比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅

 true tears  SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅

「それ以上は言わないで」

 眞一郎が帰宅して報告したことは、停学中の比呂美が予測していた。
 理由を説明しようとする眞一郎を比呂美は遮って、夜に眞一郎の部屋に再び訪れる。
 眞一郎の告白は比呂美の想定を上回る現状だった。
 互いに決意をして、ふたりの関係はゆるやかに変化してゆく。

 第十話の内容を予想するものではありません。
 与えられた情報から構成してみました。
 今後の展開は未定ですが、純との決別と眞一郎とのすれ違いは描きたいと思います。
 できるだけ明るい展開を心掛けてはいます。

 前作の続編です。
 true tears  SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問
「私がそうしたいだけだから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html
 true tears  SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家
「俺も決めたから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html



 私はPCで帳簿を付けながら眞一郎くんを待っている。
 やらねばならない作業をしていると、気分が落ち着いてくる。
 昨晩に私が眞一郎くんへの想いを漠然とさせながらも語った。
 今朝には眞一郎くんが石動乃絵と別れるという約束をしてくれた。
 眞一郎くんが本気でそうしてくれるという期待はある。
 だけど実行できるかは不明だ。
「ただいま……」
 眞一郎くんがためらいがちに声を掛けてきた。
「おかえり」
 予想どおりだったので、にこやかに応じる。
「すまない。乃絵の笑顔を見ていると……」
「かわいらしいからね。無理もないわ」
「そうだが、やはり俺は……」
「夜に眞一郎くんの部屋に行くから、そのときに」
 私は微笑を浮かべて提案した。
「そうするか。俺も打ち明けたいことがあるから。
 作業、がんばれよ。
 何か手伝えることがあれば言ってくれ」
 眞一郎くんの心境の変化が意外だった。
「今まであまり手伝おうというか、おじさんたちは求めていなかったのに。
 眞一郎くんは踊りの花形だから忙しいので、気持ちだけを受け取っておくね」
 急な申し出なので、眞一郎くんに頼りそうになってしまう。
 隣の席は空いているし、データの検証くらいはしてもらえる。
「三代吉も何だかんだと家の手伝いをさせられているし。
 俺もいつか何らかの形で関わるのはわかっている」
「でも、今はいいよ」
「そっか。また夜に、その前に夕食か」
「そうだね」
 お互いに軽く手を振った。
 やはり石動乃絵と別れられなかった。
 それがすぐにできる眞一郎くんなら人格的に問題があるのかもしれない。
 私はすぐにでも四番と別れられるのにだ。
 眞一郎くんと石動乃絵は、朋与さえも一目でカップルと認めている。
 私と四番とが一緒にいる場面を見られたら、どう評価するのだろう。
 そういえばあまり四番とのことを、朋与は訊いてこなくなっている。
 今は眞一郎くんのことを最優先事項。
 眞一郎くんは私と仲良くなることが、仲上家や将来にどう影響を及ぼすのかを想定している。
 居候の私と居候先の息子の眞一郎くんとでは、ごく普通の高校生の恋愛はできない。
 一度、付き合ってしまうと別れることは難しいかもしれない。
 それでも私は初恋の結果が欲しい。
 新たな決意をして、眞一郎くんの部屋に行く準備をする。


