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楽園崩壊」(2009/06/21 (日) 16:11:21) の最新版変更点

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 楽園崩壊 ◆uFyFwzytqI  頭上には、瑞々しい青空が広がっていた。その中心から太陽が美しく輝いて地球に光を降り注ぐ。  だが、その恩恵を受けるはずの地上の一角に、地獄のような光景が広がっていた。  そこは、人類からセント・マデリーナ島と呼ばれていた。  道の両脇に建っている家や店の窓ガラスは所々割れている。一部の建物からは火の手があがっていた。  ドアも開け放しになっているだけならマシな方で、蝶番が外れて地面に倒れているのも珍しくない。  道路には食料を始めとする日用雑貨や、観光客向けの土産物が散らばっている。  カフェらしい店先では、イスやテーブルがひっくり返されて、食器類が大量に割れていた。  あらゆる方向から悲鳴、怒号、罵声、破壊音が入り混じった喧騒が響き渡り、混乱に拍車をかけていた。  まるで暴動だ。いや、暴動なら、その方がよほど幸せだった。相手が人間だから。  しかし、この争乱の原因は人間ではなく――。  「みんな、こっちだ。急げ!」  先頭を進む水原暦(こよみ)が、油断無く金属バットを構えながら、後ろに呼びかけた。彼女の服は何度も転倒した後のように薄汚れており、所々擦り傷もあった。  幸い、目の前の道はまだ混乱がすくない。後方の阿鼻叫喚に比べれば、という程度だが。それなら、前進する方が安全だと水原は判断していた。  呼びかけながらも振り返りはせず、油断無く視線を動かして、前方の注意は怠らない。後ろと両側面は仲間達に任せている。  1秒でも油断したら「奴ら」に襲われる。そうなったら……。  「なあ、よみぃ〜、どうなってんだよ、私たち何でこんな目に遭ってるんだよ、あいつら一体何なんだよぉ〜?」  背後から、左側を注意しているはずの滝野智(とも)が、恐怖と疲労が入り交じった声で尋ねた。パニックの一歩手前で、必死に理性を維持しようとしているようだ。  彼女の手には道路工事で使うようなシャベルが握られていたが、どことなく頼りない持ち方だった。    「そんなの私だって分からないよ! とにかくこの場を離れて……うわっ!」  不意に左の建物から人影がヌッと突き出てきた。それはどうみても普通の人間ではなかった。血の気の失せた灰色に近い肌、たくさんの何かに噛まれたような裂傷、 夢遊病のような歩き方、何より死んだ魚のような生気の失せた目……。  その、人間の形をした何か――「ゾンビ」としか表現しようのない異形の怪物――が、両手を前に突き出して水原に迫ってきた。  「うひゃああぁぁっ!」  智が悲鳴をあげる。  「この、近寄るなあっ」  咄嗟に水原は、ゾンビを殴りつけた。バットは脇腹に直撃したが、中途半端な打撃のせいかゾンビは少しふらついただけで、何事も無かったかのように、 再び水原に迫ってきた。  「う……」  思わず後ずさる水原。その時、彼女の前に別の人影が飛び込んできた。人影は両手で斧を振りかぶって、渾身の力でゾンビの頭に叩きつける。  斧は頭頂部にクリーンヒットして、その破壊エネルギーは斧を上顎までめり込ませた。頭部を破壊されたゾンビは、糸の切れた操り人形のように動かなくなり、 前のめりに倒れかかってきた。  人影は頭から斧を引き抜きながら、「こっち来んな!」とゾンビの腹を力一杯蹴り飛ばした。ゾンビは仰け反って倒れて、動かなくなった。  「ハァ、ハァ、よみ、何やってんだよ! コイツらは頭を潰さなきゃ死なないんだぜ。さっきの人達はそれに気付く前に襲われて……」  人影――神楽は少し息を弾ませながら、水原に叱るように言った。彼女の服も水原に劣らず汚れている。  そして、神楽が持つ80㎝ほどもある斧は、身長156㎝の彼女には、不釣り合いな大きさだった。  それにしても、大した運動能力だった。さすがに高校時代水泳部のエースで、体育系の大学に入学できただけの事はある。  