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今までのこのページを振り返ると全然研究してないことにいまさらながら気づきました。
これでは兼行法師にも失礼です。徒然にも限度ってものがある。

というわけでたまには研究結果でも書こう、と思ったのですが私は現在まったく西洋文化に触れていません。
むしろ日本にどっぷり浸かっています。なので書けるのは西洋ではなく日本、しかも
源氏物語やら何やらしかないです。
非常に偏ったジャンルですが今までよりはマシになるのではないかと勝手に期待しています。

化粧について
 学校のテストの関係で調べました。文献が意外にも多くて目の前の物知りなノートに尋ねなくて済みました。
 一般的に化粧というとファンデーションや口紅など、色を顔に塗るものと認識されていますが、実は「顔を整
えること」全てが化粧の本来の意味だそうです。つまり、朝起きて顔を洗ったり、眉を整えたり、男性であればひげを剃ったり人によっては形を整えたりするのは全て化粧になるんです。
まあ今回は一般的な化粧について述べたいと思うのですが。
 顔を白くなるように塗るのは神に近づく行為だったそうです。元々神事の際に巫女が体を清め、白装束を着て
顔を白く塗ることで神に願いが通じやすくなる、という考えがあって、それが神事を見ていた観客にも広まった
というのが始まりだったそうです。それが平安時代になると家が寝殿造になったことによって家の中が暗くなって
しまったのと、白粉が一般生活にも普及してきたことによって、顔を目立たせるために白く塗り始めたそうです。
 そもそも、化粧というのは元来社会的弱者が社会的強者に対して媚を売るために発達していったものらしいです。
このことで日本の歴史のなかで面白い例を出しているのが院政期です。この時代、男性も化粧をしていて、そのこと
自体は歴史的に珍しくもなんともないのですが、この頃は男性が女性的な化粧をしていたのです。歴史ドラマでも
なじみのあるまろ眉、あれは女性の眉の描き方だったのですが、男性がそれを模していました。理由として男色
があります。院政期の最高権力者である上皇が男色を好んだため、お気に入りの少年に女性と同じ化粧をさせて
いました。それを真似して当時の貴族は女性的な化粧をして上皇に媚を売っていたのです。また女性的な化粧を
することで上皇に柔らかい印象を与え威圧感を与えないようにするという効果もありました。

本当はまだ少し書きたいことがあるのですが長くなるしここまでにしておきます。またいつか書くかもしれないです。
需要は気にしません。でも男色とか書いたから見てくれた人がいたら引いてないかが心配です。引いてないですか?
というか引かないでください。一応主張しておくと私にそれを見て喜ぶ趣味はないです。

そういえばこの間上野にフェルメールの作品見に行ったのですが、「真珠の耳飾りの少女」と「真珠の首飾りの少女」
を間違えてしまいました。首飾りがあるなんて聞いてないよ!でもまあ楽しかったので良かったです。リベンジには
行きますけど。もし見に行く人がいたら気をつけてください。どっちも素敵な作品ではありますが!

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