春雷-6


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――第六幕『男の子でしょ?』――

 次の日、案の定、眞一郎は、教室の自分の席で蒼い顔をしていた。
 一時限目が始まる前、比呂美と眞一郎は、自分の席にいながら目を合わせたが、眞一郎
は、辛そうに瞼を半分下ろし、目線を外した。
 内容が内容だけに、学校ではお互いに話す機会を設けない方がいいだろうと比呂美は思
っていたが、眞一郎の方は、堪えられなかったようだ。
 放課後、比呂美が体育館へ向かっている時に、眞一郎は話を切り出してきた。ここじゃ
さすがに朋与が嗅ぎつけると思った比呂美は、出来るだけ明るく努め、早々に眞一郎を帰
すことにした。そもそも、比呂美は、眞一郎を軽蔑しているわけではないのだから。
「比呂美」
「……何?」
「……きのうの……事なんだけど……悪かった」
「気にしないで。私、気にしてない」
 比呂美は、眞一郎に笑顔を向け、肩をポンポンと叩いたが、
「本当に、すまない……」
と眞一郎は、明るさを取り戻さなかった。
「ううん、分かってる……その……ぁ……うれしかったし……」
 このとき、眞一郎は、比呂美が言葉を選んで話しているのに気づいた。
(比呂美が、言葉を選んでいる)
 まだ、晴れない顔をしている眞一郎に、比呂美は、胸めがけて軽くパンチを繰り出す。
「もう、しっかりしてよね」
 眞一郎、全然よろめかなかった。あの時、そのくらい堂々としてくれたら……眞一郎の
そんな様子が少し癇に障った比呂美はこんど、拳を眞一郎の胸に押し当て、グッと体重を
かけた。さすがに眞一郎も耐え切れず、片足を引いてバランスを取り直した。
「男の子でしょ? あのくらい、別に……」
「比呂美……」
 眞一郎は、無理して少し笑った。
「嫌いになったりしないよ、じゃ」
 踵を返し、比呂美は体育館へ歩きだした。

 そんなやり取りを途中から見ていた朋与は、珍しく心配した顔で比呂美に声をかけた。
「喧嘩でもしたの?」
「ううん、なんでもない」
 比呂美のそっけない態度に朋与はカチンと頭にきた。
「ちょっと待ちなっ」
 比呂美の手首をつかみ、険しい顔を向ける朋与。
「雷のすごかった日、私、見てたんだけど」
「!」

……雷……ゲーム……お願い……キス……

 睨み合う二人。そんな時、高岡キャプテンの声が響く。
「女子、集合ぉ!」
「練習終わっても、帰んなよ」
 朋与はそう残すと集合場所へ走っていった。
「…………」

 バスケの練習のあと。
 比呂美と朋与の二人は、シャワーを浴び、制服に着替えていた。
 もう他の部員はいない。女子バスケ部の部室で比呂美と朋与の二人きり。朋与は、ずっ
と窓の外を眺めていた。
 比呂美にとっては、特にまずいところを見られたわけでもないので、さっさとかわして
帰ろうと思ったが、朋与の第一声に焦ることになった。
「私……比呂美のこと……好きよ」

……な に !?……

「ずっと、守ってやんなきゃと思っていた。今も思ってる」
 そう続けた朋与は、比呂美の方に振り返り、いつもの笑顔を見せた。
 朋与のその顔を見て、比呂美は、ほっとした。

