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その手が衝動に任せた暴力的な物であれば、古泉ももっと必死に抵抗した事だろう。
組み敷く腕の力は強かったが、頬から顎、首、襟元へと辿る指先は
まるで慈しむように繊細に慎重に触れてくる。
補佐官の言葉と行動、そして実際の違いに古泉は混乱を隠せなかった。
咥内を蠢く舌の感触が更に思考を掻き乱した。

重なっていた唇が息苦しさに離れる。
口角から零れた唾液が古泉の不快感を煽るが、手を抑えられている為に拭う事も出来ない。
見上げた補佐官の顔は、今まで何度も目にしていたはずなのに
まるで初めて見る者のように感じられた。
「思っていたよりも抵抗しませんね」
それは以前も聞いた台詞だ。あの時古泉は何と答えたか。
「……あなたは何故こんな事を」
「それは私が賭けに勝ったからで」
「何故僕を欲するのかと聞いている……!」
堪えていた感情を吐き出すような問い掛けに、補佐官が言葉を失った。
その一瞬の隙に古泉は膝を立て身を捩り、弾き飛ばされた拳銃を視認する。
気付いた補佐官が古泉を抑え込もうとするが
必死に身を起こそうとする古泉と揉み合い、二人は床を転がった。

以前と変わらず軍務に追われる生活を続けていた補佐官と
短期間ではあるが室内で何も出来ずに過ごしていた古泉では、勝敗は明らかだった。
必死に伸ばされた手は拳銃を掴む事無く、無力感に指で絨毯を掻いたのみで。
「理由を話せば、あなたは応じるとでも?」
その目に激情を湛えながら、触れそうな程の至近距離で補佐官は古泉を見つめる。
強い眼差しに射竦められた古泉に、補佐官はそれ以上言う事は無く
ただ無造作に古泉の下腹部へと手を這わせた。

衣服を乱される事も無く、布越しに与えられる刺激に古泉の体は次第に反応を示していく。
それは意思とは全く関係の無い、生理的なものだった。
強制的に与えられる快楽に屈しないよう、古泉は唇を噛み締めるが
久方振りに呼び起こされた性的衝動は熱く体中を駆け巡る。
「やめ……っ」
最早口を塞がれる事も無い。押し殺した喘ぎ混じりの声で制止するも
それくらいで補佐官が止める訳が無く。
刻一刻と迫る限界の時に古泉は恐怖を覚えた。
涙で滲む視界に補佐官の姿を捉えながら、散り散りになる思考を掻き集める。
先ほどの補佐官の言葉を思い出す。今の古泉は取引材料としての存在だ。
それを失う事は共和国として許されないだろう。
補佐官の言葉通り、この部屋に既に監視カメラが無いのは本当だろうとも思う。
しかし外部への連絡手段はまだある。
自分の力で補佐官を止められないのなら、多少の屈辱には目を瞑るべきだ。

「ぃ、嫌だっ…………死なせて下さい!!」
達する寸前に大きく叫んだ言葉は、快楽に裏返っていたかも知れない。
それでも意味の無い悲鳴を上げるよりは、と。
残された盗聴器が今の声を拾ってくれたのを願うばかりだ。
補佐官の手で握り締められた自分の股間が、衣服の中で濡れるのを感じる。
古泉は耐え難い羞恥と不快感に火照った顔を顰めるが
結果として、補佐官はそれ以上の行為を強いる事は無かった。
何故なら、捕虜である古泉の自害を止めようと共和国の者が部屋へ来たからだ。



SOS帝国との取引の為に、共和国としては古泉幕僚総長を死なせる訳には行かない。
その隙を与えたとして、補佐官は古泉から引き離された。
古泉自身も以前のように室内に軟禁では無く、完全に自由を奪われる。
「即物的な拘束ではなく薬で眠る事も出来ますが、どちらが良いですか?」
共和国の医務官が古泉に問うが、眠って意識を失うよりは
現状を把握し続けられる方が良いと、古泉は前者を選んだ。
手足の拘束と、舌を噛む事の無いようにと口を塞がれたが
狭い部屋に押し込められた古泉は、それでも何かを考えているように見えた。

