麦端祭り当日


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

麦端祭り当日

麦端祭りの日がやってきた。
街は騒がしく、あちらこちらで最後の準備に追われている。

比呂美は仲上家に早朝から来ていた。勿論、準備を手伝うためである。
が、眞一郎には会えていない。前日の朝から何かするとかで、公民館に泊まっ
ていたのである。理由を聞いていないから不安になるが、準備の忙しさで紛ら
わされていることが救いだった。
「こっちよ! 手伝って!」
眞一郎の母が大きな声で呼んだ。
「はいっ!」

公民館に行く時間は結局作れなかった。花形達の控える場所に行くまで会えな
いことは不満だが、自分は"関係者"なので確実に会える。それを期待してひた
すら手伝いをしていた。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「三代吉! そっちの2つを持って行って! 急いで!」
愛子が大きな声で軽食を準備しながら指示をしている。
「了解!」
家の準備を一切手伝わないから後で叱られることはわかっているが、今はこち
らが重要とばかりに働いている三代吉の姿があった。重いものを運ぶ等の力仕
事を始め、何から何まで愛子の指示通りに健気に動いていた。どんなことも嫌
な顔一つせず、むしろ楽しそうにしている表情は、むしろ微笑ましい。
愛子もそんな三代吉を見て、笑顔を作っていた。
「それが運び終わったら次もあるから、寄り道しないでね!」
「あいよーっ! 行ってくるぜーっ!」
三代吉が元気よく飛び出して行った。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「乃絵…、祭りは…行くよな?」
純が妹の様子を伺うように聞いた。表情には不安よりも労わりの様なものが浮
かんでいて、腫れ物を触るような態度でもあった。
「…………うん、行くよ…」
その声には生気というものが感じられない。窓際に座り、兄の方を見向きもせ
ずに答えた。
「何か軽く食べるか? 作ってやるぞ?」
「…」
乃絵は反応しなかった。祭り以外のことで話すきっかけでもあったが、自分自
身も空腹だ。もう一度聞いてみることにする。
「俺も何か食べたいから、ついでに作るぞ…」
少し近づくと、その音を聞いて乃絵がようやく気付いたかのように答える。
「あったかい…、スープ…」
独り言の様な返事だが、純にとっては久しぶりとなる妹の甘えだ。喜びを声に
出さないように気を付けながら、
「わかった。15分くらい待ってろ」
と言い残して台所に行った。なるべくインスタント物を使わない様に注意しな
がらの料理が始まる。それ程時間がかからずに出来上がった。

しばらく無言の食卓だったが、野菜スープを飲む乃絵の表情にほんの少しだけ
笑みが戻ってくると、それを見て純は安堵する。
「もっと、いるか?」
顔ばかりを見ないようにしながら聞いた。
「……んぐ…、もう少し…食べてから考えるわ…」
「そうか」
何気ない言葉のやりとりだが、この兄妹には十分だった。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

ここは花形達の控え場所。比呂美は振袖姿になっていたが、未だに眞一郎の母
の手伝いをしている。
(眞一郎くん…、いない…)
既に祭りは始まっている。眞一郎の出番にはまだ時間があるものの、他の花形
達は見物したり、談笑したりと賑やかだ。
(どうしたんだろう?…)
比呂美の心に不安ばかりが募っていく。
(どこにいるの?…)
飲み物等を配りながら、公民館の方を何回も振り返っていた。
(会いたい…、顔を見たい…、話したい…)

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「三代吉! 早く! 早く!」
相変わらず元気な愛子の声が響く。
「はぁ、はぁ…」
朝から働いていて、さすがに疲れが顔に出ていた。しかし、愛子は容赦なかっ
た。
「だらしないなー! 急いで!」
手ぶらの愛子と、大きな荷物を抱えた三代吉が比呂美のいる場所へ向っていっ
た。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「…」
「…」
乃絵と純が無言のままで祭りの会場へと向っている。眞一郎の出番に合わせる
ように支度をしていたはずが、予定を早めて自宅を出ていた。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

