「……なんだそれ」
「デオドラント防水スプレーです」
靴なんか新聞紙つっこんどきゃ大丈夫だろ。それより自分の方どうにかしろ、水たまり製造器になってるぞ。
「お前傘持って出てなかったか?」
制服姿の相手は、タオルを被せた頭から靴下を脱いだ足下まで、全身ぐっしょり濡れて息を切らしている。
「今頃相合い傘になってますよ」
古泉はさも楽しそうに笑う。それで自分は濡れ鼠か。そんなんだから『彼』に嫌な顔されるんだ。
「置き傘は?」
「教室にある、と言ってしまったんですが……」
がらり、風呂を沸かそうと開けた先のバスタブに、小さな折りたたみが広げてあった。
「実は昨日使って干したままだったんですよ」
ドジっこ属性もお前だと萌えないな。やれやれ、いいから手動かせよ。いつまでもぽたぽたさせるな。
水を吸って重たくなったタオルを洗濯機に放り込んで、代わりに大きなバスタオルを被せる。
「なんだ、全然拭けてねえな」
顔に張り付いた髪をどける。そのままわしゃわしゃとを水分を取ると、古泉はくすぐったそうに笑った。
「あったかいですね」
「ほら、笑ってないで早く脱げ」
「…したいんですか?」
「はあ?」
とにかくこの冷えた身体をどうにかしようと動かしていた手が止まる。
女の子(と、男)に傘を貸して走り帰った、紳士な古泉くんのために我慢していた俺の気も知らずに、何を言い出す。
あらためて古泉を見れば、湿った髪は首筋に張り付き、びしょ濡れのシャツはすっかり肌が透けている。
雨から逃げきれなかった身体はどこか楽しげに息を弾ませていて、どきっとするほど無防備だ。
「お前こそ、誘ってるのか?」
その気になってしまえば話は早い。
自分が今、自覚するより百倍エロいって気付いてないお前が悪い。
「あっ」
冷えた耳を食んで、タオル越しに肌を撫でる。古泉はじれったそうに身をよじった。
次はシャツの上から。頬にかかる息が熱い。このバスタオルの内側だけ、湿度が飽和してるみたいだ。
「やっぱ寒いのか?鳥肌たってるぞ」
冷えたせいか、拗ねたような目がうっすらと潤んでいる。
「わかってるくせに」
さて何のことだろうね。
薄く色の透けた乳首を弄ると、古泉は待ちかねたように声を上げた。


甘い声を漏らす古泉をもっと追い詰めたくて、さらに愛撫を深める。
興奮してぬめる唇に、触れた胸は驚く程冷え切っていた。その温度差は古泉の方が強く感じたようで、悲鳴のような声が上がる。
張り付くシャツを下から剥がすように脇腹を探れば、吐息はますます濡れていく。
「…は……、ん……」
「体、冷たいな」
「はしってきたんですけど…ね」
残りのシャツのボタンを外す。
「いつまでもそんな格好でいるからだ。ほら、ちゃんと脱げ」
バックルだけ外した服を指さす。
「めんどうです」
「ばか」
ぐっしょりと重く冷たい布の内側に熱を探して、手を伸ばす。
「あ…んん!」
赤らむ頬に気分を良くして扱いていると、濡れた手がこっちのシャツにも潜り込んできた。
上がる温度と湿度に、頭がぼうっとする。視界がなんとなく霞んでるのは、この水気のせいか?
だめだ。もう考えたくない。撫でた端から、口づけた先から移る体温が気持ちよくて、もう冷たい場所がないくらい全身に触れる。
……いいさ。こいつさえ見えてれば、充分だ。
「ねえ、も、はやく…っ」
「ばか言うな、辛いのはお前だぞ」
「っ、だって…ほしい、です」
お互いの鼻がぶつかるくらい近くでべちゃべちゃにキスしていると、古泉は泣きそうな顔でねだってくる。あーあ、イケメンが台無しだ。
ついさっきまで、ちょっとからかったら風呂場に突っ込んでやろうと思ってたくせに、もう止まらない。
「古泉…」
「…っん……ふ、」
ゆっくり押し入って軽く揺すれば、古泉は啜り泣くように喘いだ。残念だったな、乱暴になんかしてやらない。
「…ふぅっ…んんっ…っ」
鼻先で髪をかき分けて、熱い耳元で囁く。
「古泉、大丈夫だから」
きっと明日は、彼らが照れくさそうにあの傘を返してくれる。嘘吐いて、お前がひっそり諦めたものは、お前ごと大事にされて返ってくる。
もしかしたら、本人より大切にしてくれたかもな。だいたいお前は扱いが雑なんだ。そんな高級でもないけど、選ぶのに二時間かかったんだぜ?
何を優先させた訳じゃないって俺も彼らも分かってるのに、お前だけ勝手に傷つくのはおかしいよ。
「僕、は…」
「わかってる」
「……っ、はぁッ、言わないで…」
それで、お前のくだらない自虐は無駄になるんだ。
「好きだ」
だから風邪引いたりするなよ、副団長。


「ただいま帰りました」
ドアを開けた古泉は、うっすらと濡れて髪から水を滴らせていた。
「……お前、」
「何ですかその顔。傘、新品みたいに畳んで返していただいたんですが…電車に置き忘れてしまって」
「マジか」
「嘘です」
古泉は濡れた傘を掲げ持つ。
「閉鎖空間が消える時、油断して差さずに出たらどしゃ降りで」
「……馬鹿だな」
確かに降られたのは髪と肩口だけのようだ。
「風呂、沸かしてやるから入っとけ」
古泉は聞こえないふりでタオルを被る。意外と無精なんだよな。
「風邪引くぞ。ほら、面倒なら洗ってやるから」
風邪だけは絶対に引きたくないはずだ。今は。制服を着替えかけた古泉が振り向く。
「じゃあ一緒に入ってください」

狭いバスタブに男二人はきつい。先に浸からせた古泉と交代で湯船に入る。
「シャワー貸せ」
背を向けて洗い場に座った古泉に湯を流し掛ける。なんだか犬でも洗ってる気分だ。
「…あの、本当に、いいですよ?」
今更恥ずかしがっても遅いだろ。本当、お互い冗談だったのに、何でこんな事になってるんだか。
温まった髪をかき上げて、シャンプーを泡立てる。自分のは数十秒で終わるのに、古泉の髪だと思うと、ことさら丁寧にしてやりたくなる。
「美容院みたいですね」
「そこは家族みたいって言っとけよ」
「いやですよ、そんな」
そんな…何だよ。
「目つむってろよ」
一度流して、二回目は柔らかな髪の手触りを愉しむように頭皮をマッサージする。古泉は力を抜いてバスタブに寄りかかった。
「素直だな」
「だって、あなたなんだか…優しいです」
「シャンプー、気持ちいい?」
「……はい」
目を閉じて俺に任せてくる古泉が嬉しくて、もこもこの泡の中、最大限優しく手を動かす。
「流すぞ」
リンスして、身体も洗って、背中を流してやる。
結局俺は古泉を甘やかしたいんだろうな。できることならいつも、いつまでも。でもそれは親兄弟の気持ちじゃなくて。
「そうだな、家族じゃない」
狭い湯船に入り込んできた古泉を後ろから抱えて言う。
「それは……」
「こういうことだよ」
振り向いた顔のあどけなさに笑って、その唇にキスをした。

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最終更新:2010年07月04日 16:25