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「そろそろ届いた頃かね」
華美に成り過ぎない程度に整えられた室内で、薄く笑みを湛えて自治領主は呟く。
「はい。おそらくは」
緩やかなウェーブを描く豊かな髪を持つ女性がそれに応じた。
「彼らは良くも悪くも常識的、いわば凡庸だからな。
用意された同じ舞台にまで上がるのは愚かではあるが
結果不必要な戦争を回避出来るのならば、それも選択の一つと言える。
そうは思わないかね?エミリーくん」
「そうですわね、カイ・チョウ」
穏やかな笑みで答える女性はエミリー・キミドリ。
「では、あとはキミに任せよう」
素直に頷くエミリーにそう告げて、カイ・チョウはソファーから立ち上がった。

戦闘を終えたムスペルヘイム艦隊は、後方のルペルカリア艦隊と合流。
その後総統の旗艦ディエス・イラエへと向かっていた。

あまり裏表の無い性格であるムスペルヘイム艦、艦長は
最初こそ総統の指示とは言え、SOS帝国の裏切り者に
艦隊の指揮を任せるのを良しとはしなかったが
自分とは違う攻め方を賞賛。自室に招く程になっていた。

ムスペルヘイム艦長の私室を出た補佐官が
廊下を歩いていると、壁を背に立つ人影があった。
無視する訳にも行かず、補佐官は足を止める。
「……こんな時間にどうしたんですか大尉」
「あなたと少し個人的なお話したいなと思ってね。
ねぇ、私の部屋で飲み直さない?」
セミロングの髪をさらりと揺らして補佐官に近づくのは
コン・ピケン独立共和国の大尉である、涼子・ア・サクラーだった。
「お話、ですか」
サクラー大尉の意図を計りかねて、補佐官は鸚鵡返しに呟いた。
「ええ、そうよ。聞きたい事があるの」
「一体何でしょうか」
表情を崩さぬ補佐官に、サクラー大尉は微笑みながら言う。
「この前の戦闘。あなた……本気だった?」


「コン・ピケン側として戦場に立つからには
生半可な覚悟では許されないのでは無いですか」
「あら、そう?それなら良いのだけれど。ねぇ、元味方と戦うのってどんな気持ち?」
「……どのような意味でしょうか」
硬い表情の補佐官を前にして、サクラー大尉は艶やかに笑う。
「言葉の通りよ。自分の国を裏切るなんて、わたしには理解出来ないわ。
だから興味が有るの。あなたにとってSOS帝国はどのような物だったのかしら。
SOS帝国の幕僚総長と言うお土産に、皆は誤魔化されているけれど。
あなたは何故裏切ったの?……今後コン・ピケンを裏切らない保障はあるの?」
「……お話中申し訳有りませんが、今日は少し飲み過ぎたようですので……」
大尉の質問には答えずに、補佐官は一礼して背を向けようとした。が。
「じゃあ、古泉幕僚総長に聞こうかしら」
その言葉に補佐官の足が止まる。
思わず振り返ると、大尉の細められた目と視線が合った。
その目は、冷めた光を湛えて補佐官を見ている。
「……捕虜への面会は、基本的に許可が要るはずです。それでは失礼します」
そのまま歩いていく背中を見つめ
大尉は面白いものを見つけた無邪気な子供のように微笑んでいた。



消灯された暗い部屋に浮かぶのは、ぼんやりとしたモニターの光。
他に動く物の無い部屋に聞こえるのは、ただキーボードを叩く音。
幾多の画面を眺めながら、長門はひたすらにキーボードに乗せた指先を動かしていた。
画面上では目にも留まらぬ速さで情報が流れて行く。
その指が、ふと止まった。
直後、モニターに女性の姿が浮かぶ。


「──お久しぶりです」
穏やかに微笑む女性を前に、長門は無表情のままだった。



コン・ピケン・ブチョウシ総統は思い悩んでいた。
カイ・チョウ自治領主の言葉を何度も反芻する。
手駒は既にあると言った。今有るのは自軍以外では捕虜と裏切り者だ。
何の為の戦争か。コロニーを奪い返す為だ。
あのコロニーは自分らの手に有ってこそ意義があるのだ。
野蛮な帝国の者が扱いきれる物では無い。
このままSOS帝国の戦力を削っていけば、いつか手に戻ると思っていたが
もっと他の手があるのだろうか。
これまでの経験から、SOS帝国は非常識だとは充分承知しているつもりだった。
「……いや、もしかして……」
総統の脳裏にふと浮かんだそれは、どう考えても総統の中では有り得ない物だった。
だが、万が一それが通ったとすれば、今以上に事態は急変するに違いなく。
「目的の為に手段を選ぶなと、そう言う事なのか……?」
総統の独白に答える者はその場には居らず。
悩みはまだ続きそうだと、総統は自ら思った。



