春雷-2


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――第二幕『私を守ってね』――

 次の日、誕生日当日、眞一郎は慌てて学校から戻ってきた。
 朝食の時、理恵子が、今日の誕生日のことに大して触れなったのがかえって不気味に思
えていたからだった。

……まさか、ド派手なことを考えているのではないだろうか……

 いくら比呂美が賛同してくれたといっても、それはあまりにも無神経というもの。
 眞一郎はずっと、どちらかといえば質素な誕生日を、迎えていた。ヒロシがあまり騒ぐ
のが好きではないし、酒蔵の従業員がいつも近くにいる中で羽目を外すことは出来なかっ
たのた。だが、今年は少し『状況』が違う様に眞一郎は感じた。
 家へ帰りついた眞一郎は、台所に居る理恵子を見るなり、ほっと胸を撫で下ろした。何
かの料理の下ごしらえはしていたが、周りを見渡しても特別変わった様子はなかった。普
段と変わらない。
「比呂美ちゃんは?」
「あー部活の会議で遅くなるって、6時過ぎるって」
「あらそう」
 理恵子は特に表情を変えずに頷いた。大丈夫だ、母に変わった様子はない、眞一郎はそ
う思った。
「手伝うよ」
「あら、めずらしい。着替えてきなさい」

 結局、比呂美は夜7時前に仲上家に着いた。私服に着替えず急いで台所へ向かう。
「おばさん、ごめんなさい、遅くなって……ぷっ」
 台所の扉を開けた途端、比呂美はすぐに噴き出した。眞一郎が『うさぎさん』の絵の描
かれたエプロンを着てそこに立っていたからだ。
「笑うことないだろう」
「あはははは、無理言わないで。あっ、そうそう、携帯」
「こんなの撮らなくていいから」
 眞一郎は、さっさとそのエプロンを脱ぐと比呂美にそれを押し付けた。
「えぇ~もったいないぃ」
 残念がりながら比呂美はエプロンを受け取り、そして装着。

……おまえ、似合いすぎ……

と心の中で興奮しながら眞一郎はその場にいられず、台所から出て行った。
 眞一郎をからかった比呂美は、この後『母の反撃』を喰らうことになった。
「それにしても、かわいいですね、このエプロン」
「若い頃、『使って』いたのよ」
「え?」
(使う?)
 比呂美は、『その先』を理恵子に訊けなかった。

 仲上眞一郎の『17才の誕生日』の夕食は、普段のそれと大して変わらなかったし、眞
一郎が今まで祝ってもらった『お誕生会』とも変わらなかった。『湯浅比呂美』が同席し
ている以外は……。
 居間のテーブルの真ん中には、DVDディスクの大きさの円と変わらないチョコレートケ
ーキが置かれていた。さすがにこの小ぶりのケーキに17本のローソクを立てるのは無茶
なので、装飾の施されたローソクが3本立てられた。
 そして、静かに理恵子が説明をはじめた。
「1本は眞一郎の17歳の……となりの1本は16歳の……そしてこの1本は……『湯浅
比呂美』の16歳の誕生日……」

 えぇ…!?

 何か温かいものが居間を包む。ヒロシ、理恵子、そして眞一郎は、比呂美を見ていた。
 比呂美は、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。今日は眞一郎くんの誕生日、台無
しにしてはいけないと……。
 あまりにこの沈黙が続くと、比呂美が泣き出してしまうと思った理恵子は、『定番の儀
式』を促した。
「さ、二人で消しなさい」
 眞一郎は右手を比呂美に差し出し、比呂美はその手を握り締める。二人は、ローソクへ
顔を近づけ、ふっと炎を消す。
「誕生日、おめでとう」
 ヒロシが優しさ一杯に、ふたりに『祝福の言葉』をかけた。