……友達として、好きってことか……

「私にはぁ、どうすることも出来ないだろうけどさっ、話してみなよぉ」
「朋与ぉ……」
 比呂美には、朋与に対して一つ負い目がある。口ではちゃんと謝ったものの、朋与は心
に少し傷を負ったに違いない。
「4番が好きだ」と言った嘘。今思えば、あの『嘘』が、事の発端。
 あの『嘘』がなければ、眞一郎とすぐに気持ちを通じ合わせることが出来たかどうかは
分からないが、眞一郎や石動兄妹、ヒロシや理恵子に迷惑をかけることはなかっただろう。
 比呂美は、目を瞑って自転車を漕いでいたような過去の自分に苦笑いをした。
 そういえば、最近、朋与とゆっくり話したことがなかったことを思い出す。中学からの
友達、いや、悪友と言ったほうがいいかもしれない。
 比呂美と朋与は、幾度となく喧嘩をしてきた。性格も考え方も違う二人。一方は、成績
が良く運動神経抜群の女、一方は、悪知恵が働きド根性の女。一旦喧嘩を始めるとなかな
か仲直りの糸口を見出せない二人だったが、朋与が比呂美の心の弱さを見抜いていたこと
が、今の二人の関係を続かせた。比呂美も両親が亡くなったことで、ようやくそのことに
気づいたのだった。
 比呂美の両親が亡くなった時、朋与は非常に焦った。比呂美は堪えられない、と。だか
ら、いつも比呂美の見えるところにいて、ちょっとでも比呂美にちょっかいを出す奴がい
たら、眞一郎と同じように、ぶっ飛ばしに行っていた、男女構わず。その時、よく口にし
ていた台詞が……
「比呂美に、なんか用?」

…………… なんか用かい?
         ↓
        ようかい
         ↓
         妖怪 ……

 朋与が陰で『妖怪』と呼ばれる所以であった。

 比呂美自身、今の眞一郎との間にある障壁について、どうしていくべきか、ほぼ解決策
を見出していたが、ここは、この悪友の意見も、なんだか聞いてみたくなっていた。
「私……眞一郎くんと……結婚してもいいと思っている」
「い、いきなりそんな話かいッ!」
 せいぜい、エッチがうまくいかない、とかそんな話だと朋与は思っていたのだろう。
 朋与は、自分の鞄をつかんで帰ろうとした。比呂美はすぐ朋与の手首をつかんで引き止
めた。
「わかった、わかったって」
 朋与は、眉毛を八の字にして、比呂美の横に腰掛けた。
「で?」
 比呂美は、静かに語りはじめた。
「眞一郎くんと、結婚してもいいと思っている。結婚したいと思っている。そのためには、
当然、お互いに社会人になって、大人にならなければいけない。精神的にも、経済的にも。
眞一郎くんは、今のところ家の酒造を継ぐ気はなくて、芸術関係に進もうとしてる。とり
あえず、自分の夢へ向かって歩き出してる。でも、その道のりは、おそらく険しい。だか
ら、眞一郎くんの今の一日一日を大切にしてあげたい。後悔しないように。私のことで、
つまらないことですれ違ったり、もう、したくない。眞一郎くんは、本当に私のことを大
切に思ってくれている。私のことになると途端に一生懸命になる。このこと自体は、お互
い好き合っているもの同士なら、当たり前の感情よね。でも、眞一郎くんは、恐れている。
勘違いをしている……」
「……比呂美らしぃ」
 朋与は、やわらかく相槌を打った。
「眞一郎くんの心の奥に何か壁みたいなものがあるの。理性とかそういうんじゃなくて。
これは、たぶん、眞一郎くんが大人になるについて、段々と自分のことを理解して、気づ
き、乗り越えていくことなんだと思うんだけど……」
「だけど?」
「私が天涯孤独であることと、それと、石動乃絵と一時期ぐちゃぐちゃになっちゃった私
たちにとっては、少し、話が違ってくる。石動乃絵が飛び降りた夜、病院から帰ってきた
眞一郎くんは、生気を失っていたって、おばさんが言ってた。……そうよね、一歩間違え
ば、死んでたんだから」
 朋与は、比呂美の手を握る。
「まず一つは、そのことが、眞一郎くんの頭の中によぎってしまう」
「それが、恐れってこと?」
「それと、今度はわたしのこと。両親を亡くした私が、どれだけの『孤独感』を抱えてい
るか、それが眞一郎くんには分からないこと。分からないから、とにかく、私を守り、傷
つけることを避け、大切にする。だから、私に…………私に、一歩、踏み込めない」
「ふ~ん、さっきの勘違いって何?」
「眞一郎くんは、『好きな女の子が、不幸を背負ってしまった』と思っている。それは、
間違いないんだけどね。私の両親が亡くなる前から私のことが気になっていたって、言っ
ていたから。でもね、今の眞一郎くんは違う。明らかに眞一郎くんの気持ちは、『不幸を
背負った女の子を、好きになった』に変わっている。それに、眞一郎くんは気づいていな
い。」
「比呂美に、二度、恋をしたか……それって、そんなに違うことなの? 好きな子が、苦
しんでいるということと、苦しんでいる女の子が、好きになったっていうことでしょ?」
 朋与は、比呂美から手を放した。
「人が苦しんでいると、その苦しみをなんとか取ってあげたい、て思うよね。でも、その
苦しみが、自分では太刀打ちできないと分かると、どうする?」
「そうねぇ、一緒に楽しいことしたり、好きなことをしたり、その苦しみ以上に明るいこ
と考えたり……」
「そうよね……それでいいんだけど……ふつうに……」
「でも、そんだけ彼のこと分かっていれば、何の問題もないような気がするけど」
 朋与は、少し顎を突き出して、お高く言った。
「口で言ってなんとかなるなら、とっくにいちゃいちゃしているわよ」
「じゃあ、とりあえず、やっちゃってみた方が話は早いんじゃない? まだなんでし
ょ?」
「いきなり、それは……」
 昨日のことが比呂美の頭の中によぎる。
「いやいや、エッチしか解決策がないって言ってるんじゃなくて。そんくらいのことやん
なきゃ、打破出来ないんじゃない? コンドーム、あるでしょ? 私が置いてったやつ」
 比呂美は額に手を当て、首をかくんと落とした。この女が過去、とんでもないことをや
らかしたのを思いだしたのだ。
「朋与ねぇ~あんたっ、あんなところに置いて、おばさんにすぐ見つかったんだからっ」
「おぉーまいっーがっ!」
 朋与は、両手で頭を挟み絶叫した。