「ごめん、焦ってたから。私のミスだ」  水原は頷きながら素直に謝った。神楽の言った事はおそらく正しい。  ゾンビは頭部を破壊しないと倒せない。最初は、この事が分からなかったから、少し前に一緒に戦っていた地元住民達は、ゾンビ共に殺されてしまった。  水原達が無事なのは、その頃はまだずっとゾンビの数が少なくて、自分たちに襲いかかる分が足りなかっただけの事だ。だから彼女達は逃げられた。  パシーンという乾いた音が響いた。驚いて水原が顔を上げると、頬を押さえた智と、今にも掴みかからんばかりの神楽が向かい合っていた。  「とも! バカかお前は! 何でちゃんと見張っておかなかったんだよ。危うくよみが襲われる所だったじゃないか!」  「な、なんだよ。私だってちゃんと注意はしてたよ。悪気はなかったんだよ。そんなに怒らなくたっていいだろ」  智が涙目になりながら言い訳をする。  「こいつ……!」  神楽が再び手を振り上げた。智は思わず目を閉じる。だが、神楽の手が振り下ろされる直前、その手を水原が掴んだ。  「え? よみ、どうして止めるんだよ。放せよ、ともの不注意のせいでお前は殺されてたかもしれないんだぞ!」  「ああ、そうだったかもしれない。でも、私はまだこうして無事でいる。だから許してやってくれ。今は仲違いしてる場合じゃないだろ」  水原は穏やかな口調で言った。  「……分かった。よみがそれでいいって言うなら」  神楽は渋々手を下ろした。ゾンビと戦って興奮気味だった気分も少し落ち着いたようだ。  それを確認して、水原は智に向き直った。幸いなことに今、周囲にゾンビはいない。水原の気持ちを察したらしい神楽も、見張りに戻った。  (よし、今なら大丈夫だ)  「とも」  「よみ、あのさ……」  「私達4人は友達だ。こんな時じゃないと恥ずかしくて言えたものじゃないが、仲間だとも思っている。分かるか?」  智だけでなく、神楽達にも聞こえるように、心持ち大きな声で言った。  「う、うん」  やや気圧され気味になりながら、智はうなずいた。  「ここは、もう昨日までののどかな観光地、セント・マデリーナ島じゃない。地獄だ。それも敵は怪物、というかゾンビだな。奴らは人間だったけど、もう人間じゃない。 言葉は通じない。どこまでも追いかけてくる。殺すまで、頭を破壊するまで動きを止めない。映画のゾンビとそっくりだ。ここまで来たらいっそ喜劇だな」  「……」  「でも、これは現実だ。あれは本物のゾンビだし、人間を殺すことに何のためらいもない。そして殺された人は、おそらく、ゾンビになる」  「そう、なのかな……」  「多分な」  答えながら、水原は自分に少し違和感を感じていた。確かに高校では美浜ちよや春日歩(通称:大阪)を含む6人の仲良しグループの中で、 なんとなくリーダーシップを取る立場だった気もする。しかし、極限状況下でのこの落ち着きは、自分が自分でないみたいだ。  指揮官属性、とでもいうのだろうか。そういう適性を、生存本能が必死に引っ張り出したのかもしれない。ならば、それを生かさない手はなかった。  「だから、とも。これからはもう少し落ち着いて、自分の役目を果たしてくれ。怖い気持ちは分かる。私だって怖い。でも、それを克服しなきゃならないんだ。 私は3人の誰にも死んで欲しくないし、自分も死にたくない。そのためには今を乗り越えて生き延びて、無事な人達を助けて協力し合って、ゾンビをどうにかするか、 この島から脱出するしかないんだ」  「分かった」  智の顔から怯えが消えて行く。水原の落ち着いた、諭すような口調と態度に安心したようだ。  (立ち直ったかな)  水原は安堵した。智が少しでも、いつもの彼女らしい、元気と明るさを取り戻してくれたら今は充分だ。  「じゃ、頼んだぞ」  「任せとけ!」  2人の間に、束の間和やかな空気が漂う。 次の瞬間、銃声が響いた。  「わっ!!」  水原と智の心臓が飛び上がった。神楽は斧を上段に構えて素早く攻撃態勢を整えた。  銃声がした方向には、榊がいた。3人に背を向けて、銃を構えている。その向こうで頭が消し飛んだゾンビが倒れていた。  