涼子・ア・サクラー大尉は、事有る毎に補佐官に声を掛けていた。
傍から見れば、気になる異性を見つけたが故の行動と取れるかも知れない。
「近づいても怪しまれないのは、得と言えば得よね」
大尉はそう一人ごちる。
大尉が話しかけても補佐官は饒舌ではなかったが
それでも補佐官本人の数少ない返答と、周囲の吹聴から
SOS帝国への興味は確実に増していた。
「これで幕僚総長とも話せれば良いんだけど……」
それよりも、いっそ直接敵地に乗り込んでみた方が面白いのかも知れない。
サクラー大尉は機会があれば帝国の様子も見てみたいと、漠然と考えていた。



古泉と古泉艦隊の行方不明者について洗い直すと長門が言ってから
既に数日の時が過ぎていた。
その間、キョンは朝比奈みくる艦隊から物資の補給を受け
雑多な軍務と涼宮ハルヒ上級大将の相手をしていた。
古泉を失ってから、明らかにハルヒは精彩を欠いていた。
常に不機嫌そうに辺りに怒鳴り散らしていては、反感を買うだけだとキョンが諭す。
それで無くとも誤解されやすいハルヒに敵は多いのだ。
怖いのは敵軍だけでないと以前古泉が呟いていたのを思い出す。
古泉は何かを知っていたのだろうか。長門なら気付いているのかも知れない。
「……なんであんたはそんなに落ち着いていられるのよ」
「俺だって落ち着いてなんていないさ」
敵艦に古泉が居るかも知れないと思っただけで、戦闘時に迷いが生まれたのだ。
「……ガラじゃないよなぁ」
溜息交じりに目を落とせば、みくるから受け取った新しいカップが卓上に有った。

「あなたに話がある」
ふいに繋がれたモニター上の長門は変わらぬ表情だった。
だが、キョンには何処か気落ちしているようにも見えた。
長門は静かに口を開いた。
「古泉一樹は生きている。共和国に居る」
「本当か長門!」
思わずキョンは腰を上げた。
「本当。そして近いうちに動きが有ると考えられる」
「動き?」
「……いずれ解る。涼宮ハルヒにとっては悪くは無い」
ハルヒにとって。
それなら決して悪い意味では無いのかも知れないとキョンは思った。
「しかし良く解ったな。流石だ長門。大変だったんだろ?」
重ねて問うキョンに、長門は何も言わなかった。
「それから、古泉一樹の艦隊から外部への通信痕跡を発見した」
「……まじか」
それは噂通り内通者が居たという事では無いのか。
「誰なんだ?」
「そこまでは特定出来ない。しかし」
そこで一度言葉を区切る長門の目には、明らかに怒りの色があった。
「許さない」



その日、コン・ピケン・ブチョウシ総統はある決断を下した。
それはSOS帝国へ使節を派遣し、交渉を持ち掛けると言うものだった。
このまま戦争を続けても、お互いが疲弊するばかりだ。
総統の中で様々な物を天秤に掛け、結論を出したと言える。
だが無謀とも言えるその案を諌める声もあった。
現時点の共和国は決して劣勢では無い。このまま勢いで押せと言う意見だ。
しかし仮にその提案が断られたとして、全面戦争である以上
何も変わりはしないのだと。一人と一隻の犠牲で相手を図れるのならと。
それが大多数の結論だった。
そして使節が選ばれた。



ハルヒ☆閣下☆艦隊にキョンたちは集まっていた。
こうやってモニター越しではなく直接顔を会わせるのは久しいとも言えた。
今日集まるのには理由が有る。
コン・ピケン独立共和国が使節を送ってきたのだ。
戦闘能力を持たない無武装の艦一隻が、SOS帝国軍艦の中を進んで行く。
やがて艦から出た小さな移送艇がハルヒ☆閣下☆艦へと着艦した。

「初めまして。SOS帝国軍の皆様。お目にかかれて光栄ですわ」
SOS帝国軍に囲まれながらも、セミロングを髪を揺らして華やかに微笑むのは
コン・ピケン独立共和国の涼子・ア・サクラー大尉だった。
サクラーは与えられた大役に怖気づく事も無くハルヒたちを見つめていた。
「わたしは涼子・ア・サク……」
「あんたが誰だって良いわ。畏まった物言いも要らないわ。用件は何よ」
ハルヒが遮って問い質すが、サクラー大尉は全く動じずに笑みを浮かべた。
「ふぅん……あなたが涼宮ハルヒ上級大将ね?
本当にせっかちなのね。これでは周りの苦労が思いやられるわ。
落ち着いて話も出来ないの?」
嘲笑うサクラー大尉の態度に、周りからざわめきが生まれる。
「落ち着けハルヒ。最初から喧嘩腰でどうするんだ」
「……悪かったわね。続けて」
横から諌めるキョンをハルヒは見やり。渋々と続きを促した。
「先日の戦いで、運悪く隕石群に寄って大破した古泉一樹艦隊の
古泉幕僚総長の身柄は、こちらで安全を確保しているわ」

