比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い

 true tears  SS第十弾 比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い

「全部ちゃんとするから」

 純と決別をしようとしたが、新たな提案を持ち掛けられた。
 比呂美にとって保留したくなるものだった。
 だが純との唯一の相違点は、眞一郎からの抱擁への解釈だ。
 比呂美は眞一郎の意図を探ろうとしつつ、新たな段階へ移行しようとする。
 ふたりの関係は交わる事無く、さらに変わってゆく。

 第十話の内容を予想するものではありません。
 与えられた情報から構成してみました。
 雑誌によるネタバレあらすじは含めておりません。
 できるだけ明るい展開を心掛けてはいますが、今回は無理でした。
 第九話の抱擁に関するイメージを壊してしまう危険性があります。
 さらに強敵になった比呂美を描いています。

 前作の続編です。
 true tears  SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問
「私がそうしたいだけだから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html
 true tears  SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家
「俺も決めたから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html
 true tears  SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅
「それ以上は言わないで」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html
 true tears  SS第九弾 比呂美の停学 後前編 純との決別
「交換条件はどうでもいい」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4438.txt.html



 できればこのまま立ち止まっていたい。
 それでも仲上家に私は向う。
 石動純と別れることはできたが、眞一郎くんとの交際を応援してくれるらしい。
 いつか石動乃絵も入れて四人で楽しく話し合いたい。
 私も石動純に同感する。
 でもこれから石動乃絵から眞一郎くんを奪わなければいけない。
 眞一郎くんは石動乃絵から別れようとしているけれど、できていない。
 あの笑顔を曇らせられないのだろう。
 だったら私が交換条件を石動乃絵に伝えればいいと考えていた。
 そうすれば眞一郎くんの石動乃絵への愛情が虚構になる。
 石動乃絵のほうから眞一郎くんと離れてゆくだろう。
 その後に眞一郎くんと私が結ばれればいい。
 それで私は満足できるのかな?
 即答できないほどに揺らいでしまっている。
 そもそも眞一郎くんは私を好きでいるのかもよくわからなくなっている。
 確かめてみるしかない。
 眞一郎くんの本心を曝け出す言葉で。
 さらに私が求める要求が高くなろうともだ。
 それを私自身も実行しているので、眞一郎くんが応じてくれるか賭けてみたい。
 十年以上も溜め込んだチップを一点に絞って重ねて置くように。
 仲上家の門をくぐる。
「おかえりなさい、比呂美さん」
 酒蔵の少年が挨拶をしてくる。
「ただいま、配達に行くの?」
 自転車を用意していて、そばには酒瓶が入ったケースがある。
「冬は熱燗ですからね、忙しいっす」
 お猪口を握って飲んでいる真似をした。
「飲んだことはないよね?」
 私の追及に彼は顔を赤らめる。
 本当にすごくかわいらしい。
「ないっすよ。得意先の皆さんがおっしゃってくれるので」
「いつか飲めるようになるといいわね」
 業務上ならありえるかもしれないが、深く訊こうとはしない。
 お互いに未成年だから。
「比呂美さん、笑顔になりましたね」
 彼の言葉に私は戸惑う。
 いつも笑顔なのは彼のほうだ。
 仲上家に来たときだって、恥ずかしげであっても話し掛けようとしてくれていた。
