなのかと思った。比呂美もよく仲上君と一
緒に配達とか行くし」
「こんな事実婚カップルと一緒にすんな」
 三代吉の発言が聞こえた二つの人だかりから、かすかな希望を打ち砕かれた呻き声が聞
こえた。同時に朋与がニヤニヤと笑いながら顔を赤くした比呂美の肩を叩き、なんともい
えない表情の眞一郎が落ち着きなく周りを見渡した。
「愛子はこの所体調崩してるから、それでいなかっただけだろ」
「ああ……おばさんもそう言ってた」
「なーんだ、つまんない」
 どういう展開ならあさみの期待に添えるのか、三代吉には判らなかった。
「愛ちゃん具合悪いのか。お見舞い行ってみようかな」
「いや……」
 眞一郎の言葉に三代吉は何か言いかけ、すぐに思い直した。
「そうだな。行ってやってくれ。きっと喜ぶ」
「よし、比呂美も誘って行くとするか」
「一応病人だぜ。一度に何人も行ったら気疲れさせちまう。とりあえず一人で行けよ」
「え?でも、さすがに年頃の女の子の部屋に一人で行くのは――」
「何照れてんだよ、幼馴染だろうが。それに、今更お前が愛子の部屋に入ったからって何
が起きるとも思ってねえよ。湯浅も相手が愛子なら心配しないだろ」
 比呂美は愛子が眞一郎にキスした事は知らない。あるいは女の勘で愛子がかつて眞一郎
に持っていた想いには気付いているかもしれないが、いずれにしても今の比呂美が危険を
感じる存在ではない。
「うーん……」
「何か甘いものでも持って行ってやってくれ。きっと喜ぶ」
 そう言って三代吉は眞一郎の背中を叩いた。



「ごめんね、変な気遣わせちゃって」
 眞一郎の買ってきたケーキと紅茶を部屋に運び、愛子は言った。
「いや、思ったより元気そうでよかったよ」
 眞一郎は手を振ってなんともないという意思を示した。
 学校帰り、美紀子の親のケーキ屋でケーキを買い、そのまま愛子の家を訪れたのだが、
家に入り、部屋に通されてから、眞一郎は落ち着かない気分を味わっていた。
「?どうしたの、そわそわしちゃって?」
「あ、いや、なんかこう、女の子の部屋って落ち着かなくて、さ」
「変なの。比呂美ちゃんの部屋には入り浸ってるのに」
「その言い方やめて……」
「ここだって小さい頃には何度も来てるんだよ。覚えてない?」
「それは覚えてるけど……」
 小学校に上がるか上がらないかの、本当に子供の頃の話だ。何故かジュースやお菓子を
愛子の父親が何度も持って来てくれたのを覚えている。
「あーっと……三代吉はもうここに来たの?」
「まだ呼んでないよ。お父さんに見られたら、三代吉殺されちゃうもの」
 思わず周囲を見回した。まさか盗聴装置とか仕掛けられたりしないだろうな?
