踊り場の若人衆


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 初SS、初UPです。
 海岸でのマフラーの後に入るエピソードです。
 今回は、ほのぼの路線にしてあります。
 公式と異なる点があるかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです。
 耳をすませばを見ながら物語を書くのは、乙なものです。



 true tears  SS第一弾  
          踊り場の若人衆

 今日は眞一郎くんが踊り場に練習しに行く日だ。
 仲上家がお弁当を作って持って行かねばならないらしい。
 朝から慌しく、おばさんと一緒に台所で準備をしている。
 ふたりで並んでいるときは滅多にない。
 話をしたくても、いつもできずにいる。訊いてみたいことはいくつもあるのに。
「あなた、ちょっとこっちを見ないでね。仲上家の出し巻き卵の隠し味を入れるから」
 おばさんに言われて背を向ける。お弁当に料理を詰めていこう。
 やはりまだ私を受け入れてくれていないようだ……。
「間に合いそうか」
 おじさんが声を掛けてきた。いつの間にか台所に来ていたようだ。
 いつも気配がなくて驚かせられる。もう料理のほとんどはできている。
「この出し巻き卵で終わりです」
「そっか、比呂美は出掛ける準備をしなさい」
「えっ!」
「弁当を届けてもらうから」
「私が行くからいいです!」
 おばさんは私を睨む。
「ああいう場は若者ばかりではないか。比呂美に任せてあげなさい。眞一郎だって喜ぶはずだ。
俺のときも母さんが……」
 おじさんはぎこちなく言葉を濁した。
「わかりました。あなたが行きなさい」
 おばさんは言い切ると顔を逸らした。うなじが赤くなっている。
「私が行きます……」
 私までもふたりに釣られて頬が熱くなる。

 踊り場がある建物に到着する。
 慣れない場所なので足取りが重い。風呂敷に包まれた重箱を落とさないように気を配る。
 おじさんに教えられた部屋の襖を開けてみる。
 タオルを巻いたお兄さんと目が合うと、手招きをされる。
「比呂美ちゃんじゃないか。小声でね。おばさんが来るかもと思っていたが」
「すみません。おじさんが私に行くようにとおっしゃって」
 事情を明かすと、お兄さんは私の表情を窺っている。
「別に眞一郎くんが喜ぶとかじゃなくて……」
 おじさんがおしゃっていた言葉を繰り返した。
「そういう仲だったのか。もしかして親方が公認してるの?」
 話がややこしくなってきて眩暈がしてくる。
「違います。そういうふうに思われると困ります」
 きっぱりと否定してしまった。今の私にはそれしかできない。
「からかって悪かった。いろいろ事情があるようだな。
だが親方が比呂美ちゃんをここに来させるのを許可するとはね。
昔は花形だったから、よくわかっておられる。
つまらない踊りの稽古の楽しみにさせてくれるとは」
 お兄さんは何かを堪えるように微笑んでいる。
「つまらないなんて……」
「それを俺が言ったのは内緒にしてくれ。さっきのことは誰にも言わないという交換条件で。
そこの座布団に座って練習を見ていて」
 お兄さんは有無を言わさずに指示をした。でも素直に従えない。
「お茶の用意とかします」
 少しでも役に立ちたかった。せっかくここまで来たし。
「練習を始めたばっかりだし、気楽にしていてよ。
それと今の踊りと休憩後の踊りと違っているから、おもしろいよ」
 またお兄さんは含み笑いをしている。悪いことを企んでいるのではなさそうだけど。
 こういう口のうまい人は苦手だ。
 いくら私が嘘をついても、すぐに見抜かれてしまう。
 さっきのだっておじさんの言葉をなぞっただけ。
 でも若い人の集まりだからと言えばよかったと、後悔……。
 眞一郎くんたちが踊っているのを後ろから眺めている。力強い動作で逞しい。
 幼い頃に真似をして転んだことを思い出す。
 あれは眞一郎くんと手を繋いで並んで歩いた祭の日だった。
 堂々と眞一郎くんを見ていられるのは嬉しい。
 いつも挨拶をするときしか視線を合わさないようにしている。
 そうしないと想いを抑え切れないから。
 今だけはおじさんが公認だから、じっと見ていても言い訳できる。
 何だか私が見られている気がする。
 右横を見ると……。
「お久しぶり。小声でね」
 愛ちゃんが顔を近づけてきた。
「こちらこそ愛子さん」
 いつから会っていないんだっけ。
「愛ちゃんでいいよ。昔みたいに」
 思い出と一緒の笑顔だ。泣いていてもすぐに落ち着かせてくれていた。
「わかりました。愛ちゃん」
「そっ、今日はどうしたの? てっきりおばさんが来ると思っていたのに」
「おじさんに言われて、若い人同士の集まりだからって」
 今度こそしっかりと説明できている。
「それ、意味をわかっているのかな?」
 さらに表情を覗かれてしまう。踊りの練習以外に何があるのだろう。
「そういう鈍いところは成長していないな」
「お姉さんのように振舞うのも、昔の愛ちゃんと同じです」
 何があっても構わない。誰もがにこやかにしているから。
「仲上家で眞一郎とどういうふうに接しているの?」
 愛ちゃんの目はどことなく輝きが増している。
 茶化しているようではなくて真剣なような……。
 悩み事があると聞いてくれていたから、私のことを心配してくれているかもしれない。
 少しくらいなら明かしてみよう。
「挨拶をするくらいです」
 私の言葉に愛ちゃんは溜息をこぼす。
「何でそうなのよ。一緒に宿題をしたりしないの?」
「しませんよ。そんなことは」
「じゃあ、眞一郎に挨拶をするために庭を箒で掃くとか。
とある館の管理人の某未亡人みたいに」
「誰ですか、それ。漫画みたい」
 言っておきながら似たようなことをしていた。
 あの日はわざと玄関を掃除をしていた。後でその人のことを検索してみよう。
 幸せになっているといいな。
「比呂美」
 そばに眞一郎くんがいた。他の人もこちらに来ている。
「そろそろ休憩にするか。眞一郎は比呂美ちゃんのそばにいてやれ」
 お兄さんが指示をすると、まわりからブーイングがあった。
 意味がわからず愛ちゃんを見ると、どこかに行こうとしていた。