水原達は知らないが、榊が持っている銃はベレッタ682上下二連式ショットガンだった。  「榊、お前……銃使えたの?」  神楽が驚きを隠せない口調で榊に尋ねた。  榊がそれに答える前に、10mほど離れた所にいたゾンビ数体が、銃声に関心(?)を持ったのか、ノロノロした動きでこっちに近づいて来る。  榊はもっとも近くにいるゾンビに発砲した。今度はゾンビの顔面に直撃して倒れた。  「弾をこめる。見張っていてくれないか」  ベレッタを下ろした榊は、神楽に向かって静かに言った。  「あ、ああ、分かった」  神楽はまだ何か言いたそうだったが、ゾンビを近づけないのが先決だと思い直したのか、榊の前に出て斧を構える。  それを見て、榊はベレッタを操作し始めた。  「銃の撃ち方を知っていたのか?」  周囲に注意しながら(ゾンビが来るまで、まだ少し余裕がありそうだ)、水原が神楽の代わりに、ベレッタをあれこれ触っている榊に尋ねた。    「いや、知らない」  事も無げに答える榊に、水原は思わずコケそうになる。  「知らないって……」  「でも、使っている所は見た。さっき住民の人達と戦っている時に、似た銃を撃って、装填っていうのかな、弾をこめているのも見た。 この銃は、さっき道に落ちているのを偶然拾ったんだ。ついでに弾の入った箱もあったから、出来るだけバッグに入れておいた」  榊がそこまで言った時、ベレッタが真ん中あたりで折れた。  「ああ〜、壊れちゃった!」  智がオロオロした声を出す。しかし、榊はかぶりを振った。  「違う。弾をこめる場所が出てきただけだ」  榊は、空薬莢を排出して、ポケットから弾を2発取り出した。「合っていればいいけど……」と呟きながら装填する。  「おい榊、まだか!?」  神楽が叫ぶ。近づいて来るゾンビ共の中で、1番近い奴は5mほどに迫っていた。彼女は斧を振りかぶっていた。  「大丈夫、今終わった」  ベレッタを中折れ状態から射撃状態に戻しながら榊は言った。素早くベレッタを構えてゾンビに連続発砲。これで榊が倒したゾンビは4体になった。  「良かった。弾が合ってた」  呟く榊を、水原は呆れとも感心ともつかない顔で見つめた。  弾が正解(?)か確認もせず――といっても皆できないが――見様見真似のぶっつけ本番で銃を撃つなんて、こんな時でなければ無茶としか言いようがない。  「移動しよう」  再装填しながら榊が言った。いきなり言われて、水原は「え?」という顔で榊を見る。    「これ以上、ここにいるのは危ない。奴らはどんどん増えてる」  確かに、榊が1発目を発砲してから、2分と経過していないが、彼女達に迫ってくるゾンビは何倍にも増えているようだ。  「そうだな、さっさとここを離れよう」  水原は、素早く落ち着きを取り戻して言った。見れば榊が発砲した方向――水原達が逃げきた道――には、もう生きている人間はいないようだった。  悲鳴も、銃声も途絶え、聞こえるのはゾンビのかすれたような唸り声だけだ。  「よみ、大変だ。前もゾンビが増えてる!」  智が叫ぶ。最初に水原達が進もうとしていた道もゾンビが増えている。反対に、抵抗する人間は徐々に減っているようだ。  「よし、逃げるぞみんな。幸いゾンビの動きは鈍い。素早く動けば追いつかれることはない筈だ。私が先頭を行く。次は智、榊が3番でバックアップ。 神楽、殿を頼む」  「うん!」「分かった」「おう、任せとけ!」   三者三様の返事。  「ところでさ、よみ。どこに逃げるんだ?」  神楽が肝心の事を聴く。そういえば、まだ言っていなかった。    「とりあえず、商店街を出て東に行こうと思う。港に行きたかったが、その方向はご覧の通り、ゾンビで埋め尽くされている。 まず、安全な場所を見つけて隠れよう。休息も必要だ。後の行動はそれから考えよう」  3人に異存は無かった。  「よし、じゃあ出発だ」  「あ、よみ、その前に」  神楽が再び呼び止める。  「まだ何かあるのか?」  「さっきの演説、カッコ良かったぜ」  神楽は白い歯を見せて笑いながら、グッと親指を立てた。榊もコクリと頷く。  「え、えぇっ!」  