ある日の比呂美・台風編7


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次の日、台風一過の朝のこと。
眞一郎と比呂美は、先送りにした《現実》と対決していた。
二人で仲上家に向かう道すがら、眞一郎が情けない声で比呂美に耳打ちをする。
「やっぱり、あの作戦でいこう」
提案されているのは《朝起きたら天気が良くて散歩に……》とかいうアレの事だろうか?
比呂美は眞一郎の往生際の悪さを、鼻で笑って一蹴した。
この人は本当に……《彼女》の息子を何年やっているのだろう?
おばさんに、そんな小細工が通用する訳がないではないか。
「正直に謝りましょう。 大丈夫よ。 私たち、夕べは《何もなかった》んだから」
そうだ。 昨晩は何もしていない。 ただ、一緒に寝ただけなのだ。
…………
「あ、坊ちゃん、比呂美さん、おはようございます」
玄関先に辿り着くと、従業員の彼が満面の笑顔で出迎えてくれた。
いや……出迎える、という表現は語弊があるかもしれない。
彼は明らかに、意図を持って二人が来るのを《待ち構えていた》ように見える。
……少なくとも、比呂美はそう感じた。
「台風の後片付けか。 大変だなぁ」
少年の手にしている掃除道具を見て、眞一郎は気の毒そうに声を掛けたが、
それに対して返ってきた言葉は、「頑張ります」でも「任しといてください」でもなかった。
「はい、坊ちゃん。 よろしくお願いします!」
噛み合わない会話と、無理やり押し付けられた掃除道具に困惑する眞一郎を横目に、比呂美はひとり得心していた。
これはおじさんの命令に違いない。
そして、その推測は、従業員の少年が前掛のポケットから取り出したメモによって、裏づけられる事となる。
「オホンッ。 『眞一郎。 町内会の人たちを手伝って、通りの清掃をするように。 理由は言わんでも分かるな』」
軽い物真似を織り込んで、少年は《親方》から託された伝言を読み上げた。
それを聞いて引きつった眞一郎の顔は、まるでマンガかアニメのキャラクターみたいに見えて、思わず比呂美はプッと吹き出してしまう。
「ご愁傷様。 お掃除、頑張ってね」
笑いが収まらない比呂美の様子に、眞一郎は「何をのん気な」と溜息をついた。
「オヤジに全部バレてるってことはだなぁ……」
「おかえりなさい、眞ちゃん」
ガラッと音を立てて開いた玄関から、低く響いたその声に、二人の身体が硬直する。
声の主は「女将さん、おはようございます」という少年の明るい挨拶に軽く答えると、眞一郎に鋭い視線を向けた。
「お父さんの伝言、聞いたんでしょ。 さっさと行きなさい」
反論は受け付けない、といった風の妙な迫力に、眞一郎はすっかり気圧されてしまう。
普段の反抗的な態度は消え去り、「はい」と素直に返答すると、眞一郎は踵を返して入ってきたばかりの門を出て行ってしまった。
「さぁ比呂美。 邪魔者は消えたわ。 ちょ~っと話があるから居間までいらっしゃい」
鋭かった眼が更に細くなり、視線が比呂美の眉間のあたりを狙い撃つ。
尾てい骨で発生した悪寒と恐怖が背筋を通って脳天から抜け、比呂美の身体は硬直の度合いを高めた。
「どうしたの? 早くしなさい」
「は! …………はいっ!」
裏返った声で返事をすると、比呂美はロボットのようなぎこちなさで、家の奥へと消える《姑》の後を追う。
「マンガみたいッスね」と感想を漏らす従業員の少年の相手をする余裕は、今の比呂美にはなかった。

          [おしまい   出張編につづく]
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