(まだ、来ない…、何かあったのかな?)
比呂美の不安はピークを迎えていた。少しずつ空き時間が増えてきて忙しさか
ら開放されてきたのだった。
(眞一郎くん…)
また公民館の方を見る。その時、携帯電話が震えた。
「!」
振袖で素早く取り出すことができないもどかしさに、多少苛つきながらも、電
話を見る。液晶には"朋与"の文字が見えて落胆しながらも、通話する。
「朋与?」
その声はお世辞にもいつもの比呂美とは言えなかった。
「あっ、ごめーん。忙しかった?」
「…ううん、今は大丈夫。着いたの?」
自分の声に注意しながら話す。
「あのねー? さっきから何回も鳴らしてるんですけどー?」
「…そう」
「元気ないね? なんかあった?」
「ちょっと疲れたのかも…。朝からずっと手伝いだったし」
抑えきれない不安が伝わってしまったので、朋与に心配をかけないようにした。
「ふーん、大変だね? じゃあ、一緒に回れないかな? みんないるけど」
どうやら見物に誘う為に何回も比呂美に電話していたらしい。申し訳ない気持
ちを感じながら答えた。
「…ごめん。ここを離れられないと思う」
「そっかー、じゃあ、時間ができたら絶対に電話してね? きっとだよ!」
「うん、ありがと」
それで電話は終わった。比呂美の視線は公民館の方に固定されたままだった。

「すごいねー? 今年は」
愛子は人手の多さに目をみはりながら、三代吉に話しかけるが、
「…あ、ああ」
どうにも元気がない。というよりも、疲れきっていた。
「ほらほら! 着いたら休めるから、もう少し頑張りなよ!」
愛子が比呂美のいる場所に差し掛かる。
「ここからは関係者だけだよ…、って今川焼きの愛ちゃんか。いいよ、通りな」
花形達の控え場所は、一般見物客から遠ざける為にロープで仕切られていた。
"関係者以外はご遠慮下さい"の看板も見える。しかし、愛子は気にする様子も
なく通ろうとしたので注意されかかったが、顔見知りのおかげで難なく通れた。
「関係者以外は入れないよ」
しかし、三代吉が止められてしまう。
「あっ! 友達です!」
愛子のおかげで入れて、最後の力を振り絞りつつ歩いていく。

時折立ち止まりながら、ある一方を見ている振袖姿の少女は、花形達の控え場
所で少し目立つ。それを見つけて、
「おっ、着物姿の湯浅さんがいる」
飲み物を貰い、少しだけ元気になった三代吉が言った。
「え? どこ?」
「ほら、向うの花形っぽいのが多い所」
「行こう!」
三代吉の返事を待たずに、愛子が歩いていった。
「…」
そこには眞一郎もいるはずだ、ちょっと複雑な気持ちで三代吉が付いていく。

「あれ? 愛子ちゃんと野伏君…」
比呂美が二人に気付いた。
「湯浅さん、何でそんな格好?」
着物姿に少しだけ目を奪われたことを、愛子に気付かれない様なるべくいつも
の口調で聞いた。
「一応…仲上の関係者だから、ってことで着せてもらっただけよ」
誰かを探すような視線の愛子を気にしつつ、比呂美が答えた。
「ふーん、眞一郎のヤツは?」
近くにいないことに疑問を持ちながら確認した。
「まだ、来てないから、心配してるんだけど…」
不安がそのまま言葉に出てしまった、声の調子も自分でおかしくなっているこ
とがわかり、少し動揺した。
「そっかー、緊張しているところを見てやろうと思ったのになー」
しかし、三代吉はそんな様子に気付いた風もなく答えていた。
「公民館じゃないの? 行ってみた?」
愛子がすかさず会話に入ってきた。真っ直ぐに比呂美の目を見て言っている。
「時間が無かったのと、何故か花形さん達が一度集まってからは、閉められて
 いるみたい…。だから、行ってない…」
先程の動揺が収まっていない。珍しく弱気な調子になってる。
「じゃあ、オレは向うで休んでるから…」
愛子に言ってから、三代吉隅の方で座ることにした。
「うん、わかった」