きたる等価交換の為に、古泉と補佐官を乗せたルペルカリア艦隊は
コロニー「PC-ヴィスタ」へと静かに進行を開始した。



コロニー「PC-ヴィスタ」――それはコン・ピケン独立共和国の
技術の粋を集めた最新型のスペースコロニーである。
コン・ピケン独立共和国の理想を集めたそれは
いかつい外観とは裏腹に、まるでゲームか何かの
舞台のように豊かな自然と澄んだ空気を備えていた。
軍事力によりSOS帝国が制圧したものの
その全てを活用しきれているとはお世辞にも言えず
訪れる者の居ない避暑地のような扱いだった。

キョン艦隊は、その「PC-ヴィスタ」へと向かっていた。
同行するのは長門有希情報参謀率いるユキ艦隊。
コン・ピケン独立共和国との約束の為だ。
コロニーと古泉幕僚総長の前代未聞等価交換は
共和国側からの希望により「PC-ヴィスタ」にて行われる事となっていた。
「人の足元見て……ほんと最低な奴らだわ!
良いわねキョン!ユキと古泉くんと一緒に絶対ちゃんと帰ってくるのよ!」
怒り心頭のハルヒの台詞が、ブリッジでモニタを眺めているキョンの脳裏に浮かぶ。
今はSOS帝国が抑えているとしても、古泉との取引が終えた時点で
「PC-ヴィスタ」は共和国の物だ。言わば敵軍の真っ只中になる。
撤退する自分たちに共和国が何もして来ないという確証も無かった。
「わたしも同行する」
そう申し出てくれた長門がどれだけ心強かった事だろう。
ハルヒは立場上連れ出せる訳も無く、みくるも心許無い。
「やる事やってさっさと帰るしか無いよな……」
誰ともなしにキョンは一人ごちる。
暗黒の宇宙を映していたモニターに、コロニーの姿が浮かび上がった。

キョンたちは「PC-ヴィスタ」のゲートへと着艦した。
共和国側が到着するまでに、事を済ませておかなければならない。
元より訪れる機会がほぼ無かったため、登録された情報も少なく
さしたる量も無いデータ消去程度で済みそうなのが救いではあった。
ゲート内で艦から降りたキョンが周囲に指示を出していると
長門が一人コロニー内移動用の車に向かっているのが見えた。
「何処に行くんだ長門?」
慌ててキョンが声を掛けるが、長門の足は止まらなかった。
「動力部」
周囲の喧騒に掻き消されそうな声で長門は答え、車の中に姿を消した。



数刻の後、共和国のルペルカリア艦隊も「PC-ヴィスタ」に到着した。
コロニー内に居るSOS帝国と連絡を取り、進入ゲートを決める。
ルペルカリア艦隊に同行するのはムスペルヘイム艦隊。
SOS帝国のハルヒと同様に、共和国のコン・ピケン・ブチョウシ総統が
このような場所まで出向く事は無かった。

「失礼します。古泉幕僚総長」
艦内に響く振動に、ルペルカリアが着艦した事を古泉が悟ると同時に
それまで開く事の無かった扉が開いた。
見れば共和国の将校が二人、銃を片手に立っていた。
今更隠す事も無いだろうに視界を奪われ、代わりに両足の拘束具が外された。
そうして古泉は手械口枷はそのままに久しぶりに艦の外へ出た。
人工とは言え、艦内とは違う新鮮な空気と風を感じる。
しかし直ぐさまに、近くに車が停車する音がした。
自分の移送用だろうと古泉は判断した。
「随分早かったな。よし、行き先は――」
車に乗せられ、ドアが閉まるなり指示を出す男の声が途切れた。
共に乗った将校は二人いたはずなのに、どちらの声ももう聞こえない。
この車は共和国の手の物と思ったが違ったのか。古泉の体に緊張が走るが
この状態で何が出来る訳も無かった。
「良い格好ね、古泉」
耳に届いた声に古泉がはっとした表情で顔を上げる。
閉ざされた視界で声がする方を向いた。
どこか笑みを含んだその声の持ち主は、悪戯するかのように古泉の頬に触れた。
「あなた何時からこれされてるのよ。べとべとじゃない」
口を塞いでいる唾液に湿った布を引っ張られ、恥ずかしさに顔が火照るのを感じる。
「外して欲しい?」
何て当たり前の事を聞いてくるのかと赤面しながらも古泉は頷いた。
くすくすという笑い声と共に布が外され、呼吸が楽になる。
「あらやだ。ちゃんと涎は拭きなさいよ」
「冗談は止めてください森さん!」
やっと自由になった口で古泉が叫んだ名前は
SOS帝国内特務機関に所属する森園生だった。