 食事をする手が落ち着き、ケーキを切り分けた後、比呂美は眞一郎に『例のプレゼン
ト』を渡した。
「はい」
「あ、ありがとう。開けていいか?」
「だめ」
「えっ、これあれだろう? 別に恥ずかしがることないじゃん」
「『手紙』が入っているの……だから……」
 比呂美は、『二つ』の内『一つ』のことを話した。
 眞一郎は、手紙くらいなら別に、と思ったが、「分かった」と頷いた。
「お部屋で、一人の時に、開けてね」
 比呂美は、少し小さな声でそう付け加えた。
 そのとき、理恵子は、その比呂美の最後の言葉に、ある『予感』を感じ取っていた。

 比呂美は、夕食の片づけを手伝うと、眞一郎の部屋に寄らず帰っていった。比呂美の訪
問を期待していた眞一郎は、自室でベットに横たわり天井を見つめていた。
「よかった……」
 何事もなく自分の誕生日を終えていたことに安堵した。
 ここ数日、比呂美と理恵子の動向を注意深く観察していたので、緊張が解けた今、どっ
と疲れが押し寄せて来たのだった。
 一年前のことを思うと、今日の出来事がまるで嘘のように、幻のように思えた。明るく
笑う比呂美、よく眞一郎をからかう比呂美、台所で母に並んで談笑する比呂美。夢じゃな
いだろうな? と空中に漂う誰かに問いかけてみる。当然、何の返事も返ってこない。

……誰もいない……『一人』……

 その言葉ではっと思い出した眞一郎は、机の上に置かれた比呂美からのプレゼントに目
をやった。『自分の部屋』、『一人の時』、比呂美がかけたプロテクトを解除する。
 眞一郎は、ベットから起き上がり机の椅子に座った。
 紙袋のシールを剥がし、リボンの掛かった箱を取り出す。大げさだなと思いつつもリボ
ンを解くと、先ず、箱の天面に置かれている『手紙』らしきものにすぐ気づいた。
(これか? 手紙って)
 まだ開封せずに脇に置く。
 箱の包装紙を剥がし始める。半分くらい剥がしたところでチャリッという音がしたが、
構わず続けた。全部剥がそうという時に、何かが床に落ち、その正体を拾い上げると。
(カギ? 時計の付属品か?)
 何の変哲もない鍵。その鍵にはパチンコ玉くらいの大きさのハート型の『輪っか』のア
クセサリーが付いていた。
 しばらくその鍵を観察していた眞一郎は、自室でプレゼントを開けて、と言った比呂美
の様子が頭の中によぎり、手紙の中身を取り出した。

――――――――――――――――――――
 眞一郎君 17歳の誕生日おめでとう
 男の人へ手紙なんて生まれて初めて
 今までいろいろごめんなさい
 これからも 私を守ってね
            ゆあさ ひろみ
――――――――――――――――――――

『これからも 私を守ってね』

 これって、アパートの鍵か? 鍵の正体をそう断定した眞一郎は、顔をしかめた。
 普通に考えれば、『性的な意味』で『誘っている』ということだ。
 ここ2ヶ月間、眞一郎は、『比呂美の部屋』へ足を踏み入れてない。その代わり、週の
半分くらいは、比呂美が眞一郎の部屋に遊びに来ていた。数回ほどキスはしたが、『その
先』はお互いにしっかり自重していた。

……比呂美は、現在の『付き合い』に不満を感じているのか?
  『その先』に踏み出したいと思っているのか?

 眞一郎は、最近の比呂美の態度、言動を思い返し、比呂美の気持ちを推察してみるが、
どうとも判断し難い。比呂美の『悪戯好き』がそれを邪魔をする。
 さらに、どう対応したらいいのか、という答えもは辿り着けない。もし、眞一郎も『そ
の先』を望んだとして、それはあまりに安直過ぎないだろうか?
 比呂美を悲しませない、比呂美を傷つけない、比呂美を守る、とずっと自分に言い聞か
せてきた『自分』に対して安直過ぎないだろうか?