 夜九時になると、私は荷物を持って眞一郎くんの部屋に向う。
 あまりこそこそすると余計に怪しまれる。
 でもおじさんたちに出くわさずに眞一郎くんの部屋へ到着した。
 ノックをすると、すぐに中に入れてくれて、私は椅子に座る。
「借りていたノートを机に置いておくね。欄外の上の書き込みはありがとう」
「急いで書いたから、あまり良い言葉が浮かばなかった」
「私の返信も似たようなものだよ」
「何て書いてあるんだ」
 ベッドに腰を下ろしている眞一郎くんは立ち上がって見ようとする。
「後にして。それとおばさんたちにお互いの部屋の行き来は許可されたわ」
「そっか、それは良かった。だが頻繁にならないようにしないとな」
「それはわかっているわ」
 同じ見解を了承し合った。
「おばさんのことで相談しておきたいことがあるのだけれど、いいかな?」
 私のほうから先に訊いておく。
 石動乃絵の話の後だとしにくいからだ。
「まだ何かあるのか?」
「よくわからないけれど、念のために」
 私はお母さんの顔を切り取られていて他の部分が焼かれた写真を、眞一郎くんに渡した。
「母さんは捨てたと言っていたが、焼こうとしていたのか」
「そうなの?」
 眞一郎くんは事情を知っているようだ。
「アルバムの中には比呂美の母さんの顔を切られた写真が他にもあった。
 俺が見つけて自室に置いておいたのは、比呂美の部屋に行ったときだ」
「それから私がおばさんと喧嘩して、眞一郎くんにあの話をしたの。
 おばさんは私に話し掛けようとしていたけれど、
眞一郎くんの帰宅と重なったときがあったわ。
 そのときは眞一郎くんを無視してしまった」
「あのときか。間が悪かったな」
「相談しておいて良かったわ。
 おばさんは何らかの意図があって焼いたのね。
 そのことは保留にしておくわ」
「何かあるんだろう」
 眞一郎くんは私に写真を返してくれた。
「そろそろ乃絵の話をする。
 比呂美からあの話を聞いてから、乃絵に告白したんだ。
 比呂美が悩んでいて、せっかく打ち明けてくれたのにだ」
 悲壮感を漂わせて眞一郎くんは告白した。
「私も伝えてしまったという責任があるし、乃絵を選んだなら仕方がないよ」
 私は表情を崩さないようにするのが精一杯だった。
 予想以上に深刻であったのだ。
 石動乃絵から眞一郎くんと付き合おうとしているように思っていたし、思っていたかった。
「あのときに比呂美のほうを向いておくべきだった。
 ちょうど乃絵が俺を意識しだしていたから」
「だから私と喧嘩をしようとしたのかな?」
 未だにわからない。
「よく知らないな。だけど俺は比呂美と……」
「それ以上は言わないで」
 私は語気を強めた。
「そういうことは、せめて石動乃絵とのことを終わらせてからにして欲しい」
 私も眞一郎くんに告白するのは、四番と別れてからと考えている。
「だが乃絵と別れてしまうと、少し困るな。
 もう話し掛けることもできなくなりそうだ」
 眞一郎くんはどことなく寂しげだ。
「何かあるの? 石動乃絵にあって、私にないものが」
 直接的に告白しなければ、私の中では許容範囲だ。
「そうやって比べているわけではないのだが」
「では、当ててみようかな?」
 私は悪戯ぽく笑った。
「やってみな」
「ずばり絵本かな?」
 私の予想に眞一郎くんは驚愕している。
「私が封印のことを打ち明けたときに物語のようだと言っていたし、
本棚には美術関連の本があるし、石動乃絵はそういうのが好きそうだから」
 本当は石動乃絵は一般人と違った行動をするからと言いたいが、避けた。
「よくわかったな」
「真心の想像力。これも石動乃絵の影響?」
 眞一郎くんが私の部屋に来たときに使っていた言葉。
「そうだが、失敗したな。
 比呂美に怒られたから」
「無理もないわね。眞一郎くんに止めて欲しかったけれど、四番が好きと言っていたから」
「あいつが来てからややこしくなった。
 乃絵と付き合えと言うから、比呂美の名前を出して、
あいつにも同じことをされたらどうするのかを、訊こうとした。
 だがあいつはすぐに帰ってしまった。それから比呂美に伝えに部屋に行った」
 眞一郎くんは真相を明かしてくれた。
 これから四番と別れる私のためにだ。
「石動乃絵は交換条件について知っているの?」
 やはり眞一郎くんに嫌われるのが怖くて先に訊いてみた。
「知らないんじゃないか? 俺は教えてないけれど。乃絵はそういうのが嫌いだろうし」
「そうなんだ」
「まさか言うつもりか?」
 眞一郎くんは真正面から見据えてくる。
「できればしたくはないけれどね。
 私自身が変わってきているの。
 こうやって眞一郎くんと気兼ねなく話せるのが夢だったのに、
叶ってしまうとさらにと求めてしまうの」
 どんどんと欲深くはなっていると自覚ができいる。
 眞一郎くんが私だけを見ているわけではないからだ。
「比呂美のための絵本を描いている。乃絵には見せていないのが。
 乃絵には雷轟丸のだから」
「そうなの……」
 そこまでしてくれているとは思ってみなかった。
 私は眞一郎くんをまともに見れなくて俯いてしまう。
「最近は描いていないから、暗い表情のが多い。
 今は見ないほうがいいかもな。
 まだ構想段階だから」
「今日はいいわ。
 少しずつ進めてゆこうと考えているから」
 私自身でもどこか矛盾しているのがわかる発言だ。
「俺もその場の勢いで行動してしまうときがあるからな。
 反省しないと」
「たまにはいいと思うよ」
 私は具体的には言わなかった。
 抱擁、私の部屋、喧嘩どれも間違った行動ではなかった。
「でも自分を見失うことがないようにしないとな」
 眞一郎くんの台詞に、私も頷いた。
 私の行動もその場だけしか有効なものばかりだった。
「そろそろ行くね。
 明日、私は四番と別れてくるから」
「がんばれよ」
「がんばるから」
 ノートに書いた言葉で返した。
 私は眞一郎くんの部屋を出た。
 そのまま自室に戻るときも誰にも会わなかった。
 今日は緊張しなかったので気楽にいられる。
 椅子に腰を下ろして机に向う。
 やはり眞一郎くんが得ている情報と私のとでは、差があった。
 石動乃絵の実像を把握しやすくはなっている。
 このままの関係でいられるほうが幸せかもしれない。
 でもやはり先に進めておくべきだ。
 当然ながら四番と別れるとして。