SOS帝国内特務機関。特殊任務を遂行する為の隠された集団であり
帝国軍組織図にすら載っていない、関係者以外には一切不明の組織だ。

「久々に古泉に会ったから懐かしいのよ」
経歴として公にされては居ないが、古泉も以前所属していたのだ。
森は笑うが、その顔には何処か影があった。
しかし未だ視界を遮られている古泉は、それに気が付かない。
「懐かしいのは僕もですが。今はまずこれらを外してくれませんか」
目隠しと手枷が古泉の自由を奪っていた。
「見ても驚かないなら良いわよ」
それは先ほど急に黙ってしまった将校二人の事だろうと古泉は思う。
「……大丈夫ですよ」
もしみくるやハルヒにだったら見せない方が良いのだろう。
だが古泉は特務機関にいたのだから。
そうして目隠しが外された。
薄暗い車内だが、直ぐに目が慣れる。
目の前には以前と全く変わらぬ姿の森が居て。
そして視線を落とせば。
既に物言わぬ二人の将校が床に伏していて。首があらぬ方向へ曲がっていた。
古泉は慌てる事もなく、そっと目を背ける。
「気持ち悪いかも知れないけれど、途中で落とす訳にはいかないから。
このまま走るわ」
「何処へですか」
古泉は自分の頬が僅かに引き攣るのを自覚しながら問う。
既にコロニー内に待機しているだろうSOS帝国軍と合流すれば事は終わるだろうに。
「ねぇ古泉。手枷を外して無いのは何故だか解る?」
声色に変わりは無いが、古泉を見る森の目の色に不審を感じた。
「……まだ僕は捕虜の身から脱していない、と言う事でしょうか」
「そうなるわね」
あっさりと肯定する森に古泉は嘆息してしまう。
「……まさか、あなたまでもこのような事をされるとは思いも寄りませんでした」
「古泉。あなたが思っているより、この国は脆いのよ」
以前補佐官が言っていた通りだった。
それを古泉は再び身を持って知るのだ。
「人間一人とコロニーの等価交換なんて馬鹿げていると思わない?」
それは古泉も同感だった。自分がその場に居たなら
何としても止めさせただろう。
「人の命は確かに大事よ。でも個人相手に代償が大き過ぎるわ」
「だから機関ごと帝国から離反するとでも言うんですか」
古泉からすれば、森が単身そんな事をするとは思えなかった。
運転席にいる背中しか見えない初老の男はきっと同じ機関の新川だろう。
おそらく特務機関そのものがハルヒと帝国を見限ったのだ。
森は何も答えない。だがその手には既に銃が握られている。
「しかし幾ら特務機関とは言え、戦力的に無理があるのでは」
機関は馬鹿では無いと解っていながらも、古泉は説得を試みる。
「私だってこんな手段は良いと思わないわ。
でもね。このコロニー「PC-ヴィスタ」は、ただのコロニーじゃないの」
それは古泉も薄々察していた。
日頃甘いとは言え、何故鶴屋皇帝にハルヒの暴挙が許されたのか。
そして何故ここまで共和国が固執するのか。
「コロニー内は、一見何かのエロゲの舞台ような
のどかな田舎の光景だけど、ここには最新鋭の巨大兵器がある」
「巨大兵器……?」
「この「PC-ヴィスタ」そのものよ。
コロニー全体が共和国が作り上げたレーザー照射装置なの。
彼らは暗に死の太陽と呼んでいたわ」
双方の軍が入り込んでいるこの機に乗じて
コロニーを手に入れてしまえば反旗を翻せると。
そう笑う森の顔には妄信的な狂気の影があった。



「そろそろコン・ピケン独立共和国とSOS帝国軍が
PC-ヴィスタに到着した頃ですね」
言葉も無く手に持った書類を捲っているカイ・チョウ自治領主の傍らで
エミリー・キミドリは穏やかに笑みを浮かべた。
「こちらの思惑通りに進めば良いのですが」
台詞だけを見れば事の顛末を案じているようだが、エミリーの表情は一向に崩れない。
「さて。私はキミを安堵させるべきなのか。それとも逆が良いのかな」
ちらりと目線を上げたカイ・チョウが薄く口を歪ませる。
「どちらでも。カイ・チョウの仰る事でしたら、それが全てです」
「キミは優秀だ。そのキミが手配したのだろう?
言っていたでは無いか、キミたちにとって同胞との絆は」
エミリーは更に笑みを深めた。
「ええ、血よりも濃いと」
「ならば結果を待つべきだ。仮に意にそぐわぬ物としても
力の足りぬ彼らの咎でしか無い」
カイ・チョウの突き放した物言いにも、エミリーは顔色一つ変えず。
「そうですね。でも」
彼女もとても優れていますから。そう口にしてエミリーは
次の話題を探すかのように視線を机の上のティーカップへと向けた。



