比呂美、大喧嘩

比呂美、大喧嘩

その日、珍しいことに比呂美と眞一郎は手を"繋がず"に登校している。
一応二人は並んで歩いているが、微妙な距離感を保っていた。教室に入って
からも、一言も口をきかずに自分の席に黙って座っている。

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「おは…」
教室に入った途端、緊迫した空気に驚いたクラスメイト達は、挨拶も途中で
止まってしまう。どうやら、発信源は比呂美と眞一郎だ。二人の間の険悪な
空気が教室全体に広がっていた。比呂美の発するオーラはぴりぴりと鋭く、
眞一郎は静かな佇まいの中に闘志を隠している。

「ふあああぁ~」
三代吉が眠そうに教室に入ってきた。睡魔に気をとられて教室に充満する緊
張感に気付いていない。周りのクラスメイト達は、その様子に不安を覚えて
自分達が緊張してしまう。
「おおー、眞一郎。おはよー」
「おはよ」
「ん?どした?」
「別に」
「機嫌悪いなぁ、何かあったのか?」
「大した事じゃないよ」

それよりも少し前、朋与も比呂美に話しかけていた。
「どうしたの?変だよ?」
「何でもないわよ」
「そうは見えない。うん、全然」
「いいじゃない、別に」
「あのさぁ、みんな驚いているんだけど」
「どうして?」
「普段イチャイチャしてる二人が、黙っているからに決まってるでしょ?」
「イチャイチャなんてしてない」
「それはいいけど、何かあった?」
「大した事じゃないわよ」

二人から同時に出た"大した事じゃない"、これが起爆剤となった。
「なにっ!?」
「なんですって!?」
遂に両雄激突の瞬間を迎え、教室の緊迫感が一段階あがる。
「どうして"大した事じゃない"なんて言えるのさ!」
「そっちこそ!」
「ええ?そっちが先に言ったんじゃないか!」
「違う!そっち!」
「比呂美だね!」
「眞一郎くんでしょ!」
「違う!」
「違わない!」
比呂美は腰に手をあて、眞一郎は腕組みをしている。次第に間合いを詰めて
いく二人は、凄い剣幕だ。
「違うってば!」
「絶対に違わない!」
「あっ!?"絶対"って言った!?」
「言ったから、何?問題あるの!?」
「この世に"絶対"なんて、無いんだぞ!知らないんだぁ、へーえ」
「あっ!?私をバカにした?したでしょ!?」
「ふふ~ん」
「あ~っ、もうっ!ムカツク!」
「まずは"絶対"ってのを訂正しないとな!」
「そんなのしない!絶対にしない!」
「また使ってやんの!」
「だって!しないもの!」
まるで子供の喧嘩だが、普段の二人からは想像できない様子に、クラスメイ
ト達は仲裁に入ることもできず、見守るしかない。担任が来て朝のHRが始ま
る直前まで言い争いが続いていた。
二人の間は険悪なまま、その日の授業が開始される…

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

休み時間。
「あのさ、何とかならないの?」
「何を?」
「喧嘩よ」
「どうして?」
「教室の空気、すごく重いんだけど」
「気にしなければいいじゃない」
「あのねぇ」
「ごめん、今はあんまり話したくない。朋与にまであたっちゃうもの」

次の休み時間。
「お前さぁ、謝れば?」
「何で?」
「とりあえず、お前が謝れば納まるだろ?」
「自分が悪くないのに、どうしてだよ?」
「いいからなんとかしろよ、謝れ」
「やだね」
「おとなげねぇぞ」
「悪い、トイレ」
眞一郎が比呂美の近くを歩いた時に一瞬目が合い、両者の間に火花が飛んだ。

そのまた次の休み時間。
「もう、限界っ」
「こんなに長い間緊張したことない」
「誰か、何とかしてよぉ」
「自分でしてよー」
「ムリ、ムリ」
「"あれ"を見せられて、間に入るなんて…」
「夫婦喧嘩ってあんなん?」
「ウチはもっと凄い」
「そなの?」
「命が危険なぐらい」
「でも、あの二人がねぇ」
「仲がいいってことなんだろうけどさ」
「原因はなんだろ?」
「まさか、仲上君が浮気とか?」
「正に命に関わる問題ね」
「凶器になるものは隠した方がいいかも…」
ひそひそ話が続いている。三代吉と朋与の交渉が断念された状態では、次な
る立候補者もいない、状況の改善は望みが薄い。
「そろそろカンベンしてくれだな」
「あぁ」
「授業中の二人の間に挟まれたヤツら見たか?」
「見た、息しているだけで奇跡だな」
「いっそ気を失った方が楽じゃねぇか?」
「俺、怖くて後ろも振り向けねぇよ」
「つーか、全然授業を聞いていない気がする」
「しょうがねぇよ、先生がびびって小声だったし」
それまでの休み時間ではひそひそ話すらなかったが、我慢の限界を超えてし
まっていた。誰もが早い解決を望んでいた。