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「…」
「…」
無言の石動兄妹が祭りの会場に着いた。乃絵はまるでどこか特定の場所を目指
すかの様に、純を置き去りにするくらいの速度ですたすたと歩いていく。
周りの浮ついたざわめきがまるで関係ない様子の妹に、少し違和感を感じてい
たが何から聞いたものか検討もつかない。仕方なく、純は後を追いかけた。

 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

しばらく比呂美と愛子は無言だった。愛子が何か言いかけた時、眞一郎の母の
声が聞こえてくる。
「しんちゃん! 見違えたわよ! 似合ってるじゃない!」
どきんっ、比呂美の心臓が跳ねる。振袖の裾を気にしながら、できるだけ早く
歩いていく。
(眞一郎くん!)
比呂美の頭は、ずっと会えなかった眞一郎のことでいっぱいだ。愛子の事も忘
れていた。
「うんっ! いいっ! 立派だわよ! しんちゃん!」
上機嫌な声の向うに、眞一郎の顔が見えた。どきどきんっ、鼓動が早まる。
(眞一郎くんだ!)
まだ、花形の衣装は見えない。ちょうど目の前に立っている眞一郎の母に重なっ
ている。
「眞一郎。あまり気負いせずにやればいいからな」
父親に励まされ、答える声が聞こえる。
「はい…。やっぱり、かなり緊張するけど…」
どきんっ、まるで眞一郎の声が心臓に突き刺さった様な感覚を比呂美は感じた。
(眞一郎くんだ!)
そう思った時、花形の衣装に身を包まれた姿が目に入った。
そして、足が止まった。

(うそ…、あれが、眞一郎…くん?)
それは、いつもの様子とはまるで別人の様な眞一郎の姿だった。花形の衣装は
他の者と同じ見慣れたもの。だが、他とは全然違うのだ。
眞一郎の表情は、穏やかであまり緊張は見られない。ごく普通に両親と話して
いる。特に変わったことを言っているわけでも、騒いでいるわけでもない。
さり気なく立っているだけ。いつもと違うのは和服である為にそれなりの立ち
振る舞いをしているくらい。
しかし、たったそれだけで別人の様な印象を比呂美は感じていた。
(すごい…)
比呂美は、何もかも忘れて眞一郎の顔を見ていた。
実は眞一郎が違って見えたのは"心に何かを決めていたから"であり、和装には
慣れていない。心構えとぎこちなさが比呂美に違う印象を与えていたのだ。
しばらく両親と話してから、声を掛けてきた。
「比呂美? どうかした?」
気を使うでもなく、穏やかな声。それでも、名前を真っ先に呼ばれて喜びが全
身を満たす。先程までの身を切り裂くような不安は無くなっていた。
「う、ううん! 何でもないの! 何か飲む?」
いつもの比呂美の戻って世話をすると、どういう訳か嬉しくなる。
「うん、お茶がいいな」
「はい…」
手近にあった湯飲みを渡して、近くに二人で座る。眞一郎の両親は取引先と思
われる人々に囲まれながら、奥の方へ歩いていった。

「…」
「…」
そんな二人とロープで隔たれた石動兄妹が見ていた。
乃絵の視線は眞一郎に固定されている。彼の母親が気付くよりも早く、その姿
を捉えて離さなかった。
一言も話さず、身じろぎもせずに眞一郎の姿を目に焼き付けるようにしている。
純は何も言えずに、隣で立っていることしかできない。
たった一本の細いロープで仕切られている。それが乃絵に立ち塞がっていた。
簡単に跨ぐことができる。以前の妹なら大きな声で呼び、近づくはず。妹の様
子に違和感が大きくなっていく。変わったことは分かっていたが、どのように
変わったかはまだわからない。ただ、黙って純は立ち尽くした。
眞一郎が座ってその姿が見えなくなると、乃絵が黙ったまま振り返って、歩き
出した。純がその後をまるで妹を守るように続く。