     眞一郎視点


 俺は比呂美が座っていた椅子に腰を降ろす。
 古文のノートを開いて、例の文字を読んだ。
『がんばれよ』
『がんばるから』
 比呂美は強い。
 俺が逆の立場なら、耐えられないだろう。
 俺に言いたいことは無数にあるはずだ。
 いっそのこと、乃絵と別れられなかった俺を罵って欲しかった。
 比呂美は俺が乃絵といるときに睨んできたのに、今日はにこやかだった。
 逆に怖くもある。
 今度こそ乃絵と別れられるようにならないとな。
 俺は比呂美のための絵本の制作に取り掛かる。
 さっきの比呂美の笑顔を忘れないためにだ。
 ぜひとも涙を拭ってあげて、屈託のない笑顔を俺に向けてもらえるように。

               (続く)



 あとがき
 ずっと平坦な道のりを進んでいるような展開です。
 比呂美は自分の予想が的中している間は、温厚でいられそうです。
 乃絵と別れられなかった眞一郎は責めない比呂美に、違和感があるのでしょう。
 どういう形であれ、絵本があればふたりの関係を深めてくれると思います。
 本編では絵本の中の君が登場する機会が、最近はありません。
 お蔵入りすることなく、比呂美のために描いて欲しいものです。
 次回は純との決別と眞一郎とのすれ違いです。
 長くなりそうだと、ふたつに分けようと考えています。
 ご精読ありがとうございました。

 前作

 true tears  SS第一弾 踊り場の若人衆
ttp://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html

 true tears  SS第二弾   乃絵、襲来
「やっちゃった……」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html

 true tears  SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編
「あんた、愛されているぜ、かなり」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html

 true tears  SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編
「私なら十日あれば充分」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html

 true tears  SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編
「それ、俺だけがやらねばならないのか?」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html

 true tears  SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問
「私がそうしたいだけだから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html

 true tears  SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家
「俺も決めたから」
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最終更新:2008年03月18日 06:17
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