本編序章

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wivern

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序章1部、救いと運命



かつて、魔族と呼ばれる種族の襲撃により、半ば壊滅状態まで陥った大都市「イメンマハ」。
その中心部に程近い裏路地を、一人の少女が歩いていた。
「あれー…迷子になったかなぁ…御陵さんもいないし…」
まだこの街に慣れていないらしく、きょろきょろと周りを見回しながら言う。

ふとその少女は、薄汚れた衣服に身を包み、冷たい地面に座っている一人の少年を見つめる。
わずか数年で活気を取り戻したとは言え、少し裏に入ればよく見かける光景である。
(私もあの日…あの人に出会ってなければ…こんな風に見えてたのかな…)
そんな事を思いつつ、少女はあたりを見回しながら再び歩き始める。

―― 8年前 ――

「…寒くないか?コート…やるよ」
ふいに上から声が聞こえる。
見上げると、黒いコートを差し出す男が立っていた。
10歳くらいの年齢とは不相応に、疲れたような、そして悲しげな表情をしている。
「…え?」
少女は驚いたように見上げる。まるで攻撃されるのを恐れているかのような、そんな動作である。
あの薄暗い部屋から抜け出してきて以来、一度も声なんて掛けられた事は無かったから。
いや、正確には、その前から命令以外の言葉を掛けられた事は無かったが。
「…冬場にそんな恰好じゃ…風邪ひくぞ…?」
微かに雪が降るような夜である、そのコートを無くしてしまえば男も寒いだろうに、そんな事は構わないというように言う。
「…ありがとう…ございます」
「それと…これしかないが…何か…食べるのにでも…使ってくれ」
「そんな…こんなにたくさん…」
思い付きで、他人に差し出せるような額ではない。
その金を、惜しげもなく差し出す男が信じられなくて。拒否しようとしたが、男は殆ど押し付けるようにその金を渡す。
「…俺なんかもう…生きる意味なんて無いからな…」
「…え?」
「じゃあ…な」
「待ってくださいっ お名前だけ…教えていただけませんか?」
名前なんて興味は無かった。何故かは自分でも分からないけど、ただただ一緒に居て欲しかった。
だから咄嗟に名前を聞いた。またこっちを見て欲しかったから。また話しかけて欲しかったから。
「…御陵だ。」
当然のようにそんな思いは届かず、御陵と名乗った男はすぐに去ってしまう。
「わ…私はArdeaですっ その…お礼をさせて…」
その決して長くはない台詞を、最後まで言い切る前に男は居なくなっていた。
少女の肩に、黒いコートを残して。

―― 3年前 ――

ついにArdeaは見つけた。ずっと頭から離れないあの男を。
長年探し続けた…自分に優しさを教えてくれたあの男を…
「あ…あの…御陵さん…ですよね?」
「…え?」
その男は困惑した表情を見せたが、少女が着ている見覚えのあるコートを見て、ふと思い出したかのような反応を見せた。
「もしかして…あの時の…?」
「はいっ覚えていて…くれてたんですか?」
自分では気づいていなかったが、Ardeaは本当に嬉しそうな表情をしていた。
心の底から喜びが沸き上がってくる。生まれて初めて離れたくないと思ったあの男が、今目の前にいるのである。
その日Ardeaは思った、「この出会いを運命と呼ぶのなら、私はこの運命を信じよう」と。



序章2部、再会と喫茶店



―― 8年前 ――

黒いローブを着て、雪が薄っすらと見える都会の裏道を歩く。
力が欲しかった。力を与えてくれる人を探していた。
復讐の為に。この街を、己の全てを焼き払った者に復讐をするために。
だが、復旧作業が始まったばかりの街にそんな人間が居るわけが無く、毎日彷徨うだけの日々になっていた。
親がそれなりの財産を残したが、それも減りつつある。
そんな考え事をする中、一人の少女が目に留まる。
薄汚れた服を着た少女。凍えているその身なりも、力なく座り込む様も、この街では珍しい光景ではない。
何故こんなにも目を惹くんだろうか?そんな事は分からないが、気づくと少女に近寄っていた。

――…寒くないか?コート…やるよ


―― 3年前 ――

「えっと・・・御陵さんですよね・・・?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた気がして、後ろを振り返る。
「お久しぶりです!」
間違っていなくて安心したのか、満面の笑みを浮かべる少女が立っていた。
「えーと、5年前の?」
「はい!」
「久しぶり、偶然だね」
「えと・・・じつはずっと探してて・・・」
「あー、立ち話もなんだし、喫茶店でも行かない?」
そのまま話し込んでしまいそうなArdeaを止め、近くの喫茶店を探す。




「違う人だったらどうしようかと思いましたよー」
「それで恐る恐る声かけたわけだ」
「えと・・・はい・・・ それで御陵さんは――」
この町も、襲撃事件の時からは比べ物にならないほど活気付いている気がする。
というか、自分のような仕事をしていなければ忘れている人も多いんじゃないだろうか?
「御陵さん?聞いてます?」
「あ、ごめん。何?」
「このお店に入りましょうよ」
「ん、分かった」




