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男達は古泉を捨て置いて、スタンガンを構える涼宮へと向き直った。
彼らは少しずつ距離を詰めて行き、その分だけ涼宮も後退る。
「それ以上近寄ってきた奴から、順にこれを使ってやるわよ!」
涼宮は強気に言うも、彼らに一斉に来られたら敵わないのは解っていた。

男達の影で蹲っていた古泉が動いた。
「早く逃げて下さい!」
手近に居た一人にしがみ付き行動を妨げる。背後を取られ、男が怒鳴り声を上げた。
古泉を振り払おうとする男と、その横から古泉に手を上げている男と。
三人の様子に、涼宮に一番近づいていた男が後方を振り返り
スタンガンを奪われた男は丁度その中間に居て。
「古泉くん!」
古泉が殴られる鈍い音に、涼宮は怒りに我を忘れて脚を踏み出す。
涼宮の一番近くに立つ、自分に背を向けた男に、スタンガンを押し当てた。

火花が散る音とほぼ同時に男が呻いて倒れる。
いともあっさりと大の男が転がるのを見下ろして、涼宮は言葉を失う。
自分も二度受けた痛みとは言え、それを人に与えるのは
決して気持ちの良い物では無かった。
体を突き動かした衝動的な怒りが一瞬で霧散する。
「本当に乱暴な女だな」
声に顔を上げると、あの男と目が合った。
「あんまり暴れると、そいつに痛い目見て貰う事になるぜ」
慌てて視線を移せば、古泉が二人掛かりで押さえ込まれている。
殴られたのだろう、赤く腫れた頬を地面に擦り付けて。
「それが嫌なら、大人しくソレを返しな」
「……返さないわ」
男を見つめながら、涼宮は動揺を押し殺して拒否を示した。
涼宮に逃げろと古泉は言った。
その言葉に、涼宮は自分の考えが間違っていなかった事を確信する。
起きた時に自分の衣服が乱れていただけで済んだのは
古泉が身を挺して守ってくれたからだろうと。身代わりになっただけなのだと。
だから今、目の前で幾ら古泉が殴られても、
切り札を渡してしまったら、古泉の努力が無になってしまう。
おそらく今ここで自分が逃げ出せば、ある意味古泉にとっては本望に違いない。
でもそんな事は出来ない。

涼宮は手に持ったスタンガンを相手へ向けて握り締める。
目の前の男をきつく睨んだ。
「言っとくけど、あたし瞬発力には自信があるのよ。
 古泉くんをこれ以上殴るつもりなら、今こいつにしたみたいに
 あんたたちにも使ってやるから。結構痛いわよ、これ。
 ……それとも、そうね。今あたしが逃げて人を呼んできたら
 あんたたち暴行罪で捕まるんじゃないかしら」
半分は本当で半分はハッタリだった。
脚力どころかスポーツ全般に自信はあっても、進んで人を傷つけたいとは思わない。
それは古泉だって同じだろうと涼宮は思う。
「ここへ来るまで脇道も無かったわ。通りまで行って大声で喚けば誰かは来るでしょ。
 逃げも隠れも出来ないわよ」
「そうするとコイツの姿も見られるぜ?」
「それでも、このままあんたたちと居るよりは遥かにマシだと思うわ」
そう言うものの、本当はこんな状態の古泉を他人の目に触れさせる気は無い。
男達が涼宮の言葉に現状の不利を感じ、立ち去るように仕向けられるのなら何でも良かった。

「見た目に反して本気で可愛げないな。男の方が遥かに可愛いかったぜ」
暫く睨み合った後、男が肩を竦めた。古泉を押さえつけている二人に指で指示を出す。
二人の男は古泉から手を離して立ち上がり、倒れている者を起こした。
「で、どうしろって?」
「さっさと失せて、二度と顔を見せないで」
「その前にそれ返せよ」
「嫌よ。あんたたちの言う事なんて信用出来ないもの。
 あたしたちが帰る時に何処かに捨てておくから自分で探しなさい」
「嫌な女だなぁ。ま、あんたの彼氏は結構良い見せモンだったぜ」
「……本当に怒るわよ」
何処までもふてぶてしい態度に涼宮の形相が険しくなる。
涼宮の態度に本気を感じたのか、それ以上男達が何かを言う事はなかった。
涼宮は男達が視界から消えるまで、スタンガンを握り締めていた。
その場に古泉と二人切りになり、安堵の息を吐く。
掌には嫌な汗が滲んでいた。スタンガンを地面に落とし、スカートで手を拭った。