水原の顔がパッと朱に染まった。  「バ、バカ、そんな事言ってる場合か。さっさと行くぞ!」  水原は怒ったような口調で言い返すと、ゾンビを引き離すというより、照れ隠しのために急いで歩きだした。     目の前にゾンビが迫る。しかし、意外と恐怖は沸かなかった。神楽の台詞でリラックスできたのかもしれない。  水原はバットを握り直した。物が物だから、先程はつい野球のようなスイングをしてしまったのが失敗だった。  神楽が斧で叩き割った要領で、ゾンビの頭に垂直に振り下ろす。ゾンビがよろめいた。頭部を粉砕できなくても、これなら横殴りに吹っ飛ばすのは容易だった。  智のシャベルの持ち方もさっきまでと違い、様になっている。脇から迫るゾンビの胸元をシャベルの先端で突いて転ばしていた。  180㎝近い長身で、神楽と同等かそれ以上の運動能力を誇る榊は、ライフルを持つ姿がよく似合っていた。  水原や智が対処しきれない数のゾンビが現れると、素早く発砲してゾンビを排除、再装填する。  「榊、あまり撃ちすぎるな。弾切れは困る。最小限でいい」  「分かった」  水原の注意に頷く榊。  殿の神楽は、あまり出番がなかった。時折、榊の再装填中に近づくゾンビを追い払うぐらいだ。  そして、一旦撒いてしまえば、動きが鈍いゾンビは追いつけない。神楽は遠ざかるゾンビ共を尻目に榊に話しかけた。  「それにしても榊ってさー、初めて銃を撃つのに良くあれだけ上手に命中させられるな。なんかコツでもあるのか?」  「たぶん、この銃がショットガンだから」  「ショットガン?」  「うん、日本語でいうと散弾銃、だったかな。一度にたくさん弾が出る銃だから、適当に撃っても当たりやすいんだと思う」  「へえ、榊はすごいなあ、よくそんなの知ってんなー」  銃の知識が皆無に近い神楽は、榊の説明に素直に感心した。  「やっぱり神楽と違って、榊ちゃんは頭いいな〜」  智がいつもの調子で余計な事を言う。  「おい、そりゃどーいう意味だ!」  神楽が食ってかかる。  水原は背後の声を聞きながら思った。  うん、いつもと同じだ。  心配ない、希望さえ捨てなければ私達はきっと助かる。  【E−04/商店街/1日目・日中】 【水原暦@あずまんが大王】  [状態]:軽い疲労。擦り傷。責任感。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:金属バット  [道具]:ショルダーバッグ。日用品→パスポート、携帯電話、お菓子、500mlペットボトルなど、以下同じ。観光ガイド兼地図。  [思考]  1:早く島から脱出しよう。  2:安全な場所を見つけて一休みする。  3:水、食料を確保する。できれば武器も。  4:無事な島の住民や観光客を助けて、協力し合う。 【滝野智@あずまんが大王】  [状態]:軽い疲労。擦り傷。安心。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:シャベル  [道具]:小型リュックサック。日用品。お土産。  [思考]  1:よみの言うことを聞く。  2:早く逃げよう。   【榊@あずまんが大王】  [状態]:健康。擦り傷。冷静。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:ベレッタ682上下二連式ショットガン(2/2発、残弾:数十発? 数えるヒマがないので不明)  [道具]:トートバッグ。日用品。観光ガイド兼地図。デジカメ。  [思考]  1:彼女(水原)の判断は信頼できる。  2:後でみんなに銃の操作を教えてあげよう。  3:なぜゾンビが現れたのだろう……。 【神楽@あずまんが大王】  [状態]:軽い疲労。擦り傷。軽い高揚。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:斧(全長80?)  [道具]:ウエストバッグ。日用品。小型双眼鏡。  [思考]  1:よみってすげーな。  2:私も銃が欲しくなってきたな。    [備考] 共通事項  ※ E−04からE−05に移動中です。  ※ 4人の擦り傷は、ゾンビに噛まれたためではありません。  ※ 現在、ベレッタ682を使えるのは榊だけです。