 よく考えてみると私よりも若いのに、もうしっかりと働いていて将来を安定させている。
 彼の素性はよくわからないけれど、もしかして私よりも悲惨な境遇なのかもしれない。
 それなのにつねに陽気でいられる彼を、私は尊敬している。
「そう見えるの?」
「はい。あのときまではいつも怒っているようで近寄りにくかったんす」
「ごめんね、これからは大丈夫とは思う」
 本当はどうなるかわからない。
「そうすっか、やはり笑顔が一番っす。
 さっき坊ちゃんが酒蔵に入って来たんですが、何か知りませんか?」
 笑顔を絶やすことなく訊いてきた。
 彼は眞一郎くんと私の関係を何だと思っているのだろう。
 仲上家で眞一郎くんと話しているときに、彼と出くわすときはほとんどなかった。
「知らないわ。眞一郎くんが何かしていたの?」
「浮かない顔の坊ちゃんが酒蔵に入って来たっす。
 ふらふらと見回っているようでお声を掛けようとしたのですが、
放っておけ、と親方に言われました」
 何をしたかったのか私は考えてみる。
「おふたりは喧嘩したままなんですっかね?」
「喧嘩? 誰と誰が?」
 私の率直な反応に、彼は目を泳がしている。
「誰にも言わないから教えてくれないかな?」
 私は両手を合わせて願う。
「内緒っすよ、奥さんに手を掴まれて比呂美さんが家の中に入ってから、
坊ちゃんは、ふざけんなよと親方に挑んだっす。
 それから親方に払われてから、尻餅を付いてから立ち上がると、家の中に入って行ったっす」
 彼は小声で話してくれた。
「ありがとう。お仕事をがんばってね」
 私は右に首を傾けて礼をしておいた。
「はい」
 気持ちよく返してくれたので、私は彼から離れながら推察する。
 それから眞一郎くんは私の部屋に来たのだ。
 返事を待たずに入って来て、今度はおばさんに怒りをぶつけようとしていた。
 私が着替えようとしたら、部屋を出て行ってくれた。
 私の中で眞一郎くんの評価が下がる。
 おじさんに払われてから何も感じていない。
 兄妹疑惑という重々しいものであっても、冷静でいて欲しかった。
 せめておばさんとの会話を終えるまでは待っているべきだった。
『行って来たわ』
 私は眞一郎くんにメールをする。
『結果は?』
 すぐに返って来た。
『下に降りて来て、直接に一言あるの』
 私はすぐに返す。
 眞一郎くんが私の部屋に到着する時間を計算する。
 それまでに息を整えておく。
 たった一度しかない機会。
 靴を脱いで玄関に上がる。
 眞一郎くんの姿を捕らえる。
 それから私は俯いて、すれ違う瞬間、
「何で抱き締めてくれたの?」
 一言だけですべてを表現した。
 眞一郎くんがどう理解するかはわからない。
 それでも私は自分の部屋に入って扉を閉める。
 もたれながら眞一郎くんの反応を待つ。
 何の音がしない静寂を破る。
「全部ちゃんとするから」
 くぐもった声がした。
 眞一郎くんもかなり迷っているのだ。
 私は扉を開けて話し合いたくはなった。
 でもここで甘えるわけにはいかない。
 ようやくあの抱擁の意味が私の中に芽生え始める。
 あのとき、私は心配してもらえて嬉しくて涙を流していた。
 実は違うのだ。
 悔しいんだ。
 ああいうように後先を考えずに逃避行するしかできなかった私。
 心配しておきながら、石動純の彼女である私を抱き締めた眞一郎くん。
 ふたりとも同罪だ。
 ただその場での感情に身を委ねているだけだ。
 そんな状態で私が眞一郎くんと付き合っても成長できない。
『私はあの夏祭りから変わっていないから』
 眞一郎くんへの想いは変わっていないかもしれない。
 でも塞ぎ込んでしまった私は、今も心の中にいる眞一郎くんに頼ろうとしてしまう。
 石動乃絵のように強くなって克服しないといけない。
 これからは眞一郎くんを消してゆこう。
 今まで見えていなかった景色が目の前に現れるかもしれない。
 そのために私の身辺を整理してみよう。
 そうしてみて私の中の眞一郎くんがいたら、私は本当に眞一郎くんが好きなのがわかるから。
 私は新たに決意する。
 眞一郎くんから離れてみることを。
 それがお互いの成長を促すならいいが、ふたりの関係を壊してしまうかもしれない。
 それでもいい。
 それが私の初恋の結果なら受け入れよう。