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お昼休み。
緊迫した空気のまま昼食となったが、二人以外は誰一人食事に手をつけてい
なかった。と言うより、手をつけられなかった。食欲が無いようだ。
しかし、比呂美と眞一郎はそんなことは気にも留めず、ぱくぱくと弁当を食
べている。喧嘩しているはずなのに何故か隣に机を寄せているので、余計に
緊迫感を煽る結果になっていた。
お互い半分くらい食べた後、戦闘が再開される。
「やっぱ、納得いかない」
「私だって納得できない」
クラスメイト達は、その時がきた、と感じた。二人の周りから人が遠ざかり、
"リング"が形成される。

「あのさぁ、そろそろ引いたら?」
「どうして私が引かなきゃならないの?眞一郎くんが引くべきでしょ?」
静かに、静かに戦闘は始まる。
「こっちが悪くないのに、引くなんて考えられない」
「私だってそうよ。悪くないもの。だから引かない」
「じゃあ、引かなくてもいいや。謝ってよ」
「私が謝る理由なんて、どこにあるの?言ってみて?」
そして、ヒートアップ。
「ああ、言ってやるさ!ちょっと"連鎖"されたぐらいで怒るなよ!」
「私は"初心者"なの!手加減してくれてもいいでしょ?当たり前じゃない!」

ぎゃいぎゃいと言い争う二人の言葉に、周りのクラスメイト達は違和感を覚
えた。"連鎖"?"初心者"?思い当たることは、ただ一つ。今度は自分達が怒
る番だ、そう思った。視線を交わして意思の疎通を図る。皆、一体となった。

   「「「「「おまえら!そんなことでケンカしてたのか!」」」」」

突然クラスメイト全員から怒鳴られ、びっくりする比呂美と眞一郎。またし
ても楽しいはずの昼食を邪魔され、朝から望みもしない緊張感に苛まれた恨
みは、一気に二人へ注がれることになる。
その後、比呂美と眞一郎は正座させられ、くだらないことで喧嘩して意味も
無く周りを巻き込んだことを、全員に向かって謝罪させられた。

「みんなに怒られてしまった…」
「うん、怒られた…」
「ごめんな、悪かった」
「ううん、私もごめんね」
微笑み合ってから手を繋ぐ二人。仲良く喋りながら下校した。

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夕食後、懲りもせずに眞一郎へ挑んだ比呂美は「本気出していいから」と意
気込んだが、あまり勝てない。というか全然勝てない。
ううぅ~と唸っていると、"おばさま"がやってきた。
「あら?私もまぜて?」
比呂美は"おばさま"と対戦することになった。結果は惨憺たるものだ。
えぐえぐ泣きながら、コントローラーを眞一郎に渡す。
「ぐす、がんばってね、眞一郎くん」<甘えた涙声で脳内再生すること>
母対息子は好勝負になった。
「しんちゃん、やるわね!」
「あっ、ちょっと待って!」
楽しげな"おばさま"の声を聞きながら、えぐえぐと泣く比呂美。
ちなみに、家長である眞一郎の父は参加しない、最下位が決定しているから。

母親との対戦後、眞一郎は比呂美の頭を撫でて慰めていた。
「よしよし、泣かない、泣かない」
「くすん、ひっく、だって…」
ゲームで散々負けたので、比呂美は額を眞一郎の肩に付けて甘えている。
そこへ、"おばさま"が一言。
「比呂美さん、まだまだね」
「うわあああぁん」
わざとらしく大きな声で嘘泣きをする比呂美。眞一郎は笑いながら、
「よしよし…。母さん、ちょっとは手加減しなよ」
「フン」
拗ねた母親の横顔を見て、しょうがないなぁこの二人は、と思っていた。

END

-あとがき-
和気藹々とした仲上家が本編で見られるといいですね。

最後に、読んで下さってありがとうございました。

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最終更新:2008年03月21日 00:40
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