 楽園崩壊 ◆uFyFwzytqI  頭上には、瑞々しい青空が広がっていた。その中心から太陽が美しく輝いて地球に光を降り注ぐ。  だが、その恩恵を受けるはずの地上の一角に、地獄のような光景が広がっていた。  そこは、人類からセント・マデリーナ島と呼ばれていた。  道の両脇に建っている家や店の窓ガラスは所々割れている。一部の建物からは火の手があがっていた。  ドアも開け放しになっているだけならマシな方で、蝶番が外れて地面に倒れているのも珍しくない。  道路には食料を始めとする日用雑貨や、観光客向けの土産物が散らばっている。  カフェらしい店先では、イスやテーブルがひっくり返されて、食器類が大量に割れていた。  あらゆる方向から悲鳴、怒号、罵声、破壊音が入り混じった喧騒が響き渡り、混乱に拍車をかけていた。  まるで暴動だ。いや、暴動なら、その方がよほど幸せだった。相手が人間だから。  しかし、この争乱の原因は人間ではなく――。  「みんな、こっちだ。急げ!」  先頭を進む水原暦(こよみ)が、油断無く金属バットを構えながら、後ろに呼びかけた。彼女の服は何度も転倒した後のように薄汚れており、所々擦り傷もあった。  幸い、目の前の道はまだ混乱がすくない。後方の阿鼻叫喚に比べれば、という程度だが。それなら、前進する方が安全だと水原は判断していた。  呼びかけながらも振り返りはせず、油断無く視線を動かして、前方の注意は怠らない。後ろと両側面は仲間達に任せている。  1秒でも油断したら「奴ら」に襲われる。そうなったら……。  「なあ、よみぃ〜、どうなってんだよ、私たち何でこんな目に遭ってるんだよ、あいつら一体何なんだよぉ〜?」  背後から、左側を注意しているはずの滝野智(とも)が、恐怖と疲労が入り交じった声で尋ねた。パニックの一歩手前で、必死に理性を維持しようとしているようだ。  彼女の手には道路工事で使うようなシャベルが握られていたが、どことなく頼りない持ち方だった。    「そんなの私だって分からないよ! とにかくこの場を離れて……うわっ!」  不意に左の建物から人影がヌッと突き出てきた。それはどうみても普通の人間ではなかった。血の気の失せた灰色に近い肌、たくさんの何かに噛まれたような裂傷、 夢遊病のような歩き方、何より死んだ魚のような生気の失せた目……。  その、人間の形をした何か――「ゾンビ」としか表現しようのない異形の怪物――が、両手を前に突き出して水原に迫ってきた。  「うひゃああぁぁっ!」  智が悲鳴をあげる。  「この、近寄るなあっ」  咄嗟に水原は、ゾンビを殴りつけた。バットは脇腹に直撃したが、中途半端な打撃のせいかゾンビは少しふらついただけで、何事も無かったかのように、 再び水原に迫ってきた。  「う……」  思わず後ずさる水原。その時、彼女の前に別の人影が飛び込んできた。人影は両手で斧を振りかぶって、渾身の力でゾンビの頭に叩きつける。  斧は頭頂部にクリーンヒットして、その破壊エネルギーは斧を上顎までめり込ませた。頭部を破壊されたゾンビは、糸の切れた操り人形のように動かなくなり、 前のめりに倒れかかってきた。  人影は頭から斧を引き抜きながら、「こっち来んな!」とゾンビの腹を力一杯蹴り飛ばした。ゾンビは仰け反って倒れて、動かなくなった。  「ハァ、ハァ、よみ、何やってんだよ! コイツらは頭を潰さなきゃ死なないんだぜ。さっきの人達はそれに気付く前に襲われて……」  人影――神楽は少し息を弾ませながら、水原に叱るように言った。彼女の服も水原に劣らず汚れている。  そして、神楽が持つ80㎝ほどもある斧は、身長156㎝の彼女には、不釣り合いな大きさだった。  それにしても、大した運動能力だった。さすがに高校時代水泳部のエースで、体育系の大学に入学できただけの事はある。  「ごめん、焦ってたから。私のミスだ」  水原は頷きながら素直に謝った。神楽の言った事はおそらく正しい。  ゾンビは頭部を破壊しないと倒せない。