春雷-1


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「トゥルー・ティアーズ・アフター ~春雷~」
 true tears after ―rumble in their hearts―

――『目次』――

 序幕 『そんなのいや』(湯浅比呂美)
 第一幕『どうする?』(仲上眞一郎)
 第二幕『私を守ってね』(湯浅比呂美)
 第三幕『戻ってこないか?』(仲上眞一郎)
 第四幕『こっちを向きなさい』(仲上寛)
 第五幕『幸せをひとつひとつ』(湯浅比呂美)
 第六幕『男の子でしょ?』(湯浅比呂美)
 第七幕『あなたの大切って、なに?』(湯浅比呂美)
 終幕 『背中をポンポンしてくれて』(湯浅比呂美)

――『予告文』――

 ようやく春が訪れ、眞一郎と比呂美は
 ちょっとずつお互いの距離を縮めていっていた。
 そんな中、あることを切欠に二人の間に波風が立つことになる。
 比呂美を傷つけないと、自分に言い聞かせる眞一郎。
 乃絵の笑顔のチカラに、心がざわめく比呂美。
 母親として、比呂美を叱りつける理恵子。
 比呂美に優しい眼差しを送るヒロシ。
「わたしたち、恋人ごっこの、ままだわ」
 眞一郎と比呂美が、お互いの絆を深めるために取った行動とは。

「トゥルー・ティアーズ・アフター ~春雷~」

 本編のその後を描いた、こころ温まる物語。
……あなたの大切って、なに?


――序幕 『そんなのいや』――

 4月に入ったある土曜日、陽も大分傾いた午後。
 体育館の勝手口の階段に腰掛け、オレンジ色を基調としたユニホームを身にまとった少
女が、携帯でメールを打っていた。背番号は『6』
……………………。
『件名:プレゼント
 もうすぐ誕生日ね
 プレゼント何がいい?
 高いものは買って
 あげられないけど…』
……………………。
『件名:Re:プレゼント
 そんな何でもいいよ
 気持ちだけで充分うれしい』
 少女の目が、一瞬だけ曇る。
『件名:Re:プレゼント
 そんなのいや
 ちゃんとリクエストして』
……………………。
『件名:Re:プレゼント
 目覚まし時計とか』
……………………。
『件名:Re:プレゼント
 それにするね
 それと誕生日に
 二人でケーキ
 食べようね それじゃ』
……………………。
『件名:Re:プレゼント
 ありがとう
 楽しみにしてる』
「よし!」
 携帯電話を折りたたむ音が心地よく響く。
 重力をまるで感じさせない身軽さで、勢いよく少女は立ち上がると、体育館の中へ消え
ていった。春の日差しのような何か暖かいものをそこに残して……。
 彼女の想い人、『仲上眞一郎』の誕生日はもうすぐ。
『4月16日』だった。


――第一幕『どうする?』――

 麦端高校では、すでに入学式が過ぎ、校内はクラブ活動の新入生勧誘合戦に祭りのよう
な賑わいを見せていた。もともと中高一貫校なので、新入生のほとんどは中学のときのク
ラブを続けるのだが、制服が替わるのを契機にそれを覆そうと、クラブ転向合戦に熱くな
るのが麦端の伝統となっていた。
 二年生となった『湯浅比呂美』はその転向合戦の主戦場で忙しい毎日を送っていた。す
でに副キャプテンに任命されており、今年の夏のインターハイ(高校総体)で、三年生が
引退すると、キャプテンになることが確定していた。
 そこで、男子のみならず女子にも熱烈なファンを持つ『優等生・比呂美』を武器に攻防
を繰り広げてはいたが、現実はかなり厳しいものだった。

 一方『仲上眞一郎』は、『デザイン部』に籍を置いていた。
 麦端高校で、絵心のある者が集まるところといえば、『美術部』と『デザイン部』しか
存在しないのだが、美術部へ見学に行った時、真面目に油絵等を描いている者はいたもの
の、三分の二くらいの部員が、いわゆる『オタク化』しており、速攻でパスしたのだ。次
に、あまり期待をせずに見学に行ったデザイン部は、グラフィック・アート(文字・線・
絵・写真などの美術)というよりは、造形創作を主体としたクラブ活動で、演劇部や写真
部などとの連携の多いところだった。演劇の舞台装置、衣装やきぐるみ、看板やオブジェ
などを制作する活動内容は、図工を得意とする眞一郎にとって、大変魅力的なものだった。
 さらに、、顧問が父のヒロシと同期という驚きもあったが、文化祭と体育祭以外は基本
的にまったりなクラブだった。