ざわめきが大きくなる。
キョンは長門が言っていたのはこの事かと、そちらを見るが
当の長門本人は全く表情を崩す事もなく、ただ前を見ていた。
「じゃあ早く古泉くんを返しなさい」
「わたしたちとしても、そのつもりではあるの。
それこそ腫れ物のように丁重に扱っているわ。
でも先に戦争を持ちかけたのは、SOS帝国よね?
それなのに何の代価も無しに返してってのも無茶苦茶じゃない?」
サクラー大尉の意図を察し、キョンは顔色を変える。
共和国は取引を持ち掛けてきているのだ。
それが何かはまだ解らないが。
「何と交換しようってのよ。それに本当に古泉くんがそっちに居るかなんて……」
長門が調べた事をハルヒはまだ知らないのだ。
その目は完全にサクラー大尉を疑っている。
「意外と疑い深いのね。良いわ、これをDNA鑑定でもしてみれば?」
そう言ってサクラー大尉は懐から小さな紙包みを取り出した。
人の手を渡り、それがハルヒへと届けられる。
訝しげに開くと、そこには見慣れた色をした頭髪が少量有った。
「ひっ……」
ハルヒの手元を覗き込んだみくるが息を呑む。
「証拠品が手指などじゃない事を感謝して欲しいわ」
顔色を変えたハルヒたちを見て、サクラー大尉は笑っていた。
「何処が丁重よ……」
「良いじゃない髪くらい。また伸びるわ」
「……これを急ぎ調べて」
ハルヒが手に持った包みを近くの者に手渡す。そこへ長門が口を開いた。
「その必要は無い。彼女の言葉に嘘は無い」
「……知ってたの?有希」
「ハルヒ。長門は今まで一人でずっと調べてくれてたんだ。
解ったのはついさっきで。俺も知ったぱかりだ」
ハルヒは驚きにキョンを見る。
先に言っておくんだったとキョンは後悔しつつも、大尉に話の続きを促した。
「意外とそちらの人は話が通じそうね?
まぁ交戦中に手を休めるくらいの怠け者みたいだけど」
何の事を指しているのか。それはあまりにも明白だった。
「……この前の戦闘は古泉の指揮だったのか?」
「さぁ、どうかしら。案外SOS帝国が嫌になったのかも知れないわね」
「ふざけんじゃないわよ!」
ハルヒが怒りに席を立つ。同じく怒りを覚えた何人かが、その手に銃を構えていた。
「わたしをここで殺したら、幕僚総長も帰って来ないわよ。それでも良いのかしら?」
のうのうと言い放つサクラー大尉に、誰かが舌打ちをする音が聞こえた。
「それから、これから言う提案を呑まなかったら同じ事になるかも知れないわね」
古泉を盾に脅してきているのだと、キョンは痛感した。
それはハルヒやみくるも同じだろう。
では何故長門は悪い事では無いと言ったのだろうか。キョンにはそれが不思議だった。
「もう何でも良いわ。早く用件を言いなさい」
「古泉幕僚総長の身柄と引き換えに、コロニー「PC-ヴィスタ」を返して欲しいわ」
それまで必死に抑えていたざわめきは、幾多の怒号となり部屋を満たした。
幾らハルヒが上級大将とは言え、この場で決められる事では無い。
「元々はあなたの一存で戦争を仕掛けたんでしょう?
それならあなた自身で決めれば良いじゃない」
出来もしない事をサクラー大尉は勧める。
「……解ったわ」
「待てハルヒ!せめて鶴屋皇帝に一度話を通すくらいは……」
「この女には待つ気は無さそうよ。良いわ。あたしの責任なんだもの。
鶴屋さんだってきっと解ってくれる。その交換条件、飲んでやるわよ」



ルペルカリア艦隊はムスペルヘイム艦隊と共に
総統の旗艦ディエス・イラエと合流していた。
しかし、古泉は今もルペルカリア艦の一室に居た。
当初の話では、合流時には総統から何かしら声が掛かると思っていたが
変わらず続く軟禁生活に、恐らく共和国側の事情が変わったのだろうと
古泉は考えていた。