最初は、この事が分からなかったから、少し前に一緒に戦っていた地元住民達は、ゾンビ共に殺されてしまった。  水原達が無事なのは、その頃はまだずっとゾンビの数が少なくて、自分たちに襲いかかる分が足りなかっただけの事だ。だから彼女達は逃げられた。  パシーンという乾いた音が響いた。驚いて水原が顔を上げると、頬を押さえた智と、今にも掴みかからんばかりの神楽が向かい合っていた。  「とも! バカかお前は! 何でちゃんと見張っておかなかったんだよ。危うくよみが襲われる所だったじゃないか!」  「な、なんだよ。私だってちゃんと注意はしてたよ。悪気はなかったんだよ。そんなに怒らなくたっていいだろ」  智が涙目になりながら言い訳をする。  「こいつ……!」  神楽が再び手を振り上げた。智は思わず目を閉じる。だが、神楽の手が振り下ろされる直前、その手を水原が掴んだ。  「え? よみ、どうして止めるんだよ。放せよ、ともの不注意のせいでお前は殺されてたかもしれないんだぞ!」  「ああ、そうだったかもしれない。でも、私はまだこうして無事でいる。だから許してやってくれ。今は仲違いしてる場合じゃないだろ」  水原は穏やかな口調で言った。  「……分かった。よみがそれでいいって言うなら」  神楽は渋々手を下ろした。ゾンビと戦って興奮気味だった気分も少し落ち着いたようだ。  それを確認して、水原は智に向き直った。幸いなことに今、周囲にゾンビはいない。水原の気持ちを察したらしい神楽も、見張りに戻った。  (よし、今なら大丈夫だ)  「とも」  「よみ、あのさ……」  「私達4人は友達だ。こんな時じゃないと恥ずかしくて言えたものじゃないが、仲間だとも思っている。分かるか?」  智だけでなく、神楽達にも聞こえるように、心持ち大きな声で言った。  「う、うん」  やや気圧され気味になりながら、智はうなずいた。  「ここは、もう昨日までののどかな観光地、セント・マデリーナ島じゃない。地獄だ。それも敵は怪物、というかゾンビだな。奴らは人間だったけど、もう人間じゃない。 言葉は通じない。どこまでも追いかけてくる。殺すまで、頭を破壊するまで動きを止めない。映画のゾンビとそっくりだ。ここまで来たらいっそ喜劇だな」  「……」  「でも、これは現実だ。あれは本物のゾンビだし、人間を殺すことに何のためらいもない。そして殺された人は、おそらく、ゾンビになる」  「そう、なのかな……」  「多分な」  答えながら、水原は自分に少し違和感を感じていた。確かに高校では美浜ちよや春日歩(通称:大阪)を含む6人の仲良しグループの中で、 なんとなくリーダーシップを取る立場だった気もする。しかし、極限状況下でのこの落ち着きは、自分が自分でないみたいだ。  指揮官属性、とでもいうのだろうか。そういう適性を、生存本能が必死に引っ張り出したのかもしれない。ならば、それを生かさない手はなかった。  「だから、とも。これからはもう少し落ち着いて、自分の役目を果たしてくれ。怖い気持ちは分かる。私だって怖い。でも、それを克服しなきゃならないんだ。 私は3人の誰にも死んで欲しくないし、自分も死にたくない。そのためには今を乗り越えて生き延びて、無事な人達を助けて協力し合って、ゾンビをどうにかするか、 この島から脱出するしかないんだ」  「分かった」  智の顔から怯えが消えて行く。水原の落ち着いた、諭すような口調と態度に安心したようだ。  (立ち直ったかな)  水原は安堵した。智が少しでも、いつもの彼女らしい、元気と明るさを取り戻してくれたら今は充分だ。  「じゃ、頼んだぞ」  「任せとけ!」  2人の間に、束の間和やかな空気が漂う。 次の瞬間、銃声が響いた。  「わっ!!」  水原と智の心臓が飛び上がった。神楽は斧を上段に構えて素早く攻撃態勢を整えた。  銃声がした方向には、榊がいた。3人に背を向けて、銃を構えている。その向こうで頭が消し飛んだゾンビが倒れていた。  水原達は知らないが、榊が持っている銃はベレッタ682上下二連式ショットガンだった。  「榊、お前……銃使えたの?」  神楽が驚きを隠せない口調で榊に尋ねた。  