「ありがと。んぐ…んぐ…」
お茶を注いでもらい。こくこくと飲み干していく。比呂美はそんな眞一郎の横
顔を食い入るように見ている。
「ぷはぁ…。やっぱ緊張してんのかな? 喉が渇いていたみたいだ。もう少し
 くれる?」
「うん…」
絶妙なタイミングで、差し出された"おかわり"に応える。そして、飲んでいる
横顔を見つめる。昨日から会えなかったことはすっかり忘れていた。
「何だよ? いつもと違う格好だから、珍しいか?」
眞一郎の穏やかな声が比呂美の心に響く。
「う、うん。珍しいことは、珍しいかな?」
さっきから心臓の鼓動が痛いくらいなのに、ちっとも気付いてくれない。少し
だけ不満なので、からかうことにする。
「緊張してるみたいね? 背筋が伸びっぱなしだよ?」
「ん? なんか、自然とこうなっちゃうんだよ。動きにくいってことは無いけど、
 変な感じ。何かの罰で背中に棒を入れられた、って感じ?」
「ぷっ、踊りを間違ったら、そうなるかもね?」
「うわぁ、今それを言うなよー。緊張するだろー」
「ごめんごめん。お茶、飲む?」
眞一郎の姿に見惚れながらも、世話をすることは忘れない。二人だけの静かな
時間が流れていた。

「…」
愛子はその様子を少し離れて見ていた。比呂美と一緒に近づけたにも関わらず、
そうしなかった。自分が視界に入らない様、しかし眞一郎の顔が見える位置に
いる。
話しかけることもせず、三代吉の視線にも気づかず、ずっとそのままでいた。

「皆さん!、そろそろ行きましょうか!」
眞一郎がそれに気付いて、比呂美に言った。
「じゃあ、ちょっと踊ってくる」
「うん、がんばってね」
立ち上がって振袖の着崩れを確認してから、もう一度眞一郎の顔を見る。

どっくんっ!、心臓が大きく跳ねた。

比呂美を真っ直ぐに見る眞一郎の顔は、"男"になっている。今までに見たこと
もない表情。そんな目で見られたことはない。
身動き一つ出来ず、瞬きさえ忘れた。

眞一郎は、何も言わずに少しだけ笑顔を見せてから歩き出して、他の花形達と
合流し、比呂美の視界から消えた。
「さ、私達も行きましょう」
眞一郎の母に声をかけられるまで、比呂美はずっと眞一郎の消えた方を見てい
た。体が震えが止まるまでは少し時間がかかった。比呂美にとっての"祭り"が、
ようやく始まる。

麦端祭りでの眞一郎の出番が、刻一刻と近づいていく…

END

-あとがき-
えーと、もう書かないって言ったのですが、11話でちゃんとしてくれなかっ
たので書きました。主人公補正を少し適用しています。
本編ではあっさり比呂美と眞一郎が話しそうな気がしますが、"会いたくても
会えない"状態をわざと作ってみました。個人的には、すれ違いよりもこれが
好みなので。

ロープの仕切りを使って、比呂美を優遇しました。実はもう一つ案があって、
二人とも眞一郎から遠ざけることも考えたのですが、やめました。
やはり比呂美スレ的には優遇させるべきかな?と思ったので。
本来は、二人とも遠くから花形の衣装になった眞一郎を見つめさせるだけで、
話をさせるつもりはなかったのです。その方が緊迫感あるでしょう?
その場合でも、"男"の顔で比呂美を見る描写は入れますけどね。

 ありがとうございました。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。