「お久しぶりです。少し痩せましたか?」
久しぶりに見る補佐官は、すっかり馴染んだかに見える共和国の軍服を纏い
しかし、以前と変わらぬ笑みを浮かべていた。
「ずっとここから出ていませんしね」
ちらりと補佐官を一瞥し、古泉は答えた。
このままでは笑みも忘れてしまいそうだった。
それくらい、人と面と向かって話をしていない。
「そうですか。ところで今日は朗報がありますよ」
補佐官の声に古泉が振り向いた。一房だけ短くなった頭髪が揺れる。
「SOS帝国はあなたとコロニーの等価交換を受け入れたようです」
古泉の目が驚きに見開かれた。

「聞いていますか?」
言葉を失ったままの古泉に補佐官が苦笑交じりに問う。
「……どういう事か教えて下さい」
その顔は明らかに強張っていた。
「伝聞ですけれどね」
補佐官は淡々と語って行く。聞き進むうちに
古泉は視線を落とし、終いには項垂れ頭を抱えた。
「何と言う事を……止める者はいなかったんですか……」
古泉はショックを隠しきれなかった。
捕虜の時点で感じてはいたが、これでは本当に
自分の身がSOS帝国にとってマイナスでしか無い。
戦争において、単なる一軍人にそこまでウェイトを置いてはならない。
幾らハルヒの発言力が強いとは言え、無謀を続けた矢先のこの言動は
補佐官のような離反者が出てもおかしくは無いどころか
ハルヒの足元を危うくしかねない。
この戦争の為に失った命はどうするつもりなのか。
これでは気紛れの戦争に付き合わされたと考えられても仕方が無い。
「SOS帝国の皇帝も馬鹿な人ですね。幾ら才能があるとは言え
こんな人物を野放しにしているのですから」
古泉が僅かに顔を上げる。その目には怒りの色が有った。
「本当の事でしょう?諌める者すら居ないなんて笑ってしまいますよ」
古泉の脳裏に作戦参謀の姿が浮かぶ。
こういう時にハルヒを止められるのは彼だけだと思っていたが。
「結局そういう集団なんですよ。こんな軍事国家は有り得ない。
言ったでしょう?あなたは選ばれた人間なんだと。
そうでない者は、彼らにとってはどうだって良いんです」
否定したいが、今の古泉は何も言える言葉が無かった。
「彼らは無能と謗られるでしょうね。勿論あなたも。
ああ、それとも上級大将を諌めるべく、この場で自害でもしますか?」
そうしたら忠臣と言われるかも知れませんね、と
補佐官は薄く笑って腰のホルターから銃を取り出した。
古泉の目はそれに釘付けになる。
差し出された拳銃に手を伸ばし、自らのこめかみへと当てた。

艦内で実弾を用いるのは危険性が高い為、普通は持ち歩かない。
当然それもレーザー銃だった。
軽い音がして、レーザーが空を切る。
「意外にも冗談が通じないんですね」
迷う事なく引き金に指を掛けた古泉を、咄嗟に補佐官は押し倒していた。
古泉は背を打ちつけた痛みよりも、身を焦がす怒りに補佐官を睨む。
「この状況下であなたに自害を許す訳が無いでしょう」
「離っ……!」
怒りに我を忘れて、身を離そうと無理に身を捩り暴れた。
拳銃を握り締めたまま手首を取られ、銃口を向ける事は出来なかった。
それでも暴れ続ける古泉を組み伏せて、補佐官は強引に唇を重ねた。
古泉は驚いて補佐官の唇を噛んだが、離れる事は無かった。
呼吸を奪われ、息苦しさに次第に抵抗が弱くなって行く。
酸欠に手の力が緩んだ隙を見て拳銃を弾き飛ばし、やっと補佐官は唇を離した。
途端に咳き込む古泉を見下ろし、乱れた呼吸のまま言葉を続ける。
「そういえば……賭けを覚えていますか」
きつい眼差しで見上げる古泉の唇は、補佐官の血で赤く塗れ光っていた。
その視線に煽られながら、補佐官は再び顔を寄せて囁いた。
「私の勝ちです。……あなたを私の自由にすると。そういう約束でしたよね」
古泉の体が途端に強張った。
その解りやすさに小さく笑う補佐官を、古泉は気丈に睨み返し、掠れた声で呟いた。
「……衆人環視の趣味は無いと」
「これでも先の戦闘で多少評価されましてね。
カメラはもう無いんですよ。ああ、盗聴器は残してますが」
「なら……!」
「そこまで高性能でも無いのでね。……あなたが声を出さなければ済むだけの事です」
小声で囁いて、補佐官は再び血の味のする口付けを落とした。