涼宮は古泉を振り返る。
古泉は身を起こしてはいたものの、涼宮のブレザーを手にしたまま
力なく座り込んでいた。
「……古泉くん」
涼宮が恐る恐る声を掛けると、その体が小さく身じろいだ。
「ぁ……あぁ、すみません。涼宮さんの上着を、汚してしまいました……」
先程の涼宮への呼び掛けが嘘のように覇気の無い声。
血の気が失せた俯き加減の顔には、虚ろな目がぼんやりとブレザーを見つめていて。
「……そんなのどうだって良いわ」
古泉が僅かに顔を上げた。
その口元がぎこちなく歪み、震える声で淡々と続ける。
「…………涼宮さんのお陰で助かりました。有難うございました。
 男の僕なら妊娠の危険も無いからと踏んだのですが、大変お見苦しいものを──」
古泉は笑いたかったのかも知れない。しかしそれは笑顔とは程遠く。
涼宮は古泉の様子に掛けるべき言葉が見つからなくて、ただ心配で、肩に手を伸ばした。
その途端、怯えたように古泉が身を竦める。
まるで自分を拒否されたかのようで涼宮の手が止まった。
「古泉くん……?」
「……僕に触ると……涼宮さんが汚れてしまいます……」
「そんな事無いわよ!」
声を荒げて古泉の肩を掴んで引き寄せた。
余程脱力しているのか、何の抵抗も無く古泉は涼宮に凭れ掛かる。
「古泉くんは汚れてなんかいないわ!あたしを助けてくれたんだもの!」
「……でも実際は、何の役にも立てませんでした……情けない限りです。それどころか……」
「それは違うわ!古泉くんが頑張ってくれたからこそよ」
「……でも、あんな……、あんな醜態を……お見せしてしまって……」
「良い!?古泉くん。あなたは汚れてなんかいないし、情けなくも見苦しくも無いわ!
 お礼を言うのはあたしの方よ。ありがとう。本当に感謝してるんだから!」
上手く言葉で伝えきれずに、涼宮は古泉の肩を抱く。小刻みに震えていた。
涼宮は宥めるように背中を撫でる。
こういう時に何と言って良いか解らなかったから。
「…………有難うございます……。……あの、醜態ついでに、もう一つ良いですか」
暫くして、涼宮の肩に額をつけたまま古泉が呟いた。
「何でも良いわ。どんな姿でも、何をしてても古泉くんはあたしの知ってる古泉くんよ。
 あたしの知ってる古泉くんは、とても優しくて良い子で格好良いんだからね……!」
古泉の手が縋るように涼宮の服を掴んだ。
「…………みやさん、……涼宮さん……っ」
涼宮はブラウスの肩口に暖かい雫を感じる。
自分の名前を呼び、声を殺して泣く古泉を、涼宮はただ抱き締めるしか出来なかった。



翌日、古泉は学校を休んだ。



毎朝大抵自分よりも先に、待ち合わせ場所に来ている古泉が居なかった。
涼宮は遅刻間際までそこに立った。
時間が来て諦めて登校し、古泉欠席の報を聞いても、別段驚きはしない。
あれだけの事があったのだ。休んで当然だと思っている。
単調な一日を終えて放課後になり、涼宮は帰路に着く。

季節外れの転校生だったから。
それが涼宮が古泉に声を掛けた理由だった。
以来、一人我が道を行く涼宮に、古泉は常に笑顔で付いてきた。
やがて当然のように登下校を共にし、何かあれば古泉を連れ出して。
涼宮の望みとは違う余りにも平凡な日常を、古泉は何も変えてくれはしなかったが
これだけ長い間、呆れもせずに自分に付き添ってくる人間は初めてだった。
その古泉が今は居ない。
黙って一人歩く帰り道は、いつも以上に味気の無いものだった。
自宅に着いてからも、携帯で電話番号を呼び出しては
通話ボタンを押すのを躊躇い、消すのを繰り返した。
昨日は自虐する古泉に勢いで色々言ってはみたが、古泉にもプライドがあるだろう。
電話してまで再び自分が踏み込んで良いのか、涼宮には自信が無かった。
確かに古泉は自分の腕の中で泣いたが、これ以上何を言い、何を言わせようと言うのか。
涼宮は迷いに迷って、結局古泉をそっとしておく事を選んだ。

そこまで自覚はしていないが、中学時代の三年間、ろくに友人と言うものを
作らなかった涼宮は、決して人付き合いが上手い部類では無いのだ。



そんな遅刻ギリギリの日々を数回繰り返し。

ある明くる日の朝。
涼宮がやや気落ちした足取りで待ち合わせ場所へ向かうと
そこには背の高い、黒い人影があった。
涼宮は思わず走り出す。
「おはよう!古泉くん!」
駆け寄りながら声を掛ければ、その人影は振り向いて。
「おはようございます、涼宮さん」
いつもと同じように、柔らかく古泉は微笑んだ。