榊がそれに答える前に、10mほど離れた所にいたゾンビ数体が、銃声に関心(?)を持ったのか、ノロノロした動きでこっちに近づいて来る。  榊はもっとも近くにいるゾンビに発砲した。今度はゾンビの顔面に直撃して倒れた。  「弾をこめる。見張っていてくれないか」  ベレッタを下ろした榊は、神楽に向かって静かに言った。  「あ、ああ、分かった」  神楽はまだ何か言いたそうだったが、ゾンビを近づけないのが先決だと思い直したのか、榊の前に出て斧を構える。  それを見て、榊はベレッタを操作し始めた。  「銃の撃ち方を知っていたのか?」  周囲に注意しながら(ゾンビが来るまで、まだ少し余裕がありそうだ)、水原が神楽の代わりに、ベレッタをあれこれ触っている榊に尋ねた。    「いや、知らない」  事も無げに答える榊に、水原は思わずコケそうになる。  「知らないって……」  「でも、使っている所は見た。さっき住民の人達と戦っている時に、似た銃を撃って、装填っていうのかな、弾をこめているのも見た。 この銃は、さっき道に落ちているのを偶然拾ったんだ。ついでに弾の入った箱もあったから、出来るだけバッグに入れておいた」  榊がそこまで言った時、ベレッタが真ん中あたりで折れた。  「ああ〜、壊れちゃった!」  智がオロオロした声を出す。しかし、榊はかぶりを振った。  「違う。弾をこめる場所が出てきただけだ」  榊は、空薬莢を排出して、ポケットから弾を2発取り出した。「合っていればいいけど……」と呟きながら装填する。  「おい榊、まだか!?」  神楽が叫ぶ。近づいて来るゾンビ共の中で、1番近い奴は5mほどに迫っていた。彼女は斧を振りかぶっていた。  「大丈夫、今終わった」  ベレッタを中折れ状態から射撃状態に戻しながら榊は言った。素早くベレッタを構えてゾンビに連続発砲。これで榊が倒したゾンビは4体になった。  「良かった。弾が合ってた」  呟く榊を、水原は呆れとも感心ともつかない顔で見つめた。  弾が正解(?)か確認もせず――といっても皆できないが――見様見真似のぶっつけ本番で銃を撃つなんて、こんな時でなければ無茶としか言いようがない。  「移動しよう」  再装填しながら榊が言った。いきなり言われて、水原は「え?」という顔で榊を見る。    「これ以上、ここにいるのは危ない。奴らはどんどん増えてる」  確かに、榊が1発目を発砲してから、2分と経過していないが、彼女達に迫ってくるゾンビは何倍にも増えているようだ。  「そうだな、さっさとここを離れよう」  水原は、素早く落ち着きを取り戻して言った。見れば榊が発砲した方向――水原達が逃げきた道――には、もう生きている人間はいないようだった。  悲鳴も、銃声も途絶え、聞こえるのはゾンビのかすれたような唸り声だけだ。  「よみ、大変だ。前もゾンビが増えてる!」  智が叫ぶ。最初に水原達が進もうとしていた道もゾンビが増えている。反対に、抵抗する人間は徐々に減っているようだ。  「よし、逃げるぞみんな。幸いゾンビの動きは鈍い。素早く動けば追いつかれることはない筈だ。私が先頭を行く。次は智、榊が3番でバックアップ。 神楽、殿を頼む」  「うん!」「分かった」「おう、任せとけ!」   三者三様の返事。  「ところでさ、よみ。どこに逃げるんだ?」  神楽が肝心の事を聴く。そういえば、まだ言っていなかった。    「とりあえず、商店街を出て東に行こうと思う。港に行きたかったが、その方向はご覧の通り、ゾンビで埋め尽くされている。 まず、安全な場所を見つけて隠れよう。休息も必要だ。後の行動はそれから考えよう」  3人に異存は無かった。  「よし、じゃあ出発だ」  「あ、よみ、その前に」  神楽が再び呼び止める。  「まだ何かあるのか?」  「さっきの演説、カッコ良かったぜ」  神楽は白い歯を見せて笑いながら、グッと親指を立てた。榊もコクリと頷く。  「え、えぇっ!」  水原の顔がパッと朱に染まった。  「バ、バカ、そんな事言ってる場合か。さっさと行くぞ!」  水原は怒ったような口調で言い返すと、ゾンビを引き離すというより、照れ隠しのために急いで歩きだした。     