コロニーPC-ヴィスタに着きながらも、補佐官は未だルペルカリア艦内に居た。
補佐官が古泉に齎した情報は、捕虜らしからぬ衝動的な行動を招かせたとして
厳密に注意を受けたが、意外にもムスペルヘイム艦長の助言により
それ以上の処罰は無かった。
どれ程秘密裏にした所で、どうせ直ぐに幕僚総長に伝わる。
それがムスペルヘイム艦長の言い分だった。
「あなた。艦長にお礼は言ったの?」
個室で一人紅茶を手にしていた補佐官に涼子・ア・サクラー大尉が言う。
大尉も今はムスペルヘイム艦を出て、ルペルカリアに移っていた。
「勿論です」
補佐官はカップに揺れる水面から目を浮かす事無く、大尉の質問に答えた。
SOS帝国との交渉という大役をこなしたサクラー大尉は
以前と変わらず補佐官の周囲をうろついていた。
サクラー大尉が口を出し、補佐官は受け流す。以前と変わらぬ日常の光景。
だがそれも終わりの時が近付いていた。
「大尉!古泉幕僚総長が!」
突如訪れた報告にサクラー大尉と補佐官の顔色が変わる。
会合の時刻まであと僅かなのだ。
重要な取引材料を事前に失うなど言語同断だった。
「幕僚総長を見失った……?いえ、この期に及んで帝国が動いたに違いないわ」
共和国としても、SOS帝国がすんなりコロニーを手放すとは思っていなかった。
「コロニーが惜しくなって幕僚総長を見捨てたって事よね」
「会合の前に総長の身柄を奪還したのかも知れません」
古泉は欲しい、そしてコロニーも失いたくない。ならば会合前に古泉を奪っても。
帝国軍にそのような考えを持つ者が居ないとは言い切れないのだ。

「どちらにしろ許せない。口約束ならいざ知らず
国同士の外交を何だと思っているのかしら」
騒然とする艦内の空気に、サクラー大尉は怒りも露に立ち上がる。
「ルペルカリア、ムスペルヘイム両艦長に緊急連絡。指示を仰ぎなさい。
わたしたちは幕僚総長の確保に行くわ」
全く迷いを見せないサクラー大尉に部下が困惑の表情を浮かべる。
「しかし何処にいるのか」
「このコロニー、今は帝国の物よ。ここに居る我等が艦隊以外は帝国の奴らだけ。
だけど、あっちも大した人数は寄越していない。元から多数潜伏させる程の規模でも無い。
いっその事、外部に救援を呼ばれるよりも先に制圧した方が早い気がしてこない?
そうよ。幕僚総長一人より、コロニーを優先するべきだわ」
想定される戦闘への興奮に大尉の眼差しは強く輝き始める。
「待って下さい、先に上からの指示を」
「解っているわ。でも現場には現場の事情があるじゃない。
奪われた物を奪い返す過程で何があろうとも、先に手を出したのはあちらなんだもの」
諌めも聞かず部下に告げ、サクラー大尉は補佐官と共に部屋から出て行った。



「……どういう事だ?」
キョンは共和国との会合場所に少数の部下と到着していた。
帝国が使用したゲートと共和国の使用したゲートの
ほぼ中間地点に位置する、豊かな自然に囲まれた湖畔。
見通しの良い立地条件は遠方から誰かが来た場合に適していたはずだった。
だが、時間になっても誰もやってくる気配が無い。
コロニー内に共和国が到着しているのは既に伝達されている。
それなのに何故この場に来ないのか。
共和国の裏切りか。しかしこの会合を提案したのは共和国だ。
ならば古泉に何かあったのだろうか。
「長門に連絡を……」
キョンが言い掛けた時に異変は起きた。
平和な風景に不似合いな警告音がコロニー内に鳴り響く。
更には安全措置としてコロニー内に多数あるシャッターの
封鎖される旨が人工音声で告げられた。
コロニー内各所をナンバリングで示すそれは
内部に入った者たちを脱出させまいとするようだった。
『――緊急事態が発生。あなたも直ぐに艦へ戻って』
携帯通信端末から聞こえる長門の声にキョンは大声で応える。
「長門!今何処にいるんだ!」
『動力部を出た。あなたには至急艦に戻りゲート付近で
退路を確保して欲しい。古泉一樹はコロニー内にいる。探し合流する』
「古泉の場所はわかるのか」
『検索出来ない。だが封鎖される区域から残されたルートの検出は出来る』
「つまり中に居る奴らはそこに集まるって事か」
『しかし何時完全に閉じ込められるか解らない。
その場合脱出の為にゲートの保守は必要。艦の武装を用い実力行使も視野に入れるべき』
「コロニー内で砲撃戦は無理だろ」
『壁を打ち抜く事は出来る』
コロニー内でそんな事をしたら、近くに人間が居た場合ただでは済まされない。
しかしそれを厭わぬ程に事態は切迫しているのだろう。
部下と共にキョンは慌しく移動を始めた。

