戦略爆撃

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[[画像:B-17 Flying Fortress.jpg|thumb|300px|right|ドイツを空襲する連合軍の戦略爆撃機[[B-17 フライングフォートレス]]]] '''戦略爆撃'''(せんりゃくばくげき)とは、戦争において[[戦略]]的理由にもとづいて行なわれる[[航空機]]などによる爆撃のことである。 戦略(strategy) とは戦争の全局的な帰趨を国益に導くべく企画する方法論である。具体的には、実働部隊ではなく、戦略的な要地・要線に対して攻撃を加える長距離爆撃をいう。都市、工業地帯や交通拠点に[[爆撃]]を加え、生活基盤、産業基盤を破壊する事などで、相手国の経済力や国民の戦意を削ぎ、継戦能力を減ずることを目的としている。これに対し、その戦闘を有利に進める事を目的とした敵部隊に対する直接爆撃は[[戦術爆撃]]と呼ばれる。 [[無差別爆撃]]や[[絨毯爆撃]]と同一視されがちだが、それらは戦略爆撃の手段の一つであり、イコールではない。例えば、現代では[[誘導爆弾]]や[[巡航ミサイル]]などの[[精密誘導兵器]]を用いた戦略爆撃が行われている。 == 歴史 == [[画像:Lancaster over Hamburg.jpg|thumb|250px|right|[[ハンブルク空襲]]を行う[[アブロ ランカスター|ランカスター]]]] [[第一次世界大戦]]中の[[ドイツ帝国]][[ドイツ陸軍]]は、戦線後方の大都市に爆撃を行った。ドイツ陸軍は[[飛行船]]や大型飛行機を用いて、[[イギリス帝国]]の[[ロンドン]]などへの爆撃を行っている。これが戦略爆撃の嚆矢とも言えるが、爆弾搭載や航法・爆撃精度の問題により、産業拠点に大きな影響を与えるには至らず、市民に恐怖を与える「恐怖爆撃(テロ爆撃)」の面が強かった。 1921年[[イタリア王国]]の[[イタリア陸軍]]の元将軍[[ジュリオ・ドゥーエ]]が戦略爆撃の書『制空』を出版、[[アメリカ合衆国]][[アメリカ陸軍]]の飛行戦術学校の教本になるなど各国で研究された。 [[1930年代]]に入ると、航空機の能力が向上したこともあって、都市や産業拠点に十分な爆撃を行えるようになった。[[スペイン内戦]]での[[コンドル軍団]]による[[ゲルニカ (都市)|ゲルニカ]]爆撃がその頃の代表例である。アジアでは、[[1937年]]、[[日中戦争]]での[[大日本帝国海軍]]航空部隊による[[中華民国]]の[[南京]]爆撃から始まったとされる。その後、九州や台湾の海軍飛行場を基地とした戦略爆撃の目標は[[重慶]]にまで広がり、[[渡洋爆撃]]として戦時下の国民に宣伝された。 アメリカ合衆国では1940年に[[マサチューセッツ工科大学]]に焼夷弾研究所を設立、戦略爆撃用の[[ナパーム]]を出す[[焼夷弾]]M69を開発した。 [[第二次世界大戦]]の後期では、逆に[[枢軸国]]が戦略爆撃を受ける側となる。代表例では、[[東京大空襲]]・[[大阪大空襲]]・[[ハンブルク空襲]]・[[ドレスデン空襲]]、そして[[広島市への原子爆弾投下|広島市]]・[[長崎市への原子爆弾投下|長崎市]]への[[原子爆弾|原爆]]投下である。その他、アメリカ合衆国を除く、多くの戦争当事国が戦略爆撃をうけ、多くの都市が被害を受けた。第二次世界大戦において、都市以外を主目標とした戦略爆撃もあり、1943年8月のプロシェチ油田爆撃や1944年11月に東京西部の[[中島飛行機]]武蔵製作所(主力航空機のエンジン生産工場)爆撃などがある。 [[画像:Boeing B-29 Superfortress USAF.JPG|thumb|250px|right|日本全土に戦略爆撃を行った[[B-29 スーパーフォートレス]]]] [[1943年]]以降ドイツ本土爆撃に際し、[[アメリカ陸軍航空隊]]は、市街地を避け軍事施設を狙う、昼間精密爆撃に固執した。これは、精密な照準機を保有していたことと[[イギリス空軍]]の爆撃機よりも防御火力が多かったことによるものである。ただし、初期の爆撃において全行程随伴可能な護衛戦闘機がなかったことも災いし、[[ドイツ空軍]]の迎撃によって大損害を出した。第二次世界大戦においてもっとも損害を出したアメリカ軍はドイツ爆撃を行った部隊であるともいわれている。対照的にイギリス空軍は防御火力の不足と精密照準機を保有していなかったことにより、夜間都市爆撃を主に行った。このことは、[[バトル・オブ・ブリテン]]において、すでに自国へのロンドン爆撃などが行われていたことへの報復と考えられる。 大戦後の主な例では、[[ベトナム戦争]]時の米軍の[[ホーチミン・ルート]]等への組織的な爆撃があげられる。 == 現代の戦略爆撃 == 現在では、第二次大戦のような戦略爆撃はごくまれにしか行われていない。 * 非人道的な軍事作戦に対し国際的な批判が高まっているため * 絨毯爆撃は、大量の爆弾・爆撃機を要するので大国でないと運用できないため * 戦略爆撃は、効果が現れるのに時間がかかり、独裁国家では一般民衆の死に冷酷なので衝撃効果は低く、戦争が長期化し割に合わないため * 敵国の生産手段を破壊しなければならないほど、敵の軍事力や生産力が脅威ではないため * 各国の都市を狙っている[[戦略核兵器|戦略核]]は、戦略爆撃兵器の正統であるが、使えない兵器であるため * 当初、戦略爆撃は戦意をくじく為に行われたものの、戦後に逆効果であるという調査結果もあった<ref>『戦争における「人殺し」の心理学』 著 Dave Grossman、訳 安原和見、筑摩書房、2004年、ISBN 4-480-08859-8</ref> 以上などが理由ではないかと推察されている。 == 有名な戦略爆撃 == [[画像:G4M-34s.jpg|thumb|250px|right|重慶爆撃を行った[[一式陸上攻撃機]]]] * [[スペイン内戦]] ** ドイツ軍による[[ゲルニカ爆撃]] * [[第二次世界大戦]] ** 日本軍による[[重慶爆撃]] ** ドイツ軍による[[ロッテルダム爆撃]] ** 連合軍による[[ドレスデン爆撃]] ** アメリカ軍による[[東京大空襲]] ** アメリカ軍による[[広島市への原子爆弾投下|広島]]・[[長崎市への原子爆弾投下|長崎への原子爆弾投下]] * [[ベトナム戦争]] ** アメリカ軍による[[ホーチミン・ルート]]への爆撃 ** アメリカ軍による[[北爆]] * [[コソボ紛争]] ** NATOによるセルビア全土への[[アライド・フォース作戦|空爆]] * [[イラク戦争]] ** アメリカ軍による空爆 [http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%88%86%E6%92%83 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月12日 (土) 04:48。]    

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