「大丈夫だよ、眞一郎は。お父さんも昔から知ってるもん」
 愛子は笑ってそう請合ったが、眞一郎は何か腰が落ち着かない気がした。
「でも、昨日屋台にもいないから何かあったかなと思ってたけど、元気そうで安心した。
これなら三代吉にも心配ないって教えてやれるよ」
 愛子の笑顔が一瞬翳った。
「心配なんて、してるのかな?」
「え?」
 眞一郎が訊き返した。他意があるわけではなく、本当に聞こえなかったのである。
「三代吉、あたしの心配なんてしてるのかな?」
「……何、言ってるの?」
「…なんでもない」
「心配してるよ、三代吉は。今日だって俺に見舞いに行ってくれって頼んできたくらいな
んだから」
「三代吉が?」
 愛子の顔貌が一瞬明るくなったように見えた。しかし、すぐに目を逸らし、
「それなら自分で来ればいいのに。何も眞一郎に頼まなくても――」
「きっと、あいつなりに考えたんだよ。愛ちゃんが一番喜ぶ相手に行ってもらおうってさ」
 何気なくとても恥ずかしい科白を口にした気がする。これ以上深く考えるのはやめよう
と思った。
「ま、まあ、何と言うか、愛ちゃんは三代吉に大事にされてるよ、うん」
「でもさ……あの事知っても、三代吉、そんな風に出来るかな……?」
「あの事、て……あー」
 眞一郎は口籠った。あの事、とは、愛子が眞一郎にキスをした一件を指している事は、
いかに彼が鈍かろうと間違えようがない。
「軽蔑するだろうね、あいつ……」
「――えーっと、愛ちゃん、その、あのさ……」
 眞一郎は酷く歯切れ悪くもごもごと口の中で何か言っていたが、ようやく思い切ったよ
うに――あるいは諦めたように――愛子に向かって言った。
「あいつ、それならもう知ってるぞ」
 愛子の表情が不審から唖然、驚愕に変化していき、最後に狼狽に辿り着いた。
「え、あ、あ……ええ!?」
 それ以上は口をぱくぱくさせるだけで言葉にならない。驚きすぎて息をするのも忘れて
いるようだ。
「ななな、なんで……眞一郎が喋ったの――?」
「喋った、と言うか……カマをかけられたと言うか――」
 こうなってはもう中途半端に隠しても仕方がない。眞一郎は自身の名誉を守るためにも
一切を話す事にした。


『そっか。やっぱり湯浅にするのか』
 三代吉は言った。眞一郎が乃絵との関係に決着をつけ、竹林で比呂美に改めて想いを告
げた、その翌日の昼休みである。
 ちなみに、比呂美は同じ時間朋与に同様の報告をしている。
『ああ、お前にも気を遣わせちまったな。でも、もうこれで大丈夫だから』
 眞一郎の言葉に三代吉は苦笑しながら
『俺は別に何もしてねえよ。それより、もうふらふら余所見すんなよ。湯浅も不安がるし、
それで勘違いする他の女も可哀相だ』
『別に余所見なんて……いや、そうだな、もう迷ったりしない』
 余所見したわけではない。自分の本心を見ない振りをしただけだ。だが、結果として乃
絵の気持ちにも、愛子の想いにも応えられなかった事実に違いはない。危うく三代吉と愛
子の関係すら破綻させかけたのも本当だ。
『本当にすまなかったな。三代吉』
 改めて眞一郎はそう言った。自分が三代吉の立場であれば、これほどの度量を示す事が
出来たか自信はない。愛子を救ってくれたのは間違いなくこの親友であった。
『だから俺に謝る事はねえって』
 三代吉は手を振って見せた後、さりげなく言った。
『まあ、少しばかり羨ましいとは思うな。まさかお前が愛子の――』
 三代吉はここで言葉を切って眞一郎を横目で見た。ただそれだけの動きで、眞一郎は金
縛りにあった気分だった。
『あー、えっと、それは……』
 これは愛子から聞いたと思うべきなのだろう。やり直す意味で全部吐き出して、謝った
といった所か。
 眞一郎は、これは自分が悪者になるべきだろうな、と思った。愛子がどう説明したか知
らないが、眞一郎に非があるような話になっているとは考えにくい。それは愛子の性格で
はない。
 ここは自分が悪者になって、一発二発殴られてもいいと思った。愛子一人が悪くされて
しまうのは本意ではないし、三代吉ならそれで手打ちにしてくれるだろうという確信があ
った。
『悪い、三代吉。俺が雰囲気に流されたんだ!』
『雰囲気、だぁ?』
『あの時、雨でびしょ濡れだったからタオルで頭拭いててもらって、その、妙に距離が縮