「教えてくれ長門。お前の現在地と俺ではどっちが共和国が使ったゲートに近い?」
『……あなたはコロニー中心部の住居区域にいる』
「どっちが近いんだ!」
『あなた』
「ならお前が艦に戻ってくれ。古泉もここに着いた事は確かなんだろう。
奴らが着いた場所は解ってるんだ。ついでに探して戻ってやるよ」
『……了解した。封鎖区域から計算されるルートについては随時報告する。
気をつけて』
「お前もな!」
本来なら人命救助の為に避難勧告として放送される人工音声は
今は無情な響きを持って封鎖される区域へのカウントダウンが始まった。



時はそれより僅かに遡る。
古泉を乗せた車は、人気の無いコロニー内を傍若無人な速度で走り続けていた。
「閑散としていて良かったわ。交通事故を起こさなくて済むもの」
平和そうに感想を述べる森の口調は、現状と掛け離れ過ぎていて。
そのたおやかな手で車内にある武器を弄っているのが不思議な程だった。
「……一体何処に行くつもりなんですか」
両手の自由を奪われたまま古泉は問うが、明確な返答は無い。

答えぬ代わりに、森は別の話題を切り出した。
「そうだ。一応聞いてみるけれど、あなたこっちに付く気は無い?」
世間話をするかのように軽く言いながらも、その眼は真剣味を帯びている。
「…………今の僕は、SOS帝国の幕僚総長ですから」
「そうね。そう言うだろうと思っていたわ」
森は銃器を一旦手放し古泉へと近寄る。
「前から思っていたけれど、古泉って固いわよね」
「どういう意味ですか……って、ちょっと……んんっ!」
おもむろに森の唇が古泉を塞いだ。
森は古泉の下唇を食みながら、腰に手を回し抱き寄せる。
その動きに危険を感じ、古泉は不自由な中で必死に顔を背けた。
「止めて下さい……っ」
顔を朱に染めて言う古泉に、森は優しげな笑みを零した。
「再会を喜んでみただけじゃない」
「……こんなの間違っています!」
その古泉の発言は森の行動だけでなく機関そのものを指していたのかも知れない。
それでも森は気にせずに言葉を続ける。
「あなたは誰かとキスしたいと思った事は無いの?」
「それは……」
「少なくともわたしは今どきどきしているわ。あなたに口付けた事も。
これから自分たちがしようとしている事でも。
知ってる?人は好きな相手だからキスをするのよ」
「……好きな相手……」
一方的な口付けを受けたのは今回限りでは無かった。
それを思い出し、古泉の顔に影が落ちる。
「今のわたしたちは相容れない。でもこの際だから言うけど
わたしはあなたを結構気に入っていた。それは変わらない」
言葉に詰まる古泉を森はその胸に抱き寄せた。
「あなたも随分と大きくなったわ」
森の胸元に抱かれ古泉は言葉を探す。
でも何を言っても無駄だろうと何処か冷静な頭では解っていた。
抱擁を交わしていても、視線を落とせば場にそぐわぬ物があるのだから。

車内が沈黙を保ったのは僅かな時間だけだった。
「多丸兄弟から連絡でございます」
運転席から落ち着いた声で新川が告げる。
そんな新川にも以前の古泉は親しみを覚えていたはずだった。
新川の声を受け、森は古泉から離れて表情を切り替える。
「無事「PC-ヴィスタ」のメインシステムに侵入出来たようね。
……もう引き返せないわ」
それは感傷を捨て、明確な意思と目的を持った者の顔だった。

そして警告音と人工音声が辺りに響き渡った。