 休憩のときのことは、ほとんど覚えていない。
 質問攻めにされてしまった。そんなに私がめずらしいのかな?
 ほとんどの方々がお会いしたことがなかったけれど。
 休憩後の踊りは、以前と比べてかなり違っていた。
 動作に切れが増していて、躍動感が漲っていた。見ているこちらにも活力を与えてくれる。
 練習が終わってから、みなさんには強引にまた来る約束をさせられた。
 愛ちゃんとはあまり話ができなかったのは寂しい。
 もしかして避けられているのかもしれない。
 そういうことには敏感になってしまっているから。

 眞一郎くんと一緒に歩いて帰る。
「比呂美が来てくれると思わなかった」
 あの海岸でマフラーを掛けてあげた眞一郎くんに、今度と誘われそうなとき、
石動乃絵の名前を出してでも遮ってしまった。
「ちゃんと誘っておけばよかった。だがそうしないほうがいいとも思う」
 眞一郎くんは遠い目で夜道の先を見つめている。
「どうして?」
 誘いを阻止した私が言う資格がないのに。
「父さんは肝心なことを教えていないんだな。教えたら来てもらえそうにないけれど。
あの踊り場は若い男と女が交流する場なんだ。昔、父さんと母さんもそうだった。
練習でいいところを見せておいて、本番のために誘うんだ。
だからあいつらも比呂美の前で必死に踊っていた。人のことを言えないが、
何だ、あれ。今までで一番の出来だった」
 眞一郎くんは横顔のままだったけれど、最後には愚痴をこぼしてしまう。
 いけないと思いながらも吹き出してしまった。
 だからみんな笑顔だったんだ。
 新入りの私に説明せずに出迎えながら、事の重大さを認識しているのかを探ろうとする。
 私も同じ立場なら一緒になってしていただろう。
 眞一郎くんも微笑んでくれている。
「笑うことはないだろう」
「眞一郎くんだって笑っているよ」
 共通の話題で気楽になれるのは初めてだ。
 あの風呂場での写真は私だけが盛り上がっていたから。
 こんな機会がもっとあればいいのにと思う。
 頬に何か冷たいものが感じた。
 空を見上げると電灯に照らされて目に映る。
「雪が降って来たわ」
 雪と言えばあのこと。おばさんから眞一郎くんがお兄さんかもしれないと、
告げられた日のことを思い出させる。
 でも今は違う。
 眞一郎くんと初雪を一緒に過ごしている。
 これは楽しい思い出。
「濡れるといけないから走ろう」
 眞一郎くんは私の返事を待たずに走り出す。
 置いてかないで、と言いそうになる。
 封印を破る危険な台詞を洩らすわけにはいかない。
 眞一郎くんにあの祭の日を覚えていないと言ったのだから。
「置いていくぞ」
 やはり眞一郎くんは覚えてくれているのだ。
「待って」
 これなら無難な台詞だろう。
 あの日みたいにしゃがみ込まずに走って行こう。
 これから何があっても、あの日の思い出だけは色褪せないから。
 いつか封印を解くことができるのを信じている。

 仲上家の玄関の前で、ふたりで雪が降る庭を眺めながら会話をする。
 このまま家の中に入るのが惜しかった。
 でもふたりだけでいられる次の機会はきっとあるはず。
「今度も踊り場に来て欲しい」
「どうしようかな?」

                 (完)


   あとがき

 本編に使われている状況や台詞を入れることで、
 キャラの設定に一致させようとしました。
 この後に純と乃絵が物語をややこしくするのですが、
 このSSのふたりなら、振り回されなくて済みそうです(笑)
 愛ちゃんは眞一郎を諦めそうだ。三代吉、がんばれ。
 比呂美が踊り場に来て、愛ちゃんと対峙する場面を見てみたい。
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