まって、それで……』
『…………』
『だから、すまん!悪いのは俺なんだ。愛ちゃんは何も悪くない。だから――』
 深々と頭を下げる眞一郎には、三代吉の表情は判らない。しかし、わずかな視界から三
代吉の手が震えているのが見えた。爆発する、と覚悟した瞬間、三代吉が大笑いを始めた。
『――三代吉?』
『あは、あは、お、お前、簡単に引っ掛かりすぎ。はは、はぁ、はぁ、ああ腹痛ぇ』
『ちょ、ちょっと……ええ!?』
 目に涙まで浮かべて腹を抱える三代吉を前に、眞一郎は口をポカンと開けたまま立ち尽
くすしかない。
『お、お前さ、湯浅相手に、そ、そんな簡単に、口割るなよ。はは、湯浅も、さ、さすが
に、許してくれないかも、ははは、駄目だ、面白え』
『――てめえ、カマかけやがったな!』
『遅えよ、ひひひ、頼むから、俺を笑い死にさせないでくれ……』
 眞一郎は頭を抱えた。あまりにも見事な一人相撲に怒りのぶつけどころもない。
『――そうか。あまり考えたくはないが、そうするとあいつのファーストキスの相手は、
お前って事になるのか』
 やっと笑うのに飽きた三代吉が眞一郎に言った。
『……だからそれについては謝るよ』
『いや、謝られたって愛子のファーストキスは帰ってこねえ』
『俺に出来る事ならなんでもするからもう勘弁してくれ』
『そうか?じゃあ――』
 三代吉が眞一郎に顔を寄せてきた。
 唇を尖らせて。
『な!?ちょ、ちょっと三代吉、何を!?』
『返せ!愛ちゃんのファーストキス今すぐ俺に返せ!』
『やめろ、馬鹿!それで返せるわけないだろ!離れろ、こら!』
 第三者から見れば全く意味不明の取っ組み合いは暫く続いた。


「…………」
 話を聞いた愛子の反応は、無であった。目を点にして、なんとも言えない表情で眞一郎
を見ていた。
「……まあ、そういうわけで、三代吉はもう知ってるんだよ、あの事」
 ばつが悪そうに眞一郎が話を締めた。自分の間抜けを自分で披露しなければならないと
いうのはあまりにも格好が悪い。
「三代吉がそんな事を……」
 やっと愛子はそう言った。つまり一年も前から三代吉は知っていたと言う事である。今
の今まで気が付かなかった。
「でさ、愛ちゃん。俺、最近思うんだけどさ――三代吉、ホントは俺の話したような事、
考えてもいなかったんじゃないかな」
「え?」
「つまりさ、本当はそんなカマかけるつもりじゃなくて、単純に『愛子の初恋の相手はお
前だったのか』って言いたかっただけじゃないかなって」
 三代吉はああ見えて鋭い男である。愛子が誰を好きなのか、それは三代吉ももしかした
らずっと前から感じていたのかもしれない。ひょっとすると告白する前、眞一郎に紹介し
てくれと頼んだ時から。しかし、キスしたかも、とは考えないのではないか。状況証拠す
らない。それは邪推の領分である。三代吉の気質とは違っていた。
「でも俺が変な気回して、愛ちゃんだけは庇おうなんてまるで必要ない事を必死でやって
るのを見てさ、それで、初めから判ってた振りをして、俺を引っ掛けた事にして、全部許
してくれたんじゃないのかな、て」
 殴って終わらせる事ももちろん出来たろう。それで終わっても二人の関係に何の変化も
起きない事、その点については自信があった。
 それでも、三代吉は更に、眞一郎も悪者にしない選択をあの一瞬で選択したのではない
か。全てを笑って水に流してくれたのではないか。そんな気がしていた。
「まあ、ファーストキス返せと来るとはさすがに思わなかったけど」
 思い出して眞一郎が渋面を作る。結果何とか唇は守ったが、暫くは下平達からあらぬ誤
解を受けた。眞一郎に至っては両刀使い扱いである。
「そういう奴だからさ、あいつが愛ちゃんのためにならないような事、しないと思うよ。
今日自分で来なかったのも、何か意味があるんだよ。それが何か判らないけど」
「…信用してるんだね、三代吉の事」
 愛子が言った。少し羨ましいと思った。眞一郎は少し照れながら、しかし自信を持って
言った。
「そりゃそうさ。でなきゃ愛ちゃんに紹介なんかしないし、まして付き合ってみてなんて
愛ちゃんに推薦しないよ」
 と言った。
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