     眞一郎視点


「全部ちゃんとするから」
 比呂美の部屋の前で誓った。
 具体的に何かと訊かれたら困る。
 乃絵と別れるだけでは、俺自身にも不満が募る。
 俺は無性に身体を動かしたくなった。
 自室に戻って上着を着込む。
 家を出て自転車を探す。
「坊ちゃん、どうしたんすっか?」
 のん気な酒蔵の少年が訊いてきた。
「自転車に乗りたくなって」
「予備のがありますので、これどうぞ」
 彼は自分のために用意していた自転車を貸してくれた。
「ありがとな」
 俺はすぐに乗って家の外を出る。
 無性に走りたくなった。
『何で抱き締めてくれたの?』
 比呂美の台詞がこだまする。
 心配したからに決まってる。
 比呂美も不安そうにしていたから、安心させてあげたかった。
 間違っていた?
 いくら俺が好きであっても、身体を触れられるのが嫌だった?
 比呂美は拒まなかったし、受け入れてくれていたと思っていた。
 だが違ったようだ。
 乃絵と別れて欲しいなら、はっきりと言ってくるだろう。
 比呂美があいつと別れられたのなら。
 別れていないはずがない!
 バイクの弁償はこちらでするのだから、何の問題もない。
 乃絵のように後腐れがないはずだから。
 俺は乃絵と別れようとしてる。
 たとえ別れても、今の俺を比呂美は拒みそうだ。
 比呂美にとって俺は何かが不足しているんだろう。
 それが何かと考えてみよう。
 俺の目の前には急斜面がある。
 俺は勢い良く下って行く。
『眞一郎は飛べるわ』
 乃絵が言っていた台詞。
 さすがに翼が生えて空を飛ぶという意味ではないはずだ。
 何かを夢中になって取り組んでいることだろう。
 今の俺ができることは絵本と祭。
 雷轟丸は飛べないとわかってる。
 本当にそうか?
 実は飛べるかもしれない。
 それがどうやってかはわからない。
 だったら今は祭に打ち込もう。
 これは比呂美との兄妹疑惑から逃げて乃絵に告白したのと同じではない。
 きっと俺だけでなく比呂美や乃絵にも役立つことかもしれない。
 同時に自分自身を見つめ直そう。
 自転車を降りたら、冷静に対処できるようにめざそう。
 比呂美と乃絵、俺はどちらを選ぶんだ?
 比呂美のはずなのに、乃絵と離れられていない……。

               (完?)



 あとがき
 さらに比呂美を攻略しにくくなりました。
 当初の予定どおり恋愛に積極的だけでは済んでいません。
 以前に言っていたことを否定するかのように変わっています。
 幼い頃の夏祭りのように戻りたかったふたりですが、
時間を戻せず、今後のためにも成長しなければなりません。
 雑誌によるネタバレあらすじが来ていますね。
 入れようかと思いましたが、見ていない方々がおられるかもしれませんのでやめました。
 ふたりのすれ違いは、あの出来事のほうがしっくり来るかもしれません。
 でも「何で抱き締めてくれたの?」にしておきました。
 前書きにあるようにこのSSでは第九話の抱擁を否定的に書いています。
 比呂美はまだ心の底からの嬉し涙を流していないとしたかったし、
お互いに彼氏彼女のいる前ですので、不可抗力で罪深いものにしておきました。
 それがきっかけでお互いに成長できる出来事にしてくれれば良いと思います。
 今後の予定は未定です。
 本来は比較させようと、恋愛に消極的な比呂美を描こうと考えていました。
 今夜、放送の第十話次第です。
 毎回、驚愕の展開ばかりでSSにしたくはなります。
 ご精読ありがとうございました。

 前作

 true tears  SS第一弾 踊り場の若人衆
ttp://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html

 true tears  SS第二弾 乃絵、襲来
「やっちゃった……」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html

 true tears  SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編
「あんた、愛されているぜ、かなり」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html

 true tears  SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編
「私なら十日あれば充分」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html

 true tears  SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編
「それ、俺だけがやらねばならないのか?」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html

 true tears  SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問
「私がそうしたいだけだから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html

 true tears  SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家
「俺も決めたから」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html

 true tears  SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅
「それ以上は言わないで」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html
 true tears  SS第九弾 比呂美の停学 後前編 純との決別
「交換条件はどうでもいい」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4438.txt.html

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年03月18日 06:18
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。