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古泉と離れてから、どのくらい経っただろうか。

一日?それとも十年か?

俺の日常は古泉がいなくなったその日から全てが色褪せ、時間の感覚もとうに消え失せていた。

もう、何もわからない。



「今夜、あの、その……抱いてくださいませんか?」

その日は珍しく古泉から情事の誘いを頂いた。
こんなことは初めてだった。
俺は勿論、顔を真っ赤にしている古泉の額に、了解の意味を込めて軽くキスを送ったよ。



「ぅあぁっ…あぁ…っ!んゃあ…んっんん!ふぁ…ぁああっ……はぁん」

最中、古泉はやたら乱れた。
自ら腰を揺らめかし俺を甘く誘う。
表情も蕾も何もかもがとろけきっていて、最高に気持ちが良かった。


「す、きぃ…!んぅ…ぁ、愛して、ます」

細い体を抱きしめ突き上げていると、古泉は何度も好き、愛してると繰り返した。

本当に珍しいな。
いつもなら恥ずかしがってそんなこと言わないくせに。

こんな古泉は何だか、まるで、まるで………。


この時、俺は気づくことが出来なかった。
否、気づきたくなかっただけかもしれない。

その言葉の続きも、古泉の涙に悦び以外のものが混じっていたことも…。


翌朝、古泉は一枚の紙きれだけを残し、姿を消した。




僕の大好きなあなたへ

昨夜は僕の我儘に付き合ってくださり、ありがとうございました。
あなたの指や唇から暖かい想いが伝わってきて、僕は本当に幸せでした。

でも、僕達の関係はこれで終わりにしましょう。
僕はもうあなたの傍にはいられないんです。

こんな形になってしまってごめんさい。

今までもこれからも、僕の愛する人はあなただけです。

幸せになってくださいね…。

さようなら。

       古泉一樹

リビングのテーブルに置かれてあった手紙を呼んで、俺はその場で泣き崩れた。

古泉の汚い字で書かれた手紙は説明が少なすぎる。
けれど、だからこそ伺える固い決意。

古泉はもう戻ってこない。

俺は年甲斐もなく大声をあげて泣いた。




ある晴れた日のことだ。
俺はカーテンから透き入る光で目を覚ました。

「んー…少し散歩にでも行くかな」

珍しくスッキリとした朝を迎えた俺は、古泉がいなくなってから増えてしまった独り言をもらして着替えを始めた。

部屋の中は古泉がいた時とさして変わりはない。
変わったものといえば、パソコンが新しくなったくらいだろうか。

あの頃は、パソコンにかじりついていた俺に古泉はよく不満をぶつけていたな。
俺は懐かしい思い出に笑みをこぼし、玄関を出た。


朝の空気はひんやりとしていて歩くにはちょうどいい。

散歩といえば、普通なら空を仰いだり、道端の花を見たりして楽しむのだろうが、俺はただひたすらに前だけを見て歩き続けた。

今でも頭の中はいつだって古泉でいっぱいで、どんな美麗な花だって俺の目には色褪せて見えてしまうのだから。



あれから一度も古泉から連絡はない。

あいつは今どこで何をしているだろうか。
俺のことを覚えているだろうか。
ちゃんと飯を食ってるだろうか。

始めの頃こそ会いたいと思っていたけれど、最近は元気で生きていてくれればいいと、そう思えるようになった。

もしかしたらそれ程に時が経ってしまったということかもしれない。


帰り道にコンビニに寄って朝食を買って家に帰る。

自身の階につき、ふと人の気配を感じて視線を上げると、俺の部屋の前に誰かが立っている。


ドクンッ


俺の心臓が大きく脈打った。

あの横顔は見間違う筈がない。


今わかってしまった。
生きていてくれればいい、元気でいてくれさえいれば、なんてのはただの戯れ言だ。
本当は会いたくて会いたくて堪らなかった。
俺の名前を呼んで、愛してると囁いて欲しかったんだ。



バサッ

レジ袋が俺の手から滑り落ちた音で、そこにいた人物がこちらを向いた。


前よりも少し伸びた身長に大人びた顔。
けれどそいつは昔と変わらない無邪気な顔で笑った。


「ただいま戻りました。…また僕を愛してくださいますか?」



答えは一つしかない。

俺はそいつの額に唇を落とした。