ある日の比呂美・BD編


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「いい天気なんだけどなぁ~」
部屋の窓から晴天の空を見上げつつ、比呂美はわざと大きな声でぼやいてみせた。
最高のデート日和……なのだが、なぜか今日は、眞一郎と家でDVDを観ることになってしまったのだ。
それも眞一郎お勧めの《テレビアニメ》を、ブッ通しで全話鑑賞するというトンデモ企画である。
「全部でどのくらいの長さなの?」
「1話25分のが13本だから……」
眞一郎がノロノロと頭の中で計算を始めたときには、もう比呂美の脳は答えを弾き出していた。
(25分×13本って……ざっと計算しても5時間以上じゃない……)
なんだか気が遠くなってきた。
「ねぇ、やっぱり出掛けない? こんなにいい天気なのに…勿体無いよ」
「いいから早く座れって。 お前も絶対に気に入るから」
眞一郎は提案に耳を貸さず、レコーダーのリモコンに手を掛ける。
渋々と自分の座椅子に腰を下ろしながら、比呂美は恨めしそうな視線を眞一郎に向けた。
今が午前十時なので、昼食やらディスクの交換時間やらを考えると、拘束は夕方にまで及ぶだろう。
(途中で寝ちゃったら怒るかな)
正直、アニメには余り興味が無いので、睡魔が襲ってきたら振り払う自信が無い。
……昼過ぎくらいで中断してもらえるように、何とか策を練ろう……
そんなことを考えながら、比呂美は再生が始まったテレビ画面に視線を移した。

          ※

計算した《5時間以上》という時は、瞬く間に過ぎ去っていった。
明るかった陽の光は、もうオレンジの西日に色を変えている。
「どうだった?」
「…………うん……良かった…………凄く……」
エンディングのスタッフロールを眺めながら、比呂美は噛み締めるように、作品の感想を口にしていた。
なんという事だろう。
これほどの短時間で、自分自身の価値観がこうも変貌してしまうとは。
所詮は作り物、と冷めた考えで視聴を始めた5時間前の自分が、今はとても愚かに思える。
淡々と静かに進む物語…… 独特の緊張感……
そして胸を締め付けるような、あのラスト……
《感動》する物語ではない。
観ることで号泣できる話でもない。
でも、不思議と心に残る……心に染み込む……そんなストーリーだった…………
…………
「眞一郎くんが夢中になるの、当たり前だよね」
「だろ?」
気持ちを共有できたことが嬉しかったのか、眞一郎の舌が饒舌に回り始める。
先ほども話していた作品に関する薀蓄話がまた繰り返され、比呂美はそれに耳を傾けることとなった。

          ※

紅茶を飲みながら、小一時間ほど話し込んだだろうか。
一通りの知識を語り終えた眞一郎が、突然に話を切り出す。
「なぁ、このレコーダーってブルーレイだよな?」
「え? ……そうだけど……それがどうかしたの?」
アニメの話をしていたはずなのに、いきなり機械の話題になり、比呂美は戸惑った。
「なぁ比呂美。 これをさ……もっと綺麗な画質で観てみたいとは思わないか?」
「?? あの…話が見えないんだけど……」
眞一郎の話によると、実はこの作品は内容の高評価に反比例して、ソフトの売り上げが振るわなかったらしい。
商売にならない以上、最新メディアであるブルーレイディスクでの発売は絶対にないと言われていたのだが、
とあるアンケートで《ブルーレイ化して欲しい作品》の第一位に輝いたことで、状況が変わった。
発売元が重い腰を上げ、ついにファン待望の企画が動き出したらしいのだ。
「へぇ~そうなんだ。ファンの力って凄いね」
「ところが一つ、問題がある……」
商品は完全受注生産で、メーカーが決めた数量まで予約数が届かなければ、発売自体が中止になってしまうと言うのだ。
「頼む、比呂美! 協力してくれッ!!」
大声で叫ぶなり、眞一郎は床に額をこすり付けて《土下座》を始めた。
これは完璧な形で手元に置いておきたい作品だ! 五年後、十年後を考えれば、是非ともブルーレイ版を入手したい!
そう眞一郎は懇願する。
作品の価値を知った今、眞一郎の願いは比呂美にとって十分に共感できるものであったし、
ネットで発表されたという予価も良心的なもので、決して手が出ない値段ではない。
だが、比呂美には一つだけ、気になること……疑問があった。
「眞一郎くんは買わないの?」
「買うさ! 家にはプレイヤーないけど……将来に備えて絶対買う!」
「思うんだけど……《五年後、十年後の私たち》が同じ物を持ってても……意味無いんじゃないかな?」
最初は言葉の意味を図りかねた眞一郎だったが、すぐに比呂美の想いを理解し、頬を朱に染めて硬直してしまう。
確かにそうだ。
《将来のふたり》に同じ物は二つも必要ない。
…………
「……お金、半分ずつ出して予約しない?」
「そ、そうだな。 うん、そうしよう」
緩みきった眞一郎の表情から推して、彼の脳は《ブルーレイ》ではなく《将来》の妄想に占領されてしまったようだ。
それは嬉しいことなのだが、結果的に減ってしまった受注数は回復させねばならない。
そう……新たにファンとなった者の責任として。
(とりあえず、朋与に布教しとこう)
まだニヤけている眞一郎からDVDを暫く借りる了解を取ると、比呂美は携帯に手を伸ばした。
《すごく面白いDVDがあるんだけど、一緒に観ない?》
用件だけの簡潔な文章をメールに打ち込み、送信ボタンを押す。
黒部朋与がまんまと罠に嵌り、《観る観る!》と返信してきたのは、それから約三分後のことであった。

          [おしまい]
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