ある日の比呂美・台風編2


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耳元で突如鳴り響いた電子音に反応し、浅い眠りに落ちていた黒部朋与の身体は、びくりと縮こまった。
(……やべ……マナーにしとくの忘れてた)
脳内で数時間前の自分を罵倒しつつ、薄目を開けて送信してきた相手を確認する。
あさみか美紀子なら無視するのだが、液晶画面が表示した名前は、朋与に再びの睡眠を許さなかった。
身体を起こすと、腹の上で寝ていた飼い猫のボーが「にゃっ!」と抗議の声を上げたが、構わずに通話ボタンを押す。
「比呂美…… いま何時か知ってる?」
緊急事態なのは何となく察しがつくが、朋与はわざと軽口を叩いてみせた。
こちらも固い口調で話し掛ければ、張り詰めているであろう比呂美の心を、さらに追い込んでしまうかもしれない。
《どうしよう…… ねぇ朋与、どうしたらいい?》
事態は予想を越えて酷そうだ。
比呂美はかなり慌てている。 眞一郎と何か…… いや、眞一郎『に』何かあったか?
「そうね。 まずは一回深呼吸しなよ」
助言を求めてくるということは、『今の自分には冷静な判断が出来ない』という自覚はあるようだ。
なら、話しようはある。
朋与は比呂美をなだめ、状況を訊き出しに掛かった。
…………
…………
慌てふためいてはいたが、比呂美の説明は理路整然としていて、状況は大体つかむ事が出来た。
それにしても、この台風の真っ只中に外へ飛び出すとは…… 仲上眞一郎……見込んだだけのことはある。
《眞一郎くんの身に何かあったら……》
高波にさらわれたらどうしよう…… 何かが飛ばされてきて眞一郎に当たったらどうしよう……
比呂美の口から湧いて出る悲惨な未来予想を、朋与は右から左へと聞き流した。
可能性はゼロではないだろうが、眞一郎が『その程度の災難』を撥ね退けられないはずはない。
比呂美の元へ行くと決めたら、たとえ死体になっても辿り着く。 眞一郎はそんな男だ。
それよりも心配なのは…………
《私、やっぱり迎えに行く》
予見された比呂美の言葉を耳にし、朋与は心の中で思わず「ほら来た」と呟いた。
心の容量が溢れ気味になると身体が暴走を始めて止まらない。 湯浅比呂美の悪い癖である。
「比呂美。 もう一回深呼吸してから、私の話をよく聞いて」
ここで比呂美を止めるのが自分の役割なんだろうな、と今更ながらに自覚しながら、朋与は話しはじめた。
仲上の家から比呂美のアパートまでは、通常なら十五分程度、雨風を計算しても三十分掛からずに辿り着けるということ。
眞一郎も丸っきりの馬鹿ではないので、海岸線のような危険なルートは通らないだろうということ。
その他、比呂美を安心させる好材料を全て聞かせてから、最後に動揺を鎮めるため、言葉で強烈な平手打ちを見舞う。
「もし行き違いになったら、仲上君きっと捜しに戻るよ。 そしたらかえって危ない」
《! …………》
返事をしないということは、理解し、納得して気持ちが落ち着いたのだろう。
朋与はふっと軽い嘆息を漏らしながら、「何か温かい飲み物と、大き目のタオルを用意して待ってなさい」と付け加えた。
それを聞いて、比呂美が僅かな間をおいてから口を開く。
《……ありがとう、朋与。 ごめんね、こんな時間に》
「別にいいよ。 ……あのさ、比呂美……」
……頼りにしてくれて……真っ先に相談してくれて……嬉しい…… 
そのセリフは、さすがに照れ臭くて口に出来なかった。 それに今は、それどころではない。
朋与は「絶対に大丈夫だから」と念を押し、それに答える比呂美の力強い声を確認してから携帯を切った。
…………
「ふ~っ、やれやれ」
ひとりごちてベッドに仰向けになると、ボーが再び腹の上に乗ってきた。
「にゃ~ん」と鳴きながら顔を覗き込んでくるボーは、《本当はアイツが心配なんだろ?》と言っている気がする。
「大丈夫よ。 比呂美の想いが……眞一郎を守るわ」
冗談などではなく、朋与は本心からそう思っていた。
想う心は力になって、愛する人を守る……そう信じていた。
(だから、私の仕事はここまで……)
内心でそう結ぶと、急に眠気が襲い掛かってきて、大きなあくびが口から飛び出してくる。
朋与はボーを胸元に引き寄せて抱きしめると、そのまま瞼を閉じ、強さを増す風の音を聞きながら眠りについた。

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