……いや待てよ。『他の意味』はないだろうか……

 不測の事態に備えて家族が『合鍵』を持つことはよくある話だ。
 比呂美は戸籍上『赤の他人』だが、実質、『家族同然』だ。ヒロシも理恵子も、勿論そ
のつもりでいる。眞一郎も。
 それだったら、ヒロシか理恵子に渡せばいいのだろうが、もう既に渡してあって、誕生
日を迎えて『一つ大人に近づいた』という意味で、合鍵を眞一郎にも用意したのかもしれ
ない。
 実際、眞一郎が比呂美のアパートに行く回数が、断トツに多い。比呂美に何かあった時
に、眞一郎が出くわす確率は、高いはず。それだったら、手紙の、『私を守ってね』、とい
う言葉とつながる。
 こっちの意味の方が比呂美らしい、と眞一郎は考えた。
 比呂美も『多感な年頃』。『合鍵』の持つ意味は当然分かっているはず。だが、眞一郎も
含めて仲上家の人に、今だ『本音』を漏らさないのも比呂美。比呂美に直接確認した方が
いいだろうか。だがもし『前者』も含まれているとしたら、男として『デリカシー(心遣
い)』に欠けるのでは、とまた眞一郎の頭の中はモヤモヤしてきた。
 この調子で眞一郎は延々と悶えつづけて、眠りに落ちたのは新聞配達のバイクの音が聞
こえはじめる頃だった。

 次の日の朝、空模様は、眞一郎の心を写したように、青空は覗いているものの、黒い雲
がいくつか浮かんでいるといったものだった。それだけでなく、この日は異様に生暖かく、
案の定、昼過ぎから激しい雨が降りだした。
 放課後、部活を退散した眞一郎は、昇降口で比呂美と出くわした。
「傘、持ってきてる?」と比呂美は、眞一郎に訊いた。
「うん。……でもこれじゃあまり意味なさそうだ」

 ザァァァァァァァ――

 激しさを増した雨に、強風と雷が加わっていた。
 眞一郎は、やれやれという感じで外の様子を恨めしがる。
「ちょっと治まるの、待った方がいいな」
 眞一郎がそういったとき、比呂美は外の様子を見ずに、眞一郎を横顔を見ていた。
「うん。……ねえ……体育館行かない?」
「えっ」
「そこで時間つぶそ?」
「うん……いいけど」
 眞一郎はそう返すと、比呂美の後をついていった。
 そのとき、移動していくふたりを2階から下りてきていた朋与が見つめていた。

 一方、眞一郎と比呂美が体育館で時間を潰そうとしている時、仲上家では理恵子が眞一
郎の洗濯物を部屋に運んでいた。理恵子は、洗濯物をベットの端に置くと机の方に目をや
った。そこには、昨日、比呂美がプレゼントした目覚まし時計が置いてあった。欧州の童
話調のデザインの時計に、比呂美らしい、と理恵子は目を細めた。
 まだまだしゃんとしない息子に、『出来たカノジョ』が出来たもんだと苦笑しながら、
散乱した色鉛筆の数本を元の位置に戻してあげていた時、ある『モノ』に気づいた。
 ハート型のアクセサリーの付いた『鍵』。この『鍵』の正体を推察してすぐに結論を弾
き出した理恵子の目は途端に鋭くなった。

……あの子……

 比呂美が一人暮らしをはじめれば、遅かれ早かれ、眞一郎とそういう仲になることは充
分覚悟の上。今となっては無理に引き剥がすつもりもなかったが、理恵子は比呂美に遠ま
わしで幾度と牽制をしていた。比呂美も理恵子の心配を察していた。
 しかし、そういう信頼関係を揺るがそうとするものが目の前で光っている。理恵子は、
どうするべきかしばらく呆然と立ちつくしたまま考えた。
「親としては……見過ごせないわね」
 そう呟いたとき、近くで雷が轟いた。『波乱』の始まりのゴングのように……

 ゴロゴロゴロゴロォ――
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