 あれは忘れもしない春休み、朋与が比呂美のアパートに遊びに来た日のこと。
 比呂美がトイレで用を足していると、その隙に朋与が本棚にコンドームの箱をさりげな
く忍ばせたのだ。朋与が帰った後、理恵子が夕食のおかずの残りを持ってやってきた。理
恵子は中で一服して、帰り際に……
「比呂美、本棚、掃除しときなさい」
と言って、ほんの一瞬比呂美を睨んだ、ような気がした。
「は、はい…」
 比呂美は、その日の午前中に掃除したばっかりだったので特にその言葉を気に留めずに
いたが、夜、風呂上り、何気に本棚に目をやると、見たこともない背表紙の『それ』に気
づいたのだ。
「ぎゃぁああぁぁぁぁーーーー」

 二人の女がつかみ合っているシルエットがそこにあった。
「ィテテテテテ、それで没収されたんだぁ」
 比呂美は、朋与の髪の毛を引っ張っていた。
「それっきり、なにも」
 比呂美は、首を横に振ると、朋与の髪の毛を放した。
「へぇ~意外。結構、寛大なんだ」
「いや、逆だと思う」
「え? なんで」
「中身が減れば、『やった』という物的証拠になるわけでしょう?」
「それなら大丈夫ぅ、にひっ」
 朋与は、人差し指を立てて胸を張った。
「どうして?」
「もう一箱、新品用意しとけばいいしぃ」
「あんたねぇー」
 まったく、その悪知恵をバスケの試合にも発揮して欲しいものだと比呂美は呆れた。
「すぐ手配するねっ」
 朋与に話をして、何か新しい発見があったわけではないが、比呂美の心は清々しい気持
ちになっていた。朋与が最後まで話を聞いてくれたことで、自分の気持ちがそう歪んだも
のではなかったことに、比呂美は安心していた。比呂美は、あとは自分らしく眞一郎にぶ
つかるだけだ、と覚悟を決めた。
「あ、そうそう、朋与ぉ」
「何?」
「コンドームのお金」
 比呂美は、鞄から財布を取り出していた。
「………………まいどっ」
 朋与は親友に最高の笑顔を送った。
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