 さて、数ヶ月前、全校生徒が注目していた『恋の三角関係』の二つの頂点であった眞一
郎と比呂美は、『あの竹林』の告白の後、交際を始めていたものの、学校では、特に目立
った感じではなかった。親友の朋与と三代吉にはすぐに打ち明けたものの、乃絵の入院の
事情を説明して、学校では自分らを冷やかしたりしないように強くお願いをしていた。
 乃絵が学校へ復帰すると、生徒達は、『恋のバトル』の続きを固唾を呑んで期待したが、
いっこうに始まらなかったので、事の『終焉』を悟った。やがて、二人の『恋の関係』は、
音を立てずに静かに広がっていったが、学校でまるで『甘いムード』を漂わせない二人に
半ば白けていた。
 そもそも『高二』という時期は、他人のことよりも自分の『恋の物語』で精一杯。

 学校の外では二人はどうだったか――。
 眞一郎は、告白の後、比呂美のことを『一人の女性』として大切にしていこう、という
気持ちをさらに強くしてた。それは、比呂美の存在する空間も含めての事だった。
 この比呂美の『存在する空間』も大切にしようというのは、男女交際の先輩である愛子
と三代吉の普段のやり取りが、少なからず影響していた。愛子の店で、呆れるくらい仲良
く談笑する愛子と三代吉だったが、時折、険悪のムードになることがあった。その理由を
考えて導き出した結論が……

『女性のプライベートの空間は、男性がそう易々と踏み込んではいけない』

ということで、比呂美と間近に生活したことのある眞一郎は、かなり神経を使うようにな
っていった。比呂美に対して思い当たるシーンがいくつもあったのだ。
 それでも、当然のことながら一緒に居る時間を増やしたかった眞一郎は、逆に自分の部
屋に比呂美を多く招くようにしていた。もともと比呂美は、仲上酒店をよく手伝い、その
まま夕食を取ることが多かったので、気兼ねなく誘え、一緒に宿題をしたりと、二人にと
っては最善策のようだった。そんなふたりを、親の『ヒロシ』と『理恵子』は、何も言わ
ずに安心して見守っていた。
 そうして、一日一日ちょっとずつ順調にお互いの距離を縮めていた中、眞一郎の誕生日
での『ある事』を切欠にして、二人の間に波風が立つことになった。
 二人の関係を強くするための試練が、やって来たのだ。

 誕生日を控え、ここ数日間、眞一郎は、無意識の内にそわそわしていた。あまり見せな
い眞一郎のそんな様子に水を差したのは、やはりこの人だった。
 誕生日の前日、朝食の時に、母・理恵子は、前触れもなく提案してきたのだ。いや、決
定事項を告げたと言った方が正しいかもしれない。

「眞ちゃん、明日……比呂美ちゃん連れてきてちょうだい。あなたの『誕生日』でしょ
う?」
「ぅぐ!」
 ちょうどご飯を飲み込もうとしていた時のことで、眞一郎は喉を詰まらせそうになる。
 理恵子は、そんな様子を気にもせず、愉快そうに続けた。
「一緒にケーキ食べましょうって。もう頼んであるのよぉ」
「えぇッ」
 反射的に不満を漏らした眞一郎は、『しまった』と思った。
「なんなの、その顔ぉ」
「いやぁ……そのぉ……」
「ふふ、比呂美ちゃんと約束でもしてたの?」
「……まぁ」
 照れくさそうにしていると、理恵子は急に神妙な顔になった。
「まったくこの子は……親に内緒で何やってるんだか。去年は、比呂美のこともあって、
祝ってあげられなかったでしょう?」
「でもぉ……母さん」
 眞一郎は、手を止め、去年の誕生日に何もしなかったことを言おうとする。
「比呂美ちゃんの『誕生日』もちゃんとしてあげるわよ。親の楽しみを奪わないでちょう
だい」
 理恵子のこの言葉。

……比呂美ちゃんの誕生日もちゃんとしてあげるわよ……

 眞一郎は、『6月3日』の比呂美の誕生日のことだと思ったが、理恵子には『別の意
味』があった。
「でも、比呂美が……」

……比呂美は大丈夫だろうか……

 比呂美を仲上家で預るようになってから、仲上家では親子の関係を見せつけるようなイ
ベントは控えていた。その最たるものが『お誕生会』で、去年、眞一郎と比呂美の『お誕
生会』は仲上家で行われていない。
 理恵子が何故、前日になって、仲上家で『お誕生会』をすると言い出したのかは、よく
分からないが、『お誕生会』を封印することは、比呂美にとって先々よくない事だと眞一
郎は感じていた。