小一時間ほど話しただろうか?
この少女はずっと御陵を探していたそうで、そのあいだコートを大事にしていてくれたらしい。
「そういえば、Ardeaさんは今はどこに住んでるの?」
「えと・・・その、Ardeaさんっていうの止めてもらえません?」
「あ、嫌だった? じゃあ・・・」
「その・・・あるとかはダメですか?」
自分で言うにも恥ずかしかったのか、顔を赤らめながら言う。
「まあ良いけど・・・」
とはいっても、自分が言うのも恥ずかしいかもしれない。

< 指揮課よりイメンマハ周辺の騎士及び従士へ。イメンマハ南東方向、ルンダダンジョン付近にてエルグを観測しました。魔族の侵攻の可能性が有ります、付近の安全確保をお願いします。>
話し込んでいるうちに通信が入る。通信者同士を繋いだり、中継者(サーバー)と繋いだりしているらしいが・・・よく分からない。
< 一番接近隊長、御陵より指揮課。騒ぎが大きくなる前に単独で制圧したい。良いか? >
< 了解、単独行動を承認します。無茶はしないでくださいね >
「ごめん、仕事来ちゃった」
< 了解した。 >
慌てて無線を返してから、ルンダダンジョンに向かう。



序章3部、仕事とキッカケ



視界いっぱいの黒い風、目の前の恐怖を一瞬にして薙ぎ払う一陣の風。
これが彼の「仕事」?
私はただ連絡先を聞きに来ただけなのに…
そんなことを考えている自分は明らかに無防備だった。
「ムスメだけでも殺ス!」
「ひゃっ!?」
「あるっ!?なんでここにっ」
馬鹿だった。不覚にもこんな三下にやられる自分が情けなかった

バキィンッ

「…お前の相手は俺だろう?よそ見をする暇が…あるのかっ!?」
「クソ…スケルトn…」
「黙れ三下。失せろ。」
表情一つ変えず最後のスケルトンパイレーツを始末すると、彼は連絡を取るようなしぐさを見せた。

男は連絡を終えると、冷たい視線のままこちらを振り返る。
「何故ここにいたんだ?」
「え…?」
自分でも顔が強張っているのが分かった、でもどうしようもない。
「何故ここにいたと聞いている。」
「あの…その…」
「お前…死んでいたぞ?」
「でも…でも…御陵さん急に居なくなるし…やっと会えたのに…うぅ…」
気がつけば眼から大粒の涙が溢れてくる
「御陵さんの…馬鹿ぁぁぁ」
「…何で泣くんだよ…」
「ひっく…ずっと一人で…ひっく…」
「悪かったよ…俺が悪かった…だから許してくれよ…」
「嫌です…許しません…」
「はぁ…」

"オレはマダ死なナイ。オレお前許さナイ"

「なんだ、この声?」
疑問を言い切る前に、倒したはずのスケルトンの左腕が、御陵の左肩を突き刺していた。
「御陵さん!」
「畜生・・・」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫・・・だ」
「でも御陵さん!血が!」
「くそ」
「御陵さん!今止血しますから・・・」

< 俺だ・・・応答せよ >
< 指揮課より接近隊長。どうしました?通信規則違反ですよ? >
< 負傷した、救援を・・・ >
< ・・・了解しました、医療隊救護班を派遣します。 ・・・それと、無事で居てくださいね>
< ・・・ありがとう、アヤ>
安心したのか、そのまま視界が歪み、暗くなる。



序章4部、保護と始まり



「あ、御陵君。目が覚めましたか?」
「アヤ…ここは…?」
「うちの医務室じゃないですか…まだ頭の中が混乱しているようですね」
言われて周りを見回せば、確かに見慣れた医務室だった。
「そっか…俺…っ!?そうだっ」
「はい?」
「俺を拾った付近で少女がいなかったか?」
「えーと、彼女なら事情聴取も兼ねて、一時保護していますが・・・どうかしました?」
「後で会いたい。時間、作ってくれるか?」
「了解です。あとで呼びに行きますね」
「それとアヤ、ずっと看ててくれたんだな…ありがとう」
「き…気にしないでくださいっ 非番だったし、好きでやったことなので…」
女は顔を真っ赤にしながらそう言った。
「じゃ…じゃぁ彼女を呼んできますから…すぐに戻りますねっ」
「ああ・・・」
「妙だ…あの時俺は確かにスケルトンを倒した。だがスケルトンに俺はやられた。連中…もしかして…」
赤い顔のままそさくさと出ていくアヤを見送り、独り言。

コンコンッ

「ん、どうぞ」
「御陵さんっ 大丈夫ですかっ?」
「ああ、心配掛けたな…すまん…」
「ごめんなさい…私のせいで…」
少女は再び大粒の涙を目に浮かべる。
「本当に…ごめんなさい…」
「いいんだ、ある。俺が油断してただけなんだ」
「でも…」
「とりあえず家まで送ろう。足は普通に動くしな」
「あ…えっと…」
少女は男から目線をそらして言う
「私…帰る場所ないんです…」
「あ…すまん…」
「いえ…仕方のないことですから」
「それなら…ここで一旦保護という形をとろうか。」
「え?」
「もうすぐ今回の報告で上層部に行かねばならないんだ。その時にでも掛け合ってみるよ」
「ありがとう…ございますっ」
少女は心の底から喜びの表情を見せる


―この後、上層部から入隊の打診があり、快く引き受けたらしい。

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