目の前にゾンビが迫る。しかし、意外と恐怖は沸かなかった。神楽の台詞でリラックスできたのかもしれない。  水原はバットを握り直した。物が物だから、先程はつい野球のようなスイングをしてしまったのが失敗だった。  神楽が斧で叩き割った要領で、ゾンビの頭に垂直に振り下ろす。ゾンビがよろめいた。頭部を粉砕できなくても、これなら横殴りに吹っ飛ばすのは容易だった。  智のシャベルの持ち方もさっきまでと違い、様になっている。脇から迫るゾンビの胸元をシャベルの先端で突いて転ばしていた。  180㎝近い長身で、神楽と同等かそれ以上の運動能力を誇る榊は、ライフルを持つ姿がよく似合っていた。  水原や智が対処しきれない数のゾンビが現れると、素早く発砲してゾンビを排除、再装填する。  「榊、あまり撃ちすぎるな。弾切れは困る。最小限でいい」  「分かった」  水原の注意に頷く榊。  殿の神楽は、あまり出番がなかった。時折、榊の再装填中に近づくゾンビを追い払うぐらいだ。  そして、一旦撒いてしまえば、動きが鈍いゾンビは追いつけない。神楽は遠ざかるゾンビ共を尻目に榊に話しかけた。  「それにしても榊ってさー、初めて銃を撃つのに良くあれだけ上手に命中させられるな。なんかコツでもあるのか?」  「たぶん、この銃がショットガンだから」  「ショットガン?」  「うん、日本語でいうと散弾銃、だったかな。一度にたくさん弾が出る銃だから、適当に撃っても当たりやすいんだと思う」  「へえ、榊はすごいなあ、よくそんなの知ってんなー」  銃の知識が皆無に近い神楽は、榊の説明に素直に感心した。  「やっぱり神楽と違って、榊ちゃんは頭いいな〜」  智がいつもの調子で余計な事を言う。  「おい、そりゃどーいう意味だ!」  神楽が食ってかかる。  水原は背後の声を聞きながら思った。  うん、いつもと同じだ。  心配ない、希望さえ捨てなければ私達はきっと助かる。  【E−04/商店街/1日目・日中】 【水原暦@あずまんが大王】  [状態]:軽い疲労。擦り傷。責任感。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:金属バット  [道具]:ショルダーバッグ。日用品→パスポート、携帯電話、お菓子、500mlペットボトルなど、以下同じ。観光ガイド兼地図。  [思考]  1:早く島から脱出しよう。  2:安全な場所を見つけて一休みする。  3:水、食料を確保する。できれば武器も。  4:無事な島の住民や観光客を助けて、協力し合う。 【滝野智@あずまんが大王】  [状態]:軽い疲労。擦り傷。安心。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:シャベル  [道具]:小型リュックサック。日用品。お土産。  [思考]  1:よみの言うことを聞く。  2:早く逃げよう。   【榊@あずまんが大王】  [状態]:健康。擦り傷。冷静。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:ベレッタ682上下二連式ショットガン(2/2発、残弾:数十発? 数えるヒマがないので不明)  [道具]:トートバッグ。日用品。観光ガイド兼地図。デジカメ。  [思考]  1:彼女(水原)の判断は信頼できる。  2:後でみんなに銃の操作を教えてあげよう。  3:なぜゾンビが現れたのだろう……。 【神楽@あずまんが大王】  [状態]:軽い疲労。擦り傷。軽い高揚。  [服装]:活動的な服装。  [装備]:斧(全長80?)  [道具]:ウエストバッグ。日用品。小型双眼鏡。  [思考]  1:よみってすげーな。  2:私も銃が欲しくなってきたな。    [備考] 共通事項  ※ E−04からE−05に移動中です。  ※ 4人の擦り傷は、ゾンビに噛まれたためではありません。  ※ 現在、ベレッタ682を使えるのは榊だけです。

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