……今の比呂美に、どう映るのだろうか、『お誕生会』の光景が……

 それに、眞一郎には、比呂美の内面についてまだ知らないことがありすぎるのだ。両親
が亡くなってまだ二年も経っていない。そう簡単に強くなれるんだろうか――そんな心配
が広がった。
 理恵子は、そういう『心配や恐れ』を抱く眞一郎を、痛いほど察知していた。
「それじゃ、母さんから比呂美にお願いしようかしら? あの娘ォ、断れないわよ」
と、意地悪っぽく言う。
「わ、わかったよ。伝えておく」
『二人きりの誕生日』に浮かれていた眞一郎だったが、比呂美の内面の状態を量るチャン
スだと思った。眞一郎はそう返事し、学校へ行った。
 理恵子は、ヒロシの湯呑みに新しくお茶をそそぎ、新聞を掲げて空気と化していたヒロ
シに声をかけた。
「これで、いいわよね?」
「……あぁ」
 ヒロシは微動だにしない。
「……もぅ」
 理恵子は、ヒロシに何か言って欲しかったのだろう、苦笑いしながら軽く不満を漏らし
た。

 放課後、眞一郎と比呂美は、体育館の勝手口のところで、朝の『理恵子の提案』につい
て話していた。
「えっ、おばさんが?」
「どうする?」
「どうするって……」
 言葉が止まりしばらく考える比呂美。
「おばさん、私に気を遣ってるんだよぉ」
 その通りなのだが、眞一郎は敢えて自分の考えをを口にしない。
「気を? いや~からかってるだけのような……」
「もう、わかってないな~眞一郎くんは。去年は私の両親が亡くなって間もなかったから、
眞一郎くんの誕生日、何もしなかったんだと思う。この先、誕生日に何もしなくなると、
私がどんどん負い目を感じるからって、一緒にやりましょうって言い出したんだと思う
の」
 比呂美がひょうひょうとそう返してきて、眞一郎は少しほっとしたが……。
「そうかなぁ……」
「そうだよ。それに、一緒の方が私としても、うれしいしぃ……」
 少し遠くを見るような目で比呂美はそう言った。
「ぇ?」
 眞一郎がそんな比呂美の様子に少し困惑していると、比呂美はニヤッと笑って眞一郎の
顔を覗き込んだ。
「ふたりっきりに、なれないけどね」
「どっちがいいんだよ」

……どっちがいいんだよ。両親と一緒に祝うのと、ふたりきりで祝うのと……

 眞一郎は少し照れてプイッと横を向くと、その照れた様子を見て冷やかしネタを思いつ
いた朋与が近づいて来た。
「なぁになにぃ、『家族計画』について相談?」
「朋与ォッ!!」
「ぬははははは、練習始まるよー」
 朋与は、身を翻して比呂美の攻撃レンジから離れていった。
 結局、明日は『仲上家』で眞一郎の誕生日を祝うことになった。

 眞一郎の誕生日を、眞一郎の両親を一緒に祝うのと、ふたりきりで祝うのと――比呂美
はどちらでもいいと思っていた。
 比呂美自身も気になってはいた。眞一郎の誕生日が近づくにつれ、『今年は』どうする
のだろうと。
 比呂美と理恵子の関係は、現在、たいぶ打ち解けたものになっていた。仲上の家の台所
で二人が一緒になると、弁当に『バナナ』を付けないで欲しいとか、もう少し『かわいい
下着』を身に着けなさいなど、お互いに意見をぶつけ合っていた。
 それなので、理恵子の提案は、比呂美にとって予想済みだった。
 しかし、『お誕生会』のことよりも、別のことの方が気になっていた。眞一郎自身のこ
とが……。

 その夜、比呂美は、自室で眞一郎へのプレゼントを準備をしていた。
 先日、街まで買いに行った『目覚まし時計』の包装紙を丁寧に剥がした。そして、別に
用意したダンボール紙を『時計』の梱包箱の底面と同じ大きさに切り、中央をくり抜いた。
そのカットしたダンボール紙を梱包箱の底面にのりで軽く接着させ、くり抜いた部分に、
小さなアクセサリーの付いた『鍵』を収めた。
 次に、新しい包装紙を手ごろな大きさに切り、その『鍵』と一緒に『時計』の箱を新し
く包装し直した。
 途中、何回か『鍵』が飛び出していないことを確認する。包装紙を剥がすと『鍵』がこ
ぼれる仕組みに何故かしたかったのだった。
 今度は、『メッセージカード』を書き始めた。しばらく空中を見つめ内容を考える。や
がて四行ほど書き記すとそのカードを、カードとセットになっている封筒に入れ、『時
計』の箱の天面に置き、リボンを掛けた。
 それらを紙袋にそっと収め、ハート型のシールで封をした。
 比呂美は、しばらくの間、眞一郎へのプレゼントをじっと見つめていた。
 そして、こう呟いた。

「わたしを……守って……かぁ……」

『カレ』に送るこの『メッセージカード』と『鍵』は、皮肉にも、想い合うふたりの『波
乱』のトリガーとなるのだった。
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